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Q2「パンク・ロッカーの髪は、なぜ逆立っているのか?」——『教養としてのパンク・ロック』第6回 by 川崎大助

『教養としてのロック名盤100』『教養としてのロック名曲100』(いずれも光文社新書)でおなじみの川崎大助さんの新連載が始まります。タイトルは「教養としてのパンク・ロック」。いろんな意味で、物議を醸すことは間違いありません。ただ、本連載を最後まで読んでいただければ、ご納得いただけるはずです。

過去の連載はこちら。

第1章:なぜなにパンク・ロック早わかり、10個のFAQ

〈3〉Q2「パンク・ロッカーの髪は、なぜ逆立っているのか?」

  これは「わざと」逆立てているからだ。自然にああなったわけでも、『ドラゴンボール』みたいに、なにかやろうとした(気合いを入れた?)ための副産物でもない。

 パンク由来の逆立て髪型は、一般的にスパイキー・ヘア(Spiky Hair)と呼ばれる。とくに初期パンク・ロック・スタイルのアイコンとして有名になったのが、それだ。頭全体の髪が全方位的にツンツンと、たんぽぽの綿毛が硬化したか、ウニの殻か、もしくはイガグリみたいに突き立っているスタイルだ。アルバム『ラプソディー』でブレイクしたころの忌野清志郎、あるいはザ・クラッシュ初期のポール・シムノンを思い出していただきたい。

 このスタイルの「出どころ」のひとつが、ニューヨークのロック・アーティストにして作家、リチャード・ヘルの髪型だと言われている。同地が誇る文芸派パンク・バンドであるテレヴィジョンを率いるトム・ヴァーレインと同郷の友人どうしであり、同バンドの初期メンバーでもあったヘル(もちろん芸名だ)は、19世紀フランスの詩人、アルチュール・ランボーに傾倒していた(これも「教養」だ)。ランボーの有名なポートレートに、まるでひどい寝癖のような髪をしているものがある。エティエンヌ・カルジャによって1871年10月に撮影された、ランボー17歳当時の肖像写真だ。ここからヘルはスパイキー・ヘアを思いついたのだ、との説がある。わざと破いたTシャツの裂け目を安全ピンで留めるのも、ヘルが始めたことなのだという。

 70年代中期のロック界隈は、どこもかしこも長髪だらけだった。サラサラなストレート・ヘアもあれば、パーマ・ヘアも人気だった。それらへの反逆心から、パンクスはこぞって、まっすぐな髪を「スパイキー」に仕上げた。だから彼らの逆立った髪とは、どこか突き立てた中指みたいな意味を持っていたのかもしれない。

 具体的には、短めの、中途半端な長さに切りまくった髪を、いろんな方法で逆立てるのが基本型だ。ジェルやヘアスプレーなど整髪料各種はもちろん、ときにワセリンやヴイックスヴェポラッブ、オレンジ・ジュース(糖分があるから)や、洗濯糊までもが使用された。

 もっとも、ヘル以外のオリジン指摘もある。セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャス、そしてジョニー・ロットンも、もちろん「スパイキー」ヘアだったのだが、これらはヘルではなく、イギリスを代表する「芸術的」ロックスター、デヴィッド・ボウイからの引用なのだ、との説だ。72年の名盤『ジギー・スターダスト』発表当時のボウイは、グラム・ロックを指向していた。短めのザンギリ髪をオレンジ色に染めて、逆立たせていた。ここからの影響だったという指摘だ。実際問題、ピストルズ加入前のヴィシャスがかなり重度のボウイ信者で、彼のスタイルの真似ばかりしていた、ということをのちにライドン(=ロットン)は語っている。ギターのスティーヴ・ジョーンズも「ジギー」最終公演のステージ機材を盗みまくってしまうほどのボウイ(とくにジギー)ファンだった(実話)。

  こうした初期スパイキーからの発展型にして派生種に、大型のモヒカン・ヘアがある。尖ったトサカを高々と立てた「トロージャン」と呼ばれるスタイルがそれだ。その形状の異様さだけではなく、立った部分の髪があざやかな色(真紅や緑とか)に染め上げられたものが多かった点も、ド派手な印象を見る者に与えた。

 80年代初頭、そんなトロージャン・ヘアを有名にしたのは、ハードコア・パンク・バンドG.B.H.のコリン・アブラホールや、ジ・エクスプロイテッドのワッティー・バカンといったロッカーたちだった。このときのイメージがあまりに強烈だったせいで、『マッドマックス2』(81年)や『ブレードランナー』(82年)、『ターミネーター』(84年)といった大衆娯楽映画にまで、近未来的な不良姿の代名詞であるかのようにして、トロージャン・ヘアが登場することになった。さらにそこから、当然の成り行きとして、パンク由来のイメージが少年ジャンプなどの漫画キャラクターにまで孫引きで転生していくことになる。髪型と、そして「トゲトゲの付いた革ジャン」を着た悪者というイメージのもとで。

【今週の3曲】 

Richard Hell - Blank Generation

スパイキー・ヘアの一方の元祖、リチャード・ヘルが自らバンドを率いた初リーダー・アルバムのタイトル曲(77年発表)がこれ。元ネタとされる有名曲がボブ・マクファーデン「ザ・ビート・ジェネレーション」(59年)で、コーラス(サビ)部分がほぼ同じ。また「空白の世代」というフレーズは、ヘミングウェイやフィッツジェラルドらが分類された「ロスト・ジェネレーション」にちなんでいて、さらに彼の芸名である「Hell」はランボーの代表作『地獄の季節』にちなんでいる……とされている。ちなみまくり。

David Bowie - Starman

ジギー・スターダスト時代のデヴィッド・ボウイが「スターマン」を歌う72年のレア・ライヴ・フッテージ。たしかにこちらの髪の立ち具合のほうが「初期ピストルズ系」スパイキー・ヘアには直結するような。

The Exploited - Fuck the USA

見よこの高々と、赤々と輝くトロージャン! スコットランドのストリートより「パンク復興」の狼煙を上げたジ・エクスプロイテッド、80年代初期のフッテージ。曲名は「くそったれUSA」! このあたりで形成されたハードコアの基本型が、今日に至るまで、地球中で模倣され続けることになる。

(続く)

川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。著書に長篇小説『東京フールズゴールド』(河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』『教養としてのロック名盤ベスト100』(ともに光文社新書)、評伝『僕と魚のブルーズ ~評伝フィッシュマンズ』(イースト・プレス)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki

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