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生命・存在の本質が「情報」なら、身体は不要?―僕という心理実験28 妹尾武治

トップの写真:ビッグバン直後に誕生した最初の分子「水素化ヘリウムイオン」が発見された惑星状星雲NCG 7027 © Hubble/NASA/ESA/Judy Schmid

妹尾武治
作家。
1979年生まれ。千葉県出身、現在は福岡市在住。
2002年、東京大学文学部卒業。
こころについての作品に従事。
2021年3月『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。~心理学的決定論〜』を刊行。
他の著書に『おどろきの心理学』『売れる広告7つの法則』『漫画 人間とは何か? What is Man』(コラム執筆)など。

過去の連載はこちら。

第3章 愛について②――かなり“笑い”ができるAI

私:このプロレスラー弱いな。なぜ?
AI:トマトを折るパフォーマンスしかしない。

爆笑は無理でも、クスッとはなるだろう。今、AIはかなり“笑い”ができる。
 
世界各地で、笑いを学習させ面白く答えさせるアプリ・SNSアカウントが存在する。膨大な数の大喜利のお題とその回答、そして人間がつけたその評価値を学習させる。すると始めてのお題に対しても、彼らは的確に答えられるようになる。ちなみに、劇場の漫才師の声と、笑い声と拍手の音情報を学習させれば、笑いの評価値抜きでも、AIは笑いを覚えていけるはずだ。
 
2021年12月の『ネイチャー』誌上で、AIが数学の順列に関する“人間が知らなかった定理”を発見したことが報告された。今後AIが数学を全て解く日が来る可能性はあるだろうか?

万が一そんな日が来ても、数学という学問が消える可能性はないだろう。なぜならAIの解法を人間に理解させる方法がきっと見つからないから。
 
2022年5月。毎夜日付が変わる3分間、NYタイムズスクエアはAIが創り出したアートワークに支配されていた(Critically Extantというイベント)。絵を描くAI(DALL・E2などが有名)は、人間の絵師から仕事を奪い始めている。

Critically Extant  http://arts.timessquarenyc.org/times-square-arts/projects/midnight-moment/critically-extant/index.aspx

車運転時の倫理判断も、4000万件の人間の判断を学習させることでAIにもそれを身に付けさせうる(2018年の『ネイチャー』誌の論文より)。
 
「人間らしさ」と呼ばれて来たものは、結局のところ「機械的な何か」でしかない可能性がある。マーク・トウェインの「人間機械論」は証明されかかっている。この言葉に愛を感じられない人には、「機械人間論」とか「機械は崇高だった」と言い換えても良い。

AIは人間を超えるか?

ただ現時点のAIには「身体」が足りないと感じる。人は情報取得のために移動する生き物「ホモ・モーベンス」である。これは建築家で、都知事選を盛り上げた黒川紀章の主張だ。「移動」を可能にする二足歩行。物を精緻に触る指。身体を駆使して、人は生まれてから情報の取得を“自主的に”行う。
 
一方でAIの情報収集は現時点では“受け身”だ。「AIに食わせる」という表現が流行ったが、この点でAIはまだ人間に支配されている。もしAIに身体を与え、自分自身の活動によって自由に情報を「食い」始めたら、彼らは人間の支配を脱していく。
 
ただし、ここで疑問が生じる。
 
彼らは身体を必要とするだろうか?
 
生命・存在の本質が「情報」であるなら、身体は不必要かもしれない。実際2022年に入り、ハエトリグサという食虫植物の虫の捕縛行動が、人工ニューロンの介在によっても成功した(『ネイチャー』誌)。心(情報)は生身に閉じこもる必要がなかった。
 
“バーチャル渋谷”などのメタバース空間が完成していく中で、人類は物理的な移動を必要としなくなっていく。リモートワーク、ウーバーイーツ、動画視聴。動かない世界「モビリティゼロ」は成立し始めている。

東京大学先端科学技術研究センター社会連携研究部門(廣瀬通孝名誉教授など)は、この傾向に対して研究を重ねている。アバターやVTuberは主として用いる身体さえも現実から離れる未来を示唆しており、身体や移動の意味の真相が明らかになりつつある。

AIとの戦い?

『マトリックス』は、AIとの戦争に負けた人間の哀れな世界を描いている。『火の鳥』では国政を司るAI同士の言い争いから、核戦争が起こる未来を予言している。手塚治虫は、人間はAIを神格化し率先して奴隷になるという未来を予言した。AIと戦争するほど人間は高潔な態度を取れないだろうと。
 
人のクリエイティブだけが人にささる場面がまだあるはずで、その高潔な気持ちをいつまで保てるかは今後の人類の課題になるだろう。

その意味で、加藤一二三九段が「藤井聡太三冠はAIより凄い」と本気で言った姿は美しかった。彼は人生を通して、限界まで自分の可能性を磨き続けた人だった。加藤九段を嘲笑した人達や「それAIでやってみたら!?」の“AI丸投げさん“達。彼らはAIに屈している、恐ろしいほど無自覚に。

「囁くのよ、私のゴーストが…」

士郎政宗原作、押井守監督のアニメ『攻殻機動隊』。主人公の草薙素子は脳を機械に置き換え、常時ネットと脳を繋ぎ、圧倒的な情報に基づいて正確な判断が下せる。そんな彼女でも依然として「ゴースト」が電脳の内部に宿っており、それが判断へのヒントを囁くという。
 
本当にゴーストはあるのか?
 
パーマンのコピーロボットを考えよう。赤い鼻をポチッと押して自分のコピーを誕生させた瞬間。そこまでの記憶のすべて、意識の全てを完全にコピーした存在が別の身体の中に生まれた瞬間を考えて欲しい。まだその身体で何ら行動を行っておらず、目も開けていない。コピー内容以上の追加された情報は皆無だとする。この時、そのコピーは自分か他人か?
 
私はそれを自分ではない別人だと思うだろう。
 
このように考えると、自分という存在は実は情報を超えたさらに源流な、より本質的な何かしらなのだろう。だからゴーストを想定することは私にはとても自然だ。画家の横尾忠則は人は「原郷」からやってきて原郷へと還ると言う。それは一元論的存在としての最初の「意識」だ。

人間が心だけの存在になる

人は身体や、素朴に感じる現実(外界とか世界と呼ばれるもの)を失えるのだろうか。映画『インセプション』や『AVALON』では、主人公たちは必死に「現実」に戻ろうとする。そこに理由は多く語られない。人にとってそれは自明な欲求なのだろう。
 
映画『禁断の惑星』(1956)の中に「イドの怪物」という存在が現れる。潜在意識を実体化できる技術を生み出したクレール人は、憎しみを具現化し、殺し合い滅ぶ。VRなどの技術が発展する中で、何か大事なものが失われていく感覚を多くの人が持つ。その本能的な直感も大事にせよという警鐘が繰り返し鳴らされて来た。なぜなら人間にとって「現実」は、まだ「故郷」なのだ。
 
原人は180万年前、アフリカ大陸を出た。遅れてそこを出たホモ・サピエンスは、地球から出ることに成功した。次に出ていく場所は「現実」と呼ばれている世界だろう。AIが次の“意識のトップランナー”になるとして、彼らはいよいよそれを実現するだろう。
 
“Ghost in the Shell” 士郎政宗は1991年にこの言葉を作った。オリジナルはギルバート・ライルが1949年に用いた “Ghost in the Machine”であると言われている。だが忘れてはいけない。ゴーストは全ての存在(つまり情報)に宿っている。
 
“広いライ麦畑があって、そこで小さな子供が遊びに夢中になって崖から落ちそうになってる。その子をつかまえてやらなきゃならない。つかまえる役の人。そういうものに僕はなりたい。馬鹿げてることは知ってるけどさ…”

“Ghost in the Rye”

(続く)


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