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作品の設計を怠ってはならない――エンタメ小説家の失敗学13 by平山瑞穂

過去の連載はこちら。

平山さんの最新刊です。

第3章 作品の設計を怠ってはならない Ⅰ

一枚四〇〇字換算の世界 

 文芸の世界ではなぜか、原稿ボリュームを表す度量衡として、四〇〇字詰め原稿用紙で何枚分に当たるかという「枚数」が、今もって現役で使われつづけている。

 今どき原稿用紙で書いている人なんて、よっぽどご高齢でパソコンのキーボードになじめないような大御所や、特定のこだわりがある書き手以外にはほとんどいないのではないかと思うのだが、原稿の規模感を手っ取り早く摑むには、長らく使われてきたこの尺度がなにかと便利なので、それが慣例的に定着しているのである。

 その感覚は、デビューできるまでも含めてかれこれ三〇年も、今はなきワープロ専用機やパソコンのワープロソフトを使って小説その他を書きつづけてきた僕にも、すっかり染みついている(アマチュア時代にも、応募する文学賞の「制限枚数」を常に意識していた)。たとえば、文字カウントを見て、前日より四〇〇〇字以上増えていれば、「今日だけで一〇枚書けたからこれでよしとしよう」と思ったり、トータルが八万字ほどまで達すると、「これでだいたい二〇〇枚、全体の半分くらいまで書けた」と思ったりする。

「全体の半分」というのは、文芸の単行本一冊あたりの「枚数」として標準的なのが、四〇〇枚から五〇〇枚程度(すなわち、文字数でいえば一六万字から二〇万字)とされているからだ。稀に、せいぜい二〇〇枚規模の原稿を、文字組みや一行あたりの文字数、また行間などを調整することで引き伸ばしてページ数を稼ぎ、なかば強引に一冊に仕立てているようなケースもあるが、そういうのはたいてい、文芸誌に掲載された中篇規模の作品が芥川賞を受賞し、セールスの機を逃すまいとそれ単独で急いで書籍化したようなケースと相場が決まっている。

 手にとって読む側としても、標準より目に見えて原稿量が少ない本は、(あくまで体裁の上で)どこかスカスカな印象があり、落ち着いて読めない感じがするものだ。

 では逆に、原稿規模が八〇〇枚、あるいは一〇〇〇枚にも達していた場合はどうなるか。「芥川賞受賞作の緊急出版」とは反対に、フォントを小さくして字間・行間を詰め、場合によっては二段組みにする一方、薄い紙を使用して厚みを回避することなどを通じて、どうにか「標準的な一冊」に体裁を近づけることもできなくはないが、現実的には、上・下などに巻を分けるのが一般的だろう。

 ただしそうなると、ひとつの作品を刊行するのに、コストが二倍近くかかる。読者がとりあえず上巻だけ読んで飽きてしまい、下巻ばかり大量の在庫が発生するといったリスクもある。出版社としては、できれば避けたいパターンにちがいない。それが許されるのは、(たとえば東野圭吾や林真理子、宮部みゆきなど)すでにその書き手に確固たる名声が確立していて、巻を分けて刊行しても確実にペイできるという見込みが成立している場合にほぼかぎられる。

 この章では、まさにその原稿ボリュームをめぐって僕が犯した過ちについて語ろうと思う。

四作目『冥王星パーティ』

 二〇〇七年三月、僕はいったん、ホームベースである新潮社に戻って、ファンタジー要素のない青春小説で改めて打って出た。それが、前章でも軽く触れた『冥王星パーティ』である。

『冥王星パーティ』改題『あの日の僕らにさよなら』

 実をいうと、四作目に当たるこの小説こそ、本来はデビュー作『ラス・マンチャス通信』の次に、受賞第一作として発表することを想定していた作品だった。その間に二作も差し挟まれてしまったのは、少々複雑な事情によるものだ。以下、話がやや脇道にそれるが、僕がそのときどきの状況にいかに翻弄されていたのかを示すためにも(それ自体がひとつの失敗――少なくともその背景にはなりうるものだ)、まずはそこに至る脈絡を語らせてほしい。

 受賞第一作として考えていた『冥王星パーティ』にファンタジー要素を持たせまいとしたことには、明瞭な意図があった。

 僕は日本ファンタジーノベル大賞で作家デビューを果たした人間ではあるが、もともとジャンルとしてのファンタジーには格別の興味もなかったし、ファンタジー要素すら、描きたい主題を効果的に描くことに寄与しないかぎり、積極的に援用したいと思っているわけではなかった。

 それでも仮に『ラス・マンチャス通信』が売れていたなら、その後も同じ路線を踏襲していたかもしれないが、二作目以降、路線を変えなければならないという点が既定事項になっていた以上、もはやファンタジー要素にこだわる必然性はないと思っていた。

 実際に二作目として刊行されたのは、やはりファンタジー要素のある『忘れないと誓ったぼくがいた』だったわけだが、実はこの作品は、僕自身のそうした思惑とは本来まったく別の文脈から発生し、刊行されるに至った作品だった。詳細を語ると長くなるので割愛するが、この作品には陰の協力者がおり、原型となる作品は、僕の作家デビュー前から存在していたのだ。

 日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューした時期を挟んで、いろいろないきさつから宙に浮いてしまっていたその原稿をどうしたものかと考えあぐねていた中、新潮社の担当Gさんに泣きついたところ、「ではいっそ、これを受賞第一作としてうちで出しましょう」と快諾してくれたのである。当然、それに際して改稿は必要になったものの(その段階で僕は、『世界の中心で、愛をさけぶ』を始めとする「純愛路線」に原稿のテイストをかなり近づけることになった)、デビュー後に一から構想したものではなかった点に注意を促しておきたい。

 それとは別に、あらためて三作目として着手したのが『冥王星パーティ』だったのだが、のちに述べるある事情により、この作品の完成は大幅に繰り延べされることになる。その間に僕は世界文化社から『シュガーな俺』の執筆依頼を受け、そちらを先に片づけてしまった。おおよそそんな形で、僕は『冥王星パーティ』に至るまでにずいぶん回り道をすることになってしまったわけである。(続く)

 


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