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コスタリカは“最強のダヴィデ”だった――サッカーW杯日本戦現地リポート by小川光生

『サッカーとイタリア人』(光文社新書)の著者で、10月に訳書『セリエA発アウシュヴィッツ行き』(光文社)を上梓された小川光生さんによる、現地ドーハからのリポートです。

ドイツ戦リポートはこちら。

”ジャイキリ”の頻発

 今大会の日本代表は、グループステージで、ドイツ、スペインとワールドカップで優勝経験を持つ2チームと“同居”しているが、それよりも多い、なんと3つの優勝経験チームと同じグループで戦いなおかつ勝ち抜いたチームがある。2014年ブラジル大会で、イングランド、イタリア、ウルグアイと同組(グループD)に入ったコスタリカだ。

 コスタリカは、初戦のウルグアイ戦で3-1と1930年大会の初代王者を退けると、2戦目では4回の優勝を誇るイタリアを1-0で撃破。最後は近代サッカーの母国、1966年地元大会の優勝チーム、イングランドと引き分け(0-0)て、ワールドカップ史上に残る“死の組”を見事、ポイント7の首位で突破してみせたのである(同大会、私はイタリア代表も追いかけ取材していたのでこの“偉業”をよく記憶している)。

 今大会のグループステージは、いわゆる“ジャイアント・キリング”(巨人殺し。スポーツの世界では実力差のある格下が勝利を挙げた場合に使う。番狂わせ)が頻発している。サウジアラビアのアルゼンチン撃破、そして日本のドイツ相手の逆転勝利。その他、25日にウェールズを下したイラン、昨夜(27日)、ベルギーを技術面、戦術面で圧倒したモロッコも、“プチ=ジャイキリ”の立役者になったと言えるだろう。

 確証はないが、「巨人殺し」という発想の元ネタは、『旧約聖書』の「サムエル記・上」に登場するダヴィデとゴリアテの逸話だと思う。ゴリアテはペリシテ軍の秘密兵器ともいえる大巨人で身長が3m近くあった。サウル王率いるイスラエル軍は、この巨人にてこずり、戦いの主導権をなかなか握れない。秘策もなく手をやいていると、そこに羊飼いの息子で未成年のダヴィデという少年が現れる。彼は周囲の反対や不安をよそに、巨人兵士を石による一撃で倒し、一躍イスラエルの民の英雄になるというストーリーである。いかんともしがたい体格の差を道具を有効に使う知恵により凌駕し、大きな敵を倒したということで、格上の相手への逆転勝ちの譬えとして今も西洋を中心に広く用いられる。ちなみに、ダヴィデはこの“ジャイキリ”の功績が認められ、イスラエル軍の司令官に就任。その後も活躍を続け、紆余曲折を経るが最後にはイスラエルの伝説的な王にまでのぼりつめるという話だ。

 イタリアのサッカー界でも、今もこの逸話をもとにした言い回しが使われている。「Davide contro Golia」。ゴリアテに立ち向かうダヴィデ。戦力でも資金力でも人気でも劣った格下のクラブが、ユヴェントス、インテル、ミランなどのビッグクラブに立ち向かい、時に金星を挙げ大恥をかかせる。(かつてほどではないとは言え)カトリック信仰の強いイタリアにおいて、『聖書』の中のヒーロー、ダヴィデの譬えは、サッカー界にも転用されている。

日本、“最強のダヴィデ”との対戦

 11月23日の日本代表は、ドイツという名のゴリアテを巧みな戦術変更とがむしゃらなボールへの執着で打倒し極東のダヴィデとなった。一方、2014年、ブラジルの地でW杯史上屈指のダヴィデ、コスタリカは、スペイン相手に0-7という大敗を喫していた。かつての大番狂わせの立役者、GKケイラー・ナバス、MFセルソ・ボルヘス、FWジョエル・キャンベルにはもはや“若き羊飼いの息子”の面影はなく、スペイン代表の「ティキタカ」に翻弄される形で、屈辱の敗戦を受け入れることしかできなかった。

 そんななか、今大会のジャイキリの主役、日本は、ドーハ・メトロ・グリーンラインの終点にあるアフメド・ビン・アリー・スタジアムで、2大会前の“最強のダヴィデ”との対戦を迎えたのだ。コスタリカにはやはりあの頃の溌溂としたダヴィデの面影はなかった。しかし、極端とも思えるほど守備的な布陣を敷いた彼らのディフェンスは、試合後、MF鎌田大地(スペイン戦での覚醒を期待しよう)が語ったように実に「コンパクトでアグレッシブ」だった。コスタリカは大敗を喫したスペイン戦の教訓を活かし、布陣を本来の4-3-3から5-4-1の超守備的布陣に変更してきていた。そんななか、なかなか攻撃の突破口を見出せない日本。後方で吉田麻也、長友佑都らが盛んにボールをまわす場面が目立つ。一方、コスタリカも左サイドではるベテラン、キャンベルにボールを集めるも有効な攻めには発展しない。日本がボールを長く保持し、それを奪ったコスタリカが中途半端な攻めを繰り返す展開が続く。

 後半、そんな“膠着状態”を打開すべく森保一監督が動く。後半開始直後にドイツ戦の英雄、FWの浅野琢磨、とDF伊藤洋輝を投入する。3バックにし、攻撃をスピードアップさせる狙いがあった。62分には秘密兵器、MF三苫薫、67分には“レギュラーMF”伊藤純也をピッチに送り込み、ドイツ戦と同じく、交代選手たちによる怒涛の攻撃を画策する。しかし、昨日はそれが機能しなかった。コスタリカの守備は崩れない。その鬼気迫る守備には、8年前、彼らが抱いたあのダヴィデのジャイキリ精神が再び宿ったかのようだった。

 粘り強い守備に日本にもミスが目立つようになってくる。ケガから復帰のMF守田英正は及第点の仕事(後半開始直後のミドルシュートは惜しかった)はしたが、いわゆる“いい時の守田”とはやはり違う。そんななか、“5バック”に右サイドを担っていたケイセル・フレールがゴール前に、その彼にボールが渡る。数人の選手を前にしたフレールは、GKの位置を冷静に確認しながらループシュート。GK権田修一は指先でわずかにボールに触るも及ばず、コスタリカに待望の先制点がもたらされた。天を仰ぐ筆者。視線の先の掲示板にはすでに81分が示されていた。

プーラ・ヴィーダ(pura vida)!

 試合後、地下鉄の駅までの道のりで、コスタリカのファンに頻繁に声をかけられる。「いいゲームだったね。お互い一緒に決勝Tに行こう。プーラ・ヴィーダ!」。プーラ・ヴィーダ(pura vida)? 一体、どんな意味だろう。咄嗟に尋ねると、英語ならピュア・ライフ(純粋な人生)のことだそう。コスタリカでは、「元気かい?」というような意味でも用いるポピュラーな言葉だそうだ。シンプルでピュアな生活こそが、人生において最も大事なこと。喜びも悲しみもすべて受け入れ、彼らは人生を楽しむことを“楽しんで”いる。プーラ・ヴィータ……。コスタリカのジャイキリ魂の源なのかもしれない。

 セルジオ越後さんなら「日本はまだそんなレベルじゃない!」と激怒するだろう。ただ、試合後の私たちは、ジャイキリされたゴリアテの心境だった。今大会のダヴィデとかつてのダヴィデの対戦は、後者の巧みな罠に前者が見事にはまる形で、日本は最終的に巨人の気分にさせられた、そんな感じだろう。

 ファンビレッジに戻ると、各国のファンが「日本は何やっているんだ。絶好のチャンスだったのに!」と本当に悔しそうな表情で声をかけてくる。前回のコラムで、「ドイツ戦の勝利をもはや奇跡とは呼びたくない」と書いた私だが、その気持ちは今も変わっていない。ただ、当然のことながら、日本が、サッカー界のゴリアテになるには、まだまだ多くの時間が必要だろう。その道のりはまだまだ長いことを身をもって教えてくれたのが、純粋な人生を愛するジャイキリの先輩、コスタリカだった。

 次なる日本の相手はスペイン、そしてコスタリカはドイツ。2つのゴリアテに挑む2つのダヴィデの運命はいかに。グループステージもいよいよ大詰めである。(了)


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