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魚はエロい|馬場紀衣の読書の森 vol.35

ビデオカメラ片手に海中へと潜りこむ。海のなかでは光の屈折の影響で魚の「モノ」は近く大きく見えるから、そのサイズは実寸の2倍以上。「魚」と「エロ」。あり得ない組みあわせ、と思いきや、海のなかは想像よりずっとほうじょうな世界だった。地上にいては知ることのできない世界。そう、海に住む生き物たちの生態はロマンチックで、神秘的だということをこの本で初めて知った。

タイトルのとおり、本書にはエロい魚が数おおく登場する。でも、著者いわく半分くらいは「エロくない」、真面目な記述に努めているらしい。ただ、最初に紹介される魚の名前からして、くすりと笑わずにはいられない。いや、魚からしてみたら、こんなふうに笑われるなんてきっと不本意にちがいない。でもこの本には、そんな魚ばかり、登場するのだ。

見た目そのままの異名をつけられてしまった残念な魚。たった1/15秒という短さでことを済ませてしまう魚。イチャイチャと身体と身体を触れあわせて泳ぐ魚もいれば、まったり求愛する魚もいる。そんな魚たちの様子を眺めていると、なんだか海のなかが街の通りに見えてきた。

瓜生知史『〈オールカラー版〉魚はエロい』光文社新書、2016年。


凶暴なイメージのサメの繁殖行動は、そのイメージのまま強引で激しいのだということもこの本を読んで知った。本書によれば、発情したオスは泳ぎ回ってメスを探し、見つけるや否や追いかけ回すのだという。そのうえ相手が求愛に応じると噛みつくというのだからたまらない。サメの交尾器であるクラスパーと呼ばれる器官は溝のかたちをしていて、精子はこの溝を通ってメスの体内へ届く。その噴射は一瞬で、このときの圧力というのが相当なものらしい。だからサメとしては、途中で漏れ出てしまわないように、ゆっくりと放精したいはずなのだけど、大きな個体同士が海のなかで寄り添いつづけるのはなかなか難しい。潮の流れは恋人たちにいじわるなのだ。というわけで、オスはメスをしっかり固定するために「噛み抱え」る。SMじみた行動にも、きちんと理由があるというわけだ。

交尾時の噛みつきが痛みをともなうのかどうかはサメに聞いてみないことには分からないが、オスの噛みつきに耐えられるようにメスの皮はオスより厚くできている。ところで著者は、サメに何度か噛まれたことがあるらしい。残念ながら、こちらは求愛と呼べるほど甘やかではなかったが、著者いわく「世界中で起こっているサメに噛まれた事件のうち、いくつかは求愛による噛みつきが含まれているはずだ」。

魚の行動が人間に似ているからだろうか。海のなかに知り合いは一人もいないはずなのに、こうして魚たちの生態を眺めていると、まるで見知った誰かの恋路を眺めているような気持ちになるから不思議。海に知人のおおい著者がすこし羨ましくなってくる。




紀衣いおり(文筆家・ライター)

東京生まれ。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。オタゴ大学を経て筑波大学へ。専門は哲学と宗教学。帰国後、雑誌などに寄稿を始める。エッセイ、書評、歴史、アートなどに関する記事を執筆。身体表現を伴うすべてを愛するライターでもある。

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