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栗山監督を支えた「覚悟の源泉」とは?|栗山英樹『栗山ノート』

『栗山ノート』。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍ジャパンを見事優勝に導いたくりやまひで監督が大切にしている言葉を記した本である。

 大谷翔平やダルビッシュ有など活躍するメジャーリーガーを絶妙に采配し、その巧みなチームマネジメントで「名監督」の地位を不動のものとした栗山氏。 優勝後のインタビューからも窺えるが、WBCの熱戦のなかで選手に寄り添い、信頼して勝負を託していた。当事者にしかわからないプレッシャーもあったであろうなかで、栗山氏を支えた覚悟の源泉はどこにあったのか。そのヒントが本書に詰まっている。

 

 本書は古典や先人が遺した言葉のなかから栗山氏が感銘を受けたものを紹介し、それに対する氏の考え方を記している。他のプロ野球監督とは異なり指導者経験がないまま日本ハムファイターズの監督に就任し、自己改革の必要性に目覚めたときから、自らの学びのなかで出会って書き留めてきた言葉を選び出した。

 そのひとつに中国の儒学者であるしんが『しんぎん』で語っているしんちんこうじゅうという言葉がある。「頭が切れて雄弁であるよりも、無口でどっしりと落ち着いている人のほうがいい」という意味である。栗山氏は、こう指摘する。

自分の評価、評判、噂などを気にすると、人間は集中力を欠いてしまいます。プロ野球選手ならば、メディアの批判に一喜一憂する選手は、プレーに波があります。自分の進むべき道を、ひたむきに真っ直ぐ歩いている選手が成功をつかんでいる。

150頁

 本書では自身の経験にも言及する。日本ハムファイターズの監督になったばかりの頃は「栗山ごときがなんで監督をやるのだ」と批判された。さらに、2013年に入団した大谷翔平を二刀流で起用したときも、猛烈な向かい風を受けたという。しかし、批判する人の意見はその人の感覚に左右されており、単に感覚や価値観にそぐわないから否定しているのだと考えると、周囲の意見が気にならなくなっていったと記す。


 本書に記されたもう一つの印象的な言葉は、「人間は短い言葉が大事だ。人間は短い言葉によって感奮興起していく」である。易学者・やすおかまさひろの言葉であるが、これを栗山氏が体現したのがまさに今回のWBCだった。 準決勝のメキシコ戦、9回裏の勝負どころで「ムネ、お前に任せた。思い切って行ってこい」とコーチを通じて伝えた村上宗隆選手にスイッチが入り、劇的なサヨナラヒットを放ったのは、いまや多くの人が知るところである。まさに短い言葉で、本来の調子が出ていなかった若き強打者の闘志を燃え上がらせた。村上選手は決勝でも特大の本塁打を放つ活躍で、侍ジャパンを優勝に導く原動力となった。

 本書で紹介される言葉の一つひとつに、栗山監督の精神を支えるバックボーンが見て取れる。それぞれの言葉に含蓄があり、読み進めるうちに栗山氏が名監督として成長を遂げていく過程を追体験できるような感覚に包まれる。

 さまざまな言葉からの学びを糧に「名監督」が生まれた。理想のリーダー像を求めて、栗山氏の頭のなかを知りたいという人も多いだろう。そうした人たちに大いに役立つとともに、このノートの続きを読んでみたいという気にさせる作品である。


まり礼実のりみつ(ブックレビュアー・ジャーナリスト)

ビジネス・経済分野でのジャーナリスト活動のかたわらライフワークとして長年ブックレビューに取り組んでいる。欧米の駐在経験で視野が大きく広がった。政治、経済、国際分野のほか、メディア、音楽にも関心があり、英書邦訳も手がけている。


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