【第79回】なぜ宇宙は存在するのか?
宇宙は一つではない?!
幼い頃に抱いた「なぜ宇宙は存在するのか」という暗然たる謎、そして思春期の頃に抱いた「なぜ自分は存在するのか」という疑問が、その後の私を学問の世界に導いた。類似した体験をされた読者も多いのではないかと思う。
ただし「なぜ宇宙は存在するのか」という究極の問題については、永久に解答が見つからないに違いないと感じている。たとえ超高度に進化して時空やブラックホールを自在に操るほどの力を持つ知的生命体が存在するとしても、この問題だけには答えられないだろう。なぜなら彼らも我々と同じように、この宇宙の内部に存在するという「論理的な限界」に縛られているからだ。この直観は、論理学を研究して到達した私なりの結論である(この結論の意味については、拙著『ゲーデルの哲学』『理性の限界』をご参照いただきたい)。
もちろん「この宇宙が存在するのは神(創造主)が創造したからだ」という月並みな答えもあるが、それが安易な「疑似解答」にすぎないことは明らかだろう。というのは、即座に「それでは、その神(創造主)はなぜ存在するのか」という新たな疑問が生じるからだ。これでは論点を先送りしたにすぎない。それでもこの答えで満足して幸福な人生を歩む人もいるかもしれないが、カミュによれば「妄信」で救われる人は「哲学的自殺者」なのである。
本書の著者・野村泰紀氏は1974年生まれ。東京大学理学部卒業後、同大学大学院理学系研究科修了。フェルミ国立加速器研究所研究員、カリフォルニア大学バークレー校准教授などを経て、現在はカリフォルニア大学バークレー校教授・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員。専門は素粒子論・宇宙論。数多くの論文と共に著書に『Quantum Physics, Mini Black Holes and the Multiverse』(Springer)や『マルチバース宇宙論』(星海社新書)がある。
さて、「なぜ(Why)宇宙は存在するのか」という問いに対する答えは、本書のどこにも記載されていない。そもそもこの種のタイトルは哲学書・宗教書コーナーでは散見されるが、科学書では見た記憶がない。『相対論的宇宙論』や『クォーク』などの「正統派科学書」だけを出版していた頃の講談社ブルーバックスであれば、編集部で却下されたタイトルではないだろうか(笑)?
とはいえ、「どのように(How)宇宙は存在するのか」という意味では、本書はこれまでに私が読破してきた類似書の中でも、最も情報量が多く明快に解説された名著の一冊といえる。「ダークマター・ダークエネルギー・ビッグバン・ウィンプ・アクシオン・インフレーション・ペンローズ図・超弦理論・余剰次元・人間原理・マルチバース」に関わる最新の成果が実によくわかる。本書のサブタイトル「はじめての現代宇宙論」としては、秀逸な作品である。
本書で最も驚かされたのは、観測された真空のエネルギーすなわち「ダークエネルギー」の数値を正確に説明できる「ほぼ唯一の理論」が「マルチバース理論」であり、それが我々の宇宙は「負の曲率」を持つと予測している点である。つまり「宇宙は一つではない」という理論は机上の空論ではない!
今後数十年で宇宙の曲率の測定精度はアップし、現状よりも0.01度の高精度が得られるという。もし「正の曲率」が発見されれば「マルチバース理論」は反証される。要するに、この理論は反証可能な「科学理論」なのである!