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#09_観光を「だれかを受け入れる側」として捉えたときに見えてくるもの|小松理虔

いわき市という「都市」

 ぼくはいま、福島県のいわき市に住んでいる。東北地方の東南の端っこ。福島県と茨城県の県境にある市で、東京から車で3時間ほど。常磐じょうばん線の特急「ひたち号」に乗れば2時間程度のところにある。東北地方には珍しく温暖な気候で知られていて、沿岸にあるためか夏もさほど気温は上がらない。冬もそんなに雪は降らないので、ほんとうに暮らしやすいところだなあと思う。

 いわき市は面積が広い。いまでこそ面積日本一の座を岐阜県高山市に譲っているけれど、かつて「面積日本一の市」といえばいわき市だった。その面積は、東京都23区のほぼ倍、1232平方キロほど。沿岸部は南北に長く海岸線が60キロ続き、漁港には日々、多種多様な魚介類が水揚げされている。もちろん内陸の面積も広く、コメや野菜、果物などさまざまな農産物が出荷され、たくさんの人たちの胃袋を満たしている。さらに、山間部にはなだらかな阿武隈あぶくま山系の山々が連なっていて、低山トラベルやトレッキング、ドライブなども楽しめる。

 いわき市の人口は、じつは33万人もあり、いちおうは「中核市」の扱いだ。中核市というのは、ごくシンプルにいえば人口20万人以上の都市のことで、できる限り住民の身近なところでスピーディーな行政を行うため、福祉や教育、保健や衛生面などに関する権限が与えられた市のことを指す。ちなみに人口が50万以上いると「政令指定都市」になるので、こちらを地方の大都市と考えると、中核市は「地方の中規模都市」という感じになるだろうか。

 総務省のデータを調べてみると、中核市は全国で62ほどあるようだ。東京や大阪、名古屋など大都市のベッドタウンのような市(八王子市や枚方市など)もあれば、宇都宮市や前橋市、盛岡市や鹿児島市など県庁所在地も多いから、いかにもわかりやすい「ザ・地方都市」だといえるだろう。ちなみに全国には市が792あるそうなので、中核市はその1割にも満たない計算だ。全国にある市のほとんどが人口数万人レベルだということを考えると、中核市というのはそれだけでかなりの規模の都市ということになる。

 ただ、我らがいわき市、いまから50年ほど前に14もの市町村が合併してできたこともあり、よその市のようなわかりやすい「中心市街地」がない。いや、なくもないのだけど(詳しい状況は後述)、悪くいえば都市らしい決め手に欠け、よくいえば都市の機能が小規模分散されているといえるのかもしれないと感じている。

 いや、ちょっと待て。いまぼくは気軽に「いわきって都市らしい決め手がないんだよなあ」と書いたけれど、この「都市」とはいったいなんなのか。ぼくはあまり意識せず「都市=中心市街地や人口密集地を有している地域」というイメージを持っているのだけど、人によって「都市」という言葉の意味合いは異なるかもしれない。

 辞書で調べてみると、都市とは「多数の人口が比較的狭い区域に集中し、その地方の政治・経済・文化の中心となっている地域」のことを言うようだ。なるほど、これならば市役所とか議会とか商工会議所とか駅とかがギュッと詰まったところをイメージできる。一方、総務省のウェブサイトを見てみると、都市というのは「大都市、中核市及び特例市以外の市をいい、中都市とは、都市のうち人口10万人以上の市をいい、小都市とは、人口10万人未満の市をいう」と定義されている。総務省は、都市の機能とか役割ではなく「人口」だけで都市を定義しているようだ。人口10万人以下でも「小都市」。つまりは都市なのだ。

 ちなみに、Googleで「都市」という言葉を検索してみたら、長崎県のウェブサイトに「都市とは何か」というページがあった。そこにあった文章を見て驚いた。「これが都市なのだという定義はいろいろな考え方や捉え方があって、とても一言では表せない」とか「都市と農村の区別が不明確な日本にあっては、ひとつのまちが都市なのか農村であるのか判断することも容易ではありません」とか書いてあるのだ。人によって「都市」の意味合いが異なるわけだ。すごくおもしろい。

 定義があいまいだからこそ、そこには主観が入り込む。それで、あっちのほうが大都市だなあとか、向こうは都市的(都会というべきか)だなあとか、よその地域と比較して自分の住んでいる地域を「卑下」してしまったりするのだろう。けれど、定義が「あいまい」だということは、そこに余白もあるということだ。つまり、自分なりの「都市」があっていい。今住んでいる地域を都市と考えるか、小都市と考えるか、あるいは農村と考えるかは自分次第だということだ。

 もちろん、自分なりの心地よい「都市」を見つけていくためには、その言葉の本来の持つ意味や定義を踏まえる必要もあるだろう。それでこうして、都市の辞書的な意味や総務省の定義をサクッと見てきたわけだけれど、どうだろう、あなたの持つ都市のイメージと合致しただろうか。

 以上のような話を踏まえて、ぼくの地元、いわき市について紹介したい。いわき市の中心地である平地区は、かつては磐城平藩いわきたいらはんの城下町として栄え、合併前は福島県平市という名前だった。JRいわき駅(ぼくが子どもの頃は平駅)を有し、市役所などの官庁も多い。駅前には商店やホテルも多く、デパートなどの商業施設もある。いわき市の行政・商業・交通の中心であり、この平地区でおおよそ10万人ほどの人が暮らす。沿岸部には豊間とよま薄磯うすいそといった美しい海岸もあり、夏はたくさんの観光客が訪れる。さすがに元城下町といったところだろうか。先ほどの定義に照らすなら、平地区は中都市ということになるだろう。

 これに対し、ぼくの暮らす小名浜地区は、国際港湾小名浜港を有し、大規模な工業団地もあることから、いわき市の工業の中心として機能している。漁港もあるため水産業も盛んだし、水族館や物産館、イオンモールなども観光・商業コンテンツも多い。小規模だけど商店街もあるし、ロードサイドには全国チェーンの店舗も多いから買い物には困らない。小名浜地区で人口が8万人ほどとされている。合併前は「福島県磐城市」として存在していたくらいなので、小名浜地区を小都市として捉えてもいいかもしれない。

 いわきの南に位置する勿来なこそ地区は、勿来海水浴場や史跡「勿来関」など、風光明媚な自然や文化を生かした観光資源が豊富であり、また「クレラップ」で知られるクレハ(旧・呉羽化学工業)のお膝元でもあり、小名浜と同様、工業が盛んな地域でもある。勿来地区でおおよそ5万人ほどの人口があるので、こちらも、おおよそ平均的な小都市として考えてもいいかもしれない。

 このほか、「いわき湯本温泉」や「スパリゾートハワイアンズ」を有する常磐地区(人口3万人)や、かつて産炭地として栄え、膨大な量の石炭を首都圏に届けた内郷うちごう地区(人口1.4万人)など、市内に小規模のまちが分散していて、それがいわき市の魅力を形づくっている。分散しているためによそから見れば「人口30万もいるまちには見えない」だろうし、普段のぼくの生活も「人口30万人もいる地方都市で暮らしている感」はそんなにない。さきほど小名浜地区の人口は8万人と紹介したけれど、おそらくぼくが日々味わっている暮らしもまた「人口8万人規模の地域での暮らし」という感じなのだろう。

 このように、いわき市というのはじつに「中途半端」なのだ。人口が30万人もいるわりに、よその県庁所在地にあるようなオフィス街もないし、ここぞという「一大飲み屋街」があるわけでもない。中心地からすこし車を走らせれば農園が広がり、あるいは海岸線が伸び、かつて炭鉱で賑わった地域もあれば、山に囲まれた中山間地域も点在する。わかりやすい田舎町でもなければ、よくある地方都市にもカテゴライズされない。捉えどころがないというか、わかりにくいというか、まさに中途半端。案外そういう地域は日本各地にあるのかもしれないけれど。

観光プロモーションがもたらす、内と外のギャップ

 なんともわかりにくいいわき市だが、それでもなお地域の魅力をわかりやすく伝え、一人でも多くの人たちに関心を持ってもらおうと、市が中心になって精力的にシティセールスを行っている。シティセールスというのは、地域が持つさまざまな資源を買ってもらい、人や金、 企業などを地域に取り込んで地域の力を高める販売促進活動をいう。一言でいえば「プロモーション」というやつだ。

 いわき市のシティセールスのキャッチコピーは「フラシティいわき」である。いわき市に「常磐ハワイアンセンター」ができて50年。フラ文化も地域に根付きつつあるいま、「フラ」こそ対外的にいわきをアピールする際の基軸にふさわしいということらしい。

 さあ、どうだろう。現時点で「福島県いわき市」を知っている人すらかなり少ないと思うけれど、さらに「フラシティ」とか言われても、具体的にイメージが湧かない読者のほうが多いと思う。「いわき=フラ」と結びつく人は、その時点でなかなかの「通」と言えるかもしれない。

 たしかにいわき市には、かの有名な「スパリゾートハワイアンズ」がある。首都圏に暮らす人ならその名を一度くらいは耳にしたことがあるだろう。その成り立ちの実話を映画化した『フラガール』が日本アカデミー賞で最優秀作品賞を獲得したのは2006年。炭鉱町がアクロバチックかつドラマチックに「東北のハワイ」になったことは地域の誇りだし、その炭鉱町に暮らした炭坑夫の孫であるぼくは、いわき市が「フラシティ」を名乗ることに大いに賛同すべきかもしれない。けれど、「フラシティ」と呼べるほど、市内にハワイアンカルチャーの発信拠点があるわけではないし、ぼくが日々「ロコモコ」や「マヒマヒ」を食しているわけでもない。

 先ほど少し紹介したけれど、いわき市は多様であり「ハワイ」や「フラ」の価値観を共有できるのは、せいぜいかつて炭鉱のあった常磐地区に限られる。同じように見える炭鉱町ですら、炭鉱を運営する会社によって文化や歴史が異なるほどだ。ハワイアンズの前身である「常磐ハワイアンセンター」をつくったのは「常磐炭鉱」という会社であり、それゆえ「いわきの炭鉱=常磐炭鉱」のイメージが強いけれど、たとえばいわき市好間地区には古河財閥系の「古河炭鉱」が稼働していて、必ずしも「ハワイ」や「フラ」の価値観を共有できているわけではない。

 もちろん、市の立場からすれば、そうした複雑な地域事情をひっくるめてプロモーションしなければいけないのだろうから、その苦しさもよくわかる。ただ、少なくとも小名浜に暮らすぼくにはほとんどピンときていないし、この連載からもわかるように、ぼくが伝えたいいわきには、ほとんど「フラ」の要素はない。ぼくの個人的な感じ方としては、「フラ」は、いわきのまったく一部分しか語り得ていない言葉のようにに思える。

 なぜこのようなギャップが生まれるかといえば、プロモーションが「外」を意識するほかないからだろう。産品を買うのは外の人だし、いわきを観光するのも外の人だ。だから、プロモーションでは外の人たちにわかりやすい言葉が用いられる。地元の人がなにを届けたいのか、なにを心のよりどころにしているのか、よりも、外の人たちを意識しなければいけない。そうして「外の人たちに届くであろう言葉」と「内の人たちが伝えたい言葉」にギャップが生まれるわけだ。

 こうした「内と外のギャップ」は、近年、特に観光の分野で顕著に見られるようになっていると感じる。わかりやすいのは京都だろうか。今でこそコロナ禍で観光客が減ってしまい、課題は穏やかになっているが、一時期の京都は明らかに「オーバーツーリズム」の状態だったように思う。あまりにも多くの観光客が押し寄せるため、各地で大渋滞を引き起こし、地元の人たちの暮らしにも影響が出ていたようだし、海外の人たちにわかりやすくサービスを提供するため、「町家」タイプのホテルが乱立し、伝統的な景観にも影響が出た。たしかに海外の観光客は増えたのかもしれないが、日本人がゆったりと寺社仏閣を眺めたり食事を楽しんだりすることも難しくなり、日本人の京都離れが進んだとも言われる。「そこに暮らす人」の目線ではなく、「外から来る人たち」の目線に過剰に最適化しようとして、ギャップが大きくなってしまったわけだ。

 観光の「内と外のギャップ」は、意外にも、ぼくの暮らす福島県でも大きな地域課題であり続けているように感じる。福島県は、震災と原発事故後、「風評の払拭」を掲げ、莫大な予算をかけて情報発信を行ってきた。風評被害というのは、福島に対する無理解や勉強不足から生まれていると考えられている。このため、福島の名産品の情報や生産者の思いだけでなく、放射線の測定値、食品の安全性なども含めて、福島に関するポジティブな情報や科学的なデータが発信されてきたところだ。

 もちろん、ある一定の効果はあったと思う。しかし、どれほど消費地に向けてポジティブな情報を届けたとして、地域に暮らす人たちがそのメッセージに納得し、共有していなければ、文字通り「看板倒れ」になってしまうのではないだろうか。テレビコマーシャルや雑誌で紹介されているほど福島県は(特にいわきは)キラキラしていないし、プロモーションムービーに登場するような人たちだけが住んでいるわけではない。夢や希望ばかりがあるわけでもない。もちろん、これは福島県に限った話でもない。多くの地方都市に共通するギャップかもしれない。

 思えば、「地方創生」が語られるようになってから、地方自治体が総力を上げて観光プロモーションを行うようになった。その地域の観光コンテンツを掘り起こし、ムービーをつくり、情報サイトをつくり、さまざまな優遇策なども交えながら、あの手この手で観光客を誘致しようとしている。ところが、そうした観光コンテンツの多くは、現地の人たちが伝えたい価値ではなく、主として東京の人たち、県外の人たちに味わってもらいたい価値をもとに制作されているように感じる。だから、大都市圏が思い描く「ほのぼのとした地方」が過剰に盛り付けられていたり、「古き良き地方」のようなイメージを押し付けられたりするのではないだろうか。

 日本の観光コンテンツは、長く「発地型」であり続けた。あくまで出発する地域(多くの場合、東京に代表されるような大都市)の都合で、コンテンツもイメージもつくられてきたわけだ。これに対し、現地の人たちが届けたいものを軸に据える観光を「着地型」と呼んだりもして、近年、地域の人たちが観光コンテンツをつくりだす「着地型観光」も盛んになってはきた。しかしそれとて、お客さまを「おもてなし」することには変わりなく、場合によっては、地域の人たちが疲弊してまで観光客をもてなす必要が出てくる。そこに暮らす人たちが半ば無理やりに動員され、疲弊してまで行われるおもてなしが持続的であるはずがない。

 地方都市は、いや少なくともぼくの暮らすいわきは、メディアで喧伝されるほどキラキラしているわけでも、ほのぼのしているわけでもない。単純化できないモヤモヤがあり、クソみたいな現実もある。そんななかで日々、そこに生きる人たちは、みなそれぞれ四苦八苦しながら暮らしを成り立たせ、自らがその地域で暮らすことの楽しみや喜びを見出そうとしてきた。それぞれの生き方や工夫や、暮らし方が集まったものを文化という。ぼくたちは、よその土地を訪れ、そうして何百年と受け継がれてきたものに触れさせてもらっているわけだ。とすれば、観光の主役とは、観光客ではなく、そこに暮らす人も含まれるはずじゃないか…。

観光の終焉とは

 震災以降、自分でもさまざまな観光コンテンツやプロモーションに関わってきた。地元の人たちや当事者を「動員」し、受け手が欲しいであろうメッセージを当事者に語ってもらう、なんてこともやってきた。だからこそ「観光の主役とは誰か」という問いは、自省や後悔と共に、ぼくには深く突き刺さった。

 そしてそんなとき、ある衝撃的な「宣言」にぼくはぶち当たった。デンマークのコペンハーゲン市が2017年に行った「観光の終焉」の宣言だ。当時、観光業界で大きなインパクトを残した宣言なので、知っている人も多いかもしれない。

 デンマーク大使館のフェイスブックページには、宣言について、こんな投稿がされている。

コペンハーゲン市の新しい観光戦略は「観光の終わり」というタイトル。これまでは大量の消費者が、ビジネスと余暇、都市と地方、文化と自転車など、各セグメントに分断された観光を楽しんでいました。見栄えの良い観光地の美しい写真で観光をマーケティングする時代も終わりました。政府の観光局が、当局が消費者に観光地を上から目線で提案する時代も終わりです。観光はもっと地域住民や企業、そして観光客が一緒に作り上げていくものになるべきです。そして観光が地域に住む人の生活の質を上げなければコペンハーゲンは観光客の犠牲になってしまいます。マスメディアによるPRによって大量の観光客が押し寄せ、地域住民の負担になるようではダメです。さらに、観光客を単なる観光客としてではなく、一時的な住人として扱うことで、観光客も地域コミュニティの一員となり、コミュニティに貢献できるのです。

 ポイントを絞ると、こんな感じだろうか。

・観光は、地元と観光客が共につくるものである
・観光客と「一時的な市民」として接しよう
・観光客は、そこに暮らすコミュニティに貢献できるはずだ
・マスメディアのPR・マーケティングより、市民からの発信が大事だ
・コペンハーゲン市民の生活こそが観光資源である

 じつにいい宣言だなと思う。そうなのだ。そこにある市民の生活、市民の暮らし、文化こそが観光資源なのだとぼくも思う。いわきの人たちの暮らし、食べているもの、コミュニティ、それらを観光してもらえれば、少なくとも「内と外のギャップ」はいまよりも解消されるだろう。ハコモノでお金を使ってもらうより、地元のコミュニティに加わってもらえたら、市民の声をたくさん届けることができる。それに、これだけ娯楽が発達した時代に、昭和みたいなな「マス向け」のコンテンツを届けたところで、それに満足できる人はそう多くはないだろう。

 この宣言を見て思い出したことがある。ぼくが地元で関わる「いごく」というプロジェクトで、高校生向けの体験ツアープログラムを組んだことだ。「いごく」は介護や福祉、老いや死というものをおもしろおかしく取り上げるローカルメディアなのだが(過去の連載でも取り上げたことがある)、埼玉県立不動岡高校の先生から「いごくを体験できるようなツアーをくめないか」という謎の相談を受け、メンバーと一緒にツアーを考え、高校生たちを案内した。

 いわきの観光名所などほとんど訪れない。古い炭鉱町の集会所で地元の母ちゃんたちとご飯を食べたり、病院や老人ホームで地元の人たちや医療福祉に関わる人たちと交流したり、介護・介助される体験をしたり、棺桶に入ってみたり、地元のお寺のお坊さんに念仏を唱えてもらったり。そうして老いること、死ぬこと、だれかを支えること、支えられることを身をもって体験し、最後は、地元の高校の演劇部の生徒たちと一緒に、学びを演劇にして発表しあった。

 繰り返すけれど、コースには観光名所は入っていない。ハワイアンズにも、水族館「アクアマリンふくしま」にも行っていないし、いごく編集部のメンバーがふだん味わっているものを届けたに過ぎない。けれども、だからこそ埼玉の高校生たちは「いわきで繰り広げられている等身大の暮らし」に触れることができたのだと思う。その瞬間、おそらく彼らは「お客さま」ではなくて、まさに「一時的市民」として、その時間を過ごしたはずだ。

 ツアーのいちばんの学びはなんだったかという質問に、母ちゃんたちとの交流をあげた生徒は少なくなかった。集会所で、伝承芸能「ヤッチキ」をみんなで踊ったことがいちばんの思い出だったと語った生徒も多かった。年齢を重ねても、生き生きとその土地に暮らし、誰かを支え、誰かに支えられる、そんな暮らしを実践する人たちに出会えたことがなによりの学びになったと、そんなことを話してくれた生徒もいた。さらに印象的だったのは、炭鉱町の集会所での食事のあと、母ちゃんたちの口調を真似て「いわき弁」で話をしていた生徒が何人もいたことだ。そこには、埼玉から来た完全なるヨソモノでも、地元いわきの高校生でもない、まさに「一時的市民」がいた。後から聞いた話だが、影響を受けた生徒の中には、進学先を東北大学に変更したり、それまで進路の候補にはなかった哲学を大学で学ぶことを志した生徒もいたそうだ。ものすごい衝撃を、彼らは受けたのかもしれない。そんな彼らとの関係は、細くはなったけれど、いまも続いている。

 高校生以上に、高校生を受け入れてくれた病院や施設の人たちのほうがテンションが上がっていたことも、すごくよかった。いごくツアーは計3回開催しているのだけど、回を重ねるほど、受け入れ先の方から「今年もやるんでしょ?」と声をかけてもらえることが増えた。プログラムも気合を入れて念入りに作り上げてくださっていて、皆さん自身が高校生たちとの交流を心待ちにしてくれているようだった。

 現場の皆さんが言うには、普段の仕事では関わりを持ちにくい高校生たちが来てくれたこと自体が刺激的だっただけでなく、彼らに仕事内容をわかりやすく説明することで自分の仕事を言語化することにつながったり、高校生たちがおもしろがってくれたことがモチベーションにつながったりしたそうだ。まっさらな状態の高校生たちに福祉の仕事の魅力を伝えられたのもよかったという声もあった。介護の仕事は、どうしても要介護者と「支援する/される」という閉じた関係が作られる。そこに、高校生たちが外の「風」を吹かせてくれたということだろう。

 一方的な「プログラムの提供」になっていないのがいいのかもしれない。いっしょにつくり、共に体験するからこそ、サービスを提供する側とされる側の関係が一時的に崩れて、いい意味での「共犯関係」につながっているのだろう。その「共犯関係」を通じて、高校生たちは「一時的市民」になるわけだ。

 このいごくツアーを、コペンハーゲンの宣言に関連づけて「先進的な取り組みだ!」と訴えたいわけではない。むしろ逆で、コペンハーゲンの宣言を読むことで、自分たちの小さなツアーも観光だと位置付けていいんだと勇気をもらったような気持ちなのだ。この宣言から、ぼくと同じように勇気をもらったような気持ちになる人も、案外多いのではないだろうか。

 ぼくは、いごくツアー以外にも、個人でツアープログラムを実施していて、これまで数百人にいわきを案内してきた。いま思い返すと、たしかに、被災地をめぐるだけの人よりも、現地の人たちとの交流を経験した人の方がリピーターになっている印象がある。ハコモノ施設は一度行けば十分だし、娯楽や買い物ならほかの土地でもできる。けれど、現地の人たちには、その現地でしか会うことはできない。そこに暮らす人たちに会い、顔を見て言葉を交わし、なにかの活動に参加することで、思い出は特別なものになるのだ。そして、体験が特別なものになるからこそ、そこで出会った人たちに、また会いたくなる。

 だれかしら観光客を受け入れた人は、今度は、その観光客の地元を訪れたくなるかも知れない。ぼくたちも、すでに何度も埼玉県加須かぞ市を訪れている。次はあなたのところに行きますよ。そう言葉をかけ、実際にその人のもとを訪ねられたら、観光客/地元民みたいな関係も崩れてフラットになる。人と人とつながりの先に観光が往復するのだ。その土地に行く、というより、その人に会いに行く。そんな関わりが作れたら自分の人生も豊かになりそうだなあ。

観光を通じた「自己」の創生

 今回ぼくは「地方と観光」について書こうと思って文章を書いてきた。ただ、ぼくの視点は、観光客としてのそれでなく、受け入れる側のそれだった。地方に住んでいると、「観光客を受け入れる」という立場でも観光を考えずにいられなくなるのだ。それでこんなテキストを書いてみたわけだけれど、どうだろう。旅をして楽しいだけじゃない。受け入れる側にまわっても楽しいのが地方だと感じていただけたら幸いだ。

 ここ数年、地域とゆるい関わりを持つ人たちを「関係人口」と呼んで、ポジティブに評価していこうという動きが全国で活発になっている。関係人口とは、「交流人口」でも「定住人口」でもない、まさにそのあいだの、地域とさまざまな関わりを持つ人たちのことを指す。

 ここ最近では、この「関係人口」を増やすことが目的化し、各自治体がしのぎを削って交流プログラムを実施しようとしていて、それがまた地域の人たちへの負担になっていると思わないでもないのだけれども、地元の人たちがポジティブに、そして自発的に「こと」を起こし、外からくる人たちの交流を楽しんでいるのなら、ほんとうにすばらしいことだと思う。

 そこで大事なことは、「観光の終焉」宣言にもあるように、1億円の予算をかけてコマーシャルを打って1万人を動員しようとするのではなく、地域でなんらかの活動をしている個人や団体1000組に10万円の事業費を渡し、各自の活動に活かしつつ、それぞれが10人を招いた交流プログラムをつくる、というような手法ではないだろうか。個々の取り組みは小さくとも、そのほうが地域社会が多様になり、全体として持続的なものになっていくはずだ。

 それに、総額一億円のプロモーション企画を考えろと言われても、旅行代理店でも広告代理店でもないぼくには事業を構築することはできない。でも10万円を使って10人の関係人口を増やそうというツアープログラムなら喜んでやりたい。そうなのだ。大型観光プロモーションは「代理店」を豊かにするけれど、コペンハーゲン的観光なら、ぼくたちも主役になれる。

 さあ10万円。どんな旅をコーディネートしよう。そうだなあ、季節は秋がいい。秋は、戻りがつおやさんまなど、小名浜港に水揚げされる魚がうまい時期だ。小名浜の港町だけじゃなく、工場地帯も案内したい。小名浜港は石炭のバルク戦略港として指定されているから、石炭の積み下ろし風景などを見ることができる。自転車に乗りながら、これからのエネルギー事情について考えてみてもいい。お昼は、いわき市平にある「いつだれキッチン」で昼食だ。いつだれキッチンは投げ銭制のコミュニティキッチンで、地域の母ちゃんたちの手料理を楽しめる。そこで母ちゃんたちとおしゃべりを楽しんだあと、内郷の産炭地を見て回ろう。夕方は湯本温泉でひとっ風呂浴びる。そして夜は、地酒の「又兵衛」とともに、海の幸をいただこう。ぼくの友人も招いて、ああでもない、こうでもないと語り合って、酔っ払って、泥のように眠りたい。

 観光というと、自分が観光客として「どこかべつの場所に行く」ことを考えがちだけれど、たまにはこうして、自ら「受け入れる側」の立場で考えてみもていいはずだ。自分が行くのではなく、だれかをアテンドする、だれかとともにめぐるという視点で地域を捉え直すと、自分の暮らす地域が、いま以上にワクワクしてこないだろうか。

 つい先日、スイスの民間研究機関である世界経済フォーラムが、2021年の旅行・観光の魅力度ランキングを発表し、日本が対象117か国・地域の中で1位になった。日本を「世界の中の地方」と考えてみたらどうだろう。一層、コペンハーゲンの宣言が光り輝いてこないだろうか。そうなのだ。地方から考えることは、「世界の中の日本」を考えることにつながる。

 コペンハーゲンの宣言にもあるけれど、観光は、ぼくが、あなたが、その土地での暮らしを楽しむためにこそある。だれかと共に、一緒に、自分たちの地域を楽しむことを通じて、ぼくたちは地元に暮らす歓びまで感じることができるのだ。外からやってくる人たちと地域を楽しみ尽くすることで、そこに暮らす「自分」が立ち上がってくる。それは地方創生ではない。まさに「自己創生」。あたらしい自分をつくるために、ぼくたちは観光し、観光されるのだ。



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著者プロフィール

小松理虔/こまつりけん 1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。ヘキレキ舎代表。オルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」では、有志とともに定期的に福島第一原発沖の海洋調査を開催。そのほか、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。『新復興論』(ゲンロン叢書)で第45回大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著本に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。

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