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【リレーエッセイ】3万部超えが16点! おっかなびっくりの創刊期をようやく乗り越える

今も版を重ねるロングセラーの誕生!

アランちゃん3歳時のビッグウェーブを経て、光文社新書は安定期に入ったようです。もちろん、後から数字を見て安定期と言っているだけで、当時はそんなことはまったく思っていませんでしたし、当時の編集長も必死だったはずです。この時期、編集長が初代の古谷俊勝(現・常務取締役)から森岡純一(現・企画出版室)にスイッチしています。申し遅れましたが、今回は1歳時、3歳時に続き、新書編集部の三宅が担当します。

この5歳時の売れ行き上位書目を見てみましょう。累計で3万部以上刷っているものをピックアップしました。

食い逃げされてもバイトは雇うな 山田真哉 
ざっくり分かるファイナンス 石野雄一
リーダーシップの旅 野田智義 金井壽宏 
下流社会 第2章 三浦展
スケッチは3分 山田雅夫
最高学府はバカだらけ 石渡嶺司
東大教養囲碁講座 石倉昇 
梅沢由香里 黒瀧正憲 兵頭俊夫
3時間台で完走するマラソン 金哲彦
ものづくり経営学 藤本隆宏 東京大学21世紀COEものづくり経営研究センター
メディア・バイアス 松永和紀
接待の一流 田崎真也
字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ 太田直子 
『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する 亀山郁夫 
統計数字を疑う 門倉貴史 
なぜ勉強させるのか? 諏訪哲二 
次世代ウェブ 佐々木俊尚 

まず、3万部以上の新書が16点もあることに驚きます。この期間の刊行点数は48点でしたので、3分の1が3万部超えしたことになります。増刷した書目は28点ありましたので増刷率は58%。う~ん、この時期に戻りたい。タイムマシンにおねがい。

上位書目を見ると、『さおだけ屋~』の続編『食い逃げされてもバイトは雇うな』(累計36万部)、『下流社会』の続編『下流社会 第2章』(累計9万部)がしっかり動いています。後者は、『下流社会』を担当した草薙が産休に入ったため黒田剛志さん(現・中央公論新社)が担当しています。

この時期、特筆すべきは、今も版を重ねるロングセラーが複数誕生したこと。特に2~3位の『ざっくり分かるファイナンス』(累計13万部)、『リーダーシップの旅』(累計9万部)は毎年を版を重ねるだけでなく、電子版の売れ行きも好調です。初速の出る新書もありがたいのですが、長期にわたり棚を回転させていく新書ビジネスの特性上、このようなロングセラーが必要不可欠です。

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古典新訳文庫創刊15周年

もう一つ目を引くのは、亀山郁夫さんの『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』です。2006年の9月に古典新訳文庫が創刊され、創刊ラインナップの『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳)が売れに売れました。それだけでなく社会現象にもなったのです。

その『カラマーゾフの兄弟』の大ヒットを受けて企画されたのが『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』でした。担当は現・文庫編集部の山川江美です。彼女は後に中野京子さんの「名画で読み解く」シリーズを担当することになります。

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中野京子さんの「名画で読み解く」シリーズは新カバーで展開中です

2006年9月創刊ということは、古典新訳文庫は今年15周年を迎えることになります。いろいろな記念企画を考えているようですので、ぜひご期待ください。

賞を受賞する

この時期の新たな出来事として、初めて賞をいただきました。松永和紀著『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』が科学ジャーナリスト賞を、佐藤克文著『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ ハイテク海洋動物学への招待』が講談社科学出版賞を受賞します。

狙って獲れるものではありませんが、編集者にとってはたいへん励みになりますし、賞を受賞することで話題になり、読者の目に触れる機会も増えます。「受賞オビ」と言われる新オビを巻き、書店さんから受注を募ることにもなり、販促にもつながります。ちなみに『ペンギンもクジラも~』は前述の黒田さんの担当です。

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『メディア・バイアス』は私が担当したのですが、編集実務をフリー編集者の福井信彦さんにお願いしました。福井さんには創刊時から『駅弁大会』『温泉教授の温泉ゼミナール』『キヤノン特許部隊』『捕手論』等々、編集にライティングに八面六臂の活躍をしていただいています。

賞といえば、『さおだけ屋~』が2005年に「書店新風賞」を受賞しています。HPに「書店新風賞は その年度に出版界に新風を吹き込み、書店の売り場活性化に貢献した出版物と発行者を顕彰するために、昭和43年1月に設けられました。」とあるように、一般的な書籍の賞とは性格が違うものです。私の印象では、その年に一番売れて話題になった書籍が受賞しているようで、並大抵のことではいただけないでしょう。過去の受賞作を見ても、その年を代表する書目が並んでいます。

自分の振り返りとこの一冊

この時期には15点、担当していました。

脳を鍛える筋トレ 市川繁之 鈴木克憲 織田淳太郎
統計数字を疑う 門倉貴史
スクラム 松瀬学
3時間台で完走するマラソン 金哲彦
接待の一流 田崎真也
パ・リーグ審判、メジャーに挑戦す 平林岳
バール、コーヒー、イタリア人 島村菜津
メディア・バイアス 松永和紀
ハラスメントは連鎖する 安冨歩
iPhone 岡嶋裕史
ホワイトカラーは給料ドロボーか? 門倉貴史
夢をカタチにする仕事力 別所哲也
メンタル・コーチング 織田淳太郎
東大教養囲碁講座 
石倉昇  梅沢由香里 黒瀧正憲 兵頭俊夫
ネオリベラリズムの精神分析 樫村愛子

かつて箱根の山登りの達人で、現在はマラソンや駅伝のわかりやすい解説に定評のある金哲彦さんのマラソン入門書がありますね。第1回東京マラソンは、本書刊行の翌々月に開催されました。

冒頭、「安定期」と書きましたが、将来の劇的な産業構造変化の芽が、すでにこの時期に現れています。それはiPhoneの誕生です。アメリカでは2007年6月、日本では翌08年7月に発売。その後、世界中の街の風景が一変したことは皆さん、よくご存じでしょう。出版業界も甚大な影響を受けました。

上のリストにある岡嶋裕史さんの『iPhone 衝撃のビジネスモデル』の刊行は2007年5月です。あれ? おかしくないですか? iPhoneの発売より前に出てる!? 実は本書は、iPhoneのスペックデータから、その可能性を記したものなのです。

小飼弾さんの書評から引用します。

「岡嶋がiPhoneを見たとき、これは何か言わねばと思ったことは想像に難しくない。本書は著者がiPhoneを見て感じた事を、現状を踏まえた上でストレートに、分かりやすくする技術それほど適用しないで書いている。(中略)こういう何かに突き動かされて書いたものというのは、本でもblogでも、完成度は低い代わりに面白い。そこにはパッケージされるまえの生のプリント基板に似た美しさがある。本書はそんな本である。」

現物がないものについて書くのですから、完成度はどうしても低くなります。ただ、試みとしてはとてもスリリングで面白く、岡嶋さんの予想も大筋で当たっていました。

同じ試みをまたやれと言われても無理でしょうし、そもそもiPhoneのような革命的な、発売前に一冊の書籍として論評すべき製品は、私が生きている間にはもう出てこないようにも思います。

とにもかくにも、安定期に入った光文社新書ではありますが、それを揺るがす芽の一つが、この時期に現れようとしていたわけです(光文社新書に限らず、出版界全体、いや産業界全体に対してですが)。

まだ、誰も気づいていませんでしたが……。


アランちゃん5歳時のこの一冊

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