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底知れぬ店「居酒屋レストラン 毅」|パリッコの「つつまし酒」#198

10数年ぶりの訪問で

 今回は久しぶりに、好きな酒場の話をしようかと思います。というのも、最近ハマっている、ちょっとおもしろい店がありまして。
 僕の住む練馬区の、西武池袋線「石神井公園駅」と、西武新宿線「上井草駅」の中間あたり。どちらからも徒歩だと10分以上はかかるような場所に、ポツンと「居酒屋レストラン つよし」という店があります。

「居酒屋レストラン 毅」

 外観からしてなかなかのカオスっぷりで、ごく普通の街道沿いに突然浮かび上がるその様は、なかなかのインパクト。えっ、こんなところにこんな店が!? と、初見の方なら驚くこと間違いなしです。

要素が多い
自分で言っちゃってるし

 で、ここにはかつて一度だけ、妻と入ったことがあるんです。けれどもあれはたぶん、10年以上も前。その時は「なんか変な場所におもしろそうなお店があったから行ってみようよ!」くらいのノリで、感想も「普通にいいお店だったね」くらいのもの。その後、最近まで一度も訪れなかったことから考えるに、まだまだ酒場経験が足りず、理解しきれていなかったんですよね。毅の魅力を。
 ところが先日、終電間際に西武新宿線の「上石神井駅」(上井草の隣)にたどり着き、バスもないので、30分くらいはかかってしまうだろうけどしかたない、と、歩いて帰ろうとしていた時のこと。長丁場のロケ仕事帰りで、体はヘロヘロ。だけどお腹は空いているし、おつかれさまの一杯もやりたい。どこかいい店はないかな〜? なんて歩きだしたんですが、てきとうな店を見つける前に駅前エリアを抜けてしまったんですね。そこで思い出した。ちょっと遠回りにはなるけど、上井草寄りに歩いていけば途中に、あそこがあるじゃないか! と。
 そんな経緯で寄った毅の、一風変わった居心地の良さ、料理の美味しさ、そしてなにより、パワフルなマスターのキャラクターにすっかり元気を回復させてもらって。それ以来ずっと、「今夜も毅に行きたい病」にかかっているというわけなんです。

内観はこんな感じ

予測不能な出来事の連続

 広々とした店内は、どこか和洋折衷な、まさに“居酒屋レストラン”な雰囲気。入り口から入ると突き当たりに厨房とカウンターがあって、その横のドアは謎の「カラオケルーム」に続いているらしく、実はまだ、店内の全容がつかめていません。

 メニューはひたすらに多い。「海鮮」「肉料理」「旬菜」「じゃがいも」「豆腐料理」「チーズ」「パスタ」「中華」「肴」「ご飯」「デザート」など、ジャンルレスに分かれたグランドメニューが、ざっと見て200種類以上はあるんじゃないでしょうか? 加えて、店内の壁いたるところに、ホワイトボードや短冊など、さまざまなスタイルで日替わりメニューもかかげられていて、これまた全部を把握することは並大抵でない。本当にこれら、頼むと出てくるの? っていうレベルです。

ホワイトボード1枚でもこの情報量

 で、久しぶりにこの店を再訪した夜のこと。まずは「ホッピーセット」をお願いしたんです。するとマスター、なにやら缶飲料を手に持ってひと言。
「うちのホッピー、これだけどいい?」
 その時、手前味噌ながら、自分もこの10数年で酒飲みとして少しは成長できたのかな? なんて思ってしまいましたよね。手に持っているのが、どこかのスーパーで見た気がするノンアルコールビールで、ホッピーの代わりにそれで焼酎を割るのがこちらのスタイルなんだな、ということが、約0.5秒で理解できた。すかさず、「大丈夫です」と答えた瞬間に、もうこの店のことが大好きになっていました。

毅流「ホッピーセット」(380円)

 間髪入れずにマスターより、2枚の小皿を手に持ち、「今日のお通し、これかこれだけど、どっちにする? くらげが300円で、かにが700円」との質問が。お通しが、くらげかかに? そんな二択聞いたことない! そりゃあもう、おもしろいんで、かにのほう選んでみましたよ。
 そしたらやってきたのが、なんと貴重なズワイガニの雌「セイコガニ」1杯ぶん。解漁日を過ぎているから解凍ものだったのかもしれませんが、こんなシチュエーションで出会えると思っていなかった美味しさに大感動したのでした。

お通し(700円)

 続いて頭上を見上げると、まだまだうまそうな日替わりの品がたくさん。特に気になったのが「のどぐろの黒」というメニュー。どんなものか聞いてみたところ、超高級魚であるのどぐろの正式名称は「アカムツ」。対して、実は近縁種ではないものの、「クロムツ」という魚もいて、こちらも脂の美味しい魚なんだとか。それでもアカムツほど高くはないことから、この店ではそう呼んでいるというわけですね。

どれも興味深いが

 それはおもしろそうだと頼んでみたところ、これまたびっくりの美味しさ! 炙りの入った皮目が香ばしく、そこに接した身の脂がじゅわっと甘く、それでいてしつこすぎない。わさびがまた香り爽やかで、思わずどんなものか聞いてしまったところ、予算的にすりたての本わさびではないけれど、こだわって仕入れているものなんだとか。

「のどぐろの黒」(430円)

 こりゃあもう、いったんホッピーは中断して日本酒だろうと、「飲み比べ ぐい呑み三杯」をお願いします。するとやってきたのは、芋焼酎、梅酒、日本酒の飲み比べセット。そうきたか! いやもう、予測不能な出来事の全部が、とことん楽しいっす。この店。

「飲み比べ ぐい呑み三杯」(630円)

 さて、そいつらをちびちびとやっつけて、ホッピーのナカがまだ半分残っているから、もうひと品くらい料理を頼んでみたい。僕の大好物の肉豆腐はないけれど、グランドメニューのなかでいちばんそれに近そうな「豆腐のキムチ煮(肉入り)」、これにしてみよう。
 と、しばらくして運ばれてきたその品を見た時はもう、ただただ笑うしかなかったです。

「豆腐のキムチ煮(肉入り)」(640円)

 だってさ、器がもう、洗面器くらいあるんだもん。カウンターの幅ぎりぎりなんだもん。大家族用の鍋でしょこれ。言ってくださいよ。「うちの豆腐のキムチ煮、大きめだよ?」とかさぁ、もう。マスター、おちゃめなんだから。まぁ、必死でなんとか食べきりましたけども。

ちなみにこちらがマスターの毅さん。この表情が痩せて見えるんだそう

 いやでも、このちょっと信じられないくらいのサービス精神が、マスターにとっての普通なんだろうな。そして、今日あったようないろいろが楽しめる人は、完全に毅にハマってしまうのでしょう。僕がそうなように。

そんでまた、うまいの

マスター劇場

 別の日、あまりに毅が楽しいもんで、友人知人を誘って5人で行った時もまた、いい時間が過ごせました。
 その日は時間が遅くなかったので、家族連れやグループのお客さんたちでけっこうなにぎわい。どこかで注文が入ると、同じものを数品、同時に作ってしまうほうが効率がいいんでしょうね。「天使の海老食べる? うまいよ!」「からあげ揚げるけど、どうする? 食べる?」などと、頻繁に声がかかります。この店はいわばマスターの劇場。従ったほうが楽しいに決まってるでしょう。

「天使の海老」
「からあげ」

 さらに、今日のおすすめのお刺身類をおまかせでお願いしたところ、「じゃあちょっとずつ出すね」なんて言っておきながら、ぶ厚いまぐろが10切れも出てきたりする。さらにほうぼう、いさき、キンメの炙りと、続々うまいもんが出てくる。
 参加者のみなさんが口々に「石神井公園と上井草の中間地点で出てくるクオリティの魚じゃないっすね!」と驚いていたのが、なんだか誇らしいほどでした。

「まぐろ」
「ほうぼう」
「いさき」
「キンメの炙り」
当然ホッピーはこのスタイル

 この日は料理の値段などをメモし忘れてしまったんですが(そもそもおまかせが多くあまり意識してなかった)、他にも何品かのつまみを頼み、キンミヤの一升瓶ボトルまで入れてたらふく飲んで、ひとり3000円程度だったかと記憶しています。どう考えても安い。
 まぁ正直、この記事を読んでくださっている多くの人にとって、あまりにも縁のない場所にあるお店です。わざわざ遠方から訪れることを推奨するというよりは、あくまで、ご近所にもまだまだ、おもしろくていいお店ってあるんだな〜という、僕個人の記録として読んでもらえたならば嬉しいです。
 ただ僕の場合、キンミヤのボトルの残りがまだあるので、あ〜あ、近々また行かないとな〜。まったくもう(満面の笑み)。


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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