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“皿を洗う大統領”を通じてダイバーシティを描く米ドラマ「サバイバー」

光文社新書の永林です。治部れんげさんの新著「ジェンダーで見るヒットドラマ」の原稿から先行公開するnote連載第10回は、2016年からアメリカで放送された「サバイバー:宿命の大統領」を取り上げます。連邦議会議事堂が爆破され、大統領ほか政府の有力者がみな死んでしまい、突然アメリカ大統領になることになった男の話――。こう聞くと荒唐無稽なストーリーに聞こえますが、2021年1月に実際にトランプ前大統領の支持者が連邦議会議事堂を占拠するという暴動が起きたあとでは、もはやリアルに映ります。アメリカの定番でもある男性大統領が主役のドラマながら、「ジェンダーの描き方が革新的」と、治部さんは語ります。

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※以下、治部れんげさんの記事はネタバレを含みます。ドラマ未視聴の方はご注意ください。

弱い男性リーダーが明らかにするダイバーシティの重要性

本書はジェンダー視点でドラマを見る、という試みです。主人公が女性だったり、作品の主題そのものがフェミニズムだったりするドラマもあれば、そういうことを全く考えずに見たら「なにこれ、すごい!」と意外な気づきを得られるものもあります。

アメリカの政治ドラマ「サバイバー:宿命の大統領」は後者で、キーファー・サザーランド演じる主人公が、住宅開発庁長官というマイナーな閣僚ポストから、いきなり大統領になるお話です。

サザーランドは、大ヒットしたサスペンスドラマ「24」で主人公ジャック・バウアーを演じたことで知られています。「24」は2001年にアメリカで放送開始、日本でも2003年にレンタルが始まり大ヒットしました。テロリストが米大統領の暗殺を企て「あと24時間」で大事件が起こるという設定で、どんでん返しが続くスパイものドラマでした。

2003年頃、私は「24」のDVDをレンタルショップで借りてきては、明け方まで見ていました。当時はフレックス勤務の会社員で、〆切に間に合えば、出社の有無をあまり問われないのをいいことに、ひどい時は朝4時まで「24」を見てから寝て、午後から出社していました。路上に黒いワゴン車が止まっていると「陰に銃を持った人がいるかも」と考えてしまうくらい、現実とドラマの世界を混同する中毒状態でした。それ以来、スパイやテロリスト関連のドラマは、現実逃避して没頭できるエンタメとして楽しんでいます。

それから20年近く経った2020年秋のこと。Netflixの画面にキーファー・サザーランドの姿を見つけました。「あ、ジャック!」と思い「サバイバー:宿命の大統領」の第1話紹介をみると、こんな具合でした。

「連邦議会議事堂が爆破され、議会も内閣も全滅。この未曽有の状況下で大統領権限継承順位1位となった閣僚トム・カークマンが混乱の中、大統領に就任する」。

ジャックが大統領を警護するんじゃなくて、大統領になるの? 一体、どんな冗談だろう、と軽い気持ちで見始めたところ、現実の社会問題を反映した部分もあり見応えがありました。加えて、今年のお正月明けにはトランプ支持者による米連邦議事堂襲撃事件が起こりましたから、このドラマが描くアメリカ合衆国の大混乱は、現実を予測していたような気さえします。

また、意外なことに「男らしさ」や「リーダーシップ」の問い直しというジェンダー視点でもユニークな視聴ポイントがたくさんありました。

◆”男らしくない男”が取るリーダーシップ

まず「サバイバー」の基本設定を見てみましょう。主人公は住宅開発庁長官トム・カークマン(キーファー・サザーランド)。彼は大統領の一般教書演説中、会場へは行かず別の場所で、テレビで演説を見ていました。これは「指定生存者」という、アメリカ政府の危機管理の仕組みです。大統領や主要閣僚、軍や司法関係者が同じ場所に集まらねばならない場合、万が一、攻撃に遭った場合に備えて、閣僚などごく少数が別の場所で待機するのです。

ドラマでは連邦議会議事堂は何者かによって大規模爆破され、大統領を含む主要閣僚と主要な政府機関のトップがほぼ全員、死亡します。制度に基づき「指定生存者」であるカークマンが大統領に就任しますが、彼はもともと都市開発を専門とする研究者であり、議員として国内政治や外交に関わった経験はありません。「自分が大統領で申し訳ない」と弱音をはく姿がとても印象的でした。

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なぜなら、今まで私が見てきたドラマでは、大統領は皆、それなりに自信がありそうだったからです。作品によって政治的信条、性格、経歴、人種は様々でしたし、時には無能な大統領や周囲に担ぎ上げられただけの人物もいましたが、総じて、自分がそのポジションにつくことを当然視していました。

これまで私が見た限り、就任時に自信がなさそうな姿で描かれたのは「マダム・プレジデント」(原題:Commander in Chief)でジーナ・デイビスが演じた女性大統領です。大統領の急病死により、副大統領から昇格した彼女は「サバイバー」と同様、議員経験のない元研究者という設定でした。

いずれにしても、一応は閣僚経験もある男性が「自信のないアメリカ合衆国大統領」になる、というのは興味深い設定です。「男性はアグレッシブでリーダーになりたがる」というジェンダー・バイアスをゆるやかに裏切りながら、物語が始まるのです。

3話くらいまで、主人公は正直でリベラル、そして弱気なヒーローで、4話あたりから経験を経て徐々にリーダーシップを発揮していきます。さらに、女性キャラクターの多様かつ生き生きとした描写も良い感じで効いてきます。 

例えばこんな、プロフェッショナルな女性たちです。当初、主人公の足を引っ張る「嫌な感じ」だったベテラン女性議員は、実は陰謀の存在を鋭く見抜いている頼りになる人物。FBI捜査官のアジア系女性は、何度も殺されそうになっているのに捜査をやめず、前線に踏み留まる。そして、ファーストレディは移民専門の弁護士で、夫である大統領を含む誰にでも正論を解いていく――。ドラマの中で活躍する女性たちはそれぞれ専門的な仕事に携わり、職業倫理にのっとって正しいことをします。

私が特に好きだったのは、FBI捜査官のハンナ・ウェルズ(マギー・Q)です。彼女は「24」のジャック・バウアーを想起するようなキレぶりで、組織から止められても、「議事堂爆破犯を見つけて逮捕する」という信念を捨てません。危険と隣り合わせのミッションを遂行する姿はカッコよく、見ていてスカッとします。

ハンナを演じたマギー・Qはアイルランド系アメリカ人とベトナム人を両親に持ち、ハワイで生まれ育ったモデル出身の俳優です。ドラマの中には彼女のルーツに触れる下りもありました。捜査の最中、ベトナム語で会話をして見せると、これまでずっと英語しか喋っていなかったため、同行者がちょっと驚き、ハンナが育った家庭での様子を二言三言話すという短いシーンです。

メインストーリーとは関係ありませんが、家庭で英語以外のことばを話す人が多い現代アメリカの多様な家庭環境を示す印象的な場面でした。「サバイバー」は、人種、性的指向、経済格差などアメリカが抱える課題を随所に織り込んでいます。

◆アメリカでは大統領でも当たり前に皿を洗う

話を主人公とメインストーリーに戻しましょう。

トム・カークマンを新しいタイプのヒーローたらしめているのは、その優しさや弱腰だけではありません。彼は、新しいことを始める際、当然のように妻の意見を聞きます。2人の子どもを育てながら、研究者としてキャリアを積んできた、アメリカにたくさんいる普通の働く父親です。

もともと都市計画専門の研究者だったカークマンに、ある日、ホワイトハウスから「住宅開発庁長官になってほしい」というオファーが来ます。彼がそれを妻に伝えるシーンは、こんな具合です。

カークマンはキッチンでお皿を片づけています。そこに妻が帰宅し、彼はホワイトハウスからのオファーを伝え、夫婦で共に喜び合います

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ごく短いシーンですが、夫婦が共に専門性のあるキャリアを持っており、お互いを尊重していること、自分の仕事に関する意思決定が、配偶者に与える影響を理解した上で、相手の意思を確認することが分かります。たとえ要職であっても、家族の了承なしに仕事を受けたりはしません。

何より、当たり前に皿を洗いながら、こういう話をするのが良いのです。皿を洗う男は、特別ではないし、えらくもない。それはごく当たり前の日常なのです。ここでは、男性が家事や育児をするシーンを「描くかどうか」は既に論点ですらありません。「男性の家事育児を、やって当たり前のこととして位置付けた上で画面に出している」ところが重要です。

また、大統領就任後のカークマンが、子どもと話すシーンも頻繁に描かれます。小学生の娘とは目を見て向き合い、インターネットに書かれた誹謗中傷に心をいためる子どもに優しく語り掛けます。高校生の息子が進学先を選ぶ際は、色んなことに気づいていながらあえて尋ねず、子どもを信頼して待つ、親としての態度の重要性をさりげなく示します。大統領といえども一人の人間であり、必要な時に家族と向き合い、優先する。家族重視のアメリカ的価値観が色濃く出ていると共に、日本の視聴者が学べることがたくさんあると感じました。

◆打ちひしがれる大統領が「男らしさ」の呪縛を解く

「サバイバー」は、2021年現在、シーズン3まで公開されています。シーズン2は、男性の弱い部分をさらに掘り下げるストーリー展開になり、シーズン3は性的マイノリティを含むジェンダー問題を真正面から扱うようになります。

まず、シーズン2では、それまでカークマン大統領を支えてきた妻が事故で亡くなります。大統領の公務に同行していた最中の事故であったため、カークマンは「自分が大統領の職を引き受けなければ、妻は死なずにすんだのではないか」と自分を責めます。妻の死後、しばらくは仕事が手につかないなど、人間として当然の反応を示します。

一般人なら同情される状況であっても、世界最強の国を率いるリーダーには、悲しみに浸ることは許されません。メディアは大統領の職務遂行能力を疑うような報道をしたり、酷い時には大統領が妻を殺したのではないか、と陰謀論を拡散したりします。誹謗中傷に耐えながら、カークマンは、突然、母親を失った2人の子どもの父親として、彼らをケアする役割も負わなくてはいけません。

ここでカークマンが悲しみを乗り越えるのに一役買うのがカウンセラーでした。大統領の執務室で、カウンセラーからの問いかけに答えながら、カークマンは「自責の念」が妻の死と向き合う障害だと気づいていきます。

ドラマ「サバイバー」は、彼が議事堂爆破を生き延びただけでなく、妻の死という個人としての危機を生き延びるため、もがく姿も描きます。

“世界最強ポジション”にある米国大統領でさえ、辛さに耐えかねて引きこもってしまうことはある。だから、一般の視聴者が大事なものや人を失った時に落ち込むのは当然だし、一時的に社会生活を営めなくなっても仕方ない。もちろん、男性が弱音を吐いてもいい――。こんな風に、「男性らしさの呪縛」から人を解き放つ描写に、私は本作品にこめられたジェンダー視点を感じました。

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◆ジェンダーをめぐる課題は「男」と「女」だけではない

シーズン3では、人種問題やジェンダー課題、医療格差を始めとする現代アメリカが直面する社会問題を、より分かりやすく真正面から扱います。例えば、大統領の亡き妻の妹。彼女はトランス女性です。姉の代わりにホワイトハウスで来客対応をしていた時、女子トイレに入ったことを咎められ、警備員を呼ばれる展開は、トランス女性に対する差別を描写しています。

義妹に対する差別という「事件」に怒るカークマンに対し、本人が「これは私にとっては日常なの」と答える場面が印象的です。トランス女性を巡る差別の問題は日本でもSNSで目にすることが増えています。人権侵害を日常的に受けるというのがどういうことか、静かなシーンで問いかけています。

ところで、ジェンダーを巡る課題は、男性/女性という軸のみならず、人種や経済階層など複数の要素が関連した「インターセクショナル」な問題です。シーズン3には、プエルトリコ出身の優秀なスタッフ、イザベル・パルド(エレナ・トバル)が登場します。彼女の能力や仕事ぶりを評価し、引き上げるのが大統領首席補佐官のマーズ・ハーパー(アンソニー・エドワーズ)。野心家の白人男性で、薬物依存症の妻をケアしています。彼は当初、非常に冷たい雰囲気の「嫌な奴」です。ところが徐々に家族に対する思いやりや、経済弱者に対する同情心、そして制度を悪用する人々への憤りを表明するようになります。

ハーパーはパルドを首席補佐官代理に昇進させる際、こんな風に言います。「僕と君はお互いに補完関係にある。ジェンダー、人種、年齢」。自分にないものを持っている優秀な人を見つけて引き上げることは、ジェンダーを含む多様性マネジメントの重要なポイントです。それを理解し、多数派の白人男性が取るべき行動を、ハーパーを通じて視聴者に伝えようとする製作者の意思を感じました。

アメリカの政治や社会を問うドラマ作品として、本書ではすでに「グッド・ファイト」を取り上げています。2作品は共に政治的にはリベラル派の視点から人種差別、女性差別などの問題を扱っていますが、大きく違うのはそのトーンです。「グッド・ファイト」が切れ味鋭く、ラディカルであるのに対し「サバイバー」は穏やかで中道派です。前者は弁護士事務所を中心に民間部門の視点を、後者はホワイトハウス(官邸)を中心に公共部門の視点を描いているため、社会変革のアプローチも違ってくるのかもしれません。

私は「グッド・ファイト」の明快な主張に溜飲を下げつつ、現実に物事を進めていく際は「サバイバー」でカークマン大統領が見せた慎重な姿勢が非常に参考になると思いました。みなさんは、いかがでしょうか。

◆「サバイバー 宿命の大統領」(2016~2019年、アメリカ)
キーファー・サザーランドなど出演。シーズン1と2は米ABC、3はNetflix製作。現在、Netflixで全話を配信中。

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治部れんげ/ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東大情報学環客員研究員  1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。取材分野は、働く女性、男性の育児参加、子育て支援政策、グローバル教育、メディアとダイバーシティなど。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。豊島区男女共同参画推進会議会長。
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