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ぼくが『射精道』を書いた理由|今井伸――新刊より「あとがき」特別公開

発売即重版、売れ行き絶好調の新刊『射精道』。静岡県浜松市の聖隷浜松病院で、性機能障害や男性不妊、男性更年期障害と日々向き合う医師・今井伸さんのこの渾身の一冊は、なぜ書かれたのか。率直な思いが込められた「あとがき」を特別公開します。(編集部)


あとがき


人生の2分の1は性的なことを考えて生きてきました。

僕はこれまで、人間の3大欲求である食欲、性欲、睡眠欲には、忠実な僕(しもべ)として、可能な限りこの欲求を素直に受け止めて行動してきました。それが、僕のポリシーでもあります。

物心ついてから思春期までは、食べることが大好きで、起きているときの大半は「あれも食べたい、これも食べたい」と食べることばかり考えていました。ロビンソン・クルーソーが漂着した無人島で食べるウミガメやウミガメの卵の味を妄想したり、子ども百科事典を読みながら「おいしいので乱獲されたために絶滅しそうになったニホンカモシカはどんな調理法で食べられていたのだろう……」と考えたり。1日3度の食事以外の時間も、ずっと食べることを考え、未知の味に憧れていました。

毎食お腹いっぱいになるまで食べていたため(今ではそんなことはありませんが)、食後――特に夕食後は、猛烈な睡魔に襲われていました。前述の通り、「眠たくなったら寝る」というポリシーを比較的忠実に守っていたため、学生時代には苦労しました。徹夜した寝不足の頭で試験に臨むより、勉強不足でも睡眠時間を確保してぶっつけ本番で臨むことを選んでいたからです。そのおかげか、今でも寝つきは『ドラえもん』ののび太くん並みです。

そんな僕も、思春期以降は性欲が生活の優先順位の最上位になることが多くなりました。

本文でも書きましたが、中学1年生のある暑い夏の日の昼下がりに出会った一冊のエロ本が、僕の性生活の扉を開きました。父の引き出しから盗んだという罪悪感はありましたが、それ以上に「これは自分にとって必要なものだ」という強い確信がありました。これは本当に本能というしかありません。

ところが、性的なものに対する強い興味関心はあっても、当時は、情報の供給源は非常に限られており、大人に質問することも、ほぼタブーでした。

食事や睡眠に関してであれば、誰とでも話題にできるけれど、性的なことに関しては、話題にすることがはばかられ、下手をすると変態扱いされることに、僕はすっきりしないものを感じていました。

ご飯がおいしく食べられなかったらつらいし、楽しくありません。そんな時は、多くの医療機関で気軽に相談できます。

よく眠れなかったら、苦しいし楽しくありません。そんな時も、いろいろな医療機関で気軽に相談できます。

同じように、「もし射精ができなかったら、できなくなってしまったら、こんなにつらいことはないし、そんな人生は耐えられない。でも、そんな悩みを相談できる医療機関はとても少ない。だから、僕は射精やセックスで悩む男性の問題を解決できる医師になろう」。そう思ったのが、射精を取り扱う泌尿器科医になることを選択した、僕の原点です。

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今でも、性的なことや、セックスにまつわるいろいろな疑問や悩みについて、真面目に語ったり相談したりする機会や場所は、なかなかありません。そういう機会や場所を作りにくい空気があるのも、確かです。今の時代は、下手をするとセクハラで訴えられる羽目になることもあり、余計に話題にしにくくなっているのかもしれません。

そんな世の中の空気感を変えていくためにはどうしたらいいのかを考えた時、世の中を牛耳(ぎゅうじ)っている大人の男性(幸か不幸か日本では圧倒的に男性なのです)に訴えかけることが必要であると思いつきました。

僕は、約20年前から性教育活動を行っていますが、本書の中でも紹介した通り、性教育に否定的な見解を持つ先生方が少なくありません。特に、校長先生や教頭先生が性教育に反対の意見を持たれていたら、その学校では十分な性教育が行われないことになります。

そのため、校長先生クラスの大人の(年配の)男性の心に訴えかける内容、心に刺さる内容にするために、性教育と武士道のコラボレーションを考え始めました。構想開始からおよそ10年。ようやくまとまったのが、この射精道です。

射精をするすべての年代の男性と、その射精を共有する人たちに本書を読んでいただき、射精教育の重要性を認識してもらうことが、僕の最大の目的です。大人になる前に、中高生のうちに、「うちの学校でも射精教育をしておかなくてはいけない」と校長先生、教頭先生、学年主任の先生方に思ってもらえることを目指しています。

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そしてもう一つ。オナニーの地位を向上することも、裏の野望として掲げています(「オナニー向上委員会」)。

オナニーをすることに対して、少しでも「うしろめたい」とか「恥ずかしい」と思っている人が、気兼ねなく、心おきなくオナニーを楽しむことができる世の中になってほしい。僕はその思いを現実化するための活動を、勝手に「オナニー解放運動」と命名しています。この射精道をまとめたのも、「オナニー解放運動」の一環です。○○解放運動なんていうと、大人数で大通りを歩きながら街宣活動するイメージですが、この「オナニー解放運動」では、仲間を集めたり、声高に主張したりする必要はありません。一人一人がオナニー向上委員となり、個人個人の心の中での改革、マイ・レボリューションを実行していただければよく、他人と比べたり強く勧めたりしなくてよいのです。

「オナニー万歳!」「ビバ・オナニー!」を心の合言葉に、この射精道を経典として、「オナニー解放運動」がじわじわと浸透し、全国展開し、世界中に拡散してくれることを密(ひそ)かに願っています。

もちろん、性欲があまりない人、ほとんどない人、全くない人もいます。そういう場合は、オナニーをしなくてもいいし、する必要もありません。欲求には個人差があり、その大きさで良し悪しを決めるものでもありません。欲求がなければむしろ悩みが少なくて幸せかもしれません。欲求を自分の意思で増やしたり減らしたりすることはできないので、他人と比べたりせず、ありのままの自分を受け入れて生活していくことが、人生を楽しく生きる秘訣だと思います。

最後に、射精道はあくまで精神論的なものであり、宗教ではありません。僕は教祖ではなく、武士道を全世界に知らしめた新渡戸稲造のような立場でありたいと考えています。ですので、宗教法人を立ち上げる意思は全くございません。あしからず。武士道がそうであったように、射精道が自然に多くの人々の心の中に根付き、親から子へ、先輩から後輩へと語り継がれることが理想です。

そして、この射精道の精神が日本人に浸透した後、武士道と同じようにいろいろな国の言葉に翻訳されて、性生活の面で日本人が一目置かれるようになるところまでいく日が来ることを夢見ています。

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以上、光文社新書『射精道』(今井伸著)より一部を抜粋して公開いたしました。


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著者プロフィール

今井伸(いまい・しん)
1971年島根県生まれ。聖隷浜松病院リプロダクションセンター長、同院総合性治療科部長。日本泌尿器科学会専門医・指導医。日本性機能学会専門医・代議員。日本生殖医学会生殖医療専門医。日本性科学会幹事、同会認定セックス・セラピスト。日本思春期学会理事。島根大学医学部臨床教授。1997年島根医科大学(現・島根大学)医学部卒業後、同大学附属病院を経て聖隷浜松病院に勤務。専門は性機能障害、男性不妊、男性更年期障害。講演会や各メディアを通じ正しい性知識の普及に努める。共著に『中高生からのライフ&セックス サバイバルガイド』(日本評論社)、『セックス・セラピー入門』(金原出版)、『中高年のための性生活の知恵』(アチーブメント出版)、監修に『シニア世代の愛と性』(平原社)など。


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