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脳波や脳機能の測定で、客観的に「おとなの発達障害」を診断しようという試み

光文社新書編集部の三宅です。『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』第3章冒頭部分を公開します。本章のざっくりとした内容は次のようになります。

 成人期発達障害の診断も、小児期・思春期と同様に、症状に基づく「操作的診断基準」によって診断します。厳密に発達生育歴を聴取して症状の有無を診るのですが、成人では小児期の発達特性を直接観察できないため、情報量が少なく信頼性に欠けることが往々にしてあります。そこで当院では、神経心理学的検査や脳波、頭部MRIなど、一般診療所でも利用可能な客観的検査を早期から取り入れて、多面的な評価を行っています。
 本章では、発達生育歴を聴取する際の「半構造化面接」をはじめ、当院で実施しているさまざまな検査法について詳しく述べます。さらに、発達障害が大脳や小脳の領域間の、機能的な結びつきの異常によって起こるとする説や、患者さんの生活に大きな影響を及ぼす視覚認知機能や運動機能の発達の偏りについても考察します。

※「はじめに」、目次、著者紹介はこちらでご覧いただけます。

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第3章 成人期発達障害診断の実際――運動ならびに視覚認知機能発達の偏りにも着目して

林 寧哲 ランディック日本橋クリニック院長

1 操作的診断基準に沿った成人期発達障害診断について

成人期における発達障害診断の難しさ

 本章では、最近大事ではないかと思っている運動機能や視覚認知機能の発達の偏りなども含めて、成人期発達障害診断の実際についてお話ししたいと思います。

 成人期発達障害の診断は、小児期・思春期と同様に、操作的診断基準に基づいて行います。

 操作的診断基準とは、原因不明であるために検査法がなく、症状に基づいて診断せざるを得ない疾患に対して、できるだけ医師によるブレがないように、妥当性と信頼性が高くなるように設定した診断基準のことです。たとえば、精神科の診断基準として現在もっともよく使われている「DSM―5」で、「自閉症スペクトラム障害」(ASD=Autism Spectrum Disorder)は、「コミュニケーションの異常と対人関係の異常」「狭く限られた範囲への興味」「症状が早期に存在」「社会生活上の支障」という四つの条件を満たすときに診断されるとしています。これも操作的診断基準です。

 診断に当たって重要なことは、主に小児期の発達特性の偏倚(へんい)、すなわち偏りをいかに捉えるかです。

 小児期においては、本人の行動を診察の場面で観察することによって、発達特性の偏りを直接知ることができます。しかし成人期においては、本人の陳述や家族の陳述、あるいは成績表に記された教師の評価などの間接的情報から、直接的観察なしに判断せざるを得ない側面があります。

 要するに、症状に基づく操作的診断基準によって診断せざるを得ないにもかかわらず、症状を直接観察できないことから、成人期発達障害の診断には困難が伴うのです。

 そのため小児期におけるのと同様に、あるいはそれ以上に、発達生育歴の聴取に当たっては、半構造化面接を厳密に行うことが重要だと考えています。半構造化面接とは、あらかじめ質問を用意しておくものの、相手の状況や回答に応じて、質問の順序や内容、表現などを変える面接方法です。

当院における発達生育歴聴取の実際

 当院では、以下のように発達生育歴を聴取しています。

 最初に、参考資料として母子手帳と小中学校の成績表を見ます。

 母子手帳では主に出生体重と言語発達を確認します。発達障害がある場合、言語発達に遅れが見られることがあるためです。出生体重を確認するのは、発達障害の原因として低出生体重と遺伝の二つがあるとされているためです。低出生体重は、身体的発達のみならず脳の神経発達にも影響を及ぼすとされています。しかし実際のところ、発達障害と診断された症例の中で低出生体重だった人は10~20%程度です。低出生体重は発達障害の一因ではありますが、すべての発達障害に低出生体重が認められるわけではありません。

 小中学校時代の成績表では、主に成績と教師の所見を見ます。成績に関しては、全般的にずっと成績が悪いことから「知的発達症(知的障害)」が、特定の科目の成績が悪いことから「限局性学習症(限局性学習障害)」がわかることがあります。

 限局性学習症とは、全般的な知的能力が平均域以上で、なおかつ学習環境に問題がないにもかかわらず、特定の領域の学習が困難である状態をさします。特定の領域には読字、書字、計算などがあります。

 教師の所見からは、生活態度や発達特性の偏りが教師から見てどうだったか、ということがわかります。

 このような点で、参考資料は非常に重要です。

 参考資料を確認した上で、面接によって自閉的偏倚(ASD的な偏り)、運動機能発達の偏り、注意欠如・多動性障害(ADHD=Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)的な偏り、その他の発達特性の偏り、心理社会的な偏りなどを、学童期前、学童期、中学校、高校、高校卒業以降についてそれぞれ聴取していきます。

 ASD的な偏りを診るために聴取しているのは、以下のようなことです。

 まず、ASDでは言語発達に遅れがあるため、それを聞きます。具体的には、1歳半で始語、すなわち意味のある言葉が出ているか、2歳ぐらいまでに2語文が出ているか、3歳の言語発達はどうかなどを確認します。

 そして、メタ認知の発達について聴取します。メタ認知とは、知覚や情動、記憶、思考などの認知活動を、客観的に捉えて評価・制御することであり、頭の中にいるもう1人の自分が自分を見ている状態です。ASDでは、他者との関係を認識すること、つまり「他人にとって自分はこういう存在だ」と認識することが難しいという特性があります。他者にとっての自分を認識するには、メタ認知によって客観的に自分を捉える必要がありますから、そのような能力の偏りを診るのです。

 他者との関係を認識しづらいことと関連して、ASDの人は他者に対する興味が希薄であるという特徴もあります。そのため、他者への興味の有無や程度についても聞きます。

 また、これはごくまれですが、ASDの人の中には直観像を伴う記憶のある人がいますから、それについても聞くことにしています。直観像とは、過去に見た事物がまるで目の前にあるかのように鮮明に見えることで、映像記憶とか写真記憶とも呼ばれます。

 刺激に対する過敏性、たとえば他の人にとってはなんでもない音や匂いが我慢できないほどつらい、といったことがある場合もありますから、これについても聞きます。

 さらに、「常同的特性」と呼びますが、ASDの人は興味や注意の対象が限られていて、注意が興味の対象に向くとそのほかのことに無頓着になる特性があります。これはASDの根本的な特徴だと私は考えていますが、このような情報収集の偏りが生じやすい性質がありますから、これについても聞きます。

 そのほか、フラッシュバックがあるかどうか、視線が合わないといった問題があるかどうかについても聞きます。フラッシュバックはタイムスリップ現象とも呼ばれ、昔の出来事を突然、鮮明に思い出すことをさします。

 運動機能発達の偏り、すなわち「発達性協調運動症」(DCD=Developmental Coordination Disorder)の特性についても聞きます。発達性協調運動症とは発達障害の一種で、脳が体の各部分の動きをうまく協調させられない状態です。具体的には、道具や楽器がうまく使えない、縄跳びができない、自転車に乗れない等々の、〝不器用〟と言われるような状態が生じます。

 これに関しては、まず粗大運動(全身運動)や微細協調運動(手先の操作)に問題がないかどうかを聞きます。さらに、目的のない同じ動きを繰り返す「常同運動」がないかどうか、過去にチックの症状が出たことがないかどうかも聞きます。チックとは、まばたき、肩をすくめる、ジャンプするなどの運動や、鼻を鳴らす、咳払いをするなどの動作や音声が、本人の意思とは関係なく急に現れ、それを繰り返す症状です。

 ADHD的な偏りに関しては、不注意・記憶の問題(忘れっぽさ、勘違い、思い込み)、多動性・落ちつきのなさ、衝動性・情緒不安定、自己概念の問題(自己肯定感の乏しいこと、自己否定的観念が強いこと)、時間処理の問題(物事の処理の段取り)、遂行機能障害(目的を効果的に遂行するための、一時的に記憶した情報の活用や、思考や行動を制御する機能などに支障があること)、遅延報酬系の問題(後から得られる報酬を待つことができない)などをそれぞれ聴取しています。

 そのほかの発達特性の偏りに関しては、まず全般的な知的発達の問題がないかどうかを診ます。知的発達症かどうかということですが、先ほど触れたように、これまでの経過全体を通じて学業不振であったりすると、これを疑うことになります。

 学習に関する問題としては、これも先ほど触れましたが、読字、書字、計算などの問題、すなわち限局性学習症があるかどうかも診ます。

 また、これはASDとの区別がつけづらいのですが、コミュニケーションに関する問題として、言語症(言語障害)があるかどうかも診ます。言語症は、言語の習得と使用が困難で、語彙が少ない、何かを説明することが難しい、といった状態です。

 さらに、発達特性の偏りだけでなく、機能不全家族による心理社会的剥奪(幼少時の虐待やネグレクトなどによる非常に強力な心理的ストレス)、反応性愛着障害、世代間伝達なども確認します。

 機能不全家族とは、家庭内にアルコール依存や貧困、虐待などの問題があり、家族が家族として機能していない状態をさします。なぜ家庭内の問題を確認するかというと、このようなことが原因となって、ASD的な症状が現れることがあるからです。

 反応性愛着障害は、生まれてすぐの時点から無視や虐待をされるなど、不適切な環境で育ったために生じます。他者への信頼感を持てず、人に甘えたり頼ったりできない、あるいは怒りや焦燥、不安、攻撃性といったマイナス感情が強いなどの特徴があります。柏先生(ハートクリニック横浜院長。第2章参照)が、「発達障害があるために養育者との情緒的な絆がうまく形成できず、愛着課題が生じる場合がある」と話されていましたが、反応性愛着障害は、本人には情緒的な絆を作る能力があるにもかかわらず、それができないことによって愛着課題が生じるケースをさします。

 世代間伝達とは、親に発達障害があることを意味します。親に発達障害があると、さまざまな問題が生じることがありますから、それを聴取しています。

 以上のような聴取の内容を、当院ではMSPA(エムスパ。Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)というレーダーチャート(蜘蛛の巣グラフ)に落とし込んでいます(図3―1)。

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 MSPAとは京都大学の船曳康子先生を中心に開発された、発達障害の各特性の程度と要支援度の評価尺度です。患者さんの特性をこのグラフに落とし込むと、「ADHD的な特性が強いだけでなく、ASD的な特性も強い」というように非常にわかりやすいために、診断に利用しています。

 ただ、これだけしっかり聴き取りをしても、情報量が決定的に不足していたり、信頼性に欠けていたりすることがあります。特にASD的な特性のある人は、他者にとって自分がどのような存在かを認識することが難しいため、発達生育歴を聞いても「まったく普通でした」と答えることがあります。ほとんど情報が得られず、話を聞いただけでは診断に至れないこともあるのです。

 また、発達障害と診断してほしいということで、あらかじめ情報を集めて、それらしい話をする人もいます。そのような意味での信頼性の問題もあります。

 このように話から情報が得られない、情報の信頼性に問題がある、といったことが往々にしてありますから、操作的診断基準には記されていませんが、客観的検査による補完が必要だと感じています。

2 成人期発達障害診断における客観的検査について

そもそも発達障害とは何か

 そもそも発達障害とは何かということですが、発達障害の原因は最近までよくわかっていませんでした。近年になってfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)やDTI(Diffusion Tensor Imaging)など新たな画像検査が開発され、大脳皮質、大脳辺縁系、大脳基底核、小脳などにおける「機能的結合」の多寡との関連が指摘されるようになってきています。

 機能的結合とは、以下のようなことです。脳には、運動野、感覚野、言語野など、異なる機能を持つ多くの領域があり、互いに情報のやり取りをしながら働いています。たとえば本を読んだとき、脳のA領域とB領域とC領域が同時に活性化したとすると、ABC各領域の機能が互いに連携しながら、読書という行為を可能にしたと考えられます。この、異なる領域の機能が互いに連携しながら働くことを機能的結合と呼び、この連携の多い少ないが、発達障害に関わっていると指摘されているのです。

 そして、脳機能の活動がどの場所で起きたかを見られるfMRIや、一定の方向に向かって連続する神経の状態を見られるDTIなどによって、画像として機能的結合の状態がわかるようになってきたのです。

 私は、これまでの臨床経験から、症状に基づいて診断する操作的診断基準には、限界があると考えています。一方、昨今は新規の客観的な検査による発達障害診断が試みられていて、たとえば「脳波がこのようになっている場合は、こう診断する」というような、新たな知識や見解も蓄積されてきています。

 脳波以外にも、近赤外線を用いた脳機能の測定法・光トポグラフィー(NIRS=Near-Infrared Spectroscopy)で、発達障害を診断しようという試みもあります。

 あるいはまた、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層撮影)、rs-fcMRI(resting-state functional connectivity MRI)、DTIなどを用いる方法もあります。PETは放射性薬剤を体内に入れて、それを特殊なカメラで捉えて画像化する検査法。rs-fcMRIは、fMRIで見た安静時の脳の機能的結合状態のこと。脳は安静時にも活動していますから、安静時の状態を見ることで、その人本来の各領域間の連携の状態がわかると言われているのです。

 ただし、これら新規の客観的検査は研究段階にあるものが多く、一般診療所ではまだ活用することができない状態です。

(続く)


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