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「交通」はその国の文化を表す――車社会とタイ人の気質(第23回)

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回のテーマは、タイの交通事情。タイは車の値段が日本より高く、ドライバーはマナーに欠ける上に運転が下手で、信号は不便な設計で……とだいぶ低クオリティな模様です。しかし、それでもタイは車社会であり、なおかつ先に挙げたマイナスポイントはある種でタイ人の「合理性」を象徴しているとか。そう言える理由はいったい……?

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車優先の社会なので危険がいっぱい

「交通」にはその国の気質が垣間見られる、とボクは思っている。大きなところでは右側・左側通行の違いもそうだし、運転免許証の試験水準、交通マナーなどはその国の人々や文化の、いい意味でも悪い意味でも根本的な部分を炙り出すような気がする。

 たとえば、タイは格差社会であるということを何度も触れてきたが、それが一因で交通事故が多かったり、歩行者が常に危険にさらされているのではないかと感じる。タイは歩行者ではなく車が優先という、欧米や日本ではありえないほど劣悪な交通社会が前提にある。法的には歩行者が弱者なのだが、横断歩道でも構わずに車が突っ込んでくる。近年は動画などでこうした事故をアップする人も増えてはいるものの、警察に通報することはほとんどない。これは一般の人もまた車が第一だと思っているからだ。

タイではただ信号を渡るだけでも注意が必要。

 なぜこういうことになるのか。そもそもタイでは車の値段が高い。日本の2倍から3倍くらいと見ていい。車にかけられる税金が高く、その計算方法から値段が上がってしまうようだ。要はかけ算をしていく順番が決まっているため、原価にどんどん上乗せされた金額に対して税金がかけられるのである。タイには日系を中心に、世界各国の自動車・バイクのメーカーが工場を置いている。これらは純粋な輸入車よりは安いものの、パーツにも自動車関連の税金がかかるため、結局は日系メーカーでさえ日本で販売される車両よりも高い金額になる。

 以前は輸出元の国で車やバイクを分解し、産業廃棄物やパーツ取り用のジャンク品のような扱いで輸入し、再びタイ国内で組み立てていたケースもある。これによって自動車にかかる税金を免れていたのだが、2005年前後にはその方法は違法となった。その後に生まれた抜け道として、高級車を海外から輸入しておいて引き取りに行かない、あるいは自社を倒産させるなどして車を港に留め置き、税関が最終的に押収してオークションに出したものを安く買い取るやり方があったらしい。ただ、それも今は基本的にはできなくなったようだ。

BMWのM5というハイパフォーマンスカー。タイだと5000万円近くする。

 こうした、法の目をかいくぐるようなイタチごっこがされるほど車が高い。格差社会のタイでは、それこそ昔は一般の人がローンを組むことも難しかったし、そもそも支払いできるほどの収入もなかったので、必然的に自家用車は富裕層のアイテムであった。連載の中でタイの富裕層のアンタッチャブルぶりや、金でどうにでもなる国であることは何度も書いてきた。そんな富裕層の車にぶつかってしまっては、損をするのは一般市民なのだ。

この考えが染みついてしまい、車は金持ちのもの、金持ちが優先という刷り込みが今も消えないのではないかと思う。そして、運転している方も、たとえ雇われのトラック運転手であっても、さも自分が上の立場になった気分に陥り、乱暴な運転をするのだろう。

運転免許証が簡単すぎで運転レベルが低い

 上述した事情もあってタイは交通事故が多い国で、一説では世界的にも下位クラスの安全性だそうだ。おちおち歩道を歩いてはいられない。

 それに、タイは運転免許証の試験が簡単だ。日本のように教習所に通うことはほぼない。最近は一応教習所があるものの、初日から路上で練習するありさまで、かつ試験場でも実技は縦列駐車や幅寄せくらいの簡単なものしか行わない。

 近年こそ初めての免許は仮免扱いで1年間のみ、その後は5年ごとの更新になった。だがそれ以前、2003年まではタイの運転免許は一度取得すれば生涯有効で、一切更新の必要がなかった。車の場合は18歳から取得可能なので、1985年より前に生まれた人の中には今でもこの時の免許を使用しているドライバーがいるわけだ。

 一応、タイでは道路交通法も社会情勢などの変化に合わせて、短い期間で更新されるようになった。先ほど言ったように仮免では1年後、通常免許では5年ごとに免許更新のタイミングがあるのだが、その際にビデオ講習で新しい道交法のレクチャーがなされる。しかし、生涯免許証があったおかげでそんなものを一切知らない人も少なくない。古い常識やメンタルのままのドライバーも多いので、車が歩行者に対して横柄になるのもうなずける。

タイではタクシーは簡単な職業と思われており、レベルの低い運転手が多い。

 運転レベルもタイはかなり低い。ただ、日本の某有名車メーカーに勤める方と話をしたら、「タイ人は運転がうまいと思う」という意見だった。車が高価なので大切に、ぶつけないよう気をつけて乗っているというのだ。確かにそれも一理あるが、ボクの意見は真逆で、車幅感覚やハンドルさばき、ブレーキングに難があると感じる。

 日本の交通事故のニュースでよくある「ハンドル操作を誤り…」というのは、カーブや濡れた路面などで起きることが多いだろう。一方でタイの場合、郊外や他県ではカーブよりも直線で事故を起こすケースが多い。バンコクは渋滞がひどいので、スピードが原因の事故は都心ではほぼ起こらないといっても過言ではない(深夜に起こることはあるが)。タイ人は運転の下手な人が多いので、カーブでは異様なまでに速度を落とす一方、直線ではアクセルをベタ踏みする。そして、スピードが出すぎてハンドル操作を誤る、あるいはブレーキにミスを起こすのだ。

郊外の直線道路は事故が多い。

 タイは路面が滑りやすい。いわゆる摩擦係数が低いので、ただでさえ滑りやすいのに雨季は雨に濡れて危険だし、乾季は砂が浮いてスリッピーだ。バンコクの東側とスワナプーム国際空港の間に、アユタヤ方面に行ける外環高速がある。ここは15年くらい前に大拡張工事が行われて今でこそ片側5車線くらいあるが、その前は2車線だけの狭い道だった。しかも道路が古かったので、雨が降ると1キロごとに事故が起こっていたほど危ないエリアだった。そういう道がタイには今も多い。

 道路が濡れると危ないのは世界中どこでも一緒なので、雨が降ったら気をつければいいだけの話だ。直線もアクセルをベタ踏みにしなければいい。ただそれだけの話だ。しかし、タイではそうはいかない。残念ながら、タイ人の多くに想像力がないからだ。

 根本的なことを言えば、タイは年がら年中暑いので、日本のように今の内に先の季節の準備をする必要がない。これによって先読みする、つまり先を想像する習慣が身につかない。また、これまでも何度か指摘したように、タイの教育は富裕層が下の者たちをずっと使い続けるための訓練をしているような側面があるので、物事を深く考えさせない。結果、この先どうなるかに考えが及ばないので、スピードを出しすぎて止まれなくなったりする。長距離バスやバンの運転手もその類で、坂の頂上の手前で追い越しのために反対車線へ猛スピードで飛び出したりする。ブラインドの先になにがあるかは一切考えない。

 飲酒運転も多い。罰金が高額化されたりなどするが、みつからなければいいので、実際はあまり減っていないのが現実だ。このように、とにかく運転レベルが低いので、やはり歩行者の方が気をつけなければならない。

 ただ、みんながみんな運転が下手なわけではない。うまい人はうまい。車幅感覚などが異様なまでに研ぎ澄まされた人が前回紹介した華僑報徳善堂のボランティア隊員にいて、ボク自身はその人から学ぶものは多かった。

特殊な運転ルールもまた交通渋滞の一因

 タイの交通社会が危険なその他の理由に、特殊な交通ルールが多いこともあげられる。日本だと、道路のレイアウトだとか走り方はすべて道交法に従っていると思う。もちろん、わかりづらい交差点があるだとか名古屋のマナーは独特だとかはするのかもしれないが、基本的には法令通りだろう。一方、タイは法令のほかに、独特のルールや地元ルールなどがよくある。

 例えば郊外などに行くと、「初見殺し」の交差点がざらにある。ロータリーになっていたり、右に行くのに一度左に曲がる必要があったりなどムチャクチャだ。

突然の祭りなどでイレギュラーな通行止めもタイは多い。

 ウィンカーの使い方にも特殊なものがあって、高速道路の追い越し車線を走っている場合、日本なら譲ってほしいときにパッシングをするが、タイではパッシングはあまり多用されず、右ウィンカーを出す。それから、信号のない交差点でハザードを点けると、右折でも左折でもない直進を意味する(ただし、最近はこのような使い方をする運転者はだいぶ減ってきており、これをやるのは「生涯免許」を持っている人なのかなと思う)。

 日本人の多いスクムビット通りなどのように中央分離帯があると、ところどころの隙間でUターンができるのだが、交差点などで曲がりたいときはずっと手前のタイミングでその車線に入っておかねばならないという、その地域のみのルールもあったりする。さらには時間帯によって一方通行になったり、一方通行の方向が変わったりなどもする。このとき、警察が適当に道の流れや一方通行を作るので、北部の古都チェンマイの新市街にある一部は右側通行になるというおかしなことにもなっている(タイは日本と同じく左側通行である)。

チェンマイの道路レイアウトによって右側通行になってしまったエリア。

 先のスクムビット通りは中央分離帯の、特に下りの追い越し車線に、時間帯によって通行方向の変わる場所がある。これはものすごく危険だ。このことを知らない外国人が横断歩道を渡って中央分離帯を過ぎたあと、左側しか見ないで踏み出してしまい轢かれることがよくある。いずれにしたって車が悪いのだが、タイ人からするとルールを知らない方が悪いとごねられ、タイ語ができない人の場合は泣き寝入りになる可能性もある。

 路上駐車に関しても、明確に駐車禁止だと示されていない限り基本的にはどこでも自由に停めていい。商業施設などは建物の何分の一かは駐車場というくらい、都心でも駐車場に困らないのは良いところだ。公共交通機関が発達していないので車社会となり、駐車場が充実している点は便利ではある。しかも、郊外の商業施設は8時間くらいまで無料、場所によっては完全無料もあるので、車を使いやすい面はある。有料でも、高くても数時間で300円もしない。月極の駐車場も生活者向けにあるが、これも都心の高級エリアでさえ1万円より高いところはまずない。

 このように駐車場が多いのだが、路上駐車も少なくない。これはバンコク、他県に限らず共通している。しかも見通しの悪いところに停めていたり、端の1車線をまるまる潰していることも多く、これが交通事故や渋滞の原因にもなる。ただ、警察署によっては取り締まりが厳しいこともある。特に観光地がそうで、路面に外国人でもわかりやすいように駐車禁止区域あるいは可能区域を描いている。そして、このエリアを車両が1ミリでもはみ出したら即撤去してしまうくらい厳しい。

 タイは全土的に信号システムもよくない。特にバンコクの交差点では対面ごとに青になるのではなく、一方向ごとに青になる。これでは一度赤信号に引っかかったら3方向分の信号を待たなければならない。そりゃあバンコクの渋滞が社会問題化するでしょうよ、と思う。

タイ、特にバンコクの渋滞は信号の劣悪なシステム、低クオリティな道路、マナーと技術に欠けるドライバーが積み重なっていて、どれかひとつ直したところで解決するものではない。実際、ボクが初めてタイに来た1998年からずっと渋滞問題はいわれてきたのだ。

 この問題が一向に解決しないのは、タイ人自身が渋滞問題の原因を把握できていないのも大きい。政治家や、法律を変える立場にある偉い人々はVIP扱いをされて警察が一般市民の車両を蹴散らしながら走るので、おそらく渋滞を目の当たりにしていないのではないか。それから、一般のタイ人に聞いても「タイは車が多いから」という。それでいえば、人口の多い東京の方が渋滞はひどいはずだ。バンコクと近郊にしかない電車も走るエリアは限定的で、一般市民の足はタクシーかバスになる。渋滞緩和に貢献するような精神は一切持たないドライバーばかりなので、結局は渋滞がひどくなるだけである。

 というわけで、タイでは今さら信号のシステムや道路のレイアウトを変えてもその直後にはしばらく混乱によって事故が多発するので、警察も変えようがない。もうこれはある意味では文化なので、仕方がないのである。

手前の仕切りを利用して、突然道路のレイアウトが変わることもしばしば。

水準の低さがある種合理的でタイ人らしい

 タイの交通社会は世界的に見てもかなり低レベルだ。しかし、ボク自身はこれはこれでいいと思う部分もある。交通社会がその国の文化を表すひとつの事象だということはつまり、そこにはある種タイ人の合理的な一面も反映していると思うのだ。

 タイは人の命が安くて、自動車の事故保険は対物と対人では対物の方が高額に設定されている。細かい条件はちょっと違うので総額は一概にいえないが、それでも命の値段は思っている以上に安く設定されていることは間違いない。それもあって、以前も取り上げたように芸能人や富裕層は人身事故を起こして被害者を死なせても、逃亡したのち寺院に駆け込み出家し、被害者に何百万円か払って示談して、刑務所どころか留置場に入ることすらない。被害者も被害者で、富裕層の連中にとっては痛くもかゆくもない金額をもらって「高額の損害賠償を手に入れた」と喜び、赦してしまう。

 そのような悪い部分がなくなれば、こういったタイの交通社会も悪くはないとボクは思う。なにせ、ルールがあってないようなものなので、日本のように窮屈ではないからだ。東京などの都心では若い人の「車離れ」が進んでいるというが、交通網が発展しているだけでなく、運転しても楽しくないというのが大きいのではないかと思う。その点、タイは自由なので運転が楽しい。しかも、路面が悪いのでハンドルを右に左に切ることがよくあり、なおさら運転が楽しくなってくる。

 この自由さは若い人の車保有にも大きく貢献する。タイはバンコクでさえも公共の交通網が発達しているとは言い難い。バスもタクシーも多いがマナーも悪いし、最近は不況による悪徳タクシーがムチャクチャに増えてきている。結果、自分の車があった方が行動範囲やビジネス範囲が広がるので、いまだに車が必須の社会だ。そこで、初心者でもなんとか乗りこなせてしまえるレベルの交通社会なら、車の販売台数もある程度キープできるし、それに付随するいろいろなところで経済も回るではないか。

 まあ、あとは車そのものがもっと安くなるといいのだけれども。車業界はなにもかもが高いので、維持費もかかってくるのもどうにしかしてほしいところだ。ガソリンはタイ政府が価格をコントロールしているので、どのブランドでもほとんど同じ料金であり、かつ物価指数的には決して安くないにしても、日本よりは安い。車検も簡易的で、強制保険や車両税もそれほど高くない。しかし、ほかのパーツ諸々が全部、車関係の税金がかかっているので高くつく。総合的には日本とあまり変わらないかもしれない。そうなると、タイ人が考える維持費節約の手段はパーツを安いものにすることや、任意保険に入らないなどだ。事故が起こっても補償してくれる人がいないという恐ろしい車社会になるのである。ただ、資産として車はわりと安全なものではあって、中古でも高く売れる点には救いがある。

 わりとボクは車好きな方で、タイ国内のディーラーのホームページをよく見るのだが、残念なのは価格もそうだし、ボク個人としてはほしい車がはあまりないという点だ。意外と正規ディーラーの場合は日本とはラインナップが違う。タイは日本よりも取り扱う車種がかなり限定される。

 近年はタイでもいい車(単純にボクがかっこいいと思う車種)が増えてきているが、これらは正規ではない輸入販売会社が取り扱っている。そうなると、オプションなどが自由に選べないので、ちょっと楽しみが減るのも事実だ。ただ、日系の販売当初から大人気で納期4年待ちという車が置いてあったりなど、その販社の力もすごかったり。こういういろいろがゆえに、タイの交通社会には多様なおもしろさがあるのだ。

日本を撤退したフォードはまだタイにあり、マスタングも正規輸入で購入できる。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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