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【第63回】宇宙人も地球人と同じ数学を理解しているか?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

数学の普遍性についての疑問

 ある日、26光年離れたベガ星系から地球に電波信号が届く。その信号は2進法で「2 3 5 7 11 13 17 19 23 … 101」と素数を順番に並べ、再び最初に戻って繰り返す。これが、人類が最初に宇宙の知的生命体から通信を受け取ると想定された場面の感動的な描写である。その続きはどうなるか? ぜひ天文学者カール・セーガンの小説・映画の『コンタクト』をご覧いただきたい!
 
「素数」は「正の約数が1とそれ自身の2個だけの自然数」と定義される。宇宙人は「素数」を「2進法」のビーコン信号で送信する設定だから、セーガンは、宇宙人も地球人と同じ「数学」を理解していることを前提に小説を書いたわけである。現実に、セーガンが推進した「地球外知的生命体探査(SETI)」では、今も「数学的規則性」の有無を最大の論拠として電波を探査している。
 
その「数学」とは何か? なぜ「数学」で宇宙を詳細に記述でき、未来を高精度に予測できるのか? 「数学」は宇宙か? 「数学」は万能か?
 
これらの問題は「数学の哲学(数学基礎論)」と呼ばれる分野で、とくに20世紀以降に研究されてきたが、実は、今も難解な論争が続いている(その基礎的な論点は拙著『20世紀論争史』光文社新書に解説した)。この論争を非常に大まかに単純化すると、数学者は数学的真理を「発見する」という立場(数学的実在論)と「発明する」という立場(数学的経験論)に分けられる。
 
本書の著者・須藤靖氏は、1958年生まれ。東京大学理学部卒業後、同大学大学院理学系研究科修了。京都大学基礎物理学研究所助教授、東京大学教授などを経て、現在は東京大学大学院教授。専門は宇宙物理学・宇宙論。著書は『宇宙人の見る地球』(毎日新聞社)や『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)など数多い。
 
さて、本書は「数学的実在論」をさらに推し進めて「数学的な論理体系と実在する宇宙は同じものであるという過激な可能性」を主張する。かつて一般相対論の数学的な解にすぎなかった「膨張宇宙」や「ブラックホール」や「重力波」が実際に観測された。地球外知的生命体も「必ずや微分積分などの数学や一般相対論に対応する物理学は持っているはず」だというわけである。
 
本書で最も驚かされたのは、須藤氏がこれほど過激な数学的実在論者だったとは……ということである(笑)。実は、須藤氏が日本を代表する宇宙物理学者であることはよく存じており、Japan Skeptics総会で講演していただいたこともある。須藤氏は、数学的予測と観測的事実の合致という驚愕を何度も経験してきたからこそ、「宇宙=数学」を実感するようになったに違いない。
 
天才クルト・ゲーデルも、セーガンや須藤氏と同じように、数や集合などの数学的対象が「人間の定義と構成から独立して存在する」と信じていた。しかし、彼と並ぶ天才フォン・ノイマンは、「人間の経験から切り離したところに数学的真理という絶対的な概念が不動の前提として存在するとは、とても考えられない」と断言している。ノイマンの数学的経験論によれば、数学は人間の脳構造が発明した言語であり、人間はその言語を通して宇宙を認識している。地球外知的生命体が独自の進化を遂げた機能で宇宙を認識している以上、彼らの「数学」は人間の「数学」とは根本的に異質という可能性もあるのではないか?!

本書のハイライト

本書で繰り返し紹介してきた天文学研究史における経験事実は、「・観測されている天体さらには宇宙の振る舞いそのものを記述する数式が存在している」「・その数式を用いて予言された現象は、どれほど可能性が低いと予想されようとも、やがては驚くべき制度で実際にこの宇宙で起こっていることが確認されてきた」の2点に要約されます。そして、この驚くべき事実を説明するもっとも単純な解釈は、数学的な論理体系と実在する宇宙は同じものであるという過激な可能性です(p. 225)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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