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「B面の岩波新書」に「芋づる式!読書MAP」…普段聞けない出版の未来についてさらに根掘り葉掘り聞いてきた!

インタビュー前編はこちら。

――ここで話は変わりますが、この機会に永沼さんご自身のことをいろいろお聞きしたいんですけれど。まず永沼さんは何年入社になるんですか?

永沼さん(以下、敬称略) 1992年です。

――最初の部署はどちらだったんですか?

永沼 自然科学編集部というところですね。

――学生時代の専攻が理系だったんですか?

永沼 そうですね。地球科学が専攻だったんです。勉強はあまりしていませんで、単に理科系の学部に籍を置いていたというだけなんですけど。

――自然科学編集部というのは、自然科学系の書籍の編集を行う部署ですよね?

永沼 はい、全般ですね。数学が自然科学かという問題もありますが、数学をはじめ、物理、化学、生物学、地学、工学…もう理科系は何でもというところですね。

――その時代に作られたのが畑村洋太郎先生の『直観でわかる数学』?

永沼 ええ。よくお調べいただいてますね(笑)。

――何かのインタビューで拝見しました。これ、たいへん評判になった本ですよね。

永沼 ありがとうございます。

――たぶん、普段は堅い本を作られて、たまにこういう柔らかい、一般向けの本を作られるという感じだったんですか?

永沼 そうですね。たまに一般向けの科学読み物を作っているという感じでしたね。出した本の比率でいえば、圧倒的に大学生や大学院生向けの専門書、教科書が主体でしたけど。

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――それで、岩波新書に移られたのはいつ頃だったんでしょうか?

永沼 2009年の1月から岩波新書の編集部ですね。編集長になったのは2015年1月からでした。

――ちなみに最初に担当された新書って何になるんですか?

永沼 オリジナルの企画でいちばん最初に出したのは……なんだろう、『コルトレーン ジャズの殉教者』だったでしょうか。

――おおっ。カッコいい。これ、著者が…。

永沼 藤岡靖洋さんという、大阪の呉服屋の旦那さんです(笑)。

――これも企画会議ではけっこう反対されましたか?

永沼 「誰、この人?」と思われたみたいです。藤岡さんはジャズ研究家、知る人ぞ知るコルトレーン研究家と呼ばれている人ですけど、ごくふつうの市井の人なんですよ(笑)。

――世界的ジョン・コルトレーン研究家とプロフィールに。

永沼 それは間違いないことなんですけど、学問畑の人ではないですし、初め会議ではこの人誰なんだというような反応で……(笑)。

――たしかに画像検索すると和服をお召しになった写真が出てきます(笑)。

永沼 面白い人なんですよ、年中着物を着ていて。ニューヨークへジャズを聴きに100回ぐらい行ってるような人で、1年の半分ぐらいは海外で過ごしている人なんです。

――これは著者のチョイスが、たしかに岩波新書としてはかなり異端な感じですよね。

永沼 そうですね。そのときも、やっぱり最初はこの人は誰なんだという話から始まって、テーマとしてこういう新書というのはありなのか否かという議論になりました。たまたま藤岡さんをご存じの、信頼すべきアドバイスをいただける人が後押ししてくれたので、ともかく企画としては通してもらうことができたんです。

――これは純粋に、永沼さんがコルトレーンをお好きだからということですか。

永沼 はい。

――コルトレーンはいいですよね。私も好きです。

永沼 しかも平和というものを身をもって体現しようとしていた、そういうジャズメンだったから、岩波新書としても決してはずれている人ではないと考えまして。

――岩波新書なりの意味というのを考えなきゃいけないんですね。

永沼 ええ。単なる音楽家ということだけではなくて、平和へのメッセージを発していた人でもあることが大事だと思うんですね。マイルス・デイヴィスだとちょっと岩波新書ではないという感じになってしまう。そこはかなり感覚的なものなので、曰く言い難いものがありますが。

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――面白いですねえ。他にご自身で印象に残っている本はありますか?

永沼 思い出深いものは、『タックス・ヘイブン』という本です。志賀櫻先生という方に書いてもらったんですが、新書らしいなと思ったのは、タックス・ヘイブンという問題は、本が出たときは今ほど知られていなかったんですね。これは2013年の3月刊だったと思うんですが。

――はい、そのようですね。

永沼 発売直後はたいした話題にもならず、地味な出方だったんですが、翌月になって「キプロス危機」という金融騒動が起こったことで、タックス・ヘイブンの問題が俄然脚光を浴び始めて話題書になり、部数が伸びていきました。新書という本は世の中のニュースに結びつくと急に読まれていくことがあります。そこが「新書らしい」と思うところですね。しかもその数年後にはまた「パナマ文書」がニュースになって、タックス・ヘイブンの問題がどんどん世の中に知られるようになりました。でも、私はそんな広がりが出るとは露とも思わず、たまたま何かで知って興味深いなと思って本が作れないかと考えたにすぎないんです。新書の編集をするときによく言われるのは、「世の中の半歩先を読んで企画を立てよ」ということですが、それはたぶんウソです(笑)。編集者はみんな、自分が作りたいもの、興味のあるものを作っているだけです。世の中の動きはあとから追いかけてくる。そういう感覚がありますね。新書はそういう現象が如実に見られる本だなあと思います。

――あとからニュースになると、必ず参照されるということですよね。

永沼 はい。

――たぶん発売時はそんなに動いていない本だと思うんですけど、たしか東日本大震災のときに、ある版元さんの地震をテーマにした新書の既刊本がよく動いていた記憶があるんです。そういうまさかの事態に備えて、やっぱりいろいろなテーマを出しておくというのは大事ですよね。

永沼 そうですね。日頃そういう種を蒔いておくと、どこかで物事があとから追いかけてくるということも起こるといいますか。だから、常日頃の準備が大事なんだなあと。いえ、準備じゃないですね。備えているわけじゃないから。

――もう直観に近い感じですかね。「これは面白い」みたいな。

永沼 もちろん売れる本を作りたいというのはあるんですけれど、でも本当に売れるかどうかなんてわからないですよね。

――わからないですよね。

永沼 地震のお話でいうと、『津波災害』という本を出したことがあります。河田惠昭さんという関西大学の先生ですけれど、それが2010年の12月。その3カ月後に「3・11」の地震が起こって、これも驚いた記憶があります。

――驚きますね、それは。このテーマで新書を作ろうとはなかなか思わないですものね。

永沼 災害の本は何もないときは何の話題にもなりませんからね。『津波災害』も出した当初は全然売れなかったです。不幸なことですが、やっぱり物事があとから追いかけてきたという、そういう本でしたね。新書って何かそういうことがよく起きるなあと思います。

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――そうして新書でご活躍され、新書大賞も取られて、なんとこの2月から岩波文庫編集部の編集長になられたということで、また全然違うお仕事ですよね。

永沼 全然違いますね。

――今だと、新訳がやっぱりメインになるんですか。

永沼 新訳もありますけれども、改版も多いようです。あとは今まで岩波文庫に収録されていなかった古典を新しく収録したりと、いろいろな企画の形態があるみたいです。ちょっと私も全然把握できていなくて(笑)。まだ右も左もわからないんです。ゼロからどころか、マイナス1から出直しです。

――仕事としては多少ゆったりする感じにはなるんですか?

永沼 文庫編集部には、新書編集部にいた同僚が2人いるんですよ。話を聞いていると、やっぱり時間感覚が違うと言っていますね。新書は早くて3~4カ月で一冊作ってしまうということがありますけど、文庫だったら半年前ぐらいには原稿を入れて、きちんとスケジュールを組んで進める。ものによっては数年単位で作っていかなくちゃならない仕事もあるようです。そういう意味では、筋肉を変えないといけないと言われましたね。

――短距離走から長距離走みたいな感じでしょうか。文庫は新書に比べて既刊本を含めた売れ行きの規模が大きそうですね。

永沼 みたいですね。これまでのストックが膨大ですから、そのストックによる売り上げは相当なものだと聞いています。

――ちょっとお話ししづらいかもしれないですけど、この新たな編集部でどういうことをやっていきたいですか。

永沼 同僚から仕事を教えてもらっているところで、まださっぱりわからないです。ただ、既刊本の傾向からして、ちょっと薄いジャンルというか、やれていないジャンルというのはあるのかなと。たとえば科学物は、やはりちょっと手薄なところがあって。昔取った杵柄じゃないですけど、そのあたりからまずは手習いを始めようかな思っています。

――そういう得意なジャンルがおありですもんね。

永沼 軽薄な言葉で恥ずかしいんですけど、古典とは「自分ルネサンス」なのではないかなと考えていまして……。実際にはルネサンスの時代よりもずっと後の人なのですが、ピラネージというイタリアの版画家が描いた古代ローマの遺跡を見ていると、そんなふうに考えたくなりますね。千年も地中に埋まっていた古代ローマの建築物を掘り出してみたら、後世の人たちはその先進性に驚愕したわけです。ピラネージの精細な版画には、そういう過去の遺物から学び尽くそうという気迫を感じます。彼はあくまでも「現代人」として過去の遺物と対峙することで、自分の中に覚醒を感じているように見えるんです。うまく言えないんですけど、古典とは今を生きる自分の中にそういう覚醒現象を引き起こすものなのではないかなと考えたりしています。そういう古典を岩波文庫にできたらいいですね。

――まとめっぽい言葉を申し上げますと、今後も新たな部署で頑張っていただければというふうに心から思います。個人的にはちょっと寂しくなりますけどね。

永沼 ありがとうございます。ただ、ペーパーバック部門の責任者ではあるので、新書と本当に縁が切れてしまうわけではないんです。実際に本を作っていくことはこれから減っていきますが、これまでとは違った視点から新書を見ていけるとは思っていますね。

――ひとつ聞き忘れていました! 「芋づる式!読書MAP」も永沼さんが関わっていらっしゃるんですか?

永沼 そうですね。営業部を中心にした新書のプロジェクトチームというのがありまして。それに私も加わらせてもらってチャレンジしたフェア企画ですね。

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――でも、中で取り上げられているのは岩波新書だけではないですよね。新書が起点になっているけれど、各社の単行本だったり文庫だったりと。永沼さんが前からすごいなあと思うのは、出版界全体のことを考えて、新書全体を盛り上げようと「B面の岩波新書」で編集長インタビューやられたりしていて。やっぱりそれは何か問題意識がおありということですか。

永沼 はい。岩波書店という垣根を越えて、もっと外に出ていかなくてはいけないと思っていまして……。「B面の岩波新書」で三宅さんにお話を聞きにいったのはそういう意図からでしたね。「芋づる式!読書MAP」も、従来だったら岩波新書から別の岩波新書につなげたくなるところなんですが、みんなで「もうそういうのはやめよう」と話しあって始まった企画でした。

――新書であれ文庫であれ、既刊本が昔より売れなくなっているというのは、出版界全体の問題ですものね。弊社の場合、その一つの答えが電子書籍だと思ってやってはいるんですが、まだ紙の落ち込みをカバーできるまではいっていないので、そこが本当に課題だと思いますね。

永沼 紙の本はいまやフローの世界なので、電子書籍をストックの世界にできるといいんですけどね。アーカイブと言いますか。

――そうですね。うちなんかは力を入れているんでそれなりに伸びてきてはいるんですが、やっぱりそこまで電子のほうに読者は移ってきていない実感がありますね。

永沼 本当にそうですね。

――今回は普段聞けなかったこともお聞きできて、とても勉強になりました。

永沼 すみません。もっと歯切れよく答えられればよかったんですけどね。

――いえ、本当にいろいろ考えていらっしゃることが伝わってきますし、どうもありがとうございました。長時間、お疲れさまでした。

(2020.2.13)



[きょうの手土産]
この日は、音羽で数少ない全国区のお店「群林堂」さんの豆大福を持参しました。東京三大豆大福の一つに数えられ(※諸説あり)、週末のみならず平日も大行列ができることもあります。個人的な観察によると、平日14時頃には売り切れていることが多いです。出版社が軒を連ねる場所柄、編集者の手土産として多くの文豪にも愛されてきました。かなりボリュームがあり、ひとついただくとお腹一杯になります(※個人差あり)。

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