【第92回】日本の「戦争放棄」条項は誰の発案だったのか?
昭和天皇と幣原喜重郎首相と
ダグラス・マッカーサー元帥の3人の当事者
日本国憲法第九条は、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の3原則から構成される日本独自の「平和主義」の規範である。
さて、初めて憲法第九条を知ったときから気になっているのは、第1項の「武力」と第2項の「戦力」は何が違うのか、という点である。
これらの2語を同義語と解釈すると、「武力」は敵対的戦闘行為を意味し「自衛力」を含まない。同義語でないと解釈すると、「武力」は戦力よりも広い概念を意味し「自衛力」も含む。よって、侵略軍に対して自衛力で防衛すれば、前説では「武力の行使」に相当せず、後説では「武力の行使」に相当する。
また、第2項の「前項」が「第1項」と同義であることは明白だが、第1項は複文なので、どの部分を指すかによって解釈が分かれる。「前項」が「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」を指すならば、あらゆる戦力の保持が許されず「交戦権」自体が否定されるが、「国際紛争を解決する手段として」を指すならば、自衛戦争と制裁戦争は許され「交戦権」も認められる。
本書の著者・笠原十九司氏は1944年生まれ。東京教育大学文学部卒業後、同大学大学院中退。宇都宮大学教授、都留文科大学教授、南京師範大学客員教授などを経て、現在は都留文科大学名誉教授。2000年より南開大学歴史学部の客員教授を務める。専門は、日本・中国近現代史。著書に『南京事件』(岩波新書)や『南京事件論争史』(平凡社新書)など数多くがある。
さて、「マッカーサー草案」と呼ばれる憲法草案によれば第九条第1項の「武力」も第2項の「戦力」も同じ「force」で表現されている。そこで私が勝手に想像していたのは、当時の日本側の憲法作成者が、将来に異なる解釈の余地を残すために、故意に別の訳語を当てたのではないかということだった。
ところが、本書は「戦争放棄」条項の真の提案者は当時の首相・幣原喜重郎であり、その根拠として彼の秘書官・平野三郎の「平野文書」を掲げる。笠原氏は、「幣原発案説」12説・「幣原発案否定説」11説・「幣原・マッカーサー合作説」3説を471ページに渡って詳細に分析する。その内容は推理小説のようでおもしろい。少なくとも「戦争放棄」条項がアメリカから「押し付けられた」という短絡的な「俗説」は、綿密な実証によって見事に論駁される。
本書で最も驚かされたのは、昭和天皇が1946年9月から1951年4月まで11回もマッカーサーと会見していたことである。その内容は極秘だが、第3回の1946年10月16日会見記録だけは閲覧できる。昭和天皇はそこで「戦争放棄の大理想を掲げた新憲法に日本は何処までも忠実でありましょう」と明言している。昭和天皇の「大理想」も重大な意味を持っていたのではないか?