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なぜ「死にたい」とネットに書き込むのか?|高橋昌一郎【第42回】

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「死にたい」が綴られた143のサイト

2023年4月13日午前4時前、制服を着た女子高生2人が手を繋いで裸足で立っている動画がTwitter(X)に配信された。2人が携帯カメラの前に立っている場所は、千葉県松戸市の巨大複合マンション最上階10階のテラス端である。

一人が「怖い、怖いよ」と何度か繰り返すが、もう一人が励ますように「大丈夫。行こう」と言う。そして「せーので行くよ」と叫び、「せーの」の掛け声で2人は後ろ向きに倒れて姿が消える。数秒後に「ドシッ」という地面との衝突音が響く。33分23秒続く動画は拡散され、後に運営者によって削除された。

その日、新潟県から来た一人は「死ぬために東京きたんだ」「忘れちゃだめだ死ぬために来たってこと」「ばいばいだ」と、また千葉県在住のもう一人は「ごめんなさい本当に」と投稿している。2人の直接的な自殺の引き金は、YouTuberに弄ばれた一人がもう一人に相談したことにあったらしいが、その数年前から2人はTwitter(X)の「病みアカウント」に「都合のいい女すぎて鬱。死にたい」とか「自分の顔が嫌だ」といった投稿やリストカット画像を挙げていた。

2人の最後の晩餐の写真には、アルコール度数の高い缶チューハイや風邪薬・鎮痛剤・咳止め薬などの市販薬が写り込んでいる。市販薬であってもアルコールと共に過剰摂取すれば「現実感喪失」や「高揚感」や「幻覚」が生じて死への恐怖感が薄れ、生存本能に反した自殺の行動化を促進する可能性が高まる。

本書の著者・ゆうすけ氏は、この事件は「SNSがなければ起きなかった悲劇といえば、そうだと思う」と述べている。離れた場所で暮らす2人がSNSに「死にたい」と書き込むことで繋がって集団自殺の発想に至り、その計画をTwitter(X)に投稿し動画配信することによって、自分達を「強固な拘束下」に置いた。

だからといって「自殺願望の書き込みは公序良俗に反する」と安易に結論付けるのは「個々の悩みに向き合わないまま、世の中全体の問題に切り替えるような乱暴な印象」だと古田氏は批判する。本書は、彼が「死にたい」と綴られた143のサイトを調査し分析した成果である。すでに閉鎖されたサイトや削除された投稿については、1996年にアメリカの非営利団体Internet Archiveが開始した「Wayback Machine」に残された過去のインターネットページを検索した。

本書によれば、自殺に至るプロセスには次の4種類がある。①直接的な引き金(破産やパートナーとの別離など)が明白なケース、②将来への絶望(健康問題・経済問題・将来性への長期的な悲観など)から志向するケース、③混乱したままのケース(「死にたい」と「生きたい」が交錯する中で自殺を試み、事故死的に亡くなる場合など)、④長い希死願望が帰結したケース(とくに直接的な引き金は見当たらないが、長年抱えてきた希死念慮を実行に移した場合など)。

本書で最も驚かされたのは、WHOが発行する『自殺防止マニュアル』が「自殺について話すことはよくない。促しているように受け止められかねない」という見解を否定している点である。「自殺について包み隠さず話すことによって、他の選択肢や決断を考え直す時間を与え、逆に自殺を予防する」からである。

2023年の日本人の自殺者2万1818人中、20歳代以下の若年層は1298人と増加し、小中高生も507人と過去2番目に多く、先進諸国では最悪の数値である。なぜ若年層の「死にたい」が「バズる」のか、その理由を見極める必要がある!

本書のハイライト

普通の言葉よりも目立ち、良からぬ事態を招きそうな「死にたい」。しかし、十把一絡げに否定するほどには、自分はこの言葉についてよく理解できていないのではないか。「死にたい」を悪しき存在と見なして排除する前に、無数に残された個別の「死にたい」と向き合って、それぞれに込められた当人の本音と等身大のリスクを考察して行動したほうが胸を張れるんじゃないか。インターネットには個々人が発信した言葉がそのまま剥き出しで残されているわけで、それら個別の声を顧みないのは横暴かもしれない。ひとまず立ち返ってゼロから検証してみよう――。

(pp. 5-6)

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著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)、『天才の光と影』(PHP研究所)など多数。

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