【新谷学×石戸諭③】必要なのはど真ん中であること。「週刊文春」はジャーナリズムの「王道」にあらず
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【新谷学×石戸諭③】必要なのはど真ん中であること。「週刊文春」はジャーナリズムの「王道」にあらず

vol.2からのつづき)

本田靖春に学んだこと

新谷:入社してすぐ「Number」に配属されたときに一度だけ、本田靖春さんと仕事をしたことがあるんです。一緒にラスベガスに取材に行って、ボクシングの原稿を書いていただくという今では夢のような仕事です。舞台は1989年のラスベガス「シーザス・パレス」。シュガー・レイ・レナード対トーマス・ハーンズという世紀の一戦でした。そのチケットが取れたから、「誰かに観戦記を書いてもらおう」という話になったんです。当時の編集長が、本田さんがいいんじゃないかと言って、新人の私が担当することになった。

石戸:えっすいません、そんな仕事をしていたんですか。本田さんが? 読んでいませんでした。痛恨です……。

新谷:ボクシング記事は、昔は社会部マターだったそうですよ。

石戸:確かに読売新聞東京社会部の名物記者ではありましたが……。

新谷:打ち合わせのアポをとってご自宅に伺いますよね。本田さんはプレハブみたいな家に住んでいて、本も全然なくて、覚えているのは『はじめ人間ギャートルズ』があったくらいかな。
当時の私は本田さんがどういう人かもよくわかっていないし、著作もたいして読んでもいなかった。それでもお願いしたら、「わかった、行くよ」と言ってくれたんです。
一緒に飛行機に乗りますよね。でも何を話していいかわからない。競馬が好きだって聞いていたのと、私も「Number」で初めて作ったのが日本ダービー特集号でしたから、「この前のダービーは……」と話しかけてみた。すると、本田さんは「お前に競馬の何がわかるんだ! ちゃんちゃらおかしいわ」と(笑)。

石戸:おぉ大阪社会部用語でいうところの「かまし」ですね。社会部記者は新人には厳しく当たるというのが伝統でもあります。本田さんはやっぱり「社会部記者」なんですね。

新谷:「怖いな、この人」と思ったけど、黙っているのもしゃくだから、それでもなんとか話を繋ごうとしました。すると本田さんはこんなことを言うんです。
「俺はな、飛行機に乗るたびに、この飛行機落ちるかなって思うんだよ。それでもいいんだ。落ちても俺は助かって、すべての顛末を書くんだよ」
とんでもないことを言う人なんだと驚きましたね。
「すごい会社に入ってしまった。こんなことを考えている人と一緒に仕事をするなんて」とあらためて目が覚めました。
現地でも、本田さんはいきなり免税店でウイスキーを大量に買うんです。そして、ホテルに着いたら「部屋に来い」とお誘いがかかる。「お邪魔します」と部屋に入るなり、いきなりジョニーウォーカーの黒かなんかをドバドバとコップに注いで、「じゃあ飲め」ですよ。「飲め」と言われてもストレートですからね。飲み慣れてないし、香りも強烈。「うっ」と怯んだら、本田さんは「なんだ、君は酒が嫌いなのか?」とくる。こちらも「いや、嫌いじゃないです。いただきます」と言いながらいただく。
結局、打ち合わせの続きは朝食を食べながらやろうということになって、翌朝レストランで落ち合った。こっちは夜の酒が残っているのに、本田さんは席に座るなり「ツークアーズ」って注文するんです。そこでクアーズのビールで糖尿病かなんかの薬を流し飲む。まぁ強烈です。

石戸:いかにも本田さんという感じですね。

新谷:とにかくすべてが常識はずれで、心底驚かされました。そこから本気で、本田さんの本を読むようになりました。『誘拐』とか『事件記者』といった名作を読むようになって、あらためてすごい人だなと思うわけですよ。
これは本田さんから学んだことですけど、ジャーナリズムの世界にいる記者の大原則は、弱者と強者が対峙しているときは、「大丈夫か」とまずは弱い方に駆け寄って話を聞くものだと。政治的な立場や、右も左も関係ないんです。
本田さんはその姿勢が徹底していた。血が熱くて、骨が太い。取材に同行していても、やっぱり人間への刺さり方が全然違うなと思いました。

石戸:まったくそうですね。特に往年の良き社会部記者はそういう気質が強くありますよ。

新谷:私は強い者の威を借るやつが、一番嫌いです。

石戸:僕も強い者に駆け寄るタイプは受け付けないです。
僕が本田さんから学んだのは人間への眼差しです。『ニュースの未来』でも本田さんについて、少し触れました。本田さんの仕事は一貫して人間を肯定しながら、徹底的に優しさを持っているところが好きです。
ニュースの主役は人間なのだ、ということを心から知っていたと思うのです。単純な善悪で描くような方法を取らずに、真正面から人間を描こうとしています。『誘拐』が代表的ですが、弱い立場にあった犯罪者に対しても優しさがあります。

新谷:今は報じ方が表層的ですよね。物事は単純ではないはずなのに、無理にカテゴライズして、見たことがあるようなものに仕立てて安心したがる。それではつまらない。

石戸:まさにその通りですね。取材をすると、そんな単純なものではないとわかるのに、妙に収まりよくしてしまう。それだとつまらなくなってしまうんです。

新谷:本田靖春さんは、ボクシングでも見方が一貫していました。世紀の一戦の両者は、どちらも黒人ボクサーでした。でも、どちらかというとレナードは白人中心のマジョリティに人気があった。対するハーンズは、幼少期から苦労が多かったボクサーで、黒人コミュニティからの支持を受けている。本田さんはどんどんハーンズびいきで見るようになっていくわけ。

石戸:やっぱりそうですか。試合はどうなったんですか?

新谷:ドローでした。でも、ハーンズはダウンも奪っていたし、どうみても優勢に見えたんです。判定では、最後にレナードが持ち直したことになっていたみたいですが、黒人の観客は大ブーイング。「これはドローじゃなくてハーンズの勝利だ」と怒っているわけです。本田さんも「これはハーンズだよな」って熱くなっていた。その熱量が原稿にも反映されていましたよ。

石戸:それは最高の出張ですね。原稿に赤字は……。

新谷:赤字なんてとんでもない。熱のこもった素晴らしい原稿でした。
新刊の中で石戸さんは「良いニュース」とはなにかを定義しているけど、その定義や考え方は大切だと思いますね。本田さんの原稿からも学びましたが、良いニュースとはコンプライアンス的になんの問題もない記事、つまり、炎上しない記事ではない。守りに入って琴線に触れるディテールを刈り込み過ぎると、記事としてのおもしろみがなくなる。

石戸:『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』でもにじみでていますが、スキャンダルや事件のおもしろさは人間のおもしろさですからね。

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文章の力

新谷:「Number」で担当させてもらった書き手のなかで一番、文章がすごいなと思ったのは海老沢泰久さんです。最終的に『ヴェテラン』という本にまとめさせてもらったのですが、原稿も取材も勉強になりました。連載一回目は「嫌われた男」というタイトルで、江川卓さんと巨人軍のエースを争った西本聖さんについて書いていただいた。
西本さんの取材に行く前に、海老沢さんから「僕はインタビューの途中で黙ることもある。でも君はつまらないことを言って口を挟んではいけないよ」と釘を刺された。
インタビューが始まると、いきなり「あんた、嫌われてるでしょ? ジャイアンツの練習みてるとね、あんたいつもキャッチボールの相手いなくて、若手の重い背番号とやってるでしょ」と言うんです(笑)。
その場にいた全員が、シーンと黙り込んだ。普段であれば私が場をつなぐような質問をしていたかもしれませんが、海老沢さんに口を挟むなと言われているから何も言えない。
でも、この質問は、キャッチボールの様子も含めて西本さんを熱心に見続けてきたから、つまり取材対象に愛があるからこそできたわけで、これは勉強になると思いましたね。

石戸:それはそうでしょうね。変にヨイショもしない。

新谷:私が「Number」でヨットマンの白石康次郎さんについて原稿を書いたことがあったんです。自分としてはそこそこよく書けたと思った。そこで原稿を海老沢さんに見てもらったんですが、けちょんけちょんのダメ出しが待っていた。
「だいたいね、この『白石の父は平凡なサラリーマンだ』という一文はなんだ? この世の中に平凡なサラリーマンなんていないんだよ。どんな会社のどんな仕事なんだ? それに『素晴らしいスピード』って書いてあるけど、どれくらいのスピードなんだ?」
ダメ出しの一つ一つが勉強になりました。

石戸:素晴らしい指摘ですね。贅沢な時間じゃないですか。定型句で片付けずに、細部を丁寧に描けということですね。僕も尊敬する書き手からダメ出しというか、贅沢なことに取材の最中に、直にレッスンをしてもらった経験があります。
「君の原稿はまだ平板だ。取材はよくやっていると思う。さらりと読めるけども、単調で、どこに向かっていくのかがわからない。カタルシスがないんだ」と言われて、さらに具体的な指摘も受けました。
そこで、もうひとつ別の段階に引き上げてもらったなと思っています。一流の書き手ってこれだけ細かく読んでいるんだと驚きましたし。

新谷:それは貴重な経験ですね。それにしても、本当によく「Number」を読んでいるし、影響も受けていますね。やっぱり文春に入ればよかった(笑)。

石戸:落とされたんですよ(笑)。でも、「文藝春秋」に書かせてもらっていますからね。中学生の頃の自分に今の状況を伝えるならば「文藝春秋」に書いたレポートで賞もいただいて、他にもいろいろ書いていると胸を張って言えますよ。
僕の現状は書籍のセールス、もっと強い作品を書きたいといった課題はたくさんありますけど、中学生の想像力でイメージできるくらいの夢はもう叶ってしまったと思います。
でも悔しい原稿はありましたね。「Number PLUS」に収録された金子達仁さんのノンフィクション「マツシマを止めろ!」です。高校時代の松島幸太朗が決めた伝説のトライを追いかけた読み物です。僕は毎日新聞時代に高校ラグビーを担当していたことがあって、この中の何人か当時取材した選手や監督が出てきたんです。そうか!この切り口があったか。もしかしたら自分でも書くことができたんじゃないか。それももう少し、いろいろな切り口で……と考えてしまいました。自分が読んで悔しいと思えるだけ成長したということでもあるのかな。

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マスコミ界の不良が学級委員長

新谷:今は右も左も声だけが大きくなってしまっていますが、「文藝春秋」はど真ん中でいたいと思っています。誰の味方でもないけど、誰かの敵にはなるかもしれない。
私がTBSのNEWS23にコメンテーターとして出演したとき、「菅義偉政権を批判するだけでなく、きちんと働かせることも大事だ」と話したことがありましたが、「菅さんを擁護するようなことを言って大丈夫なのか」とTBSの人から言われました。たしかに菅さんとは付き合いも長いのですが、これが擁護になるんでしょうか。私は是々非々で、評価するべきところは評価すべきだと言っただけ。逆に、菅さんに不利になる記事は掲載しないなどという判断はあり得ないことは、「文藝春秋」や「週刊文春」の誌面を見れば、わかっていただけると思います。
私が危惧しているのは、菅さんのような口下手だけど不言実行をよしとするタイプが酷評され、雄弁なタイプだけが評価されるようになることです。選挙ではマニフェストを朗々と語るだけの有言不実行では困るじゃないですか。

石戸:なにをやったかがニュースなのに、なにを言ったかばかりがニュースとして取り上げられるという問題ですね。

新谷:ネットメディアも増えて、ネット上で受けることを言えば支持率が上がるとなると、政治家もそっちに流されるでしょう。そこでデマゴーグに煽られてしまえば、それこそ「いつか来た道」ではないですか。

石戸:全く同感です。言葉に対する期待感ばかりが膨らみ、本当になにをやっていくか、実際に何をやっているかは二の次となっていますね。
自民党はニュースの作り方がうまいです。選挙を前に、支持率を上げる方法を熟知している。しかし、今の政治の議論はいかにしてその場で受ける言葉を発するか。まるでツイッターのような言葉の応酬になっています。
その根底にあるのは、社会に広がっている「救世主願望」ではないでしょうか。すべてを解決してくれる救世主がいればいいけど、現実としてはありえないし、そんな願望を刺激し、助長するようなメディアでは良くないと思います。

新谷:本当にそうですね。自戒を込めて言えば、そういう危うい言葉に惑わされてはいけない。「文藝春秋」は日本のど真ん中で本音を叫ぶメディアでありたいと思っています。

石戸:インターネットメディアのPVを伸ばすことはそこまで難しいことではありません。基本的には常にユーザーを刺激すればいいわけです。しかし、数字を取れるコンテンツよりも、数字よりも骨が太いもの、左右から嫌われてもいいから出すことは難しいです。

新谷:ど真ん中だと右からも左からもネタがやってくるんですよ。

石戸:ところで、ど真ん中は非常に大事なのですが、僕が気になるのは文春流のスクープ主義が強くなった結果、文春こそがジャーナリズムの王道という意識が作られてしまったことです。
文春をはじめ週刊誌というのは新聞が書けないような生々しいスキャンダルも踏み込むことが特徴で、立ち位置としては、マスコミ界でいえば不良です。不良がクラスの中で本音を語り、たまに当たっているからかっこいいのですが、不良がクラスの中心でいいのかなと。それで良いのかな、という疑問があります。

新谷:それは確かにありますね。今は学級委員長だと勘違いされてしまうこともあり、居心地が悪くてしかたない。お尻がむずがゆくなります。クラスのうしろのほうで「嘘つけ。かっこつけてんじゃねーぞ」とヤジっている不良のポジションが週刊誌でしょう。学級委員長は柄じゃない。

石戸:学級委員長としての新聞社にとってもチャンスはあると思いますか?

新谷:それは大いにありますよ。

石戸:世間を驚かせるようなスクープを政権中枢からとってくるとか、企画を転がしていけば、存在感は示せるはずです。僕はスクープ記者としてはまったくの落ちこぼれですが、本当にすごい記者はいまだにたくさんいますからね。

新谷:まさにその通りで、政権中枢に食い込んでいる記者はたくさんいます。先ほど申し上げたように朝日新聞の精鋭記者が集まって、社長直轄で1年間戦えば見える風景は絶対に変えられますよ。今日のテーマっぽい締めになりましたね。

石戸:そうですね。

新谷:左右から石を投げられたり、頼りにされたりするど真ん中のメディアを作りたいので、石戸さんもぜひ協力してください。ど真ん中で一緒に本音を叫びましょう。

石戸:こちらこそ、よろしくお願いします。僕としては、いずれ川久保玲さん、コムデギャルソン社を書いてみたいと思っています。ファッションにとどまらず広く世界を動かした存在であり、日本の企業でもあり、今のような時代に会って、その存在はますます輝いています。興味がつきません。

新谷:それはおもしろいですね。ぜひ、お願いします。

石戸:きょうはありがとうございました。


この対談は、2021年9月17日に、ゲンロンカフェ主催のトークイベントとしてインターネット配信された番組の一部です。同番組は、放送プラットフォーム「シラス」の「ゲンロン完全中継チャンネル」にて、2022年3月17日までアーカイブ(https://shirasu.io/t/genron/c/genron/p/20210917)を公開しています(有料)。以降の再配信やアーカイブの視聴については、ゲンロンカフェのHP(https://genron-cafe.jp/event/20210917/)をご確認ください。


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