コロナ禍だからこそ、私たちは科学を諦めてはいけない|高橋昌一郎
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コロナ禍だからこそ、私たちは科学を諦めてはいけない|高橋昌一郎

編集部の田頭です。noteで連載中の「新書こそが教養!」でおなじみの高橋昌一郎先生が、最新刊『20世紀論争史』を上梓されます。現代思想を理解するために哲学と科学を自在に横断する知性が求められる今、本書のハイライトというべき第30章 「危機」とは何か?を公開いたします。「3.11」を経た後でも、あるいは新型コロナウイルス禍に苦しむ今日だからこそ、極端な思考に陥ることなく、まずは科学的思考をベースに置くべき大切さについて考えます。全編にわたって高橋先生の大好きなコーヒーのエピソードが登場する一冊、お好きな一杯を片手にご堪能ください。 

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フェア・トレードのコーヒー

助手 先生、コーヒーどうぞ。今日の豆は、インドネシア産の「スマトラオランウータン・コーヒー」です。
 インドネシアの熱帯雨林は、アジアで最大規模だったにもかかわらず、近年は減少の一途を辿り、生息地を失った「スマトラオランウータン」が「絶滅危惧種」に指定されています。そこで、このコーヒー豆の売上金の一部は、動物保護活動団体と環境に配慮した栽培を行う生産者に自動的に寄付される仕組みになっているんです。

教授 いわゆる「フェア・トレード」だね。味そのものは、芳醇な香りに奥深いコク、キャラメルのような甘さがあって、美味い! インドネシア産の豆のブレンドというだけあって、マンデリンに近い味だね。

助手 そもそもインドネシアやマレーシアの熱帯雨林が減少しているのは、林を伐採して、アブラヤシを大規模栽培するようになったからなんです。その理由は、先進諸国がアブラヤシの果肉から得られる「パーム油」を集中的に輸入しているから……。

教授 「パーム油」といえば、インスタント食品やスナック菓子の大部分に用いられているね。
 要するに、先進諸国の人間が「ポテト・チップス」や「ポップコーン」を消費すればするほど、より多くのパーム油が必要になり、その需要に見合ったアブラヤシを大量生産するために東南アジアの熱帯雨林が伐採されて、結果的にスマトラオランウータンが生息できなくなってしまった、というわけだ。

助手 私がスナック菓子を購入することが、熱帯雨林やスマトラオランウータンに影響を与えているなんて考えたこともなかったんですが、地球規模で考えると、相互に影響を与え合っているということなんですね。
 最近のニュースで見たんですが、森林伐採や気候変動の影響で、世界の野生種のコーヒー一二四種のうち、なんと六〇パーセント以上の七五種が、絶滅の危機にさらされているそうです。現在、世界で最も商品化されているアラビカ種でさえ、森林の乱伐が続けば、約六〇年後には絶滅する可能性があるということで、地球の環境破壊が心配になります。これまでに伺ったお話の中にも、いろいろな意味で人類の未来を悲観する見解がありましたね。

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反科学思想の要因

教授 すでに何度も話してきたように、人類の未来を考える際に避けて通れないのが、私たちと「科学技術」との共存という大問題だ。人を愛したり憎んだり、生を楽しんだり死を恐れるような人間性の本質は、古代ギリシャ時代からほとんど変化していないにもかかわらず、二〇世紀から二一世紀の科学技術の進化は、あまりにも指数関数的に急進しているからね。

助手 人工知能が人類を超える「シンギュラリティ」が数十年以内に生じるかもしれないというお話を伺って、そんなに進歩が速いのかとショックを受けました。

教授 ところが、現実世界を見渡してみると、科学技術を率先して受け入れるというよりも、むしろ「反科学思想」の方が優勢なように映る。ニューヨーク州立大学の哲学者ポール・カーツは、この状況に強い危機感を抱いていた。

助手 スマートフォン一つを考えてみても、科学技術がすばらしい成果をもたらしていることはわかるんですが、その一方で、言い知れぬ恐怖感のようなものを一般の人々に与えることも事実だと思います。

教授 カーツは、その「言い知れぬ恐怖感」が生じる理由を詳細に分析して、一〇の要因にまとめている。
 第一の要因は、「原子力に対する恐怖」だ。第二次世界大戦末期に広島と長崎に投下された原子爆弾は、全世界にかつて類をみない恐怖を与えた。人類の科学技術は、ついに地球上のあらゆる生命を滅亡させるのに十分すぎるほどの最終兵器を生み出してしまったわけだからね。
 すでに話したように、現在の地球上には、いまだに二万発を超える核弾頭が存在し、中には、原子爆弾の数千倍の威力をもつ水素爆弾も含まれている。核兵器を保有する国々の政府や軍部が、故意あるいは過失によって核戦争や核爆発を引き起こす可能性もまったくないわけではない。つまり、核兵器による人類滅亡の危機は、いまだに完全に回避されてはいないんだ。
 さらに、放射能汚染問題が、原子力の平和利用にも影を落としている。世界人口の急増に伴って増加し続けるエネルギー需要に対して、原子力発電が世界で果たしている役割には計り知れないものがある。しかし、世界各地で頻発する原子炉の事故は、放射能汚染に対する恐怖を拡散させている。自然災害に加えて、ずさんな危機管理体制による人災は、原子力開発そのものに対する不信感を生み出し、結果的に「あらゆる原子力発電所を閉鎖すべきだ」という「反原発運動」にまで発展している。
 第二の要因は、「環境破壊に対する恐怖」だ。高度成長時代の日本では、企業がコストのかかる化学処理を怠って産業廃棄物をタレ流した結果、周辺住民に水俣病やイタイイタイ病のような悲惨な「公害」を与えた事実がある。現在も、放射性廃棄物や産業廃棄物をはじめ、あらゆる種類の「ゴミ処理」が問題視されているように、生態環境の保護が大きな課題になっている。
 多くの科学者が率先して環境保護を訴えているにもかかわらず、「科学者の推進する技術がオゾン層を破壊し、温室効果で地球全体を破壊するに違いない」といった飛躍した「反科学思想」が導かれることも多い。

助手 環境破壊に極端な恐怖感を抱くと、科学技術の「全面否定」にまでエスカレートしてしまうわけですね。何かの一面を批判するあまりに、全面否定にまで飛躍する議論をよく見かけますが、その種の非論理的な飛躍には注意が必要だと思います。

教授 第三の要因は、「化学物質に対する恐怖」だ。二〇世紀には、化学こそが人類の生活を向上させるとみなされてきた。実際に、化学肥料の有効活用によって生産革命が起こり、食品の生産量は劇的に増加し、世界中の飢饉や貧困が減少した。
 しかし、現在では、産業廃棄物や農薬をはじめ、いわゆる「環境ホルモン」や「ダイオキシン」などの化学物質に対する毒物恐怖が蔓延している。化学肥料や食品添加物に対する疑念から、有機栽培や自然食品など「自然」への回帰を求める意識が強まっている。このような意識が嵩じると、「自然に反する人工的な化学物質」を生成する科学技術一般に対して、反感が強くなるだろう。
 第四の要因は、「遺伝子工学に対する恐怖」だ。遺伝子工学は、遺伝子治療やインスリン製剤などの新薬開発によって、人類に計り知れない利益をもたらしている。しかし、研究が開始された当初から、多くの反対意見が提起されていることも事実だ。
 これもすでに話したが、仮に遺伝子研究によって生じた新種のウイルスやバクテリアが実験室から外界へ漏洩すれば、生態系へ致命的な異変を生じさせる可能性がある。だからこそ、遺伝子工学も原子力開発と同じように、「人類を滅亡に導く恐怖の研究」とみなされるわけだ。
 出生前診断や遺伝子診断も含めて、遺伝子研究そのものが人類の「非人間化」をもたらすという考え方もある。ヒト・クローン実験や異種遺伝子組換え実験は、多くの国々で禁止されているにもかかわらず、中国がそのルールを拡大解釈して実験を行ったというニュースもある。医学界で自制できなくなれば、「あらゆる遺伝子研究を禁止すべきだ」という強硬な意見も出現するだろう。
 第五の要因は、「西洋医学に対する批判」だ。科学技術の発展と西洋医学の進歩によって、人類は「寿命」を一方的に延ばしてきたが、その反面、自分の意思に反して生かされ、精神的にも肉体的にも非常な苦痛を受ける人々が生じているという反論もある。そこから「人生の質」を重視した「死ぬ権利」が、基本的な生命倫理問題として扱われるようになった。
 患者の権利が、医療現場で無視されてきたことを指摘する声は強い。かつての医師は、専門的な「権威者」として、その知識や技術が疑われることはなく、倫理的にも、患者の生命を救う献身的な「救済者」とみなされてきた。しかし、「薬害」問題で浮かび上がった医師・製薬会社・官僚の癒着は、現代医学の構造そのものに対する疑惑を生じさせている。尊厳死や安楽死、臓器移植や生殖技術などの新たな生命倫理に関する諸問題においても、医師・患者・家族全体が納得できるような対策が求められている。

助手 患者や家族に対する医師の説明が冷徹すぎるという批判をよく耳にしますが、やはり丁寧な「インフォームド・コンセント」が必要だと思いますね。

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教授 第六の要因は、「精神医学に対する批判」だ。極端な「反精神医学」の提唱者として知られるシラキュース大学の精神科医トーマス・サズは、あらゆる人間が「社会的疾患」に罹っているのだから、特定の「精神疾患」など存在せず、患者も存在しないとまで主張する。サズの論法によれば、「社会こそが本当の患者であり、社会の治療が必要」である以上、精神疾患の存在そのものが否定され、精神病院も治療も不必要だということになる。
 とくに二〇世紀後半のアメリカでは、サズの影響から本人の同意が得られない「強制入院制度」に批判が加えられるようになった。サズの理論は、異常行動を起こす精神疾患者が、病理学的な治療で症状が改善されている事実と矛盾するにもかかわらず、「反体制思想」と結び付いて社会に受け入れられてしまったんだ。
「反精神医学」は、実験心理学や動物実験反対運動とも結び付いている。動物が不必要に虐待される場合は論外だが、急進的な動物愛護運動では、「あらゆる動物実験を伴う医療研究を禁止」すべきとまで主張している。
 第七の要因は、「代替健康療法の流行」だ。西洋医学と精神医学に対する不信感は、信仰治療や同種療法から、ヒーリングや色彩セラピーに至るオカルト的な健康療法の流行を助長している。これらの中には、人間の延命や健康維持に本質的な成功をもたらしてきた西洋医学と、根本的に矛盾するものも多い。それにもかかわらず、西洋医学よりも、代替健康療法に頼ろうとする一般的な傾向は、以前よりも強くなってきている。
 第八の要因は、「神秘主義への関心」だ。ヨガや気功は、「西洋医学では不可能な、健康や精神的安定を与える」ものとして流行している。信頼できる臨床データがないにもかかわらず、ガンをはじめとする難病を克服できると宣伝する心霊療法もある。さらに、さまざまな占いや超自然現象への関心は、幻覚剤や洗脳によって信仰を強いるカルト宗教に利用されることもある。
 第九の要因は、「宗教的原理主義の再来」だ。いわゆる「原理主義者」は、科学的な文化基盤そのものを疑問視し、宗教によってしか人類の希望は叶えられないと説く。驚くべきことに、現代社会では、科学的な研究や教育よりも、はるかに多額の金額が「宗教」につぎ込まれている。とくにアメリカで顕著な一例としては、「科学的創造説」とよばれる宗教活動をあげることができる。この説の信奉者は、聖書に記載された通りの「天地創造」を信じ、アメリカ国内の義務教育で進化論が教育されることに反対し、さまざまな州で訴訟を起こしている。
 第一〇の要因は、「文化相対主義とフェミニズムからの批判」だ。すでに述べたように、極端な文化相対主義者は、科学の普遍性を批判し、科学的方法は存在せず、科学的知識は社会・文化的な構造に基づいて相対的に得られるものにすぎないと主張する。また、一部の急進的フェミニストは、ニュートンからファラデー、ラプラスからハイゼンベルクに至るまで、科学は「白人アングロサクソン男性」の表現に過ぎないと糾弾している。
 多様な文化が科学に貢献してきたことや、女性が科学において果たしてきた役割を歴史的に認める必要があることは明らかだろう。しかし、行き過ぎた文化相対主義やフェミニズムは、科学の普遍性を否定し、むしろ科学は「男性中心文化」を超越するものではないと断定することになる。「文化的・人種的・性的な差別に基づく知識から人間性を解放」すべきだという主張が、あらゆる科学からの「解放」を意味するならば、それは「反科学思想」に繫がる。

科学共同体の危機

助手 ちょっと考えてみると、カーツの一項目の「反科学思想」を身につけた人物、私の周囲にいくらでもいますよ。原子力開発や遺伝子工学の廃止を求め、臓器移植や動物実験の禁止を訴え、西洋医学や精神医学に不信感を抱き、有機栽培や自然食品を好み、環境保護運動やフェミニズム運動に賛同し、ヨガや気功を実践し、超自然現象や神秘主義に憧れ、星占いや宗教に基盤を置いて生活している人物……。

教授 たしかに、実際に周囲を見渡してみると、少なくとも部分的にそのような傾向をもつ「文化人」あるいは「知識人」の方が、はるかに多いことがわかるだろう。
 もちろん、カーツ自身も認めているように、科学に対するこれらの批判の中には、正当な内容も多く含まれている。しかし、現代社会においては、これらの批判が極端に誇張され、統合されることによって、一種の「反科学運動」が形成されつつあるように映る。カーツは、このような現状を「科学共同体の危機」とよび、「科学共同体とそれに関与する人々が、科学に対する攻撃を真摯に受け止めようとしない限り、反科学思想が勢いを増大させることは明らか」だと警告している。
 科学者として「科学共同体の危機」を強く訴えてきたカール・セーガンは、アメリカで一九九〇年に実施された意識調査の結果、「科学嫌いは公然の事実」と報道された新聞記事を人類の「悲劇の始まり」だとみなした。この調査によれば、「地球が太陽の周囲を一年の周期で公転している」という事実を、当時は半数以上のアメリカ人が知らなかったということなんだが……。

助手 もし現在の日本で調査を行ったら、そこまでひどい結果ではないかもしれませんが、「科学」と聞くだけで耳を塞いで思考を止めてしまう人が多いこともたしかだと思います。

教授 いわゆる「科学離れ」の傾向は、アメリカや日本だけではなく、世界各国でも大きな問題となっている。
 ただし、ここで注意しなければならないのは、科学技術の「進歩」そのものは、特に先進諸国の一般大衆から、強く歓迎されているという事実だよ。最新のスマートフォンやバーチャル・リアリティ・デバイス、ホログラムや万能翻訳機、レーザー治療やナノロボットといった新製品や新機能が登場するたびに、科学技術は次々と更新され応用されていく。そして、それらが実生活に「有益」であるとみなされる限り、科学技術は、経済的・社会的にも非常に高く評価される。

助手 それにもかかわらず、「反科学思想」や「科学離れ」が蔓延するのは、なぜでしょうか?

教授 SF作家のアーサー・C・クラークは「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」と述べている。要するに、我々は過去には考えられなかったような「魔法」を目の当たりにしているわけだが、その理由を一つ一つ明らかにする「科学的精神」が追いついていない。一般人は、一方では「魔法」を嬉々として受け入れながら、他方ではそれに「言い知れぬ恐怖感」を抱いているという奇妙な屈折した状況が続いているわけだ。

助手 私は文系だから「科学技術」について触れようとせずに生きてきたんですが、それではいけないということですね。とくに二一世紀以降の科学技術の進化と人間性への影響については、私たち誰もが考えていかなければならない大問題だとわかりました!


『20世紀論争史』/目次

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『20世紀論争史』は3/17(水)に全国発売になります!

【参考】高橋先生が翻訳したカーツの論文はこちら

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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