#03_スポーツを「地方のわたしたちみんな」の側に取り戻すということ|小松理虔
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#03_スポーツを「地方のわたしたちみんな」の側に取り戻すということ|小松理虔

家庭持ちのゴールデンウイーク

 悩ましいゴールデンウイークだった。何が悩ましいかって、そう、遊び場である。小学1年生の子を持つぼくにとって「休日を子どもといかに過ごすか」は毎週末のようにやってくる悩みの種だ。とりわけこのコロナ禍では、限られた条件の中からその日の天候や時間帯、体調、人混みなどまで考慮して子どもの遊び場を探し出さなくちゃいけない。しかもゴールデンウイーク。どこもかしこも人で溢れてるし(密に集まっちゃいけないはずなんだけど)、さほど密にならずに子どもが自由に動け、なおかつ少なくとも2、3時間程度過ごせる場所となると……、だいたい「公園」くらいしか選択肢に残らない。

 ぼくが住んでるのは地方都市なので、ハイキングやトレッキングのできる低山とかも選択肢に入らないでもないけれど、まあちと大げさだし、地元にある公園はどこも広大なので駐車場からぐるり公園を歩けばそれだけで軽いトレッキングになってしまう。そうだなあ、やっぱ公園しかねえな、といつも公園に落ち着いてしまう。ただ、先ほどから繰り返すようにゴールデンウイークである。難儀だ。だいたい市内のお気に入りの公園はもう連休前半で行ってしまっていた。連休だからちょっと特別感もあったほうがいい。

 どうすっぺ。どご行ぐべ。と思っていたところ、家の冷蔵庫に地元のサッカークラブのチラシが貼ってあり、そこに、無料のチケットがくっついているのを見つけた(娘が小学校からもらってきたらしいのを妻が貼ってくれていたようだ)。おお、サッカーの神よ、オブリガード。ありがたく使わせてもらおう! と思い立って、5月5日のこどもの日、地元のサッカークラブ「いわきFC」の試合を見に行った。

いわきFCの「ヤバさ」

 本題に入る前に、このいわきFCというクラブを紹介しておこう。いわきFCは、ぼくの暮らす福島県いわき市や近隣の双葉郡をホームタウンとし、Jリーグの下部リーグである「JFL」に参戦し、将来的にJリーグ入りを目指している。

 と聞くと、地方によくあるサッカークラブに思われるかもしれないが、このクラブ、いろいろとヤバいのである。アメリカのスポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店である株式会社ドームのバックアップを受けており、トップリーグのようなすばらしいクラブハウスを構えているのに加えて、恵まれたトレーニング環境を生かしてフィジカルの強化に力を入れ、たびたびジャイアントキリングを演じる規格外のクラブとして知られているのだ。

 2017年の天皇杯では、いわきFCは実質7部に位置する「福島県社会人1部リーグ」に所属する超ローカルクラブだった、にも関わらず、J1のコンサドーレ札幌を破る大金星を挙げた。トップチームにも力負けせず、後半の最終盤になっても勇猛果敢に走り続け、相手の足が止まったところで止めを刺した。そんな「ジャイキリ」を果たしたフィジカルモンスターたちは、今やサッカーファンの中でも知る人ぞ知る存在になっている。そのうちJリーグを席巻するかもしれないので、皆さん、お見知り置きを。

 クラブが発足したのは2015年。発足当時から株式会社ドームのバックアップを受けるという体制自体が話題になっていた。豊富な資金力が生きたのだろう。いつの間にか郊外の工場跡地にアンダーアーマーの巨大な物流センターができ、そのセンターの脇に、地上3階建ての現代的なクラブハウスや人工芝のコートができたと記憶している。1階には公式ユニフォームなどを扱うアンダーアーマーのショップ、それとなぜか高級外車を取り扱う店があり、2階には選手たちのトレーニングルームが、そして3階にはさまざまな飲食店が軒を連ね、休日ともなると、試合や練習のあるグランドを見下ろしながら、おいしいコーヒーやビール、食事を楽しむ人で溢れていた。今はコロナ禍もあって人の姿はまばらになってしまったようだけれど、緑の芝を見ながら味わうビールは格別のものがあったなあ。

 アンダーアーマーというブランドも地元にじわじわと浸透し、この数年、アンダーアーマーのアイテムを身につけた人を頻繁に見るようになった。カジュアルな洋服に合わせて同社のブラックのスニーカーを合わせるあんちゃんがいたり、お世辞にもマッチョとは言えないおっちゃんがピチッとした素材のTシャツを小粋に着こなしていたり。ぼくは体型を気にしてピチッとしたスポーツウェアは着ないけど、さすがにお膝元に住んでるわけだからひとつくらい何か持っておこうということでランニングシューズを1足買った。商店街にもいわきFCを応援するポスターやノボリの姿が目立つようになってきた。

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 スタッフと市民の距離感も近く、ぼくもお世話になっている経営者の旧邸で、スタッフやサポーター、地域の若者たちが集まりたびたび酒宴が催される。そこでチームについて熱く語り合うこともあった。地域のまちづくりに関するイベントに行くと、いわきFCのジャージを着た人をよく目にした。いやそれ以前に、仲の良い友人の弟がクラブのスタッフだった時期もあり、なんだかとても近い距離にサッカークラブがある気がしていた。サッカークラブができてから、いわきの街の雰囲気も少しずつ変わってきたなあと思う。こうした変化を身近なところで感じられるのは、地方都市ならではの距離感かもしれない。

 ところがだ。ぼくが試合を見に行くのは今回が初めてだった。先ほどいわきFCの紹介をざっくりと書いたけれど、そのくらいの紹介文なら何も調べなくても書けるくらいクラブのことは知っている。クラブハウスにも何度も行ってるし、スタッフともちょっとした交流がある。にもかかわらず、6年越しの初観戦。

 いや、スポーツ観戦が嫌いというわけではない。大学時代は東京の後楽園から地下鉄で1駅のところに住んでいて、ちょくちょく東京ドームに巨人戦を観に行っていたし(当時のジャイアンツのクリーンナップは松井、清原、高橋であった!)、2002年のサッカーW杯では友人たちと浮き足立って埼玉スタジアムに行ってパブリックビューイングを楽しんだし、それをきっかけに代表戦にも強い関心を持つようになった(ちなみにぼくは小野、稲本、高原と同じ1979年生まれだ)。テレビ観戦だけど中高生時代にはNBAのシカゴブルズの試合を頻繁にチェックしていた(ジョーダン、ピッペン、ロッドマン擁して3連覇していた頃)。まあ要するにぼくはミーハーだ。そういう意味では、ミーハーの自分を突き動かすような何かが、まだ地元のいわきFCには足りなかったのかもしれない。

 いや、よく思い出してみればミーハーの心を動かすものはあった。いわきFCが立ち上げられた年の最初の試合だったか。試合前のセレモニーか何かで加藤ミリヤがヘリコプターでグラウンドに乗りつけ、颯爽と応援ソングを歌った。当時クラブが所属してたのって福島県リーグだよ? それなのに加藤ミリヤが来ちゃうんだもの。ああ、これはすげえや、すごいクラブだわ。べつにおれが応援に行かなくても豊富な資金力でどんどん上にいっちゃうのでは、などと考えてしまい、試合に足が向かなかったのだ。

 けれども今回ばかりは偶然が重なった。ゴールデンウイークの最終盤。遠出の予定はなく、公園で遊び飽きた娘がいて、そしてたまたま、無料チケットのついた広告が小学校で配られていて、それが幸運にも冷蔵庫に貼ってあった。こうしてぼくは家族を連れ、初めて地元サッカークラブの試合、JFL第6節、いわきFC対高知SCの試合を観に行ったというわけである。前置きが超長くなってしまってすみません。

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スタジアムというコミュニティ

 いやー、試合は超エキサイティングだった。いわきFCは序盤戦、まだ呼吸の合わない高知を断続的に攻め、セットプレイから首尾よく先制すると、その余勢を駆って前半の早いうちに2点目をゲットした。このまま一方的な展開になると思いきや、徐々に高知に中盤をコントロールされる展開になり、立て続けに2ゴールを献上して試合を振り出しに戻されてしまう。観客席からは「あ〜あ、なにやってんだよ…」とため息が聞こえてくる。よくない雰囲気だがこういうゲームは盛り上がる。試合が再度動いたのは後半30分ごろだったか、途中出場したいわきの選手がヘッドで鮮やかにゴールを決め、ついに均衡を破った。その後はなんとかかんとか耐え忍び、最終的には3ー2で見事勝利した。

 すごくいい試合だった。まず、選手に気迫が満ちていた。心のこもった激しいプレイを見せられると思わずこちらも力が入ってしまう。コロナ禍で「大きな声は出すな」と注意されているにもかかわらず、際どい場面では思わず声が出てしまった。フィジカルを日々鍛えているだけあって選手たちの当たりも強い。高知の選手に比べて筋肉の厚みがはっきりと違っていたし、いわきの守備陣に高知の選手が吹っ飛ばされるのを目にしたのは一度や二度ではない。全員、闘志剥き出しである。距離が近いので掛け声や息遣いも聞こえてくるから臨場感が並ではない。自陣ゴール裏では熱心なサポーターたちが声の代わりに太鼓を叩き続けていて、それに合わせて手拍子を打つことができたのもよかった。

 試合展開は速い。野球を見ていたあの頃はまったりとビールを飲んだりオリジナル弁当を食べたりしていたけど、今回はそんな余裕はない。ぼくは試合開始早々に「まったり観戦モード」を諦め、前半の早い段階で焼きそばを平らげてゲームに集中した。JFLとはいえ攻守の切り替えの速い現代サッカーの影響を強く受けているから目まぐるしく攻守が入れ替わる。試合を追っていると45分なんてあっという間だ。そうしてぼくは、いつの間にか目の前の試合に没入しちゃったわけだ。満足度が上がらないはずがなく、見終わったあとは、すっかりいわきFCのファンになり、「次の試合も見たいなー」と思ってしまったほどだ。いい試合を見せることが、なんだかんだで新たなファンを獲得する近道なのだなあ。

 選手との距離感の近さも絶妙だった。これがJ1クラブの巨大なスタジアムだとしたら選手との距離はもっと開いていただろうし、周囲にもたくさんの人がいるからマイペース鑑賞とはいかなかったかもしれない。もちろん、大きなスタジアムやアリーナだったらハイテクな電光掲示板があったり刺激的なアナウンスがあったり、もっとエンタテイメント性の強い鑑賞体験になっていただろうから、どっちがいいとは言い切れないのだろう。それを差し引いても、いいゲームだったと感じられた。それはおそらく、JFLという下部リーグの試合であり、観客動員がそれほど多くなく、この「いわきグリーンフィールド」という試合会場が牧歌的な雰囲気を醸し出していたからだろう。J1だからすごいとか、J3だから劣るとかそういうわけではなくて、それぞれに良さがあるということだ。

 それから、先ほども少し書いたけれど、スタッフとの距離感も絶妙だ。地域の会合や飲み会などで顔を合わせたときに名刺を交換しているスタッフが何人かいて、入り口で声をかけくれた。「おおおリケンさん、家族で来てくれたんですね!」と話しかけられると少し照れ臭い。ほんと、いやあ試合見に来るまで6年もかかってすみませんとお詫びしたくなるが、こうして歓迎されると一気にこれまで感じていた壁がなくなる気がする。選手以上に、スタッフと顔が見える関係を作れるというのは、地方都市ならではの利点だろう(もちろんクラブやスタッフの努力もある)。

 それともうひとつ、スタジアムがある種のコミュニティになっているのもよかった。試合前、応援席のゲートに並んでいると、娘の幼稚園時代の友達が来ていた。親同士で「どうもー」「小学校ではどうすか?」なんて近況報告をしあい、娘たちは娘たちで勝手に遊んでいる。周囲の人も、それぞれに挨拶をしたり、前の試合の結果などについて語り合ったりしている様子だった。スタジアムは、いろいろな人たちと「再会」する場所なのだ。

 一方で、知らない人たちもたくさんいる。一人でやってきた年配の男性、女性同士のグループ、明らかにおめえサッカーじゃなくて野球少年だっぺと思われる坊主頭のグループもあれば、ヤンチャな感じのパパさん率いるファミリーや、お上品そうなお嬢さんのいるファミリーもいる。いわきFCのユニフォームの人もいれば、ぼくのように、なんも考えずに蛍光グリーンのヤッケを持参してしまい、それが高知SCの練習着のカラーだったため孤高の高知サポーターみたいな雰囲気を醸し出してしまった人もいたりと、観客席は実に多様なのである。

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 娘は、いつの間にかぼくと妻のところから離れ、ゴール裏にいたお友達のところに行き、お父さんに絡んだり、友達と芝生を走り回ったりしてたいそうご満悦だった。観客席で新しい友達とも出会えたようだ。こんなふうに、近い関係と遠い関係、統一感と多様性の両方があるように感じられた。いい意味でバラバラなのだ。それが、とてもいい雰囲気のようにぼくには感じられた。そのバラバラが、ずっとバラバラなのではない、というのがいい。選手たちのハッスルプレーやファインゴールに合わせるようにして、応援席がひとつのうねりになっていく。ゴールが決まれば歓声が上がり、点を決められれば雰囲気が悪くなる。つまり、バラバラと一体感が同居している、いや、それが入れ替わる。その「変化」こそが心地よかった。

スポーツクラブと地方都市の関係

 勝利を見届けたぼくたちは、一息ついて車に戻り、運転して家に帰る。その道すがら、試合中の光景を思い出して「ああ、地元にスポーツクラブがあるってこういうことなのかー」と妙に感慨深い気持ちになり、その魅力を直感的に理解できた気がした。地方都市だからこそ輝くスポーツの力というものがあるのではないかと思うのだ。

 まず、車で手軽に来られることは利点だと思う。ぼくの場合、試合会場から自宅まで20分ほどしかかからない。また、この「いわきグリーンフィールド」のある「二十一世紀の森公園」は娘のお気に入りの公園であり、日常的に使っている場所でもあるから、「わざわざ試合を見に行く」という感覚が起こりにくい。公園に遊びに行く「ついで」のような感覚である。つまりなんというか、このスタジアムは感覚的に生活圏内にある。そして、生活圏内にあるからこそ、帰りはこのスーパーへ、ついでにあのドラッグストアへ、などと思考が飛んで、観戦ついでにいろいろな用足しができてしまうわけだ。特別なエンタテイメントではなく、まさに暮らしの延長線上にこの試合観戦はある。

 改めて説明する必要はないかもしれないけれど、地方都市での暮らしには車が必須だ。ぼくの家の駐車場にも、ぼくと妻と父の車が3台置いてある。いやこれは別に金持ちでもなんでもなく、車がなければ生活が成り立たないのでそうしているだけだ。通勤、通院、買い物にドライブ。まさに「足」の如くぼくたちは車に乗る。その車社会に合わせて、地方では大型の公園やテーマパークが郊外に作られた。スポーツも「車での移動」がすべてにおいて大前提である。もちろん、自動車税や車検はかかるし、ガソリン代もバカにならない。都市部から地方に移住する際、この自転車に関する固定費の高さが障壁になることもよくある。だからこそ、ぼくたちは車を最大限活用したくなるわけだ。車は移動しなくてもいい。疲れ果てた娘は寝かせておけるし、昼寝だってできるしDVDを見ることもできる。動く「パーソナルスペース」と考えると、メリットも増えそうだ。

 マイカー観戦が増えればそのぶん渋滞が発生する。もし、都市部や都市部の郊外のようにスタジアムと駅が連動していたら渋滞の緩和にもつながるし、短時間に一気に人を運ぶことができるから効率的な集客に役立つだろう。このため「スタジアムは駅のそばにつくるのが鉄則だ」という意見も多くあり、それはそれでよく理解できる。一方で、スタジアムの近くまで車で来てそこから公共交通で、という人もたくさんいるし、コロナ禍のいま、「密」を避けるためにマイカーで観戦に行きたいと考えるサポーターも増えているようだ。最近では、スタジアム近くにある店舗や住宅の空き駐車場と時間貸しの契約を結び、駐車場のオーナーと車を停めたいサポーターをつなぐ「駐車場シェア」のサービスも出てきているという。駐車場からスタジアムまで水素や電気をエネルギーにする「スローモビリティ」を走らせたり、歩いた歩数でポイントが貯まるアプリを入れたりしてもいいかもしれない。選択肢が増えるのは大歓迎だ。

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 我らがいわきFCも、J2あたりに昇格したら観客の数もグッと増えて、移動手段について議論が起きるのかもしれないけれど、地方では、車があるからこそ縮まる距離というものがあると思うのだ。

 車に乗りながらぼくの妄想は続く。せっかく地元にスポーツクラブがあるなら、もっといろいろなことができるはずだ。今はコロナ禍ということもあって飲食ブースは出ていないけれど、通常営業なら地元の飲食店や生産者さんのブースが当然並ぶだろうし、そこにはビールや日本酒も並んでいるはずだ。スタジアムは地域の食、とりわけ一次産業を盛り上げる拠点になる。試合のある朝は朝市が開かれてもいいなあ。

 食だけじゃないな。試合前に「まち歩き」のような企画があっても面白いかもしれない。試合会場の「いわきグリーンフィールド」は、広大な「二十一世紀の森公園」という公園の中にあって、その公園には大きな遊具のある遊び場があるので、その公園で子ども向けの運動プログラムがあってもいい。自転車の練習とか早く走る練習とか。子どもたちがいい表情をして体を動かしている、おお、これはシャッターチャンスだ。地元のカメラマンを講師に呼んで「子どもの撮影講座」みたいなのがあってもいいかもしれない。地元でさまざまなアクティビティを行なっている人たちが集まってきたら、ゲームのたびに小さな「フェス」が開かれるような感じになるだろうなあ。

 ちなみに、いわきグリーンフィールドは千年の歴史を持つ「いわき湯本温泉」のすぐ隣の地区にあるから、サッカーを見た帰りにひとっ風呂浴びたっていい。日帰り温泉チケットがついた観戦チケットがあったら、まちがいなくぼくは飛びつくだろう。風呂に入ったら、財布次第だけど地元の飲食店で晩御飯を食べていくのもいい。それなら家に帰って寝るだけだし楽だ。地域にお金も落ちる。これだってマイカー観戦の利点だし、いや待てよ、これはもはや立派なマイクロツーリズムじゃないか。

 試合がないときにもクラブハウスを開放して、選手たちが子どもたちにトレーニングを教えたり、トレーナーたちがぼくたちを鍛えてくれたり、帯同する管理栄養士が健康的な料理を教えてくれたりしてもいい。いやもっと話を拡げて、クラブハウスや人工芝の一部を市民に開放してコミュニティスペースにしちゃってもいい。クラブの持つ機能をちょっとだけでも地元の人にシェアしたら、医療や福祉、教育に子育て、コミュニティづくりなど、様々な領域を連携させることができる。縦割りの領域に「横串」を刺すことは、スポーツの大きな力だ。クラブハウスで地域づくりを考えるシンポジウムやワークショップをやっちゃってもいい。地元出身の大学生をその日に合わせて呼び戻せたらUターンやIターンのきっかけづくりになるじゃないか……。家に帰るまでぼくの妄想は続いたが、帰宅後にネットで検索してみると、さすがのいわきFC。ぼくの思い浮かぶようなことは、だいたい実践済みであった。

地方とスポーツの「距離感」

 地域とスポーツ。そこにはやはり大きな力が生まれるようだ。だからこそ、多くの都市や町でさまざまな取り組みが実践されている。いわきだけではない。東京や大阪など大都市の郊外でも最先端の取り組みが行われているはずだ。ただ、本稿は「地方」に積極的な意味を探りたい。「地域とスポーツ」から一歩踏み込んで「地方とスポーツ」の力についても、せっかくだから妄想を続けたいと思う。

 地方とスポーツを考えるためのここまでのキーワードは「距離感」だ。ぼくはここまでの文章の中で、何度もスタジアムとの距離感、あるいはスタッフとの距離感について言及してきた。書いてきたことは勝手気まま妄想だったけれど、ひとつ、この「距離感」というのはキーワードになりそうだ。

 マイカーを通じた距離感の近さは、先ほども書いた通りだ。電車や公共交通機関には難しい「寄り道」や「ついで」が、マイカーだと気軽にできる。行き先と自宅を直線的に移動するだけでなく、周辺地域にアメーバのように足を伸ばせるわけだ。マイカーは、スタジアムと自宅の距離、つまり「点と線」の距離感を縮めてくれるだけでなく、地域を「面」で捉える新たな距離感をぼくたちに与えてくれる。サッカーを見るついでに温泉。子どもを公園で遊ばせるついでに観戦。観戦ついでに親戚の家に寄ったり、道の駅に寄り道したりすることもできる。スタジアムを中心に面で地域を捉えると、おお、休日の選択肢が大きく広がりそうだ。

 スタッフとの距離の近さも地方都市ならではだろう。地方都市は、人と人とのつながる速度が都市部とはまた違った意味で速い。遠く離れたように見えるあの人も、間に一人か二人入ればすぐにつながる。地方都市は、大都市ほど娯楽の場が多いわけではないから、日々の暮らしの中で顔を合わせる機会も多い。ぼくは自宅のそばのイオンモールのスーパーで、たびたびいわきFCの選手を目撃している。距離が近いぶんスポーツクラブを身近に感じられるし、ゆるやかなコミュニティの延長上でスポーツを捉えることができる。そもそも観戦の無料チケットは娘の小学校に配られた。娘にも、いずれ応援したい選手ができるかもしれない。彼らの存在がより身近にあればこそ、「わたしたちのチーム」になりうる。

 もちろん、その距離感の「近さ」に息苦しさを感じて都市部へ出るという人も一方では多いだろう。地方ならではの同調圧力のようなものを感じることもあるし、古い価値観を押し付けられることもある。ただ、どうやらスポーツには、そうした「同調圧力」や「同質性」のようなものをかき混ぜる力があるようなのだ。スポーツがもたらす、この「かき混ぜる力」を知るために、少しだけドイツに寄り道してみる。ぼくは寄り道が大好きなのだ。

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ドイツの「スポーツフェライン」

 いわきFCの試合を見て、ぼくは「地方とスポーツ」についてさらに考えたくなり、関連する書籍を何冊か衝動買いし、早速それを読んでみた。すると、興味深いことに、ぼくが試合で体験したこと、こんなことができたらいいなと夢想したことはあながち的外れではなく、実に多くの地域やスポーツクラブで取り組まれているのだとわかった。

 少し紹介してみよう。ドイツ在住のジャーナリストである高松平藏さんがまとめた『ドイツのスポーツ都市 健康に暮らせるまちのつくり方』(学芸出版社)という本には、ドイツのスポーツとまちづくりについてさまざまなレポートが記載されている。まず驚かされたのは地域の活動組織の数の多さだ。高松さんによれば、ドイツには「フェライン」という、日本でいうNPOのような運営組織が60万団体以上もあり、さまざまな活動を行なっているという。このうちスポーツに関する活動を行う「スポーツフェライン」の数は9万を数えるそうだ。ちなみに、日本のNPOは、すべてのジャンルを合わせても5万ほどだそうなので、ドイツの活動組織の多さ、多様さがうかがい知れる。大都市だけでなく人口が2〜3万人ほどの小さな都市にもスポーツフェラインが組織されており、なんと国民の3割が何かしらのスポーツフェラインに所属しているというから驚きだ。

 ドイツというとサッカーの「ブンデスリーガ」を思い浮かべる。高松さんによれば、多くのクラブが、地域のクラブ/フェラインから発展していったそうだ。フェラインは日本の「サークル」や「愛好会」とは違って組織のなかに経理担当者がおり、参加者の会費だけに頼るのではなく、地域の企業などからスポンサーを募り、運営資金を回していくのだという。企業側も地域の活動を後押ししたり、課題解決に関わることで企業価値をあげようと励む。こうした組織のあり方が活動への信頼や持続性を生み、それが文化になっているのだろう。暮らしとスポーツが圧倒的に近い距離で関わり合っていることが、本書を読んでよくわかった。

 このほかにも、高松さんは本の中で大事な指摘をしている。ぼくが重要だと思ったのは、スポーツクラブが「サードプレイス」として機能するという指摘だ。高松さんによれば、ドイツのスポーツクラブでは、普段のトレーニングや試合以外にも、会食やイベントなどが催される。そこに集まるのは会員だけではない。「将来的な会員」になりうる人たち、つまり地域の人たち皆に開かれている。普段のトレーニングや試合だけだと「同質な者が同じ目的に集まる場」にしかならないけれど、それ以外の場を地域に対してオープンにすることで、活動が「異質な者同士のつながりが生まれる場」にもなるということだ。

 先ほどぼくは、地方では「同調圧力」や「同質性」が高まると紹介した。これをかき混ぜ、解きほぐすのがスポーツの力だ。スタジアムの隣の席に座って声援を送っているのは、どこにでもいそうなおじさんに見えてどこぞの会社の社長かもしれないし、たまたま隣に座った人たちと意気投合して飲み会が開催されるかもしれない。普段まったく交わらないような人たちが1つのボールを追いかけたり、共に汗をかいたりできるのもスポーツのいいところだ。普段の関係性が一度解体され、普段とは違うルートで、地域の人たちと出会い直すことができる。地方においてスポーツとは、同質性の強いコミュニティに程よい外部をもたらす「窓」のような存在でもあるのだろう。

 ここで大事なのは、本来の目的の「外部」を作ることで、予想外の出会いを呼び込むということだろう。お酒を飲んだり、おいしいものを食べたり、みんなで散歩をしたり、試合を観戦したり、あるいは、クラブイベントのようなものを企画したり。そうして本来の種目「以外」の企画をつくることで関わる人が多様になり、企画や催しが地域にはみ出ていく。そしてそこに次なるスポンサーがついたり、参加希望者がやってきたりする。この「外部」に対する意識が、活動に持続性、社会性を与えていくのだろう。

 この「本来の目的の外部」の話は、先ほど紹介した「ついで」や「寄り道」にも接続できるかもしれない。サッカーを見るために、ではなく、地域の人たちの何かの「ついで」の選択肢に入っておくことで、サッカーファンではない人たち、未来のファンたち、多様な人たちに観戦の回路を開く。「寄り道」しやすい地方だからこそ、新たな窓が開く。

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ローカルサッカークラブの役割

 もう1冊、べつの本に寄り道する。サッカーをはじめとするスポーツクラブが果たすべき役割について突っ込んだ議論を展開しているのが、早稲田大学スポーツ科学学術院教授の原田宗彦さんによる『スポーツ地域マネジメント 持続可能なまちづくりに向けた課題と戦略』(学芸出版社)という本だ。原田さんはその中で、スポーツクラブ、とりわけプロスポーツクラブは、社会のニーズや課題解決に取り組むことで、地域とともに社会的価値を創造することが求められると論じている。スポーツの役割に踏み込んだとても重要な指摘だ。

 日本に多い企業スポーツを例にとると、これまでの企業スポーツは、あくまで企業の経済活動で出た利益を社会に還元する「社会貢献(CSR)」的なものとして運営されてきた。だからどうしても企業の業績が下がるとクラブ活動が下火になり、最悪のケース「廃部」になってしまう。そこで原田さんは、スポーツクラブは、自社の経済活動ではなくて、社会課題を解決する、あるいは社会のニーズに応えていくことで社会的価値を創造すべきであり、それが結果として経済的価値を生み出すのだという主張をしている。ビジネスの成功と社会課題の解決の両方を目指すべし、ということだろう。このような共通価値の創造は「CSV」と呼ばれており、原田さんは、それこそがプロスポーツの事業の本質だと論じている。

 本の中では、日本サッカー協会とトヨタが展開する「JFAキッズプロジェクト」という取り組みが紹介されている。これは、トヨタが持つ5千店以上の店舗と各都道府県のサッカー協会が協力し、全国各地の保育園や幼稚園を巡回指導するプロジェクトだそうだ。日本サッカー協会の講習会を受けたトヨタの社員が巡回指導を行う。トヨタの販売店にはサッカー経験者はたくさんいるはずだし、もともと営業を通じて地域と密接な関係を築いている。サッカーの指導を通じて社員はモチベーションが上がるだろうし、当然、企業価値や信頼性も高まる。しかも、子どもたちはいわば「将来的な顧客」だ。彼らのハートをがっちり捕まえておけば、10年後、彼らはトヨタ車に乗る、かもしれない。指導を受けた子どもたちはサッカーの魅力をさらに深く知り、技術向上にもつながるだろう。これは紛れもなく、日本サッカーの強化につながるというわけだ。すごいなー。
 
 もちろん、これはトヨタだからこそできることだし、地域の中小企業では難しいだろう。地方のクラブだからこそできるプロジェクトがあるはずだ。たとえば、いわきFCと同じ福島県内を拠点とする福島ユナイテッドFCでは、なんと選手たちが野菜や果物を作っている。活動が始まったのは2014年。原発事故の影響を受けた県産品の風評払拭を図るために「福島ユナイテッドFC農業部」を立ち上げ、地元の農家たちとタッグを組んで野菜や果物を育て、それを試合やイベントを通じて販売するというものだ。新聞記事などによると、今年の売上目標は1000万円で、この額はチケット収入に並ぶ数字になるそうだ。地域課題の解決と、経済的な価値の創出の両方を目指す、これぞまさに土着のCSV!

 なんでまたサッカークラブがこれほど気合いを入れて地域活動をしているのかというと、Jリーグの規約にそう書いてあるからだ。先ほど紹介した原田さんの本にもその規約の一部が引用されている。Jリーグに加盟するクラブは「特定の市町村をホームタウンとして定めるとともに、自治体および都道府県サッカー協会から全面的な支援を獲得し、地域社会と一体となったクラブづくりを行い、サッカーをはじめとするスポーツの普及および振興に努めなければならない」とある。そう、規約に定められているのだ。

 Jリーグに加盟するチームがそうなのだから、当然、Jリーグ入りを目指すチームだってそれを意識しなければいけない。つまり、ローカルサッカーチームは、Jリーグ入りを目指すのであれば、その規模の大小にかかわらず地域へ貢献しないとダメだよ、じゃないとJリーグには入れませんよ、地域社会と一体になって、みんなでクラブづくりをしなくちゃいけないよ、と規約で決められているのである。
 
 こ、これは…正直「儲けもの」なのではないか。だって、地域のサッカークラブがあるということは、強力なまちづくり集団がすでに存在しているということだからだ。選手、スタッフ、サポーターまで加えたらそれこそ何千人になるかわからない。すでに強力な組織が、いわきに、そしてあなたの地元にも存在しているということになる。

 地域のリソースがそう多いわけではない地方都市において、Jリーグ入りを目指すサッカークラブの存在感はひときわ大きいように思う。そもそもスポーツは健康に資するものだ。活動はさまざまな範囲に広げることができるだろう。スタジアムに人が集まれば、そこはコミュニティになり、人が集まれば、そこにはサッカーに対する情熱だけでなく、さまざまな課題や困難も集まる。課題や困難が共有されれば、そこに課題解決の道も浮かび上がるのではないだろうか。もしそこに行政がつながれば、スポーツクラブは、地域と行政を結びつけるハブにもなれる。健康に関するデータを集めておけば、地域と医療をつなげるハブにもなれるだろう。つまり、スポーツクラブは、そこに暮らす人たちのより良い暮らし、より良い人生を歩むための重要な拠点になり得る。可能性だらけだ。

 と考えると、なおさらぼくたちの側からもアクションを起こせる気がする。こんなことがやりたい、こんなことを支援してもらいたい、こんなことはできないだろうか、とリクエストを出してみてもいい。クラブに「地域連携室」のようなセクションがあれば一緒に動けるだろうし、なければそういうセクションを作って一緒にやろうぜと注文することもできそうだ。

 そうして試合だけでなく、まさにぼくたちの暮らしを、地域を、コミュニティを共につくっていくサポーターとして、地元のサッカークラブを捉え直しできたらいい。選手たちはサッカー選手であると同時に、ぼくたちと同じ地域に暮らす仲間でもあり、ぼくたちの社会活動を応援してくれるサポーターでもあるわけだ。その相互の関わり合い、サポートがあって初めて、サッカークラブは「わたしたちのクラブ」になる。大事なことは、試合で健闘することだけじゃない。「試合の外部」をいかにつくるかが鍵だ。その意味で、クラブには、地域とのハブになる人材を積極的に採用して欲しいし、人材流出を避けるためにも、地域での活動をきちんと評価する姿勢を出して欲しい。興行も、地域も、両輪あってこそだ。

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地域活動団体としてのサッカークラブ

 さてここで、大胆にこんなことを提言してみたい。「地方とスポーツ」をさらに近づけるため、Jリーグのクラブを、サッカークラブではなく「スポーツを通じたまちづくり団体」だと考えてしまうのはどうだろうか。さすがに無理? そんなこと言わず、とりあえず思考実験ってことでもいいから、そう考えてみよう。

 ネットで調べてみると、「スポーツを通じたまちづくり団体」のネットワークは、なんと全都道府県に広がっていた。かなりの数のまちづくり団体だ。あなたの地元にはあるだろうか。

北海道 コンサドーレ札幌(J1)、北海道十勝スカイアース(北海道リーグ)
青森県 ヴァンラーレ八戸(J3)、ラインメール青森FC(JFL)、ブランデュー弘前(東北1部)
秋田県 ブラウリッツ秋田(J2)
岩手県 いわてグルージャ盛岡(J3)、FCガンジュ岩手(東北1部)
山形県 モンテディオ山形(J2)
宮城県 ベガルタ仙台(J1)、コバルトーレ女川(東北1部)
福島県 福島ユナイテッドFC(J3)、いわきFC(JFL)
茨城県 鹿島アントラーズ(J1)、水戸ホーリーホック(J2)、つくばFC(関東1部)、アイデンティみらい(関東2部)
栃木県 栃木SC(J2)、栃木シティフットボールクラブ(関東1部)
群馬県 ザスパクサツ群馬(J2)
千葉県 柏レイソル(J1)、ジェフユナイテッド千葉(J2)、VONDS市原(関東1部)
埼玉県 浦和レッズ(J1)、大宮アルディージャ(J2)、アヴェントゥーラ川口(関東2部)
東京都 FC東京(J1)、東京ヴェルディ(J2)、FC町田ゼルビア(J2)、南葛SC(関東2部)、クリアソン新宿(関東1部)、東京23フットボールクラブ(関東1部)
神奈川県 川崎フロンターレ(J1)、横浜F・マリノス(J1)、横浜FC(J1)、湘南ベルマーレ(J1)、SC相模原(J2)、YSCC横浜(J3)
山梨県 ヴァンフォーレ甲府(J2)
長野県 松本山雅FC(J2)、AC長野パルセイロ(J3)、アルティスタ浅間(北信越1部)
新潟県 アルビレックス新潟(J2)
富山県 カターレ富山(J3)
石川県 ツエーゲン金沢(J2)、SR Komatsu(北信越1部)
福井県 福井ユナイテッドFC(北信越1部)
静岡県 清水エスパルス(J1)、ジュビロ磐田(J2)、藤枝MYFC(J3)、アスルクラロ沼津(J3)
愛知県 名古屋グランパス(J1)、FC刈谷(JFL)、WYVERN FC(東海2部)
岐阜県 FC岐阜(J3)、FC. Bombonera(東海2部)
三重県 ヴィアティン三重(JFL)、鈴鹿ポイントゲッターズ(JFL)、FC. ISE-SHIMA(東海1部)、
京都府 京都サンガFC(J2)、おこしやす京都AC(関西1部)
大阪府 ガンバ大阪(J1)、セレッソ大阪(J1)、FC大阪(JFL)、FCティアモ枚方(JFL)
兵庫県 ヴィッセル神戸(J1)、Cento Cuore HARIMA(関西1部)、FC淡路島(関西2部)
奈良県 奈良クラブ(JFL)、ポルベニル飛鳥(関西1部)
滋賀県 MIOびわこ滋賀(JFL)、レイジェンド滋賀FC(関西1部)
和歌山県 アルテリーヴォ和歌山(関西1部)
鳥取県 ガイナーレ鳥取(J3)
岡山県 ファジアーノ岡山(J2)
広島県 サンフレッチェ広島(J1)
島根県 松江シティFC(JFL)
山口県 レノファ山口FC(J2)、FCバレイン下関(中国リーグ)
徳島県 徳島ヴォルティス(J3)
香川県 カマタマーレ讃岐(J3)
愛媛県 愛媛FC(J2)、FC今治(J3)
高知県 高知ユナイテッドSC(JFL)、Llamas高知FC(四国リーグ)
福岡県 アビスパ福岡(J1)、ギラヴァンツ北九州(J2)
佐賀県 サガン鳥栖(J1)、
長崎県 V・ファーレン長崎(J2)
熊本県 ロアッソ熊本(J3)
宮崎県 ヴェロスクロノス都農(九州リーグ)
大分県 大分トリニータ(J1)、ヴェルスパ大分(JFL)
宮崎県 テゲバジャーロ宮崎(J3)
鹿児島県 鹿児島ユナイテッドFC
沖縄県 FC琉球(J2)、沖縄SV(九州リーグ)

 ここに記した「まちづくり団体」は、サッカーの言語でいうと「Jリーグに加盟するクラブ」だったり、「準加盟クラブ」だったり、「将来的にJリーグ入りを希望するチーム」というのだけど、まあざっくり「まちづくり団体」と覚えておけばいいだろう。ちなみに、ここに書ききれなかった下部組織も都道府県別に何十とあるから、Jリーグ、いや「ジャパンまちづくリーグ」の規模は、それはそれはものすごいものになっているのだ。さらに、日本にはJリーグに大きな影響を受けたバスケットボールの「Bリーグ」や、バレーボールの「Vリーグ」、野球にも地域に点在する「独立リーグ」などがあり、それぞれにスポーツを通じたさまざまなアクションを起こしている。皆さんの地元にも、何かしらきっとあるはずだ。

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わたしたちのスポーツ

 スポーツって、本来とてもオープンなものだと思う。たしかに、プロスポーツの世界には、年間何十億というマネーを稼ぐようなスター選手がいて、超絶プレイを見せてくれる選手がいる。それもまた素晴らしい。でもその片側には「わたしたちのスポーツ」という側面もあるはずだ。友人を作り、自分や家族の健康を育み、暮らしをより豊かなものにし、多様な価値観を受け止める、そうだなあ、外にパーンと開かれたスポーツだ。

 ところが、日本のスポーツは、自分でその可能性を閉じてしまっているような気がするのだ。日本のスポーツコミュニティは、どちらかというと「身内」で固めがち。「スポ少」とか「部活」もそうかもしれない。メンバーや部員、顧問の先生や保護者、OBOGに対しては開かれているけれど、地域の人たちが競技に参加したり、地域の人たちとイベントを企画したり、というようには開かれていない。閉じた組織ゆえ練習にぐっと集中できるというメリットはあると思うけど、一方で、その閉鎖性ゆえに同調圧力が生まれ、指導者と選手との間に強い上下関係が生まれてしまったり、ハラスメントが問題化することも多い。

 これってなんでだろう、と考えると、日本の場合スポーツはあくまで「競技スポーツ」ありきで、スポーツ=「選手たちのスポーツ」になりがちなことが影響しているのではないか。選手たちは「自分たちのスポーツ」だと思えるけれど、そうじゃない人は「わたしのスポーツ」とは考えにくい。あるいは「選手(アイドル)とファン」のような縦の関係になってしまう。なんというかもっとフラットな関係があるはずだと思うのだ。

 本来は「競技スポーツ」に対して、誰もが自由に楽しめる「生涯スポーツ」の考え方もある。けれど、スポーツが「わたしたちみんなのもの」だと思われていないから、なかなかこの考えが普及していかない。たとえば、「パラスポーツ」と聞くとどういうイメージを持つだろうか。「障害者のスポーツ」と思い浮かべる人が多いと思う。本来「パラ」は「誰もが参加できるスポーツ」であり、同時に「生涯スポーツ」であるはずで、つまり、そこに自分も含まれているはずなのだ。ところがなぜか多くの人が「障害者のやるスポーツ」と考えてしまい、自分たちと切り離してしまう。こうして他人事にしちゃうから、「スポーツとわたし」の関係が生まれにくいのかもしれない。

 最初に紹介した高松さんの本によれば、トレッキングやハイキングが盛んなドイツでは、地域の高齢者を巻き込んだイベントが数多く開催されているそうだ。トレッキングや散歩は、高齢者にとっては、リラックスの場であり、運動する場であり、健康増進につながる場であるばかりか孤独対策にもなっている。地域のコミュニティを紐帯し、課題を解決する場にもなっているわけだ。そういう関わりをつくることで、スポーツは時間をかけて「わたしたちみんなのスポーツ」になっていく。そこに、後付けで経済的価値が生まれていくのではないか。社会にどのような人たちがいて、どのような課題があり、スポーツクラブの価値やリソースを、どう結びつけていけば価値が最大化されるか。まだまだ検討の余地がある。というか余地しかない。地方都市に暮らすぼくたちと、サッカーをはじめとするスポーツが手を結べば、もっといろいろなことができるはずだ。

 さっきぼくは、大事なことは「試合の外部」を作ることだと書いた。そうだ、プロスポーツの試合を見に行く、応援する、のではない目的を作ってしまおう。ビールを飲みに行くとか、うまい焼きそばを食べるとか、子どもを遊ばせるとか(ぼくの場合これ)、気持ち良く風呂に入るため前フリとか、旅のついでとか。そうして「自分だけの関わり」をつくり、地域づくり、まちづくりの回路を通じて地元のクラブと関われたらいい。つまりそうして普段の試合やトレーニングとは別の関わり方を増やしていくことで、スポーツは「競技スポーツ」という狭い世界から解き放たれ、ようやく「わたしたちのスポーツ」になっていくと思うのだ。その端緒は、クラブの窓口と市民とがより近い距離にあるいわきみたいな「地方都市」にこそ、大きく開かれているという気がする。

 折しも五輪の是非が問われている。自分にとってスポーツとはなにか、それぞれが考えるグッドタイミングなのかもしれない。コロナでいろいろと条件はあるだろうけれど、おそらくサッカーの試合ならあなたの地元でも毎週のように開催されているはずだ。J1の試合でもいいし地域リーグでもいい。なんなら、試合を見ずに雰囲気だけ味わって散歩して帰ってもいい。足を運んで、その空気を感じてみてほしい。そこで感じられたもの、気になったもの、うれしかったことや楽しかったこと。そんな「自分ごと」からスポーツと出会い直すことができたら、スポーツは今よりもずっと「わたしのもの」として感じられるだろう。

 いわきFCの次の試合が、とても楽しみだ。


写真/小松理虔、宮本英実

つづく


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著者プロフィール

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小松理虔/こまつりけん 1979年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。ヘキレキ舎代表。オルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」では、有志とともに定期的に福島第一原発沖の海洋調査を開催。そのほか、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。『新復興論』(ゲンロン叢書)で第45回大佛次郎論壇賞を受賞。著書に『地方を生きる』(ちくまプリマー新書)、共著本に『ただ、そこにいる人たち』(現代書館)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)など。


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