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馬場紀衣の「読書の森」

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書物の森は、つねに深いものです。林立する木々のあいだで目移りするうちに、途方に暮れてしまうことも珍しくないでしょう。新刊の若木から、自力では辿り着けない名木まで。日頃この森を渉猟… もっと読む
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#光文社古典新訳文庫

出口治明『ぼくは古典を読み続ける』|馬場紀衣の読書の森 vol.8

本書で紹介される「珠玉の5冊」は、以下の通り。ダーウィンの『種の起源』、プラトンの『ソクラテスの弁明』、ヴェルヌの『地底旅行』、ロックの『市民政府論』そして『歎異抄』。どれも一度は耳にしたことがある本ばかりだ。古典の名作としては、まずまずのセレクションといえよう。きっと、5冊にしぼるのに苦労されただろうなあ、と、想像できてしまう。ぜひ読んでほしいところだけれど、実際にページをめくったことのある人は、意外に少ないかもしれない。 紀元前399年。ソクラテスは青年に対して有害な影

モラヴィア『同調者』(関口英子 訳)|馬場紀衣の読書の森 vol.7

「二十世紀最大の小説家」「実存主義文学の先駆」「イタリアの賢者」。こう書けば誰だって警戒して身構えてしまうにちがいなく、若い読者なら、いかにも人間的、リアリズム小説にありがちな辛辣な筆致をイメージするかもしれない。でも、出だしだけで読者を惹きつけてしまう『同調者』のような実力派の小説を読まずに敬遠するのは、もったいないと思う。 モラヴィアは多作なことでも有名で、60年以上もの作家人生のあいだ、絶え間なく読者を魅了し続けた。本書に添えられた訳者の「あとがき」によると、日本では

チャールズ・ブコウスキー『郵便局』(都甲幸治 訳)|馬場紀衣の読書の森 vol.4

これまでに読んできた本はこちら 少女、と呼ばれるような年齢のころにチャールズ・ブコウスキーに出合っていなくて、ほんとうに良かったと思う。アメリカ文学を読みだしてから、わたしが『郵便局』に出合うまでにはかなりの時間があった。でも、こういう力強い文章の小説は、いっぺんに読んではいけないな、と思う。なぜなら、作者が結末まで読者を離してくれないから。少しずつにしないと、最後のページをめくり終えたあとにやってくる、どっとした疲労感に後悔することになる。 現代アメリカを代表するチャー