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馬場紀衣の「読書の森」

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書物の森は、つねに深いものです。林立する木々のあいだで目移りするうちに、途方に暮れてしまうことも珍しくないでしょう。新刊の若木から、自力では辿り着けない名木まで。日頃この森を渉猟… もっと読む
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#読書の秋

生理痛は病気です|馬場紀衣の読書の森 vol.29

ここのところ、漢方が気になっている。 年齢とともに刻々と変化する自分の身体に目をつぶったり、体調をごまかすのをやめて、整えよう、と思いはじめたからだ。とはいえ、心と体のバランスを保つのは、かなり難しい。女性が男性なみに働くようになった社会では、生理痛を理由に仕事をセーブするというわけにもいかない。表立って人には言えない、毎月の苦労もある。 日本の漢方薬局で健康相談をする著者のもとへは中国、香港、シンガポール、台湾などから悩みを抱えた女性たちが訪ねて来る。患者の国籍はさまざ

日本のコミュニケーションを診る|馬場紀衣の読書の森 vol.28

数ヶ月ぶりに日本へ帰ってきた電車のなかで、駅で、通りで、とにかくあらゆる空間にキャラクターのイメージが氾濫していて、くらくらしてしまった。日本を離れているあいだも毎週のアニメは見逃さなかったし、漫画の新刊も手に入れた。発売が待ち遠しいゲームもある。そういうわけで、「日本はキャラクターの国である」という著者の言葉に私は激しく同意する。 日本社会でキャラクターのイメージがこれほど活用されるのには、いくつか理由がある。ひとつは、日本のキャラクターの由来は古代からのアニミズムにある

『「こころ」はどうやって壊れるのか』|馬場紀衣の読書の森 vol.27

ここに書かれた患者たちの、症例という名の物語を読めば、人間の皮膚の下に拡がる内面世界がいかに複雑な構造をしているか気づくはずだ。そして、それが自分と決して無関係ではない、ということにも。 原題は “Projections: A Story of Human Emotions”。著者のカール・ダイセロスは精神科医であり神経科学者。光を使用して脳の働きを観測・解読する革新的な分野「光遺伝学」の第一人者だ。ここに、彼が、ひとりの父親であることも付け加えておこう。革新的技術を開発し

『色のコードを読む』|馬場紀衣の読書の森 vol.26

「象の息」「ポテッド・シュリンプ」これ、なんのことか分かるだろうか。じつは、色の名前なのだ。ちなみに「象の息」は温かな灰色で、「ポテッド・シュリンプ(英国の伝統的なエビ料理)」はエビ色。変わった色の名前は他にもある。「デンマークの芝生」「パリの泥」「野ねずみの背中」。このあたりは、なんとなく色のイメージが浮かんでくる。18世紀の中国には「ラクダの肺」「したたり落ちる唾」なんていうのもあった。どんな色なのかさっぱり想像がつかないけれど、あまり美しい色ではなさそうだ。 とはいえ