淘汰時代の農業サバイバル【Vol.5・最終回 まっつん農園】好き嫌いで決める=正解のない苦しみとつきあう
『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ(光文社新書)』の著者である(株)久松農園代表の久松達央による個別無料コンサルティング。最終回の第5弾は、茨城県かすみがうら市でナス、インゲン、ネギ、ブロッコリーの露地栽培を行うまっつん農園の松本浩司さんです。久松さんが畑を訪問し、「これからも好きなことに邁進していいのか」という松本さんの葛藤に寄り添いました。
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今回の相談内容
これまで好きなことを選択し続け、一つの形になった。今の売上で生活はできているが、今後も自分の好き嫌いに寄せてやりたいことを優先していってもいいのか。
『農家はもっと減っていい』著者の久松達央さんによるコンサルティング
悩みは売上を伸ばすか、好きなことに邁進するか
久松達央(以下、久松) 以前、お伺いしたことがあって、気になっていました。上手にやっているんだけれど、売上を伸ばしたいならもっと伸ばせるし、地域の農業や農協のために何かやりたいのであればできそうな気がするんだけど、松本さんはどこへ行きたいのかなと思っています。このシリーズは、多くの人から「コンサルティングじゃない」とつっこまれてきましたが、今日はいわゆるコンサルティングができそうです。
松本浩司(以下、松本)よろしくお願いします。
久松 半年前に伺った時は、売上が上がっていかない、雇用すべきか、このままでいいのかと言ってましたけれど、その後どのような課題がありますか。
松本 今、売上は600万〜700万円の間ですが、ちょっと止まっているというか、今後、伸ばしていこうか、伸ばさないで好きなことに邁進していくのかを迷っています。雇用すると、もう少し売上が必要なので、そっちへ行くべきなのか、現状、他のことも色々と出来ているのでこのままの方がいいのか…という悩みがあります。
久松 ツテで入手しているものもあって、設備や機械もそんなにない。新規就農者であるけれども地域の資源をある程度生かした元手のお金がそんなにかからない農業をしてますよね。だから、売上に占める収入の割合が高いと思う。
松本 そうですね、経費は少ないと思います。
久松 ほとんど償却負担のかからない、ある種の労働集約的というか、体で稼ぐ農業ですよね。のらりくらりやっていくのも、確かに一つの手だとは思います。ただ、例えば建物やトラクターは松本さんのキャリアの中のどこかで更新しないといけない。何らかの波がいずれ訪れた時に、どのようにのらりくらりとやっていくのかどうかがありますよね。
フローは回っているんだろうけれど、のらりくらりの中でも、もっと売上は上げられると思う。これだけ頑張っていて、PDCAも回っていて、売上が600万円ってことはないと思う。品目ごとの売上は大体どのくらいの割合なんですか。
松本 おおよそ、ナスとインゲンで6割で、ブロッコリーで2割、ネギで2割です。ブロッコリーはいい時はいいのですが、相場の変動が読みにくいです。ナスは病気の対策をして、しっかり量がとれるようにしますが、市場での平均的な単価は決まっているので、栽培面積を増やしたとしても、そこまで売上は増えない感じがします。
インゲンに関しては、全国的にインゲンの産地は少ないし、面倒なので減る一方です。今年は秋もしっかりとれたので、今のままでも1回の作付けで150万から200万ぐらい、2回とれば400万ぐらいいける気がしています。販売先もあって、規格さえしっかり作ればいいので、人さえいればもっと売上が増やせはします。
久松 ブロッコリーは相場もので、手頃な価格の移植機があるので、ブロッコリーに適した地域が始めて生産量が上がっているわけですよね。そうなると、この先もしばらくはしんどいじゃないですか。そういう単発勝負よりも、売り先がある人にとっては、やっぱりナスやインゲンみたいに期間が長くとれるものが手堅く金になりますよね。
松本 ブロッコリーの面積は20aですが、それ以上は売れない感じがします。ある程度の量を決めて、あとは12月、1月中にちょこちょこ取る方が自分に合っているのかなって。一気に収穫して市場へ持って行っても、どこの農家も同じ状況なので、忙しいわりに単価も低い。うちの戦い方だとそれは違うのかな。
久松 たくさん作って売上を作ろうとするとゲームが変わる。もうわかっているじゃないですか。師匠がいないのにそこがわかっているのは、すごいね。そこのセンスがすごいと思います。
――農協の部会はどのような感じですか。
松本 農協へ出荷している作目の中では、インゲンの部会だけがあります。インゲン部会には30名ほどいて、兼業の方が多いです。一番年下ですが、役員をやっています。部会としてはある程度の数量が出せるので大きいバイヤーさんと比較的高値での取引もできます。
久松 それにしても、同じ時期に、ナスとインゲンは忙しいな。インゲンに関しては少なくとも30人の部会の量までは簡単に何か崩れることはなさそうだよね。
畑を見せてもらいながら、ここに至るまでの経緯と、今の状況をもう少し教えてください。
ゼロから始めた新規就農は修正力で対応
――32歳ですが、10年ものキャリアがある松本さんの新規就農の経緯を教えてください。
松本 大学2年生の時にカンボジアに行って、海外向けの仕事がしたいと思いました。就職活動の前に「本当にそれをやりたいのか?」とベトナムに1人で行ったのですが、そこでたまたま入ったレストランで食べたキュウリが全然おいしくなくて…。「日本の農業ってすごいんだな、食文化は面白いな」と思いました。
そこで、農協や全農の就職説明会にも行ったのですが、「間接的なのがちょっと面白くないな」と。色々探る中で、久松さんの本や記事にも出会って、「地元の茨城県に面白い人がいるんだな」と農家になることに心が傾きました。
最終的には、地元の友達のおじいちゃんが農家だったので色々と聞いてみたくて訪ねたら、「農業をやるなら畑貸してやるぞ」って。それで、大学4年生の時に周りは就職先が決まっていく中、内定も全部蹴って東京から茨城へ引っ越して新規就農しました。
久松 いきなり始めたんだね。
松本 本当は農業大学校へ行こうと思っていたんですが、農業は知識だけではないじゃないですか。自分で経験を積むと早いなと思ったんです。農業研修も「変に染まりたくない」と思ったんです。貴重な1年間を無駄にしたくないと思ったし、30歳になるまでにある程度の経験と知識を入れたかったから。だったら、自分でやって試行錯誤しながらやりたいと思ったんですよ。
久松 ベトナムで食べた野菜がうまかったら、農家になってなかったかもしれないね。
松本 そうだと思います。農業にも関心があったわけではなくて、地元にいても「サツマイモを掘っているな」程度に見ていただけでしたね。
久松 ただ、同じような経験をして同じように考えたとしても、ここの出身じゃなければ、フラッと行って、知り合いに「どういう感じでやるの?」って話を聞くハードルがわりと高いと思います。とはいえ、やっぱりいきなり始めるのはなかなかすごい。
僕もそうだったのですが、産地でない地域で農業をやってみると、「待てよ、プロがいないぞ」と参照元がないことに気がつきます。松本さんは、わりと早めにそれに気づいたのですか。
松本 1年目の時ですね。俺には師匠もいなかったし、当時は先輩もいなかったので教わる人もいませんでした。1年目の失敗続きの時に、ようやく普及センターとつながれて、研修カリキュラムに参加して、横のつながりができ始めました。先輩のところでのアルバイトや、農協の見回り会などから学んでいきました。
久松 周りに参照元が少ないことに気づきながらも、そこでも自分でなんとかしようとするのが松本さんの強みで、曲がりなりにも自分の物差しを置いて考えられる人のような気がします。それはご自分でどう思いますか。
松本 確かに、修正力というか…。とりあえずやってみて、失敗して学びながら、「次はこうしてみよう」と常に考えています。
久松 就農1年目は、多品目で野菜セットも販売していたんでしたっけ。
松本 そうです。栽培もそうですが、販売が難しくて多品目をやめて品目を絞っていきました。直売所だけだと十分には売れないし、市場に出そうにも、量が足りません。当時、インターネットとかFacebookでも少し販売していたんですが、しれているというか、生活できる感じではなかったですね。
実際に多品目をやってみて、俺がやりたいことは違うんだと感じたことも相まって、修正をしていきました。品目を決めていく時に、「ナスやインゲンをやるなら、前作がブロッコリーの方が病気が減るな」とか、「ネギは深く掘るから勝手に土を起こせるな」と自分で調べて考えました。
久松 ぶち当たって、早めに修正したのですね。1年目のまま修正できなかったら、特に栽培技術が今のようには上がっていなかったでしょうね。地域に比較対象がないのに、「これ違うんじゃないか」って思えるセンスが重要ですね。同じように始めても変えられずにそのまま、ましてや、補助金があると5年ぐらい正しい方向なのかどうかすらわかんないでやっている人もたくさんいると思う。
品目の選定も、誰かに教えてもらったんじゃないところが面白い。2年目から農協への出荷も始めたんですか。
松本 そうです、2013年からですね。
久松 今の栽培の流れはどんな感じなんですか。
松本 4月までネギを収穫します。5月はブロッコリー、6、7月はインゲン。同時にナスも6月から始まって、7〜9 月はナスのみ。10、11月はナスと秋のインゲン。11月下旬からブロッコリーとネギがまた始まります。11月にインゲンが終わる頃からブロッコリーとネギが始まります。
久松 あー、忙しい。隙間を埋めている農業だね。
ピンチで始めた産直ECでチャンスを見い出す
久松 冬のネギはこれで全部ですか。
松本 もう1カ所ありますが、今はこちらがメインで、20aくらいです。ネギは基本的には直売所と食べチョク、ポケットマルシェ、産直アウルなどの産直EC(註:生産者から消費者に直接販売するECプラットフォーム)がメインで、あとはフリマアプリも使って販売しています。
久松 産直ECと直売所はどのくらいの割合ですか。
松本 販売は5対5で、売上は産直ECが7、直売所が3くらいですね。
久松 すごいよね、すごいと思う。ネギ単品で。年々産直ECが上がっているんですか。
松本 産直ECは去年から始めたんですよ。1年経っていないのですが、手応えを感じました。実はスーパーマーケットにも出荷していて、バイヤーさんに「ネギを増やして」と言われて作付けを増やしたのですが、そのバイヤーさんが11月末に潰れちゃったんです。「ヤバいな、市場に出すしかないな」とも思ったのですが、「今こそ自分の営業能力が問われるんじゃないか」と直売所と産直ECでどれだけやれるのかチャレンジしてみました。
白ネギと赤ネギで「紅白ネギ」のセット売りをしたところ注目され、紅白ネギを食べてくれたお客さんが「おいしかったから、また買います」とリピーターになってくれることもあります。産直ECならではのことがうまくできたと思っています。リピーターや新規のお客さんもいるので、今のところはなんとかなっています。
久松 その卸さんがいなくなったのは、ある意味いい転機だったのかもしれない。数キロのネギを単品で、かつ、これだけの量を産直ECで売っちゃうのはすごいね。1人でやるには、栽培も販売もだいぶやっていますよね。
手っ取り早く売上を伸ばすより「好き」を採用
松本 これまで売上が上がってきた要因は色々あるのですが、一番大きいのは、営業先の基盤がある程度できたことですね。「松本さん、持ってきて」と言ってくれるところがもう核としてあるんで。ここまで来たけれど、それ以上の動きは…産直ECくらいでしか伸ばせる余地がない状況にきていますね。「出荷する直売所を増やす」はあり得るかもしれません。
久松さんは農協出しじゃなくて、個人へ売っているじゃないですか。どこかで売上が止まった時期がありましたか。
久松 うちは個人の消費者などへの直販しかしてないわけですよね。そもそも知り合いが多くて、「買って!」という友達がいっぱいいて、その友達に「友達を紹介してくれない?」って。そういうことをしているうちに、露出があったりして売上を増やしていきました。6、7年目まではほぼ1人農業で、最大で1.7haで750万円です。ちょうど今の松本さんと同じくらいじゃないかな。同じように設備や機械が全然ないし、休みなく働いてはいたんだけれども、経費も少なかったので何とかなっていました。そこで、松本さんと同じように売上が止まりましたね。
松本 その時は何をしたんですか。
久松 その時、たまたま「勉強させてください」って人が来たんです。上手な子だったので、一気に2.5haまで面積が増やせて、売上も1,000万円を超えたんですよ。「あ、そうか労働力が足りてなかったんだ」というのがわかって、労働力さえクリアできれば、営業はもっとかけられる、畑ももっと集められるって。
松本 1,000万円に行くのに、営業先は増えていったんですか。その時に営業をかけたのか、それとも勝手に増えてたのか。
久松 増やした、頑張った。
松本 ご自分で営業をかけたんですか。
久松 そう、飲食店の飛び込み営業みたいなもんもやりました。あんまり金にはならなかったけれど、アティチュード(姿勢)が大事だから。それから当時の個人のお客さん100軒くらいに対して、一生懸命「紹介して」ってDMしましたね。あとはブログを書くくらい。どちらかというと、ダイレクトに「買ってください攻撃」が功を奏しました。当時は、競合が少なかったので、すぐに定期便に移ってくる。ただ、そもそも「働かせてください」という人が来なかったら、それこそ「こんなものでいいかな?」と思っていたかもしれない。
手っ取り早く売上を上げるためには、品目を絞ってとか、得意なものを伸ばして違う売り方をすればよかったんだけれど、僕はそれをやりたくなかった。だから露出して自分を売っていくしかなかった。「もっとこうした方が稼げるんじゃないか」と何回もシミュレーションをしてみたりもするんだけれど、今までやってきたことが好きで、かつ収益性がまあまあいいから、すごく報われない仕事ばっかやることになる。そういうのを繰り返してきている感じ。
新規就農者の人材育成には高い売上が必要!?
久松 ここまでお話を聞いてきて、売上を上げたいのであれば、色々やり方は考えられそうです。例えば、インゲンに関しては少なくとも30人の部会の量までは簡単に何か崩れることはないし、露地インゲンの参入もそうないので、売上を上げるために増やしていくのはありですが、そこに行きたくない理由が何かあるんですか。
松本 面白くないというか、そこまで背負いたくないっていうのが一番強いかもしれないです。でも、インゲンの量を増やせば売上が上がるのも確実なんですよ。自分の中の経験としては、わかりきっているんですけれど、そこまで忙しくしたくないという葛藤があります。
久松 例えばハウス建ててインゲンとナスの作期を延ばすことにはそんなに積極的になれないですか。
松本 全くならないです。
久松 やりたくないことをやる必要はないかもしれない。
でも、このままだと何かが不安なんですよね。このままではいけないんじゃないかと思う理由は何ですか。
松本 変な話…成功ではないじゃないですか、売上も規模も。これから、新規就農者の相談にのりたいと考えているのですが、その時に、説得力がない感じがするんです。数字も取って、自分の好きなこともやっていかないと、自分がやりたいことができなくなってしまうのかなって。
久松 なるほど。後輩とかに対してアドバイスなどをしたいのがわかる話ですね。お金がほしいというよりも、ある程度プレイヤーとしてこうしっかりとやりたいってことですね。
松本 そうですね。初見だと数字って強いので。やっぱり1,000万円というのが、大きい壁、越えなきゃいけない壁という勝手なイメージがあるんです。
久松 1,000万円を目標にして、常に頑張り続けるのはもちろんあり。仮の目標だから。やりたいことの一つである人材育成の中で、後輩に対して1,000万円なら「どやっ」てなれるんだったらいい目標だと思います。でも、売上よりも松本さんが自信を持てる、「これは俺の実績だぞ」って言える数字の設定が必要かもしれないですね。
松本 そうですね。ただ、今後ほかのビジネスをやったとしても、ある程度の額までは農業だけで行きたいんです。だって、農業をやりたい人たちが「農業をガチでやりたいんです」ってうちに来た時に「俺には副業があるから」だと説得力がなくなっちゃうし。
そうなると、生きていける範囲で楽しく農業をやるのか、ちゃんとお金を稼ぐ農業をやるのかになるのですが、今、中途半端なところにいるなと感じています。確かにお金は稼ぎたいんですけれど、すごい稼ぎたい欲もないし、仕事に追われて自分が今やりたい人材育成系の発信とかの時間が減るのも嫌。
久松 今、建物壊してあげようか?
松本 ハハハハハハハ。 そうですよね。そうなんですよね。きっかけがないのがね。失敗はあったけれど、のらりくらりとうまいこときちゃった。うまいこと逃げつつ回避して来ちゃったんで、何か起こらないと難しいかもしれないです。
久松 ただ、松本さんは機械や設備が壊れたり、ダメになったりしても、なんとかしちゃうと思うんですよ。それってすごいこと。そうやってのらりくらりやっている自分を「これがいいんだ」って後輩に自慢げに言えない気持ちがどこかにあるわけですよね。それがなぜなのか。もしかしたら、それが今日のポイントなのかもしれない。
松本 はい、そうなんですよ。そこがなんかもやもやしちゃうんです。
考えている自分への「いいじゃん」という一言
久松 何か理想があるんですか。
松本 今の理想は、食育とか新規就農者の人材育成とか、そういうのもビジネスとしてやっていきたいんですよ。自分が面白いと思った人を集めて組織化して発信してきたら面白いのかな。
久松 インパクトを出したいわけだよね。わりと好き嫌いがはっきりしていて、人に関してもそこがあんまり揺らがない。どういう座組みでやるかみたいなことについては松本さんは選ぶし、自分が選ぶ人にも自信があるわけですよね。
松本 ある程度、そうですね。面白ければつながるし、かつ、自分が面白いと思った人たちをつなげて、何か起こればいいかな。
久松 最初は、農業の生産も販売も全然うまくいかなかったと思いますが、その時は自分が選ぶものに自信はありましたか。
松本 何にもなかったですね。
久松 若いし、夢中でやってたけども、ある程度形になって「俺の好き嫌いはあまり間違ってないぞ」ということがわかったんですね。だって、経営的には特殊なものではないけれど、インゲンとナスのハウスの案とか即答で却下されたもんね(笑)。
松本 (笑)。好き嫌い…そうですね。久松さんの本にも「良し悪しでなく好き嫌いで選べ」という話がありましたが、俺も面白くなかったらきっぱり辞めちゃうんですよ。
久松 例えば、細かい技術的や業務的なことで僕が「こういうふうにした方がいいんじゃない?」って言っても一切聞かなさそうだもんね(笑)。その案がよかったら採用されるかもしれないけれど。
松本 …そうですね(笑)。
久松 自分の好きにやって、その結果、金が足りなくなったら何とかするだろうし、すごく大きな目下の課題はないように聞こえる。でも、もやもやがある。
松本 好き嫌いでやっているのですが、「このまま好き嫌いでやっていていいのだろうか」というもやもやが強いです。今、何とかなっていますし、情報発信して行く中で、応援してくれる人たちも増えてきている実感があります。面白いことをやりたいと思うけれど、面白いことでお金を生み出すのって難しいじゃないですか。
久松 松本さんは、何とかなると思うし、感覚的に「ブロッコリーはこれ以上増やしたらやべえ」とか、「ここは死守しないとまずい」とか、「この量はここに出さないと相手が困っちゃう」がわかる人じゃないですか。だから、農業でもほかのビジネスでも、この先も明後日のことをやることにならないと思う。
今、ある程度形になって、「これ以上いくと面倒になるな」というところまできていて、無我夢中でやる飽和点かもしれない。ここにきて、いよいよ「本当に自分が何がしたいのか」を決めなきゃいけないのかも。だから「自分の好き嫌いでいいんだろうか」という問いは、なぜそう思うのかっていうのはちょっと僕にもわからないというか、「いいじゃん」って思うけれど。
松本 俺には師匠がいないからこういう話する人もいないし、自分の中でもやもやしながら「ああでもない、こうでもない」と考え続けているんですよ。だから、久松さんにぶつけて「いいじゃん」って言ってもらえれば、別にそれでいいかな。「いいじゃん」って言ってもらう相手は自分の中で認めている人じゃないとダメだし…。
久松 なるほど、それがかなり狭いんじゃない。
松本 すごい狭いと思います。
久松 認めました(笑)。 だから内容じゃないんだね。例えば、仮に僕が信頼できる先輩だったとして、相談したいのは内容について「これ、どうしたらいいですかね」というよりも、考えている自分を見てほしいというか。
松本 ああ、そうですね。
久松 人材育成についても、後輩はこういう松本さんの葛藤こそ見たいんじゃないかな。松本さんの後輩は「今僕たちにやってくれていることも、松本さんは『これでいいのかな』って思いながらやってくれているんだ」という話を聞きたいだろうから、そこを素直に晒して行くことはいいと思いますけどね。
僕も君に対して、何か嘘をついたりしないし、マウントもとってないでしょ。って、それがマウントだって(笑)。
松本 ただ、久松さんであってもコンサルティングをしてもらった内容を自分が聞き入れるのかなっていう心配もあったんですよ(笑)。
久松 聞き入れないことが今日わかった(笑)。ちなみに僕は、こういう企画はビジネスではなくて、好きでやっているんだけれど、このコンサルティングはどう思う。
松本 えーっと、久松さんは、売上伸ばすやり方とかではなくて、もやもやを晴らすコンサルタントという感じがします。
久松 おお(笑)。今日話すまで「面積と頑張りのわりにもっと売上を伸ばせるのにな」と思っていたけれど、意図してやっているのがわかったし、自分の立ち位置みたいなものについてもちゃんと意識している人なのがわかったのでもう心配じゃない。
「売上を上げる」と「定期的な休みを作る」は同義
――もやもやは少し晴れましたか。
松本 うーん、それでもやっぱり、売上を伸ばしていったほうがいいのか、今やりたいことを優先すべきなのか。
久松 僕にはその2つで悩むような人には見えないですけれども、なぜ前者が少し気になるんですか。
松本 売上については、プライベートでパートナーをもっと楽させてあげたいというのも強いですね。
久松 それで休みなく働いている。
松本 休みなく働いていますね。休みもプライベートを充実させるためには必要なんですが…。
久松 「売上を上げる」という話は、仕事とプライベートとの葛藤でもあるかもしれないですね。ちなみに「週に1日は完全にオフにする」という目標を立てるのは、「売上を上げる」という目標とほぼ同じです。
松本 そうですね。今年の目標は、休みを定期的に作ることです。農業は休みがないのが当たり前になっているので。
久松 うちも週2回しっかり休んでいる会社ではあるけれども、例えば、イオンアグリ創造や群馬の野菜くらぶは、きちっとした労働体系を取っている上に、給与水準が一般企業並みで、生産性は本当にすごいし、そのためにとてつもない努力をしている。そういう実例が現実にある以上、「農業は休めない」という言い訳はもう全く通用しないです。好きで仕事をやるのは構わないけれども、「農業だから」っていういいわけはもう通用しないですよ。
松本 そうですよね。
久松 もし松本さんが休みなく働いて、仕事に追われているんだったら、「何月は週1回は休む」と決めちゃって、強引に休むと考えがまとまるんじゃないですかね。ほかの準備や、プライベートにも時間を使えると心のモードが変わって、見え方が変わってくると思うのね。
隙間を埋めるように仕事を入れていくのは、もう飽和しているんで。これ以上今の労働時間のままで無理やり何かを投入していっても成果は上がらない。単位時間労働を追加投入すると生産性は落ちていき、そこを頑張りでなんとかしちゃう方向性ではあまり意味がないようなところまで来ていると思います。これはとてもいいことなので、この先はむしろ仕事を減らして、その時間でこの先のことを考えればまとまると思う。
松本 なるほど。
久松 「十分な葛藤をしきれてない、なぜならそれは働きすぎだから」みたいなことはあるかもしれない。このままさらに労働時間を増やすことで売上を1,000万円まで上げていくことが、松本さんにとっていいのかはわからない。「売上を1円でもあげなければ」と思う必要はないんじゃないですか。
松本 今まで必死で「売上を上げなきゃ、売上を上げなきゃ。今日1日でいくら稼がなきゃ」っていうのがすごい強くて。ただ、最近ちょっと「ん?」と思うようになってきました。自分の技術も上がってきているので、後からでも取り戻せるような気がしていて、今までの働き方を変えていく必要があると思っています。今年は休もうと思ったし、気持ち的にも変わってきてはいますね。
久松 そうであれば、すごくいい兆候。休むと決めたらそれに合わせて組み立てられる。「冬場はこれだけ休む」みたいに季節でやってもいいかもしれない。その人のやり方で休んだらいいと思うんだけど。自営業がいいのは、これを自分で決められることです。
好きに寄せて自分で決めるのは正解のないゲーム
久松 「好き嫌いで選ぶ」は、中から湧き出る疑問とかニーズを大事にしているということだから、「みんながこうやっているから、こうする」ではないですよね。だから「売上がいくらになったらいいんじゃないか」とか、「雇用はするもんじゃないか」という問いへの答えに対して、松本さんが自分で納得できればいいのかも。
松本 そうですね。10年前の就農時に、産地ということもあり「レンコンをやれよ」ってすごい言われたし、新規就農者も俺以外はほぼレンコンだったんです。でも、この地域に新規就農者が入ってきた時に、「レンコンしかないじゃん」って言われたくないので、野菜を選んで、ここで野菜作りしているのもあるんです。これも「みんながレンコンだから」ではなく、好きで選びました。
レンコン産地での野菜栽培のように「誰もやっていなくても、こういうやり方があるよ」と示したい。なので、この地域で今、自分がやっていることに関しては、一つの形を作れたと思うんです。これまで10年間は、自分のことに必死で動けませんでしたが、そろそろ対外的にも何かやりたいなって思っています。
久松 いいですね。今日聞いた感じだと何も間違ってないと思うし、本当に心からやりたいことを言っているように見える。「売上を上げなきゃ、稼がなきゃ」と思うのは、むしろ不安に思っている時なのかもしれませんね。
松本 ああ、確かにそうかもしれないです。
久松 それは、松本さんが正解のない、自分で決めなきゃいけないゲームの中で生きようとしているから、ずっとその悩みは付きまといますね。でも、自分の好きなことに進んで行くのは、松本さんの性格には合っているのは間違いない。
松本 少しもやもやが晴れました。ありがとうございました。
――結局、またいわゆるコンサルティングではありませんでしたね(笑)。
久松 もやもやを晴らすコンサルタントですから(笑)。いや、楽しかったな。
(まとめ・写真:紀平真理子)
松本さんの本の感想
今の時期は、ファンベースの農業のやり方で、幅広くではなく、ファンを増やして、ファンに対して売るやり方がいいのではないかと思っています。また、個人的には久松さん自身が経験してきた年代別の苦労や失敗、それをどう乗り越えたのかがリアルに書いてある9章が好きです。今30代になって、私がリアルに気にしている部分や、将来、体力的にも落ちてくる中での未来予想ができ、そうはなるまい、やっぱり休まないといけないと心に決意した部分でもありました。
久松さんから松本さんへの推薦書籍
『自分の中に毒を持てーあなたは“常識人間”を捨てられるか』岡本太郎(青春出版社)
久松さんからのコメント:「正解」を探るのではなく、「自分」で決め続けるのは実は最も困難な生き方です。 めげそうになったときは、TAROに殴って貰おう。