ストレスだらけのタイの若者たち(第6回)
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ストレスだらけのタイの若者たち(第6回)

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
第6回はタイ社会の若者の生き方を追いかけます。日本と比較してアジア諸国の若者は元気だという言説をしばしば見かけますが、タイの若者も社会への絶望を抱えている点は大差ないようです。むしろ、都市と地方の格差や見えない階級など、厳しさは日本以上なのかもしれません。それでもなお年上や親を徹底的に大事にする姿勢は、驚くべきほどです。
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日本だと反抗期の女の子の大半は父親を嫌悪したり、つらく当たったりするだろう。タイでは娘が父をひどく下に扱うことはまずない。まったくないとは言わないが、日本のように態度を露骨に表に出したり、本人を目の前にして悪く言うことはない。

タイは年上、特に年寄りを敬うことが当たり前だ。家族内でもそうだし、社会に出ても目上の人に従順なのがタイの文化である。祖父母が病院に行くとなれば、家族総出で連れていくし、バスや電車に乗っていて満席なら、複数の若者が我先にと立ち上がって席を譲る。日本のように席を譲られると逆に怒る老人はおらず、譲られたら素直に座る。高齢者自身も社会的な立場や役割を理解しているからスマートに事が運ぶということもあろう。

このように仏教的な観点から見ると円満な家庭が多く、タイでは子どもがグレるなんてことはなさそうに感じる。ところが、実際にはタイにも不良少年や少女は少なくない。タイの若者たちの多くはストレスを抱えているのだ。

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バンコクの占い横丁は20代30代のタイ人でごった返す。ストレスを抱えているのだろうか。

タイの不良は経済的に豊かな世帯から出る

タイはインドのようにカーストがあるわけではないが、経済的な部分では見えない階級が存在している。金持ちは徹底的に金持ちで、貧しい人々はとことん搾取されていつまでも貧しい。

富裕層のタイ人はあらゆる利権を手にしていて、ちょっとやそっとのことでは財産も地位も失わないし、警察に逮捕されることもない。そんな世帯の家長は社会的にも力があり、頭も切れるし、家庭内でも威厳があって恐れられている。

一方、低所得者層は働いても働いても実になるものもなく、子どもがほしいものを買い与えることもできない。バンコク近辺の低所得者層ならまだマシで、山岳地帯だと通学する際の費用も出せず、学校に行かせることだってできない。タイは公立校なら幼稚園から日本でいう中学卒業に相当する学年まで学費がかからない。それでも、学校に行かせられない世帯もいまだにある。

近年は社会常識というか、モラルが定着したのでだいぶ少なくなったが、20~30年前は貧困層の世帯の子どもを親がブローカーに売ってしまうケースだってあった。タイ政府はその事実を一切認めないようだが、現実的に女の子は風俗関連施設、男の子だと工場などに連れていかれた。親に支払われた前金は子どもの借金となり、さらにブローカーの手数料が上乗せされ、子どもはそれを完済するまで帰してもらうことはない。

こういった人身売買は今はかなり減った。しかし、現実には形を変えて存在している。ある北部の山奥で出会った飲み屋の女の子たちはみな、親に売られてきた子たちだった。「形を変えた」というのは、勝手に売られてしまったのではなく、彼女たちが合意した上で、という点が昔と違う。親の借金を労働で返済するという約束をしているのだ。これによって、わずかではあるが給料も出るし、場合によってはバンコクなどもっと稼げる場所に斡旋してもらえるなど、希望が少しは残されている。

それでも彼女たちは親の悪口は言わない。恨むこともない。仕方がないと諦めているとも言えるが、なんとか生活を立て直そうと彼女たちは必死なのだ。タイでは昔から子が親の面倒を見る、養うことが当たり前だった。貧困層の大人は、子どもを学校に行かせずに働かせることがよくないこと、という考えに至らない。もちろん、その日暮らしなので学校に行かせる時間があるなら働いてほしいという都合もあるのだが、子も子で家庭の事情を理解して文句も言わずに働くし、親に尽くす。

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北部の山の飲み屋でインタビューをする筆者。女性たちには笑顔もあり、悲壮感はなかった。

タイで不良というと、日本のようなケンカに明け暮れる少年もいれば、違法銃器などを所持・製造してしまう者、麻薬に溺れる者、あとは暴走族などがいる。ケンカに明け暮れるということはどこかをほっつき歩いているわけだし、違法銃器を作るには工業高校に入ってある程度の技術を身につけなければならない。麻薬やバイクを買うには金がいる。タイには基本的に、アルバイトという雇用の枠がない。学校の長期休暇期間だけスーパーや飲食店が学生を引き受けるが、それ以外にはほとんど仕事がない。

ということは、多くが親が買い与えたり小遣いを出していることになる。先述のとおり、本当の貧困層は毎日あるいは1食を食べるためだけで精いっぱい。そんな世帯の子どもたちはグレている暇なんかない。ぶらぶら外を歩いている時間があるなら、働かないといけないのだ。つまり、タイの不良少年少女は基本的に中流層の下クラスあたりから出てくるのだ。

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元ギャングの若者にタイの不良少年少女の事情を聞いた。

家族仲はよく見えるがその裏にあるストレス

タイ人は家族を大切にする。日本のように思春期の女の子が父親を罵るなんてことはありえない。先のように借金のために働きに出されても恨み言を口にしないどころか、そもそも恨みさえしない。

ボクの知人が親しかった北部の女性は何十年も前に生まれてすぐ親に売られ、数回の転売を経てバンコクに来た。それでも彼女は大人になってから本当の親、転売した親をすべてみつけ、少しずつ仕送りをしているのだという。そこまでされても、タイでは家族が大切なのだ。

しかし、現実的にタイにも不良少年少女はいる。周囲の環境によって――簡単に言えば友だちが悪いとかそういう事情で非行に走ることもある。その場合は、外では突っ張っていても、家では家事の手伝いもするいい子だったりする。

一方で、家庭内に問題があって非行に走るケースもある。この場合は家出してしまうことも多く、今でこそほとんど見かけなくなったが、30年前はバンコクにもストリートチルドレンが何百人も存在したようだ。タイは常夏なので、路上で寝泊まりしても苦にならないという、日本とは違う事情もあるからだろう。

親子の家庭内での不和は、だいたいが親が厳格で躾などが厳しい、束縛されるなどがあると見られる。日本では一見普通のことだが、個人の自由が大切とされるタイにおいて、それを本能的に窮屈と感じる子どももいるのかもしれない。

親が子どもに様々な制限を設けるのは大なり小なりどこにでもある話だ。しかし、タイでは行き過ぎているケースもある。たとえば、あらゆることを親が決め、子どもが自身で判断する余地のない家庭はよくある。富裕層や中流でもそこそこに高学歴の世帯などに見かけられる。在住日本人でも経験者は多いと思うが、社員として入ってきたタイ人に数日後に泊りがけの出張があるので準備するように伝えると、「親に出張に行っていいか確認します」と返事をされることがよくある。

厳しぎる場合は親に歪んだ部分があることも否めない。おそらく、その親もまた子どものころにそうやって過ごしてきたのかもしれない。そして、タイは目上に対しては常に尊敬の態度を示すことが常識だ。だから、親も子が逆らうことはありえないと思っている。ボクの妻も姉とは友だちのように仲がいいが、弟や妹たちには容赦ない命令でこき使うことがよくある。

えてして、こういった権力というのは暴走してしまいがちだ。親の言うことは絶対とはいえ、逆らいたくなるときもあろう。しかし、タイはわりと保守的な人が多い。

2006年から続いてきた政情不安も、タクシン元首相一派を支持する地方出身者や貧困層と、既得権益を失うことを恐れる富裕層を中心にしたグループの対立が元だ。要するに、富裕層は悪い意味で保守派なのだ。いつだって、どの国でも、年寄りはいつも保守的で、若い人たちの自由は潰されていく。高齢者もかつては若者で、上に対する不満もあったはずなのに、いざ自分が高齢になれば保守的になる。

しかし、タイの若者にとってはそんな親に対してでも逆らうことにためらいがある。社会的、文化的な風潮がそれを許さないからだ。富裕層の場合、若くともそれなりに権力があるので、外に出かけて発散することもできるだろう。中流層は親だけじゃない。街に出てもたくさんの大人たちが好き勝手言ってくることにストレスを感じる。

20年以上前、90年代にスアというロック歌手の『18フォン』という曲がヒットした。18フォンは「18の雨」という意味だが、18歳の雨、あるいは18回目の雨季とも訳せる。今でも若い人が共感する曲で、不良少年の自分が何者なのか、どこに向かっているのかわからない気持ちを歌い上げている。共感者が多いということは、やはりタイの中流層の若者全般に、どこかやり場のないストレスがあるのではないだろうか。

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中流層の多い下町。しかし、バンコクならまだマシな方で、地方よりは所得は多い。

アルコールで爆発する若者たち

不良少年少女に限らず、タイには不満を抱えた若者が少なくない。目上の人を尊敬して大切にすることを強要され、かつその人がそこにいる限り、自分はいつまでも下っ端でしかない。これは家庭だけでなく、会社の人間関係、学校もそうだし、街中を歩いていてもそうだ。

貧困層、もしくは地方の農村や漁村では子だくさんな世帯が多い。働き手となる子どもが多い方がいいのは当然で、大きくなって出稼ぎにでも出れば、複数の子どもたちから仕送りがもらえる。

タイの田舎では仕送りの習慣が一般的で、元々タイにある親や祖父母を大切にする文化が曲解され、子が親を養うことが当たり前になっている。農村などでは今行われる教育が将来的にどんな効果があるかなんて考える人は誰もいない。今目の前にある現金がほしいのだ。子どもがそれを運んでくれるので、子は多い方がいい。

もちろん親である以上は子を育てる、そして養う義務はある。しかし、貧困状況を理解して早々に学校を辞めて働きに出る子どももいる。今は多くが高校までは出るようになっているが、20年前は小卒、あるいは小学校すら出ていない子がいくらでもいた。

タイの平均寿命は77.7歳と日本よりは短めで、70歳代は超高齢だ。10代で子どもを産んで、30代半ばには働くのをやめ、子どもの仕送りで生活する人も少なくない。平均寿命的にはそれほどおかしなことでもない。

ただ、極端なケースでありつつもタイではよくある話には、子をバンコクの風俗店で働かせて仕送りをさせる親もいる。学歴がない子はタイでは稼げない。それなのに高額の仕送りをしてくる。普通に考えたら悪いことをしているのではないかと思うところだが、親は目の前の現金のために子どもの苦労は見て見ないふり。子どもは子どもで、親に売春しているとは言えず、ほとんどが「飲食店で働いていて、チップやボーナスが出る」と嘘を吐いている。

バンコクのバーなどで売春をする女性らに話を聞くと、ほとんどが親や兄弟、自分の子どものために働いている。そして、稼ぎ頭がその女性ひとりというケースが多い。実際に兄弟が多い中で彼女自身が長女だからという場合もあるが、多くが、彼女たちが稼いでくるのでそれに寄りかかって働かなくなった人を養うために働いている。

仮に20歳で働き始めたとして、親はそのとき40歳になっているかいないか。70歳まで生きるとして30年間、つまり20歳の子が50歳になるまで仕送りを続けることになる。ボクはこの話を聞いてゾッとした。それでは自分のやりたいことができないじゃないか。

富裕層なら家業を継いだり、実家の資産を使って事業を行える。富裕層同士の深い絆とネットワークがあるので、どんなビジネスも成功しやすい。そのコネクションがない中流層の若者はどうすればいいのか。そういったストレスが彼らの中に常にある。

タイ人は普段は温厚だが、怒ると歯止めが利かなくなる。一番危ないのは、飲酒時だ。ボクはバンコクで華僑報徳善堂という救急救命を中心にした慈善団体でボランティアをしていた。大半が交通事故関連だが、ときに乱闘やケンカでケガをした人を病院に搬送する。不良少年やギャングは目があったとか、連れの女性にちょっかいを出したとか、そういった理由で乱闘になるというわかりやすい構図があった。

一方で、ケガまではしなくとも現場近辺ではたくさんの人がなんらかしらの言い合いをしているのを目撃してきた。当初、タイの若者は酒の飲み方がうまくない、と思っていたのだが、多くのタイ人を見るにつけわかってきたのは、その背景には大きなストレスがあるということだった。

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バンコクのディスコに遊びに来ていた若者たち。

サクセスストーリーはタイには存在しない

不良少年たちはいろいろな理由をつけて暴力行為をすることでストレスを発散している。しかし、身なりのいい若者もまた、男女問わず店内のあちこちでケンカしている。タイ人向けのパブやバーはトラブルも多いのでお勧めしないが、実際に行ってみたら、一晩で10を超える痴話げんかを目撃すると思う。それくらい、彼らは心になにかを抱えている。

富裕層の若者は最終的には莫大な資産を相続するし、早い段階で大きな会社を任されていることも多いので、不満を抱える必要がないというか、低所得者層とは逆の意味でグチグチ言っている暇がない。

低所得者層の世帯出身でもなく、またハイパー富裕層でもない若者が最もストレスを溜めやすい。勤め先でも地位はそれほど高くない。家でも両親は健在で、心配してくれるのはわかるが口うるさいし、しかもそれほど遠くない未来には介護をしなければならなくなる。

それならば、がんばって勉強してスキルや地位を上げればいい。ところが、タイにはすでに見えない階級があって、そこから外れることができない。昔ほどその縛りはきつくなく、今はネットの時代なので、アイデア次第では様々な金儲けができる。しかし、大金持ちになったからといって、富裕層の仲間入りをしたことにはならない。あくまでも収入面では同等になれるかもしれないが、保守的な富裕層たちはニューカマ―を嫌うからだ。

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かつて歩行者天国が実施されていたシーロム通り。中流層向けにはこういった不定期開催の市場があって稼ぐチャンスはある。

とにかく今は金持ちになる方法は昔よりたくさんある。ただ、そこまで上り詰めることができるのはいつだって少数だ。優秀な人材は、独立の前にどこかの段階で潰されていることだってある。2006年から続く政情不安、現政権が実施した選挙で現れた新興勢力の潰し方を見れば、タイ保守派のやり方は誰の目にも明らかである。

結局、タイ人として中流層に生まれた、あるいは低所得者層に生まれた場合、どんなにがんばっても、奇跡的な出来事が起こらない限りはそこから抜け出すのが困難なのだ。しかも、若い人には親や目上、先輩などが天井や蓋のように上に存在している。

タイではクラスによっては夢を見ることもできないのが現実でもある。昔ほどではないのだが、今いるクラスから上へと抜け出すことはそう簡単ではない。これでストレスが溜まらない方が逆にすごいのである。

高田さんプロフィール

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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