世界はハラスメントでできている|辛酸なめ子
ぶつかりおじさんと「ハラハラ」
コンプライアンスやハラスメントを過剰に意識する現代人に対し、昭和のオヤジが不適切に問題提起する話題のドラマ『不適切にもほどがある!』。タイトルを略した「ふてほど」が2024年のユーキャン新語・流行語大賞に選ばれましたが、「ふてほど」という略語を出演者一同も使ったことがないという話で、このワードこそ不適切でふさわしくないのでは、と軽く炎上。結果的にさらに話題性が高まっていました。
このドラマは配信になっても大人気で、今の状況が息苦しく感じている人がそれほど多いということなのでしょう。ドラマでは、なんでもハラスメントになる状況に対し「令和無理!」と昭和のオヤジがつぶやき、「もっと寛容になりましょうよ!」と提言しています。
三大ハラスメントである「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」に関しては、真摯に取り組む必要があります。2024年3月に厚生労働省が発表した「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」によると、「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」、そして顧客等からの迷惑行為である「カスハラ(カスタマーハラスメント)」といったハラスメントに関しては、過去3年間の相談件数はほとんど変わらず、「セクハラ」だけ少し減少しているという状況のようです。
日頃の鬱憤を自分より立場が弱い人にぶつける自分本位な人は、常に一定数いるのでしょう。駅を歩けば「ぶつかりおじさん」がいるし、仕事では「カスハラ」に遭って、気が休まりません。そして、正当な行為でも「ハラスメント」だと指摘される「ハラスメントハラスメント(ハラハラ)」もあるので油断できないです。心身を摩耗する深刻なハラスメントからは、逃げることで自分を守りたいです。
ハラスメント多様化社会
先日、ハラスメントに関するオンラインセミナーを受けてみました。産業カウンセラーの男性が、複雑化するハラスメントの実態について紹介していました。「ジェンダーフリーハラスメント(フリハラ)」という、少しでも男女の性の扱いに違いがあると強く批判してくるケース(トイレをジェンダーフリーにするように要求するなど)や、人種や民族的背景にもとづく嫌がらせをする「レイシャルハラスメント」、部下が上司を詰める「逆ハラスメント」など、殺伐とするようなハラスメントが横行しています。
加害者になった人のメンタルが不調になってしまうことも。被害者、加害者、両方のケアが必要です。そういえばコンサルの仕事をしていた知人男性も、部下に仕事を教えていたら、本人は普通にアドバイスしていたのに「パワハラだ!」と言われ、弁護士に相談して身の潔白を証明することになって大変だったそうです。
価値観がどんどん変化する世の中で、何かのハラスメントに抵触しないように生きていかなければなりません。穏便に、あたりさわりのないことしか言えなくなってしまいます。常に相手を思いやり、礼儀正しい人格者にならなければ……というプレッシャーが。『不適切にもほどがある!』を見るとフラストレーションが解消される、という理由でドラマに救いを求める人が多いのかもしれません。
不適切すぎる発言を連発する人を見ると、ハラハラしながらも、自分には絶対に言えない内容に不思議な爽快感すらおぼえます。先日、ある講演会に行ったら登壇者の先生が「女性が3人集まると怖いですね。何歳まで女性と言うのかわからないですけど」とアウト発言ばかりしていて、逆に笑えてくるほどでした。
進化系(?)ハラスメントリスト
実際、「ハラスメント」の種類は増えるいっぽうです。少し前の『週刊現代』(2024年11月1日発売号)に「社会を悩ます新型パワハラ44」という記事が掲載されていました。読んでみるとあまりにも細かすぎるハラスメントの数々に驚き、もはや大喜利なのではと思えるほどでした。「◯原」さんという名字の人が、語感的にハラスメントの仲間にされそうで気の毒になってきます。
気になったハラスメントをピックアップさせていただきます。
さらに、呼吸してほしくないのに呼吸(ブリージング)される「ブリハラ」、存在してほしくないのに存在される「イグハラ」など、むしろ主張している方がいじめているようなハラスメントまであります。
この細かいハラスメントの中で、遭遇したことがあるものの一つは「ツメハラ」です。イベント会場の楽屋で、出演者の女性が爪を切りだして「パチンパチン」という音が響き、人前で今あえてやることなのか? と違和感を覚えました。「オカハラ」は、私の場合友人知人に半ば無理矢理お菓子をあげる「逆オカハラ」をしてしまっているかもしれません。「エアハラ」も、設定温度が高すぎたり低すぎたりすることはよくありますが、とくにハラスメントとまでは感じません。「ネコハラ」は、リモート中に猫が映ったらそれだけでかなり癒されますが、猫が苦手な人は不快に感じるのでしょうか。価値観の違いがハラスメントになってしまうので要注意です。
周りに反ワクの人が多いので「逆ワクハラ」は、たまに受けることがあります。ワクチンを打ったと言ったら「アウトですね」と宣告されたり……。飲み会の終わりにしめのごはんを食べさせられる「シメハラ」もたまに見かけますが、それよりも飲み物を「とりあえずビールで」と勝手に決められる「ビルハラ」も横行しています。
最新ハラスメントのリストを見ると、少しでも気に入らないことやイラっとしたことがあるとなんでも「ハラスメント」にする風潮があるようです。
新型ハラスメントとの遭遇
それでいうと、私も個人的に気になるハラスメントがいくつかあります。まずは、「ノリハラ」。先日行ったミュージシャンのライブで、とにかくお客さん全員のノリを強要するようなMCがありました。例えば、「そこの子、もっと声を出して!」と全員の前でコール&レスポンスをさせたり……。何かの荒療治なのかもしれませんが、内向的な人にとっては軽いトラウマになりそうです。他人事のように見ていたら「後ろの席の人、全然ノってない! もっと声出して!」と言われ、全員の視線が集中する中、リアクションを求められることに……。
「オガハラ」は、オーガニックハラスメントの略で、最近周囲でも報告されている事例です。例えば、ある健康法を実践している友人に手土産を持っていったら、「小麦粉と砂糖は毒だから」と言って受け取ってもらえなかったこともありました。
「マトハラ」は、精神世界系の人が、よく例えに映画『マトリックス』を出す事例です。観ていない人や、私のように観たけれど内容を覚えていない場合は、取り残された感覚になります。
「カニハラ」は、心が狭いと思われるかもしれませんが、カニ料理が出ると必ずその場の誰かが「カニを食べると無口になりますよね」と言い出すことで、何千回このセリフを聞かされるのかと辟易します。
「ジカハラ」は、お盆やお正月の前になると「実家に帰るんですか?」と何気なく聞いてくる人が多いという件です。親が亡くなっていたり、入院していたり、老人ホームに入っていたり、と年を重ねるごとに、実家での家族団らんの機会が得られなくなってきます。聞いてくる人はきっとご両親が元気なんだろうな、と思い、羨ましさと淋しさが半分ずつの心境です。プライベート系では「休みの日は何してるんですか?」と聞かれる「ヤスハラ」に困惑している、という意見もありました。
ヒトあればハラあり
「オモハラ」は、唐突に「最近おもしろいことありましたか?」と聞いてきて、トークを要求すること。急に聞かれてもそんなにエピソードが出てこないのでしばらく沈黙に……。
「スピハラ」は、これはスピ好きの人は無意識のうちにしてしまっていることがあります。「ネガティブな波動ですね」「気が悪いですね」と相手をジャッジしがちです。口に出さず心の声でとめておけば良いのかもしれません。
こちらも先日人に聞いた話ですが「ジョソハラ」(除草ハラスメント)という例もありました。団地の花壇の雑草が気になるおじさんがいて、勝手に除草剤をまきまくっているそうです。近所の人に「あの人怖いわ」「ハラスメントだよね」と噂されているとのこと。迷惑行為もハラスメントと称することで新たなジャンルが生まれる黎明期です。
ライトなものからハードなものまで、新型ハラスメントや身の回りのハラスメントについて挙げさせていただきましたが、増殖の一途をたどっているのは、それだけ心の余裕がなかったりストレスを感じていたりする人が多いということなのでしょう。人と人との信頼関係も失われてしまっているようです。
ハラスメントに過敏になっている自分に気付いたら、休暇をとったりおいしいものを食べたり快適な環境に身を置いたりして、自分にも周りにも優しくなれたら緩和されそうです。軽めのハラスメントに遭遇したら学びの機会だと思って感謝すると、そのハラスメントはクリアできるかもしれません。