追憶の「コーンスープラーメン」|パリッコの「つつまし酒」#153
「どさん子ラーメン」の思い出
子供のころ、板橋区の大谷口で小さな町工場を営んでいた母方の祖父母の家に、家族で車で遊びに行くことがよくありました。
たいていは、いとこたちも集まってみんなで1日中わーわー遊び、大人たちは宴会やら麻雀やら。もはや記憶もおぼろげながら、泊まりのことも日帰りのこともあったような。ひとりっ子の僕にはそれが本当に楽しい時間で、ふと思い出すたびになんともうっとり、そしてちょっぴりセンチメンタルな気分にもなる、大切な思い出です。
当時は車に乗ってるだけなので距離感すらもよくわかっていなかったけど、大谷口から僕の実家のある練馬区の大泉学園までの帰り道は、まずは練馬駅前あたりまで出て、そこから「目白通り」に入ってひたすら西へ、というルートだったと思われます。その途中に「北園」という交差点があり、そこに当時一世を風靡し、一時は1000店以上にまで店舗を増やしたという札幌みそラーメンチェーン「どさん子ラーメン」があったんですよね。
で、祖父母の家からの帰り道、ちょうどお昼や夕飯どきだったりすると、よくそこへ寄っていた。1年前くらいかな、そんなことを突然思い出したのは。「そういえばあったじゃん! 『銀将』の他にも、家族でよく行ってた中華屋!」って。
あの味を追って
そこで僕が決まって頼んでいたのが、「コーンスープラーメン」というメニューだった。あれがなんだか妙に好きだったんだよな。子供ゆえ「名物のみそラーメンを食べなきゃ!」みたいな気持ちもないですしね。
もはや記憶にもやがかかったような状態ではあるけれど、あのコーンスープラーメン。どろどろというよりは、コーンスープを塩ラーメンスープで溶いたような、若干サラッとしたスープだった気がする。そこに麺が沈み、上にはコーン多めのミックスベジタブルがのっていたような気がする。他に思い出せる具材がないんだけど、あるかな? そんなシンプルなラーメン。
ただ、僕は子供のころからやたらとミックスベジタブルが好きで、今でもよく、ただバター醤油で炒めただけのものを晩酌のつまみにしています。今さら気づいたけど、そのルーツって、あのコーンスープラーメンだったんじゃないだろうか? そう考えると納得もいくぞ。
そこで今や希少種となってしまったどさん子のなかでも、メニューにコーンスープラーメンのある店舗を検索してみると、僕の家からいちばん近いのが、西武新宿線の「西武柳沢」という駅前にあるお店らしい。よし、近いうちに行こう! と思いつつなんやかや1年ほど経ってしまいまして、先日。久しぶりに新宿線に乗る機会があり、これはチャンスと、念のためもう一度検索してみると、なんと今年の1月に閉店してしまったらしい。うおー! なんてこった! おれのバカ。いつまでもあると思うな飲食店。これまでに何度同じ失敗をくり返してきたんだよ自分は、まったくもう。
そして突然の絶望感に襲われます。あれ? もしかして僕、もう二度とどさん子のコーンスープラーメンを食べることができない? そんなの悲しすぎる! ということで執拗にネットで検索してみたところ、江戸川区にある都営地下鉄新宿線の「瑞江」駅からすぐの場所に、コーンスープラーメンを出すどさん子があるらしいことがわかりました。そんなに近所ではないけれど、こりゃあ今すぐにでも行かないと! いざ瑞江へ!
はい。前回の冒頭で、瑞江の街で呆然と立ちつくしていたのはそういうわけだったんですね。今日はそのリベンジだ! 事前に電話確認もして、準備万端! 2週連続、瑞江へGO!
三十数年ぶりの再会
さて、瑞江駅に到着し、駅ビルの4階へ。駅ビルといっても年季の入った昭和な雰囲気で、そこに違和感なく収まる昔ながらの中華屋といった「どさん子ラーメン」の佇まいがとてもいい。おぉ、今日はやってるぞ!
とってもいい!
昼どきをだいぶ過ぎており、先客は常連さんと思しき老夫婦ひと組のみで、とても静かな時間が流れています。細長くL字型になった店内の、いちばん奥のテーブル席に着かせてもらい、さっそく「コーンスープラーメン」を! といきたいところですが、せっかくですからね。「瓶ビール大」(700円)と、テーブル席にあった小さなおつまみメニューから、「三点盛り」(350円)をまずは注文。
この店舗には来たことないはずなのに懐かしい
「コーンスープラーメン」の存在も確認!
厨房にはこの道何十年かに見える渋いご主人。フロアには女性の店員さん。おふたりともにこにこと親切で、壁には北海道旅行のおみやげに買うようなのれんがかかっていたり、とてもチェーン店とは思えない雰囲気が無性にぐっときますね。
「三点盛り」(350円)
すぐにビールとおつまみがやってきました。これまたなんていうんだろう、うまく説明できないんだけど、それぞれに過剰さが一切ない、どこか昔懐かしい味わい。ほんの少し空いた窓からの心地よい風を感じつつ、それらをつまみながら、ビールをちびちび。あぁ、大人って、本当に楽しいなぁ……。
オリジナルのお皿がかわいすぎる
しばらく待っていると、時間差で頼んでおいたコーンスープラーメンがいよいよ到着しました。再会は30数年ぶりか。うおお、なんだか小学校の同級生に卒業以来会うような、謎の緊張感がありますよ……。
ひ、久しぶり〜……
かわいらしい青い丼のなかを覗きこむと、やはり究極にシンプルな構成。白濁したスープに麺、ゆで玉子半分、ほんのりと散らしてあるのはパセリかな。そして、ミックスベジタブルでなく、野菜はコーンのみ。う〜ん、自分の記憶が間違ってたのかな? でも、やっぱり子供のころに食べたコーンスープラーメンにはミックスベジタブルがのっていた気がする。きっと店舗ごとに独自性があるに違いない。居酒屋で言えば「養老乃瀧」みたいな感じで。
「どさん子 瑞江駅ビル店」の「コーンスープラーメン」
まずはれんげでスープをひと口。あ……うわー! こ、この味だった気がする! といっても記憶よりコーンスープ感が強くて、6:4もしくは7:3くらいにも感じるけど、このさらりとした、それでいてまったりとした優しいスープ。子供のころに飲んでいたあの味な気がする! ズズ……ズズ……と何度も確認しますが、やっぱりそのたびにほんのり懐かしい。なんだか感動……。
コーンスープラーメン以外にはないこのスープ
そして、つるつるむちむちの中華麺。これがまた、ふわぁ〜っと体になじむ感じですごくいい。はっきり言ってしまえば、いろいろと刺激的な味を覚えて大人になった身としては、決してテンションの上がる味ではないんです。むしろラーメンとしては淡すぎる。なんなら食べて「物足りない」と感じる人だっているかもしれない。もちろん、こちらには他にしっかりこってりなメニューもたくさんあるわけで、それを自分で選んでいるだけなわけですが。
優しい……懐かしい……
ただこれだけは言えます。確実に今の自分に必要な味でした。どさん子のコーンスープラーメン。そしてまた、今後の人生においても定期的に、ここに来て食べないといけない味だと確信しています。いつのまにか心に積もってしまった不純物が洗い流されるというか、初心に立ち帰れるというか。
いやぁ、来てみて良かった。ありがとうどさん子ラーメン。できれば末長く、この優しきラーメンを提供し続けてくださると嬉しいです。
……ってまぁ、そんなラーメンをつまみにビールを飲んでいる時点で、酔っぱらいの戯言なんですけどもね。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco