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西のホッピー通り 後編|パリッコの「つつまし酒」#131

いよいよ「なべちゃん」へ

 前々回、「西のホッピー通り 前編」という記事を書かせてもらいました。が、面目ないことにその翌週は秋津へ飲みに行く時間がとれず、1回別のお話を挟みまして、今回、無事後編をお送りすることができます。
 さて、久々に秋津を訪れた第一の目的が「立ち飲みスタジアム なべちゃん」というお店だったことはすでに書きましたね。
 なべちゃんとの出会いは、2016年の初夏。神戸在住ながら「西武線沿線で飲んでみたい」と東京に出てきた、酔狂にもほどがある飲み友達、山琴さん、さらに、ラズウェル細木先生や安田理央さんら酒飲みの先輩たちと、秋津〜新秋津間で飲み歩いた日のこと。
「野島」や「サラリーマン」といった安心の名店はもちろん堪能しつつ、途中で通りかかった、失礼ながらどこにでもありそうな立ち飲み屋、つまりはなべちゃんに、ふらりと入ってみたんですね。
 店内は野球グッズで埋めつくされ、どうやら西武ライオンズファン御用達の酒場らしい。僕は野球のことはほとんどわからないので若干肩身の狭い気持ちを抱きつつも、なにはともあれチューハイを注文。するとなんと、大好きなタカラ「焼酎ハイボール」が、初めてお目にかかる業務用の瓶で提供され、一同「こんなのがあったんだ!」と大いにテンションが上がりました。
 さらに驚くべきことには、なにを頼んでも安くてうまくてボリューム満点。特に、常連さんにおすすめだと教えてもらった「ポークソテー」(700円)の巨大さと絶品さには驚いたな〜……。
 重ね重ね失礼ながら、ここまでの名店だという心構えがまったくなく、そういう出会いにこそ喜びを感じるメンバーが集まっていたこともあり、とにかく感動して盛りあがり、再訪を誓ったというわけなんですね。

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立ち飲み屋で撮った写真とは思えない

小さくなっても「スタジアム」

 ところがこの夏、なべちゃんに大きな動きがありました。なんとコロナの影響もあって、あの名店が閉店してしまったという情報を、SNSで目にしたのです。
 なんてこった……再訪叶わなかった……と愕然としたのも束の間、その話には続きがありました。なんとなべちゃん、お店のファンの方たちによるクラウドファンディング企画などの助けもあって、規模はこれまでよりも縮小されるものの、新店舗での再オープンが決定しているそうじゃないですか! なんてこった! 再訪叶う! コロナ禍ということもあり、酒場にまつわるこんなに嬉しいニュースはなかなかあるもんじゃないです。
 というわけで先日、こんどはなべちゃんの基本営業時間が、現在午後4時からであることもきっちりと確認し、あらためてお店に向かってみました。
 秋津駅から、若干ドキドキしながら歩くこと5分ほど。なべちゃんのある新秋津駅ロータリーへ到着。さてどうなんだ? やってるのか? やってないのか? 一体どっちなんだい〜なべちゃん!?
 ……わーっ、やってる!

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ついに悲願の再訪叶う

 平日午後4時ということもあってさすがに先客のいない店内に、「ひとりです」と告げて入ります。久々のご主人、とはいえ、常連でもない僕が覚えてもらってるわけもないんですが、とにかく元気そうで嬉しくなります。
 10人も入ればぎゅうぎゅうと思われる小さな店内に、相変わらず野球グッズの数々が飾られ、ここは、まごうことなきなべちゃんだ!

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小さくなっても「スタジアム」感は健在

 さっそくホッピーセットを頼み、夕暮れが近づく秋津のまちを眺めながら、再開に乾杯。

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本日の1杯目。この瞬間がたまらない

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さて、なにを頼もうかな

(大)の文字に偽りなし

 以前よりも品数が厳選された気がするメニューは、日替わりのボードのみ。ここから今日は「大根煮」と、「あじフライ」を選んでみましょうか。選んだ理由は、大根煮はしみじみと美味しそうだから。アジフライは、(大)の赤文字を無視することができなかったから。

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すぐに大根煮到着

 大根煮は、甘辛いだしの染み込んだとろとろの大根に加えて、野菜やがんもなどの豪華具材入り。予想したとおりしみじみと美味しく、ひと口ごとにホッピーがすすみますね。
 それからしばらく後、揚げたてのアジフライも到着。これが、届いてみてびっくりの超特大サイズ! (大)の文字に偽りなしです。

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野島に続き、写真で伝えきれないのがもどかしい!

 バリっとハードめに揚げられた衣にどぷどぷとソースをかけ、大口でほおばる。肉厚ほくほくの身から、しっかりとしたアジの旨味があふれだす。ザクザクの衣の食感と香ばしさもいい。こりゃ〜ますますホッピーがすすんじゃうな〜!
 それにしてもこの、ちょっとよそでは見たことのないサイズのアジフライ。ご主人に聞けば、仕入れた丸ごと1尾の生アジをさばくところから作るんだとか。「そのほうが美味しいからね」なんて、こともなげにおっしゃってますが、やっぱり立ち飲み屋で出会ったら驚きますよ、このクオリティーのお料理は。

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たくさんの人に愛されていることが伝わるスポーツ新聞のパロディ

 ご主人は常連でもない僕のようなお客に対してあまりぐいぐいと話しかけてくるタイプではありませんが、それでもぽつぽつと、お話をさせてもらうことができました。前回衝撃を受けたポークソテーは、メニューから消えてしまったわけではなく、日によっては作ることもあるということ。なべちゃんはかつてはラーメン屋で、平成15年に酒場として生まれ変わったということ。それから、圧倒的に野球ファンが多い店だけど、自分としては野球と料理の2本柱が魅力だと思ってやっている、ということなど。

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ラーメン屋時代のなごり

 そうこうしていると女将さんもお店に到着。おふたりの元気な顔も見られたことだし、なにより煮物とアジフライでかなり満腹。そろそろお会計を……おおっとその前に! あれを飲むのを忘れるところでしたよ。あぶないあぶない。え? あれ? いやほら、あれですよ、焼酎ハイボールの瓶!

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なべちゃんに来たらこれを飲まないと

 ゆっくりと残りのつまみを食べつつ、焼酎ハイボールを飲み干し、ふぅ、あらためてごちそうさまでした。
 ここ数年、特に思うのですが、老朽化、再開発、コロナなど、さまざまな問題もあって、古き良き大衆酒場は、どこまでも儚い存在と言えます。それでもこうして常連さんに愛され、未来へと新しい歴史をつないでいく店もある。そういうお店こそ、酒場文化の希望であることは間違いないよなぁ、なんて。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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