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らっきょう漬け ザ・ファイナル|パリッコの「つつまし酒」#176

私とらっきょうの3年間

 この連載では過去に2回、まず2019年に、生まれて初めてらっきょうを自分で漬けてみたこと、2020年には、そこからさらに進化したらっきょう漬けに挑戦したことについて書かせてもらいました。あれ? ということは、この「つつまし酒」で登場したテーマでいちばん多いのって、「らっきょう」ということになるのかな? え〜、自分でも意外。でも、今回もまた書きます。
 その前に前回、2020年の回がどんな内容だったかを大まかに説明しておきますね。
 地元にあって僕の大好きな、角打ちができる酒屋「伊勢屋鈴木商店」は、女将さんがお酒や食について知識豊富な方で、たまに自家製のおつまみなどをサービスでそっと出してもらえることも。そこで、なんと「2年もの」だという自家製のらっきょうをいただいたのが発端だったんです。そのらっきょうというのが、一般的には切りとって漬ける根っこや芽もそのまま漬けたという、なかなかインパクトのある見た目。食べてみると、力強く奥深い味で、こんならっきょうがあるんだ! といたく感動してしまいまして。
 そのらっきょうは女将さんが信頼しているとある農園で自然農法で作っているもので、それを使わないと、きっとそういう味にはならないとのこと。幸運なことに、そのらっきょうは、女将さんのルートで仕入れてもらうことも可能。ただ、たっぷり2kgくらいは漬けたいなと思ってお値段を聞いてみると、なんと5000円! らっきょうに5000円……。迷いに迷いましたが、2年ものの美味しさを知ってしまい、さらにそんならっきょう漬けが育ってゆく過程を、自宅でじっくり楽しむことができるなら……。と、思いきって決断し、どーんと漬けてやったのが、2年前の6月でした。

その時のらっきょう

 これまた女将さんおすすめの塩とお酢のみでたっぷりと漬けたそのらっきょうは、2年前の時点では当然真っ白。漬けて10日で食べられるということで、さっそく味見してみると、まだまだ若々しく、辛味も強い。
 その後も冷暗所にひっそりと保存し、思い出しては味見し、しばらくの間忘れてしまったりしていたんですが、そう! ついに我が家のらっきょうも、2年ものに成長したというわけなんです!

時間が育てた味わい

 さてさてどんな味になっているか。というか、変な匂いになってたりしないだろうか……。若干の不安とともに、いざ、ふたたび白日のもとにさらしてみることにしましょう。

どすん!

 久々にまじまじと眺めるマイらっきょう漬け。いや〜不思議。正真正銘、らっきょうと塩とお酢しか入れてないはずなんですが、全体が、なんとも美しい褐色に変化してるじゃないですか。

なかなかインパクトのある見た目だ

 ゆっくりとフタを開けてみると、心配していたようなことはなく、ふわ〜んと、らっきょう特有の、あのたまらない芳香が漂ってきます。あ、これはうまいな。間違いなく。
 というわけで、5粒ほど取り出し、まずはシンプルにそのまま、そうさな、ここは日本酒に合わせて味わってみますかね。いや〜、なんだかドキドキするぞ。

2年ごしのご対面
ちなみにこちらは2年前の写真

 あらためて、なんというかこう、経たな〜……紆余曲折を。という、この道うん十年の職人のような、いぶし銀の役者のような風合いに変化してますね。あの純真無垢だったらっきょう君が。

静かに、しかし力強く輝く

 ではいざ、いただいてみましょう。箸でつまんで口へと運び、ぐぐぐ、と上下の歯で力を加えてゆく。若かりしころのように、ぱりん! っと軽快に割れるのではなく、適度な歯ごたえとともに、じゅわっと、ほろほろっと、ほどけてゆくような感じ。で、とげとげしい感じのまったくない、たとえるならば泡盛の古酒のような、妖艶な味わいが口いっぱいに広がります。と同時に、まるでフルーツのような華やかさも感じる。あぁ、すごいな、このらっきょうは。
 さらに根っこを食べてみる。するとこれが! 2年前に伊勢屋で食べたあの、生命力が宿ったような力強さと香ばしさ!
 ほほ〜、こうなるか。2年らっきょう。また、ひと粒食べただけで心地よい香りの余韻がずいぶんと長く残り、それが日本酒と溶けあうたまらなさといったらないですわ。

アレンジレシピにも挑戦

 さてここからは、せっかく時間をかけて漬けたらっきょう、ちょっともったいないような気がしないでもないんですが、これを使ったアレンジ料理なんかも試してみようと思います。いやむしろ、今僕がやらなければ誰がやる! っていう行為だな。うん。
 そこでなんとなくネットで検索してみたところ、らっきょうと豚肉を一緒に炒めるレシピなんかはけっこう定番のようですね。よしやってみよう。豚肉大好きだし〜。

豚肉と炒めてみる

 作りかたはごく簡単で、薄切りの豚肉を炒めて酒と醤油で味つけし、輪切りにしたらっきょう適量を加え、仕上げに黒コショウ少々をふるだけ。今回はせっかくなので、輪切りに加え、玉のままのらっきょうもいくつか入れてみました。

2年らっきょうと豚肉炒め

 はい、あっという間に完成〜! こりゃあおともはビールかなと、いそいそと用意して、いざ、いただいてみましょう!
 そもそもまず、見た目からしてただものではないですよね。生まれて初めて見るビジュアルの料理。味は一体どんな感じなのか……と、豚肉とらっきょうを一緒にぱくり。おおおお、これはなんだ。まず豚肉の醤油味炒めの美味しさの土台がしっかりとある。そこに、甘酸っぱく、心地よい食感のらっきょうが、アクセント……というのは安っぽすぎるな。もはや“妖気”とも言うべき深みを与えています。
 きっとどっかのお店で出てきたら、「え〜、こんな料理、どうやって作るんだろうね? やっぱりプロってすごいよね」とか大絶賛しちゃうと思う。ぷぷぷ、いやいや、それ作ったの、プロじゃなくて僕なんですけど〜! (どういう構造の文章だ)

タルタルソースもいってみよう

 続いてもう1品。らっきょうを使ったレシピといえば真っ先に思いつくのが、ピクルスのかわりに使って作るタルタルソース。そこで、たっぷりのマヨネーズ、刻んだゆで玉子、黒コショウとともに、刻んだらっきょうを混ぜ、まずはタルタルを作ります。
 作ったはいいがなににかける? と冷蔵庫をあさってみたところ、冷凍の鶏もも肉が1枚余っていたので解凍。軽く塩をふって全体に片栗粉をまぶして揚げ焼きするだけの「雑な揚げ鶏」を作ってみました。これ、簡単でうまいんすよね。もちろん、仕上げに思いっきりタルタルソースをかけて、甘酢は使ってないので、チキン南蛮未満の「タルタル揚げ鶏」の完成!

我ながらダイナミックな料理だな

 これももちろんビールビール! と冷蔵庫にとりにいくと、うっかりしたことにストックを切らしてしまってるじゃないの。しかたない、いつものチューハイでいいか。と慌てて用意し、らっきょうタルタル晩酌のはじまりはじまり〜。

ざくり!

 鶏肉をはしからカットし、タルタルソースをたっぷりのせては食べてゆく。ざくっ! ぷりっ! うわ、あっつ〜……うま! あ、これ最高! 甘酸っぱくて、ほのかに和風で、やっぱり驚くほどに深みがあるらっきょうの風味が、雑な見た目からは考えられないほど、この1皿を高級な味わいに持ち上げてくれてます。すごいな、調味料としても優秀すぎるな、2年らっきょう。
 これからも、そのまま、もしくは料理のちょい足し食材として、大切にこのらっきょうを味わっていきたいと思うわけですが……ちなみにこれって、賞味期限はあるのでしょうか? 今回「ザ・ファイナル」とか言っておきながら、当連載が無事続いたあかつきには、5年らっきょう、10年らっきょうの回も登場してしまうかもしれません。どうぞ気長におつきあいくださいませ。

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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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