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『ボヘミアン・ラプソディ』はフレディがゲイであることをカミングアウトした曲である、という仮説

映画の大ヒットも記憶に新しいクイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』。「過去1000年でイギリス人が選んだ最も重要な曲」はどこか「ヘン」な曲でもあります。そこに込められていると噂される、ある「謎」のことを知っていますか?
映画研究者かつクイーンの音楽を愛する菅原裕子さんが、「謎」を追いかけた先に見たものとは――
前回の記事(第3章―前半)はこちらから。
連載全体の見取り図はこちらからご確認できます。
ぜひクイーンの音楽を聴きながら、ゆっくり楽しんでください。
(記事は頂いた原稿を端折らずにすべて公開しております!)

前回は『ボヘミアン・ラプソディ』がフレディの「プライベートな」曲であるという本人の発言を基に、フレディの人間像を「生い立ち」「セクシュアリティ」「家族」という点から読み解いてみた。今回は最後の項目「劣等感」について。そして「ある仮説」を紹介する。しかしその先に――

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画像はイギリスで2019年7月に放映されたおそらく最新のドキュメンタリー番組「13 Moments That Made Freddie Mercury and Queen (2019)」。フレディおよびクイーンの歴史がわかりやすい。若き日の珍しい映像も。

フレディの容姿に対する劣等感

フレディは「移民」「ゲイ」という二重のマイノリティという立場に苦悩していたことに加え、外見上の劣等感が指摘されることもある。ブライアンのインタビューなどでも、彼が外見や、人と少し違う前歯を気にしていたという話は出ている。上下の前歯にそれぞれ過剰歯が生えており、そのせいで少し出っ張っていた。幼い頃も前歯をからかう単語があだ名だったり、話すときに上唇を前歯にかぶせたり、手で口を覆うインタビュー映像があるとも言われている。しかし前歯を矯正するよう助言されても頑として応じることはなかった。歯の形を変えて歌声に影響が出ることを恐れたのだろうと言われている。

ブライアンは、フレディが少年時代の話は避けていたような印象を持ったという。これは「劣等感」というよりは、「パールシーという出自によるマイノリティ」の立場からくる不自由さだったのだろうか。映画でも、ヒースロー空港で働くフレディが「このパキ野郎」とからかわれ、「パキスタンじゃない!」とすごい剣幕で言い返す場面がある。多くの移民を抱えるイギリスでは様々な出自の人間が共に生活しているが、それでもこのような侮蔑的な経験は珍しいことではないだろう。マイノリティであることが明らかな目立つ風貌は誇りでもあっただろうが、エキゾチックなことを売りにはしたくなかった。スターになる過程で「エキゾチックな」出自を大っぴらにすることも避けた。

移住後すぐに在籍したロンドンの学校時代のエピソードはあまり残っていない。周囲に馴染めず、つらい目に遭っていたという話を聞いたという関係者もいるが、移住してきた16、17歳の頃のことはよく知られていないようだ。もっとも、その後入った美術大学の同級生たちによると、差別などはまったくなく、シャイで謙虚、そして才能のある人だったと誰もが口を揃える。そしてそれは、彼の生涯を通し、周囲の人たちが語る彼の人間像とあまり違いがない。シャイで気配り屋さん。愛情深く、気前がよくて、華やか。

そして重要なのが、親しい人ほど彼のことを「複雑な人」と表現していることである。音楽ファンは華やかで茶目っ気があるフレディに馴染みがあるが、シャイで、時に気難しく、周囲に気のおけない人だけを置きたがった大スターの素顔を垣間見ることができる。

イギリスにおけるフレディの「学歴」と「発音」

また、日本と異なり、今でも確固とした階級社会が存在するイギリスにおいて、高学歴エリートのイギリス人である三人のメンバーたちに対し、劣等感を抱いていたのではという指摘もある。フレディはイーリング・アート・カレッジという美術大学を卒業しているが、卒業資格は、他のメンバーたちのように学位(degree)ではなく卒業証書(diploma)という形である。アート畑という違いがあるので比べられるものではないが、三人が揃いも揃ってグラマー・スクールで優秀な成績を修めた秀才で、当時は特権的であった大学に進学し、大学卒業の学位を取得したことは、学歴という点で差があることは事実である。

また、フレディの話す英語はインドなまりはないが、やはりイギリス人の英語とは明らかに異なる。イギリスの階層社会は、話す英語を聞けばどの階層に所属するかがほぼわかると言われる。模範とされるのはRP(容認発音)と呼ばれる伝統的な標準発音。王族や教養のある階層が使う英語で、公共放送BBCのアナウンサーの発音としても知られ、英語学習者のお手本とされる(ただ、本来RPを話す人口がごくわずかであることから、イギリス英語の標準とするには現実味が薄いとも言われる)。教養人であるブライアンが話す英語はこれに近い。また興味深いことに、フレディの妹カシミラ氏の発音も標準英語に近い。おそらくフレディよりも幼くしてイギリスに渡ったカシミラ氏については、発音矯正がスムーズに行われたのだろう。フレディの両親の話す英語は強いインド系のアクセントがあり子供たちとはまったく違うし、フレディとカシミラ氏も異なっている。発音一つとっても、家族の中に歴然と違いが存在する。そしてそれは彼らがたどってきた歴史や生活を映し出すものなのである。

学歴や発音に対する劣等感は推測に過ぎないが、いずれにしても、見知らぬ土地でマイノリティとして生きることが想像を絶する困難を伴ったであろうことは間違いない。映画版におけるラミ・マレックの名演によるところも大きいが、出自やセクシュアリティ、容貌や発音に関して「人と違う」という引け目や劣等感は、それを乗り越えようとするより大きな力、自分らしく生きようとする強い意志や人間的な強さを裏打ちするものであった。だからこそ多くの人が共感し、拍手を送った。劣等感のない人間などいまい。しかしそれにしても、彼が背負っていたものは決して小さくはなかった。

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「誰が誰を殺したのか?」 

このような悩み、葛藤を抱えていた彼の『ボヘミアン・ラプソディ』がプライベート曲であるならば、これらを持つ「自分」を殺して、新しい自分、なりたい自分、あるいは本当の自分になりたいという意志をこの曲にこめたのではないか。とりわけセクシュアリティは、おそらく彼にとって最も重要なアイデンティティの一つであっただろう。つまり、これは彼がゲイであることを告白した、「カミングアウトソング」ではないかという仮説である。

しかも、ファルーク・バルサラという名を捨てて「フレディ・マーキュリー」と改名している。楽曲を作成した時期が複数に渡るため改名の時期との関連ははっきりしないが、 今までの自分を捨てて、本当の自分、あるいは新しい自分になりたいという意思の表れだととることは可能だろう。隠さなくてはならなかったセクシュアリティに対する葛藤を、ひっそりとこの曲にこめたのではないのかというのだ。

もっとも、改名はイギリスではそれほど難しいことではなかったようだ。戸籍があるわけではなく、移民も多い。しかし、改名を打ち明けられたブライアンは非常に驚いたというので、フレディにとっても重要なことであり、バンドにとってもやはりショッキングな出来事だったと考えてよいだろう。

「マーキュリー」の由来については、ファーストアルバム所蔵の『マイ・フェアリー・キング 』の歌詞からとったと本人がブライアンに告げたそうだ。フレディ作詞作曲のこの曲の中に「mother mercury(母なる水星)」という一節があり、「水星は僕のお母さんだから、僕は水星になるよ」と打ち明けたという。ブライアンは驚き、どうかしてるんじゃないか? 本気か?と思い、さらには、「なりたかった別の人間になるためなのだと思った」と述懐している。なぜ「母なる水星」の息子になったのかは謎であるが、乙女座生まれ(9月5日)のフレディの守護星と、ゾロアスター教徒の守護星がいずれも水星であるからとする、やや無責任な説もある。

ブライアンは、本当の自分と公用の自分がいて、名前は公用のために使うのだなという風に受け取ったようである。フレディが自分のプライベートな顔とオフィシャルな顔の二面性を意識していたことはまちがいない。冗談好きでお茶目で、楽しいエピソードを多く持つと同時に、とてもシャイで、ごく限られた人にだけしか心を開かない孤独なスターである。名前を使い分けて心を休める時間と場所を持ちたいと考えるのはごく自然なことだ。メアリーも彼のことをactor(役者、演ずるもの)と表現することがあったが、これも同じ理由によるものだろう。

1987年にはソロでThe Great Pretender(見せかけるのがうまい人、なにかをうまく演ずる人という意)というプラターズの1955年のヒット曲のカバーをリリースしている。フレディが歌うとまた意味深で、ぴったりな選曲だと言えよう。「僕ほど芝居のうまい者はいない。うまくやってるように見えるだろう。孤独だけれど誰にもわかりっこない。」フレディの作詞ではないが、きらびやかなスターを演じながら、カリスマの顔ばかりでなく素の自分でいることに自覚的であったということか。いずれにせよ、自分の中に二つの面を見ていたことはまちがいないだろう。名前を変えたことは本人にとってとても重要なことだっただろう。

「仮説」はなぜ生まれ、その広がりは何を意味しているのか?

これは仮説である。インターネット上で広まってきているので、ここまで読んで、聞いたことがあるという人もいたかもしれない。そうであれば重複することも多く目新しくもなかったかもしれないが、しかしそれがどこから、どのように広まってきたか、考えてみたことがあるだろうか?

この連載のイントロダクションに書いたとおり、私がこの説を聞いたのは2018年秋の映画公開直前、ごく最近のことであった。まったく知らなかったので非常に驚いた。そしてなにかしら、釈然としなかった。

正直なところ、私自身はカミングアウトソングでもそうでなくてもどちらでも構わないと思っている。ただ、なにか引っかかる。この説がどのように生まれ、どのように広がってきたのか。そしてそれは何を意味するのか。真偽のほどはともかくとして探ってみたい。その先に何かあるような気がするのだ。(つづく)

次回はこの「仮説」がどこから発生したのか(≒誰が言い出したのか)、様々な音楽関係者の発言をもとに推理していきます!

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書き手:すがはら・ゆうこ/学術博士(名古屋大学)
専門は映画研究。元々の洋画好き&洋楽好きが高じて、現在は非常勤にて名古屋市内複数の大学で英語講座を担当。
『ボヘミアン・ラプソディ』は大学1年生対象の授業で曲を扱ったのがきっかけで、その後カルチャーセンターから愛知サマーセミナーの講座へと発展。ファンの方々の熱い思いに直に触れ、リサーチをまとめたものを書き下ろしました。『ボヘミアン・ラプソディ』の謎解きの、さらに向こうにお連れします。現在、出版するべく奮闘中。応援よろしくお願いします!

最後まで読んでいただきありがとうございました。みなさまの「スキ」が出版に繋がります。ぜひお願いします!

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『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く(菅原裕子)
『ボヘミアン・ラプソディ』の謎を解く(菅原裕子)
  • 9本

クイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』にこめられた、とある「謎」を映画研究者の菅原裕子さんが追いかけます。

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