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愛の不時着は”姫を守る王子”と”王子を守る姫”の対等さが今っぽい

こんにちは。光文社新書の永林です。治部れんげさんの連載「ジェンダーで見るヒットドラマ」(仮)、第2回目の今回は「愛の不時着」の後編です。1月8日現在、日本版Netflixの順位は再び首位に! 元日に発表された、主演のカップルが実生活でも恋人同士というニュースに、ますますときめきいて見ている人が増えているのかもしれません。
超王道恋愛ドラマの顔をした「愛の不時着」ですが、治部さんは「内包しているテーマはとっても深い」と語ります。世界経済フォーラムによる「ジェンダーギャップ指数2020」での韓国の順位は108位。日本同様にジェンダーギャップが深刻(121位の日本よりは高位)ですが、ドラマ内のジェンダー意識は欧米並に進んでいます。さて、一見マッチョなジョンヒョクとわがまま姫なセリの不時着カップルは、どんなところが対等なのでしょうか?  ※記事内にネタバレがあります。ドラマ未視聴の方はご注意ください。

記事前編はこちら↓

◆”姫を守る王子”と”王子を守る姫”の対等さ

前回記事では、性別役割分担の逆転がこのドラマの大きな魅力と書きました。一方で、それをあからさまには見せない表現が上手い、とも思います。第1話から第6話までは「ヒーローがヒロインを助ける」シーンが繰り返し登場し、普通に見ていると伝統的なお姫様救出物語に見えるはずです。

各話のラストシーンをみていきましょう。まず、第1話は、北朝鮮に来てしまったセリが、秘密警察に見つかりそうになったところを、ジョンヒョクが「壁ドン」で隠して守るシーンで終わっています。第2話は、夜間検査で秘密警察に見つかって銃を突きつけられているセリのもとに、ジョンヒョクが駆け付け「婚約者です」と嘘をついて助けます。第3話は船渡しで韓国に帰ろうとしたセリがパトロールに見つかりそうになったところを、ジョンヒョクがキスして恋人のふりをします。これらのシーンで、ジョンヒョクの意図がどうあれ、彼は「危機に陥った女性を守る王子様に見える」わけです。

第4話では、市場で迷子になったセリが、子どもの頃、母に海辺に置き去りにされたことを思い出して不安を感じていると、アロマキャンドルを目印に掲げたジョンヒョクが探しに来てくれます。第5話では平壌のホテルで、かつてのお見合い相手と再会したセリが、彼と一緒にエレベーターに乗ろうとすると、ジョンヒョクが追いかけてきてボディガードのように守ろうとします。

第6話では、空港に向かうセリの車を秘密警察の一味が襲うと、ジョンヒョクがバイクで並走して守ろうとした後、セリの代わりに銃で撃たれます。このシーンを指して私の友人は「トム・クルーズよりカッコいい!」と評していました。私も同感ですし、アジアのコンテンツがハリウッドを超えた瞬間として歴史に刻まれるべきだと思っています。

ここまで、全話のラストシーンで、セリの危機をジョンヒョクが救う構図になっています。こうして、セリを徹底的に守ろうとするジョンヒョクの王子様的な振る舞いが、視聴者に刷り込まれます。そのため、食事づくり、身の回りの世話といったいわゆるフェミニンな行動を取っても、ジョンヒョクは相変わらず「王子様」に見えるのです。このように「伝統的な男らしさと女らしさ」の良い部分をひとりの人物に体現させたところが、リ・ジョンヒョクという人物像の魅力でしょう。

しかし、第7話以降はこの構図が逆転し、セリがジョンヒョクを助ける場面がたびたび出てきます。銃撃されたジョンヒョクに輸血をするために北朝鮮脱出の機会をあきらめたり、ジョンヒョクの盾になって自分が撃たれたり。こうして、前半、ヒーローからヒロインに与えられた保護や自己犠牲が、後半、ヒロインからヒーローに「利子付きで返済」されていく構図が斬新です。

また、「愛」に対する2人の価値観が全く同じではないところも興味深いです。自分を守ってセリが撃たれ、危篤状態になっている時、ジョンヒョクは考えます。もし、生まれ変わったら、お互いが出会わず、セリが穏やかに日常を生きられることを願う、と。一方、セリは生死の境を彷徨いながら夢を見ます。パラグライダーに乗れば事故が起きて北朝鮮に不時着し、様々な恐ろしい思いをして最後は死ぬことになるかもしれない、と分かった上で、やはり、ジョンヒョクと出会う方を選ぶ、と。

ここで、相手の生命尊重と安定した生活を望むジョンヒョクと、たとえ命がつきても、愛する人に出会う人生の方が良いと判断するセリの価値観の違いが対比されます。

性差を巡っては、近年、様々な実験が行われています。国内外の研究が明らかにしているのは、女性の方が男性よりリスク回避選好が強いことですが、ジョンヒョクとセリを比べると、セリの方がリスクテイカーであり、ジョンヒョクの方が安定志向です。これは一般的な男女の特徴とは逆ですが、そこには、韓国と北朝鮮の経済や政治体制の違いが反映されているのかもしれません。

◆有害な男性性と母娘問題の克服


明るく美しく楽しいセリというヒロインが目立つ「愛の不時着」は、男性像の多様性も大きな特徴でした。彼らは明確に善玉と悪役に分かれています。
善玉は、北朝鮮ではリ・ジョンヒョクと彼の部下である中隊員たち、そして、心ならずも盗聴の仕事についている、通称「耳野郎」などです。

一方、悪玉は秘密警察の少佐チョ・チョルガンで、彼は財宝の盗掘、証拠隠滅のための殺人、海外犯罪者の逃亡生活補助、賄賂の授受により裏で権力をふるっています。ちなみに人物設定として、チョは路上で育った孤児であり、他の選択肢がなくて悪事に手を染めた、という悲しい背景があります。
同情の余地がない悪役もいます。それはセリの次兄で、彼は北に不時着したセリが南に帰ってこられないように工作し、果てはチョと共謀してセリを殺そうとします。

準悪役と言えるのは、ジョンヒョクとセリそれぞれの父親です。ジョンヒョクの父は北朝鮮のナンバー2である総政治局長、セリの父は大財閥グループの会長と、ともに強大な権力の持ち主です。息子の命より自分の地位を優先するような言動を取ったり(ジョンヒョク父)、愛人の子をいきなり自宅に連れてきて正妻に育てさせようとしたりと(セリ父)、彼らの行動には倫理的におかしいところが多くあります。

ドラマの隠れた見どころは「偉いけれど人として間違っている父親たち」がジョンヒョクとセリの出会いを機に、妻たちからの働きかけによって、変化していくことです。ジョンヒョク父は、息子の安全より自分の地位を優先しがちなところを妻から何度も批判され、最後に思い切った行動に出ます。セリ父は、妹を亡き者にしようとした息子(次男)を許さず、彼と絶縁します。父親たちはそれまで優先していた世間体、対面、社会的地位、男子優先の文化から距離を置くようになり、子ども達の意思を尊重し、彼らが短い時間でも一緒にいられるように計らうのです。

このように、メインストーリーは主演2人の恋の行方ですが、周囲の人々の生き方を良い方向に変えていくところに、このドラマが多くの視聴者を包摂した理由があると私は考えています。

例えば、入院中のセリの安全確保のために取り付けられた盗聴器が、想定外の効果をもたらすシーンがあります。病室で眠るセリに対し、これまでの自分の言動を懺悔して泣く母の言葉が録音されていたのです。のちに録音を聞いたセリには、眠っている自分に語りかけられた言葉が母の本心と感じられ、そこから母子の関係が改善していきます。

改心した母は、娘とその愛する人の再会を強力に応援します。最終回近く、母の運転でセリが軍事境界線に駆け付け、北に送還されるジョンヒョク達に会いに行くシーンは号泣必至です。この場面がセリとジョンヒョクの別れのシーンであると同時に、母から娘への償いのシーンでもあるからです。

セリがまだ子どもだった頃、真夜中のドライブに娘を連れ出した母は、彼女を海辺に置き去りにしたことがあります。愛人の子どもを平気な顔をして育てる生活に疲れ、自分自身が死にたかったのだと、のちにセリ母はその夜のことを振り返ります。この出来事はセリの心に大きな傷となって残り、成人してからも不眠や自殺念慮に悩まされることになります。

ですから、この母娘のドライブには特別な意味があります。娘に生きる意味を教えてくれた恋人に、何としてももう一度、会わせてやらなくては――。この時、母は血のつながりを超えた愛情を、娘に感じていたはずです。

◆ツッコミどころを一時スルーして完走すべし!

このように、主役2人だけでなく、脇役にも重要な役割が与えられ、様々な立場の人が楽しめる「愛の不時着」ですが、ツッコミどころはそれなりにあります。

まず、セリが北朝鮮に不時着したのに元気で生きているのは極めて不自然です。実際にこんなことが起これば、撃たれるか、地雷を踏んで死ぬか大怪我をしているはずです。また、北朝鮮での生活を楽しく描きすぎている気もします。

この違和感を乗り越えたあとは、恋のライバルの扱いが雑であることが気になります。セリの実家と因縁の関係にあり、同情すべき境遇のク・スンジュンは、準主役であるにも関わらずあっけなく死んでしまいます。また、ジョンヒョクの婚約者であるソ・ダンの扱いは、さらに酷いです。他の人にはとても優しいジョンヒョクが、なぜ、ダンにこんなに冷たいのか、そこが完璧なヒーロー像を損なっています(恋愛ドラマというのは、運命の恋に落ちた相手以外には冷たいのが定石ですから、仕方ないのかもしれませんが)。

ほかにも、韓国の国家情報院関係者が皆、超善人として描かれていることには、政治プロパガンダも感じます。

それでも、こういう色々を「まあ、いっか」と流せるほどに、素晴らしいドラマなのです。北の中隊員たちは個性豊かで人間的魅力がありますし、韓国ドラマをメタ認知する視点もあります。キム・ソニョンらが演じる北朝鮮の村のおばさん達の、うるさくて図々しいけれど、いざという時は助け合うシスターフッドにも心暖まります。


まだまだ書きたいことはいっぱいありますが、2020年のユーキャン新語・流行語大賞にも選ばれたことですし、とにかく一度見てほしいです。きっと、ご自身の人生観、恋愛観と照らし合わせて、周囲の人と語り合いたくなるはずです。

◆『愛の不時着』(2019年、韓国)
Netflixで配信中。ヒョンビン、ソン・イェジン主演。韓国では第56回百想芸術大賞助演女優賞(キム・ソニョン)、同TikTok人気賞(ヒョンビン、ソン・イェジン)。日本では20年ユーキャン新語・流行語大賞。

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