【リレーエッセイ】20万部のベストセラー『炭水化物』も『昆虫』もすごかった! 人類と生物の壮大な歴史と生存戦略に注目
こんにちは。リレーエッセイは早くも第13回となりました。前回に引き続き、新書編集部・草薙が担当します。今回は2013年10月~2014年9月の光文社新書を振り返ります。
糖質制限ブームの火付け役が20万部超え
この期間の新書でご紹介するトップバッターがこちらです。
『炭水化物が人類を滅ぼす――糖質制限から見た生命の科学』(夏井睦、2013年10月刊)
著者は、糖質制限ブームの陰の火付け役、夏井睦さん。
現在は東京・門前仲町でクリニックを開業。地元の子どもたちに慕われる、すっかり優しい下町のドクターです(撮影はカメラマンの佐々木恵子さん)。
夏井先生は形成外科の医師で、キズを消毒せず、乾かさずにきれいに早く治す「湿潤療法」のパイオニアとしても知られています。
リレーエッセイ第3回でも触れましたが、この『炭水化物が人類を滅ぼす』が出版される5年前の2009年6月に、『傷はぜったい消毒するな――生態系としての皮膚の科学』を光文社新書から出版してくださっています。
きっかけはある編集者のアシスト
そもそもこの夏井先生に光文社新書で書いていただくことになったきっかけは、平野麻衣子さんという編集者さんからのご紹介でした。
平野さんはかつて医学専門の出版社にいた時に、夏井先生の本(『創傷治療の常識非常識』)を担当され、その後移られた出版社でも、一般向けの『さらば消毒とガーゼ』(2005年)、『キズ・ヤケドは消毒してはいけない』(2013年)を手掛けられます。
それぞれとてもよく読まれていましたが、「夏井先生の傷の治療に関する主張はもっともっと多くの方に読まれるべきなのでは?」「日々HPで更新される記事からしのばれる書き手としての多才さを、新書でなら何か形にできるのではないか」と思ったとのことで、「光文社新書で書いてみてもらったらいいと思うんだよね!」と熱くプッシュしてくれたのでした。
平野さんのアシストで生まれた1冊。夏井先生との初めての打ち合わせにうかがったのは茨城県の石岡第一病院でした。まだそれほどスリムではなかった(失礼!)夏井先生を記憶しています^^
傷の治療の話に始まり、皮膚の驚くべき能力、そこから生命進化の謎にまで迫っているこの新書は好評で、すぐに版を重ねました。
ちなみに、その後平野さんには、『百まで生きる覚悟』を出版することになる春日キスヨ先生のことも、「ぜったいに新書で出すべき」とご紹介いただきました。平野さんにはもう足を向けて寝られません。
『百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(春日キスヨ、2018年11月刊)現在3刷、こちらの新書もよく読まれています。
HPでの盛り上がり
キズの本の出版後、夏井先生にまた何かお書きいただけないかなぁ…と思いながら、夏井先生のHPの更新(当時も今も、読者からの様々なメール等が掲載され、活発に情報・意見交換される場になっています)を覗いていたところ、たしか2011年後半~2012年あたりからだったと思いますが、糖質制限のネタが盛り上がりを見せ始めます。
きっかけは、夏井先生が、京都の江部康二先生(高雄病院理事長、糖尿病の糖質制限治療の第一人者)から献本された本をきっかけに、自分でも糖質オフを実行しはじめ、その経過や考察をHPで書き綴り始めたことでした。
HPの読者も参加しての、あまりの盛り上がり様に、つい「糖質制限について、新書で何かまとめてみませんか」とうかがってみると、いいですね、とさっそく返ってきました。
こうして生まれたのが『炭水化物が人類を滅ぼす』です。
初版帯。小麦が生い茂る写真を使う、というイメージ以外にありませんでした。
糖質制限の紹介にはじまり、そのメカニズム、そこから生命の進化や農耕の起源にまで迫るという、重厚な内容。この少し前から糖質制限関係の書籍が売れ始め、関心を持っていた人が増えていたこともあって、20万部を超えるベストセラ―となりました。
発売2カ月後の池袋の書店リブロ(当時)の売場写真(2013年12月13日)。新書の話題書コーナーに展開してくださっています。黄色いパネルは当時販売部の新書担当だった入江(現・校閲部副部長)が作成してくれました。
こうして生まれたタイトル
この本の刺激的なタイトルが生まれたきっかけは、当時販売部に在籍していた白井(現・経理局長)との雑談でした。昼食後にふと会った廊下で始めた「今度の夏井先生の本、こんな内容になりそうなんですよ~」という立ち話が、長話に。
穀物栽培のおかげで人類は繁栄し、いまや多くの土地を小麦やトウモロコシ、サトウキビや稲が埋め尽くしているけれど、逆に言うと、人間が穀物の魅力に取り憑かれて、穀物に操られているという風にも言えないか、緑の革命による人口爆発、穀物の需要増加によって、世界各地の帯水層などの水資源も枯渇しつつあり、糖質による病も増えている……という話から、それってこういうことじゃない? などと話は盛り上がり、なんとはなしに「炭水化物によって人間が支配され、滅ぼされる」という方向性のタイトル案が出てきます。
夏井先生に相談すると、「炭水化物と糖質というのは厳密に言うと違っていて、炭水化物には食物繊維も含まれるから、正確なタイトルとは言えないけれど……」と(少し意外な面から)いったん保留にされますが、少したって、「でも、”糖質”と言ってもピンとこない人も多いだろうし、”炭水化物”と言ったほうが分かりやすいのだろうから、やはりこちらの方がいいでしょう、お任せします」とOKをいただきました。
今では「糖質」という言葉はかなり浸透しましたが、当時はまだあまり聞きなれない単語だったのですね。
糖質オフの魅力?――ここでヒキタさん登場
私がHPを読んでいて興味を持ったのが、「糖質を摂らないと、日中の睡魔におそわれなくなるらしい」ということでした。昼食後に眠くなってしまうと急ぎの原稿整理も進まず(頭がぐわんぐわんしながらも何度も同じところを読んでしまうあの苦しい時間……)、帰宅してごはんを食べるとお酒を飲んでもいないのにとたんに酔っぱらったように眠くなり洗濯物を畳むのもおっくうに…なんてこともよくありました(今思うと機能性低血糖だったのかもしれません)。
ですので、昼食時にだけでも主食を避ける、すっきり起きたい日の前の晩は主食を摂らないようにする、などを試してみたものです。白米大好き人間だった自分にとっては、最初は思ってもみなかったチャレンジでしたが、でもなんとなく、それって効果があるのかも…と思い当たる節がありました。
それは、こちらの本の記述です。
『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」――男45歳・不妊治療はじめました』(ヒキタクニオ、2012年6月刊)
少し前に光文社文庫になり映画化もされた、作家のヒキタクニオさんの男性不妊治療の経験を書いた『「ヒキタさん! ご懐妊ですよ」』からの1節です。ヒキタさんは、精子の元気がないと数値で示され、ありとあらゆることを試してみますが、その1つが断食でした。
脱・駄目金玉の秘策は「断食」
断食もまた、医学的に効果は実証されていないのだろうが、私自身は、効いていると感じていた。何がちがうか、というと、それは朝の目覚めがまるでちがうのである。これだけは、劇的にちがうので体験すると面白い。
小学校低学年の頃、夏休みの朝に目覚めたときのような感じ。
数回の瞬きで、すっと上半身が起き上がる。少しだけぼんやりしているが、決してどんよりではない。大きく伸びをするだけで一気に目が覚める(中略)。
小学生のように、さあ、今日は何して遊ぼうか、と言いたくなるくらいに頭も身体も軽いのである。木々の緑の色はあくまでも深く、抜けるような青い空、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込む……そんな頃があったんだと思い出させてくれる目覚めだ。(中略)
目がよくなる、などともいわれているが、朝目覚めたときにすっきりとしているというのと同じで、視界が淀んでいないように感じる。
この原稿を読んだときに、いつも寝起きがすっきりしなかった私は、「いいな~この目覚め、いつか断食やってみたい…」(と言いつつ1回もやったことありませんが)と思ったものでした。ですので、なんとなく、糖質オフの言っていることもこれに近いのかな?(今思うと、ケトン体が多く出ている状態なのかもしれないですね)とピンと興味が出てきたのでした。それで糖質オフにもすうっと関心が持てたのでした(ヒキタさん、ありがとうございます)。
まあ現実的には、一切摂らない、というわけではなくても、「主食は毎食必ずたっぷり食べなければ」という考え方から抜けるだけでも、ずいぶん体調の改善になる方は多いのではないかなと思います。
脱・糖質過多を応援する新書たち
その後、夏井先生には、第2弾『炭水化物が人類を滅ぼす【最終解答編】――植物 vs. ヒトの全人類史』(2017年10月刊)、また、傷の治療に関する2作目『患者よ、医者から逃げろ――その手術、本当に必要ですか?』(2019年10月刊)もご執筆いただき、それぞれ大反響、好評を博しています。
『炭水化物が人類を滅ぼす』にはマンガ版もあります。
『マンガ『炭水化物が人類を滅ぼす』――最終ダイエット「糖質制限」が女性を救う!』(おちゃずけ、夏井睦監修、2014年8月刊)
こちらは、マンガ家のおちゃずけさんから夏井先生へのラブコールで実現しました。夏井先生を監修役に、いろいろな医師や体験者を取材し、糖質と身体の関係を考察しています。機能性低血糖の考え方や、摂食障害、妊娠出産との関係など、おちゃずけさんの女性ならではの視点も反映されています。
このマンガで取材させていただき、第5章に登場していただいたのが、産婦人科医の宗田哲男先生です。おちゃずけさんが、「面白い先生がいるんです」と探し当ててくださった宗田先生。あまりに面白すぎて、やはり新書を書いていただきました。
『ケトン体が人類を救う――糖質制限でなぜ健康になるのか』(宗田哲男、2015年11月刊)
こちらも発売直後から話題になり、現在8刷、5万6000部。Kindleなどの電子書籍でもつねに上位に入っているロングセラーです。多くの妊婦さんを妊娠糖尿病から救っている宗田先生は、胎児や新生児がブドウ糖ではなくケトン体を主なエネルギー源としていることを発見しました。
この本も、おちゃずけさんがマンガにしてくださり、お隣りのノンフィクション編集部から刊行しています(担当は須田奈津妃さん)。構成もしっかりとしていて読みやすく、こちらも版を重ねています。
『まんがケトン体入門――糖質制限をするとなぜ健康になるのか』(おちゃずけ、宗田哲男監修、2017年6月刊)
このように、『炭水化物が人類を滅ぼす』をきっかけにご縁をいただき、出版にいたった本がほかにもたくさんあります。
・『白米が健康寿命を縮める――最新の医学研究でわかった口内細菌の恐怖』花田信弘(2015年12月)
・『視力を失わない生き方』深作秀春(2016年12月)
・『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』藤川徳美(2017年7月)
・『「代謝」がわかれば身体がわかる』大平万里(2017年8月)
・『最強の栄養療法「オーソモレキュラー」入門』溝口徹(2018年3月)
・『「糖質過剰」症候群』清水泰行(2019年5月)
・『糖尿病の真実』水野雅登(2021年6月)
・『脳の寿命を延ばす「脳エネルギー」革命』佐藤拓己(2021年9月)
……etc.
アランちゃんが20歳になった1カ月後の2021年11月には、『肥満・糖尿病の人はなぜ新型コロナに弱いのか――「糖質過剰」症候群Ⅱ』(清水泰行)も刊行予定です。
この時期の他の新書は?
この時期(2013年10月~2014年9月)の他の新書を見てみましょう。以下、累計部数が2万部を超えた新書です(発行年月順)。
『炭水化物が人類を滅ぼす』夏井睦
『就活のコノヤロー』石渡嶺司
『回避性愛着障害』岡田尊司
『出世したけりゃ 会計・財務は一緒に学べ!』西山茂
『ヤクザ式 相手を制す最強の「怒り方」』向谷匡史
『知性を磨く』田坂広志
『名画で読み解く ロマノフ家 12の物語』中野京子
『昆虫はすごい』丸山宗利
『女子高生の裏社会』仁藤夢乃
『近藤先生、「がんは放置」で本当にいいんですか?』近藤誠
『「育休世代」のジレンマ』中野円佳
リレーエッセイ第10回でご紹介した岡田尊司さんの「愛着障害」シリーズや、中野京子さんのベストセラー「名画で読み解く」シリーズは引き続き絶好調。また「居場所のない高校生、性的搾取の対象になりやすい女子高生」の問題を伝えた仁藤夢乃さんの作品も話題になりました。
ちなみにこの間に、編集長は森岡純一(現・企画出版室)から現編集長の三宅貴久にスイッチしています。また新入社員の廣瀬雄規さん(現・ヤフー)も編集部に加わりました。
そしてこの期間にもう1作、とても部数を伸ばしたのが、こちらです。
『昆虫はすごい』(丸山宗利、2014年8月刊)。新書大賞第7位を受賞した際に掛け替えた全帯。
初版時の帯には、養老孟司さんからの推薦コメントが掲載されていました!
養老孟司氏推薦!!
気鋭の若手昆虫学者が紹介する虫の世界の面白さ。
虫はなんでもやってます
恋愛、戦争、奴隷、共生…小さな生物の生存戦略
昆虫はやや、いやけっこう苦手な人でも夢中で読みたくなる、「センス・オブ・ワンダー」に満ちた本です。
この刊行の2年ほど前に、中公新書『植物はすごい』(田中修、2012年7月刊、2013年新書大賞第10位)がベストセラーになりました。まちがいなくヒントをいただいているタイトルかと思います。そしてそのタイトルに恥じない充実した内容で、累計14万部を超えるベストセラーになりました(2015年新書大賞第7位)。
担当は一連のカープ新書も手掛けた古川遊也(現・FLASH編集部)です。この1年後には同じ丸山宗利さんで『昆虫はもっとすごい』(養老孟司さん、中瀬悠太さんとの共著)も出版。こちらもたくさん読まれています!
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アランちゃん12歳時のもう1冊
『育休世代のジレンマ』(中野円佳、2014年9月刊)
新聞記者として活躍し、その後出産・育休を経験したジャーナリスト中野円佳さんのデビュー作であり渾身の1作です。
「男性と肩を並べて受験や就職活動にも勝ち抜き、出産後の就業継続の意欲もあった女性たちでさえ、出産もしくは育休後の復帰を経て、会社を辞めてしまったり、意欲が低下したように捉えられてしまうのはなぜなのか」
東大教育学部卒、育休中には立命館大学大学院で修士論文を執筆(それがこの本の元になっています)された中野さんは、ご自身も抱えることとなった葛藤に向き合い、研究テーマとすることで、女性を苦しめる構造に迫りました。高学歴の女性たちですら、というより、高学歴女性だからこそ、社会に出て子どもを持ってみて初めて直面する現実とそこで至る境地を、女性たちへの丁寧なインタビューで明らかにしています。
中野さんはその後、夫の転勤にともないシンガポールで暮らす中で、子育てをしながら取材・執筆・研究活動も続けています。次作のご提案もいただいておりますので、ご期待ください!
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