【リレーエッセイ】みんな”なでなで”されたかった!?――光文社新書的「皮膚論」元年
リレーエッセイ第3回のバトンが回ってきました。落とさずにつなぎたいと思います。新書編集部・草薙と申します。光文社新書創刊から半年ほど経った2002年5月に、育休明けで新書編集部に異動になり、以来、新書編集部で働いています。
今回は、2003年10月~2004年9月の間に刊行された光文社新書の中から、自分の担当した本を含め、いくつかご紹介します。
まだまだ初々しかった?ころ
まず、『子供の「脳」は肌にある』(山口創著)です。
2004年4月刊、いまだに着々と版を重ねるロングセラーです。初版時の帯、懐かしいです。
カバー袖の文章の一部をご紹介しましょう。
身体心理学者である著者は、「心」を育てるには、まず、目の前にある子どもの「肌」に触れ、「身体」の感覚を養うことが大切だと説く。なぜなら、「肌」は「心」をつかさどる「脳」に、もっとも近いからである。最新の皮膚論を駆使して、「肌」と「心」「体」「頭」の発達の関係を探る。
スキンシップの大切さを、身体心理学の視点から、科学的に解き明かしている本です。子育てを始めたばかりの方に多く読んでいただいているようで、今でも時折感想をいただきます。
この本に関わらせていただくことになったきっかけは、よく覚えています。当時の編集長(現役員)が、『愛撫・人の心に触れる力』(NHKブックス、2003年1月刊)という本を読んで、著者の山口創先生に会いに行くことになったので、一緒に行こうと声をかけてくれたのです。その本の表紙には、眠る赤ちゃんと、その小さな鼻に触れる大人の指が描かれていました。その頃、小さな子を育てていた私が興味があると思って誘ってくれたのだと思います。
こうして生まれたタイトル
そうして2人で出かけていった先での、打ち合わせの詳しい内容は忘れてしまったのですが(「子どもだけでなく、みんな”なでなで”されたいんですよね」という話が出たのは覚えています)、そのまま担当を任されて、著者の山口創先生から原稿をいただくことになりました。
「なでなで」というキーワードを軸に書いていただき、無事、原稿が揃いましたが、タイトルを付ける段になって、悩みました。原稿を読み返しながら、だいぶウンウンと考えた記憶があります。そのうちに、「子供の心は肌にある」というタイトルが出てきました。編集長に相談すると、少し考えたあとで、「この『心』は『脳』のほうがいいね」と提案されました。こうしてタイトルは『子供の「脳」は肌にある』に決定し、この方向で仕上げにかかることになります。
2000年代前半は、脳に関する研究や書籍が注目され始めていた時期でもありました。最初は、少し飛躍しているかな? とも思ったのですが、原稿に戻ってよく読み直してみると、「肌に触れるということは、脳に触れること」というのは間違っていません、というか正しいです(詳しくはぜひ同書をお読みください^^)。伝えたいことがよりクリアになった感もあります。そうか、なるほど、さすが…!(ちょっと悔しい!)と思ったものでした。
2016年9月、刊行から12年後に装丁を一新した『子供の「脳」は肌にある』。当初からのこだわりの「なでなで」はカバーに生きています。
その後、皮膚科学研究者の傳田光洋さんによる『皮膚は考える』(岩波科学ライブラリー、2005年11月刊)、『第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界』(朝日出版社、2007年7月刊)などが出たこともあり、皮膚論は一気に盛り上がりを見せたように思います(ちなみに、ご存じの通り、第2の脳と言われるのは「腸」です。腸に関する本は、この頃も今も、たくさん読まれていますね)。
また、2009年には光文社新書からも『傷はぜったい消毒するな――生態系から見た皮膚の科学』(夏井睦著)という、皮膚の驚くべき能力に迫る本も刊行されます。
この『子供の「脳」は肌にある』は、冒頭でも書きましたが、今もロングセラーとして少しずつ重版し続けています。つい先日も16回目の重版(17刷)となりましたので、山口先生にご連絡をしました。もう17年ですね、とお伝えすると、「娘も17歳、時の経つのは早いですね」とお返事をいだだきました。山口先生も、これから迎える我が子を育てることを想像しながら書いてくださっていたのかと思うと、なんだか初々しいような1冊に感じます。
同時期の他の新書は?
同じ頃には、こんな本も刊行されました。
『早期教育と脳』小西行郎著(2004年8月刊)
この本は、当時の先輩編集者(現編集長)が担当した本です。やはりこの頃、小さな家族を迎えたばかりだったので、出てきた企画なのではと思います。「早期教育」と聞くと、なんだかあせらされてしまうようにも感じますが、この本は、子どもの脳、人間の脳というもののたくましさを示しながら、あせらなくていいんだよ、そんなに変わらないよ、と、安心させてくれるような内容です。著者は日本赤ちゃん学会の会長も務められた、小児神経学がご専門の小西行郎さん(2019年ご逝去)です。
20万部を超えるベストセラー
そして、『子供の「脳は」~』と同じ「触れる」ことをテーマの1つとした本として、2004年9月刊の『オニババ化する女たち――女性の身体性を取り戻す』(三砂ちづる著)があります。こちらは20万部を超えるベストセラーとなり、やはり現在も版を重ねています。
別の側面が注目されがちですが、この本で大切にしていることは、「自分の身体の感覚を取り戻す」ということや、「性的であるなしにかかわらず、触れることを大切にする」という点です。
国際保健の分野の研究者である著者が子育てをし、長い時間を過ごしたブラジルについての、印象的な一節があります。
ブラジルはからだに関してとても伸びやかな国、とつねづね感じていました。人々は自分が自分のからだを快適に思っている、というふうに見えます。やせていても太っていても、男も女も胸を張って、堂々と眩しいくらいな歩き方をしています(中略)。子どもはとてもかわいがって育てられますし、小さいころから身体的な接触がとても密です。(中略)思春期の子どもも、青年も、みんなたくさんふれられています。
(ブラジルでは)いつでも誰かに、みんなが抱きとめられているように見えました。男も女も子どもも、思春期の子も、おじさんも老人も、必ずお母さんかお父さんか、近所のおじさん、おばさんか、誰かに抱きしめられます。久しぶりに会ったときにはみんなを抱きしめます。こうやって、自然に相手にふれたり抱きしめたりすることは、セクシュアリティの健康な発散になっていることでしょう。(中略)
しっかりといつも抱きしめられていると、自分の心の中の核、そして身体の核、のようなものができるようにさえ見えます。
女性としての経験だけでなく、男性も、そしてすべての人が、「自分の身体や存在をあるがままに受けとめてもらう」体験を通して、人は自分が世界に受け入れてもらっていることを感じることができると著者は言います。また、仮に幼い頃にそうした経験ができなかったとしても、いつからでも取り戻すことはできるはず、ということも伝えます。
光文社新書ではありませんが、同じ三砂ちづるさんが翻訳し、同じ2004年9月に出版された、こちらの本(『わたしにふれてください』作:フィリス・K. デイヴィス、絵:葉祥明、大和書房)もおすすめです(現在品切れ重版未定のようです)。老若男女を問わず、すべての年代の人に、触れることの大切さを伝えてくれます。
ちなみに、三砂さんは現在も光文社新書noteで連載中です。
「触れる」ということで言えば、2021年の今は、守りたい人だからこそ触れ合うことができない、というとても過酷な状況にありますね。
早く思い切り触れあえる日々が戻ってくるといいなと思います。
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伸び盛りの時代
最後に、この時期(2003年10月~2004年9月)のラインナップの一部をご紹介いたします。
齋藤孝さんの『座右のゲーテ』は18万部、「光文社新書note」ではおなじみのカッキーこと柿内芳文さんが編集担当した『江戸三〇〇藩 最後の藩主』(八幡和郎著)は17万部を記録と、勢いのよい数字が続きます。また、引き続き経済・金融、組織論の分野の企画も好調で、『ナンバ走り』(9万部)などの身体論、光文社新書の得意とする食やアート、仏教系の本も好評を博していました。
いまでもほとんどの本は電子書籍版でお読みいただけます。
『食の精神病理』大平健
『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』藤巻健史
『生きていくためのクラシック』許光俊
『ナンバ走り』矢野龍彦、金田伸夫、織田淳太郎
『リンボウ先生のオペラ講談』林望
『不可触民と現代インド』山際素男
『剣豪全史』牧秀彦
『カラー版 極上の純米酒ガイド』上原浩 監修
『イタリア人の働き方』内田洋子、シルヴィオ・ピエールサンティ
『蕎麦屋酒』古川修
『江戸三〇〇藩 最後の藩主』八幡和郎
『大本営発表は生きている』保阪正康
『技術経営の考え方』出川通
『東京のホテル』富田昭次
『千住博の美術の授業 絵を描く悦び』千住博
『座右のゲーテ』齋藤孝
『「みんな」のバカ!』仲正昌樹
『猫はなぜ絞首台に登ったか』東ゆみこ
『明治・大正・昭和 軍隊マニュアル』一ノ瀬俊也
『世紀の誤審』生島淳
『組織変革のビジョン』金井壽宏
『となりのカフカ』池内紀
『ブッダとそのダンマ』B・R・アンベードカル、山際素男 訳
『経済物理学の発見』高安秀樹
『京都料亭の味わい方』村田吉弘
『フランク・ロイド・ライトの日本』谷川正己
『「極み」のひとり旅』柏井壽
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