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ASDとADHDを別々に分けるのではなく、次元軸に展開して理解するべき

光文社新書編集部の三宅です。『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』の本文公開シリーズ、続いては第4章冒頭部分です。本章のざっくりとした内容は次のようになります。

「DSM―5」や「ICD―11」の診断基準には、「児童期における他者から見た行動の特性を中心に定義されている」「発達障害に含まれる複数の病気の併存状態を捉え切れていない」「症状や特性が時間とともにどう変化するかが述べられていない」「社会生活上の支障の有無が診断基準に含まれている」等の課題があります。
 本章では、それらの点を踏まえながら、発達障害の人たちのパーソナリティ形成における生育環境の影響や、ライフステージの中での症状や特性の推移、二次障害との関連などについて、事例を交えながら述べます。
 成人期発達障害の診断においては、現在に至るまでのさまざまな経緯を解きほぐし、どの特性がどのような状態に結びつくのかを整理して考えることが非常に重要です。

※「はじめに」、目次、著者紹介はこちらでご覧いただけます。

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第4章 子どもから大人への発達障害診断

本田秀夫 信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室教授・附属病院子どものこころ診療部部長

1 発達障害の診断基準において、私が考える課題とは

「発達障害とは何か」「併存症がどのように生じるか」を診てきて

 私は1991年から20年ほど、横浜で発達障害を専門に診ていました。したがって、私自身は自分を児童精神科医というよりは、全ライフステージにまたがる発達障害専門の精神科医であると思っています。

 その後職場を移りまして、現在は児童・思春期の人たちを中心に、発達障害もあるけれど、そのほかの病気や症状もいろいろある患者さんを診ています。また、大学では成人は診ていないのですが、ほかで成人を診る機会があり、成人になってから初めて受診した患者さんを経験するようにもなりました。

 いわば、前半の20年間は「発達障害とは何か」を診て、最近の10年間は「発達障害の併存症がどのように生じるか」を診ている、という感じです。

 本章では、そのような立場から発達障害の診断についてお話しします。

 まず、DSM―5やICD―11の診断基準に関して、私自身が現時点で考えている課題についてです。

 DSM―5は、アメリカ精神医学会発行の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版で、精神科の診断基準として現在もっともよく使われているものです。DSM―5では、発達障害は「神経発達症」または「神経発達障害」と呼ばれています。ICDは、世界保健機関(WHO)発行の国際疾病分類で、こちらも診断基準として広く使われています。最近、最新版のICD―11がインターネット上で公開されました。

 発達障害に含まれる「自閉スペクトラム症」(ASD=Autism Spectrum Disorder)や、「注意欠如・多動症」(ADHD=Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)などの診断基準において、私が考える課題は主に以下のような項目です。

①児童期の他覚的な行動所見を中心に定義されている。
②内的な精神病理はほとんど定義に含まれていない。
③神経発達症同士の併存状態が捉え切れていない。
④症状や特性の継時的推移については述べられていない。
⑤社会生活上の支障の有無が診断基準に含まれている。
⑥二次的な併存症と本来の特性との区別が曖昧である。

「社会生活上の支障」は、生物学的基盤に基づいた診断基準ではない

 DSM―5の診断基準でASDは、「A 社会的コミュニケーション及び対人相互反応の異常」「B 興味の限局」「C 症状が早期発達に存在」とあり、Dに「社会生活上の支障」が入ってきます。

「社会生活上の支障」は社会学的な概念であり、生物学的な基盤に基づいた診断基準とは言えないと思います。したがって、生物学的な基盤がある可能性があるA、B、Cを、私はAS(Autism Spectrum:自閉スペクトラム)の特性とみなしています。そして、このような特性がある人と、その特性によって社会的な支障をきたした場合の診断(ASD)を、分けて考えています。

 柏先生(ハートクリニック横浜院長。第2章参照)が青木省三先生の言葉を引用されましたが、特性は広くとって、診断は狭くとるというのは、まさにこのことではないかと私も思っています。街を歩いていても特性のありそうな人は大勢いますが、いちいち診断はしないわけで、診断はその人に何らかの支援が必要なときにするものだと思います。

 臨床としてはそれでいいのですが、研究上はASDをDSM―5に沿って診断した場合、ASDと診断されない人の中にもASDの特性のある人が交じっていることになり、ASDの人とそうでない人の2群に分けて比較することの生物学的な意義が不明瞭になるという問題が残ります。

 それはADHDも同様です。

「A 不注意及び多動・衝動性」「B 12歳より前に出現」「C 複数の状況で当てはまる」「D 社会生活上の支障をきたす」のうち、A、B、Cの3項目がADH(Attenton-Deficit/Hyperactivity:注意欠如・多動)の特性だと私は考えています。

 そのため最近は、「ADHの特性がある人が社会生活に支障をきたした場合にADHDと診断する」と、特性と診断を分けて考えるようにしています。

「他者から見た行動」では、見逃されるケースがある

 ただ、先ほど項目①に挙げたように、これらの特性はあくまでも他覚的行動所見、すなわち他者から見た行動の特性です。実際には、次のような事例があります。

 Kさんは5歳の女の子です。保育園では何も問題を指摘されていないのですが、親御さんが「発達障害の特性があるのではないか」と気づいて、来院しました。なぜ気づいたかというと、お兄ちゃんがASDと診断されていたからです。「Kさんにも、お兄ちゃんに似たところがある」と親御さんは思っていたのですが、保育園で特に問題がなかったので、様子を見ていたわけです。

 ところがあるとき、Kさんが保育園に行くのを嫌がるようになった。そこで理由を聞いたところ、以下のような話をしたそうです。

・昔のことをいっぱい覚えていて、今のことを忘れてしまう。
・ぐるぐるした道やスピードが出ると頭が痛くなる。
・保育園のランチルームでうるさいと頭が痛くなってイライラする。
・友達にごっこ遊びに誘われるのが嫌だ。
・周りがうるさいと頭が嫌な気持ちになる。
・驚かされたりするのが嫌だ。
・粘土の匂いが嫌だ。
・何かをしているときに邪魔されるのが嫌だ。
・人の口に触れたものは触りたくない。

 問題がいろいろあったにもかかわらず、Kさんは我慢して黙っていたので、保育士は問題を感じなかったのです。このようなケースは、他覚的行動所見からは診断できない。もしもKさんがもっと我慢を続けていたら、診断されないまま小学校に上がり、不登校になっていた可能性があります。

 ひきこもりの研究などでは、ひきこもり当事者で発達障害と診断された人の中に、学童期までにKさんと同様の問題を感じていた人が多いという報告もあります。周囲が気づけば診断につながるのですが、気づかなければひきこもりが出現するまで診断につながらないという問題があるのです。

特性が併存している人たちの実態がつかみにくい

 次に、項目③の併存の問題です。

 私は、ASDとADHDを別々に分けるのではなく、次元軸に展開して理解するべきだと考えています。発達障害に含まれるほかの病気、学習障害や知的障害も同様ですから、本来は多次元の図になりますが、成人ではASDとADHDのケースが多いので、2次元の図にまとめました(図4―1)。

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 この図のような目盛りを付けた場合、従来は高得点のBやCのエリアに入る人たちが、ADHDやASDと診断されてきたわけです。そしてAエリアの人たちが、臨床の場面で問題となっていた併存例に相当します。

 ところが、実際に臨床の現場で出会う発達障害の成人は、ASの特徴もADHの特徴もそれほど目立たない、どちらも中ぐらいというDエリアの人がかなり多い。典型的なASやADHの人たちは、すでに子ども時代に診断されて、対処されている可能性が高いためでしょう。

 そして、ASもADHもグレーゾーンというEエリアの人たちが、成人期になって、診断が難しいということになるのではないかと思います。

 ちなみに、人は誰でもこの次元のどこかに当てはまるわけで、私は自分自身がFエリアに入ると思っています。ただし、スタッフから見るともう少しASの特徴が強いらしいのですが。

 それはさておき、たとえばASDの「こだわり」という症状と、ADHDの「集中力に欠ける」という症状は、通常は相反します。こだわりがあれば、そこに集中するのが一般的でしょう。ところが当事者と話していると、「こだわっているけれど集中できなくて、モヤモヤする」という人たちがいます。この状態を客観的に見ると、ASDとしてもADHDとしても中途半端で、本人の苦痛が診断の重症度に反映されにくいという問題があります。さらに、欧米では単一の疾患を扱う研究者が多く、併存研究がされにくいということもあります。

 発達障害における併存の問題はまだ出てきたばかりですが、主観的な苦痛が診断に反映されにくい、研究が進まないといったあたりが、今後の課題ではないでしょうか。

(続く)



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