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「『ボヘミアン・ラプソディ』はフレディのカミングアウトソング」説を広めた黒幕は誰か?に対する暫定的な結論

映画の大ヒットも記憶に新しいクイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』。「過去1000年でイギリス人が選んだ最も重要な曲」はどこか「ヘン」な曲でもあります。そこに込められていると噂される、ある「謎」のことを知っていますか?
映画研究者かつクイーンの音楽を愛する菅原裕子さんが、「謎」を追いかけた先に見たものとは――
前回の記事(第4章―前半)はこちらから。
連載全体の見取り図はこちらからご確認できます。
ぜひクイーンの音楽を聴きながら、ゆっくり楽しんでください。
(記事は頂いた原稿を端折らずにすべて公開しております!)

微妙なニュアンスの違い――ブライアンの発言をめぐって

2000年代半ばには、新聞記事および学術的な文献においてもカミングアウト説が見られた。中でも、ブライアンの下記の発言を引用した二つの言説に注目したい。

フレディの頭に何があるかはっきりと完璧にわかった。でも当時、歌詞の核心は作者が誰であれ、「プライベート」なことだと、我々の間で暗黙の了解があった。だから今もそれを尊重する。――ブライアン・メイ

1)「クイーンの異例なヒット30年後も未だ揺さぶる」 デヴィッド・チュー  ニューヨーク・タイムズ紙 2005年12月27日(2006年1月10日再掲載)

楽曲の最も際立った特徴はその宿命論的な歌詞である。「ママ、人を殺してしまった」「もうどうだっていい」「生まれて来なければよかったと思うことがあるよ」……マーキュリー氏は「人間関係について」と言う以外は、曲について常に説明を拒んだ(彼は自分がバイセクシャルであることを決して公に認めなかった)。彼の個人的な問題を扱う一つの方法だったと解釈する者もいる。今日バンドはこの歌の秘密を未だに守っている。

この後に前述のブライアンの発言が引用されるわけだが、この文脈で読むとブライアンの「プライベート」という言葉は否応なく「セクシュアリティ」に限定される。つまり、記事にわざわざ(彼は自分がバイセクシャルであることを決して公に認めなかった)とあることで、著者の意図が明らかに加わっている。

本来「プライベート」は彼の公ではない、個人的な諸々を指すわけで、必ずしもセクシュアリティに限られるわけではない。引用されたブライアンの発言がセクシュアリティの流れで直接記者と交わされたものであるならば、ブライアンが暗に彼のセクシュアリティとのつながりを示したととれるが、この記事だけでは確定することができない。

そしてその曖昧さゆえ、同じ引用が別の文脈でとりあげられ、まったく違う意味合いに解釈されている。

2)『ロックンロール:イントロダクション』第二版 マイケル・キャンプベル、ジェームズ・ブロディ著(2007)

ロック音楽の概要を示す入門書。著者はピアニストであり、音楽学部を擁するウェスタン・イリノイ大学の名誉教授。ロック音楽の歴史を学ぶ講義を長年担当し、本書はテキストとして使用されていた。

ここで著者は、楽曲の主に構造を分析し、オペラパートがマルクス兄弟の映画『オペラは踊る』の素晴らしいパロディであることを論証しようとしたが、メンバーはそれを認めようとしないという文脈でブライアンの発言を引用している。さらに、ブライアンの発言は、LSDとジョン・レノンの『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ザ・ダイアモンド』に一切関係がないという言及を思い出させるとも述べ、つまり、説得力に欠けると指摘している。

本楽曲がパロディであるかどうかはさておき、重要なのは、ここでブライアンが示しているフレディの「プライベート」に関わることが、決してセクシュアリティに限定されないということである。「私的な」ことであるので含まれるかもしれないが、限定することはできないはずだ。チュー氏の記事のようにその直前に「セクシュアリティ」と意図的に特定してあれば話は別だが。

引用元は2005年とあるので、おそらくチュー氏の記事だと思われるが、文脈によってこれほど別の流れでの解釈が可能になることが興味深い。ニューヨーク・タイムズ紙という主要メディアから発信された記事の影響力が決して小さくはなかったことを示すとも言えるだろう。
なお、ブライアンはカミングアウト説に関して、その10年後の2015年にBBCに対し、次のように述べている。

何についてだって? 誰にもわからない。僕の知っている限りフレディは決して話さなかったし、知りたくもなかった。そうあるべきだろう。

大衆はフレディを受け入れても同性愛を受け入れたわけではなかった

また、学術論文にも本楽曲がフレディのセクシュアリティの告白であるとするものがある。

「ポピュラー音楽とその欲望の力学」シェイラ・ホワイトリー Queering the Popular Pitch 所収(2006)

著者のシェイラ・ホワイトリー(2015年没)はサルトリー大学名誉教授を務めたポピュラー音楽学研究者。プログレッシブロックやポピュラー音楽におけるジェンダーやセクシュアリティ分析の専門家で、イギリスではこの分野で学問的に認められた最初の人物だった。

論文「ポピュラー音楽とその欲望の力学」はクィア(性的少数派)への幻想に基づいた概念的な枠組みを通し、ポピュラー音楽とその欲望の力学を探る。フレディはそのケーススタディの一つで、『ボヘミアン・ラプソディ』の歌詞と音楽も、セクシュアリティや欲望といった視点から分析される。当時タブロイド紙を賑わせていたフレディの私生活をかなり考慮したもので、1975年は、7年越しの同棲生活を送っていたメアリーとフレディにとっての転換期であったと指摘。メアリーと同居しながらも初めてゲイの恋人を持つようになった彼の、「安住」(メアリー)・「脱出」(男性の恋人)・「自らのセクシュアリティへの気づき」という三重の相克が表現されていると読み解く。

心の叫びを向ける対象のMamaはメアリーを指し、Mama Mia, let me go(ああ、僕を行かせて)は彼女と別れたい気持ちを、特徴的な合唱パートの男性的な声と女性的な声のかけあいは二つのセクシュアリティの葛藤を表す。フレディの心の混乱はギターソロのクライマックスでjust gotta get out(ここから逃げ出さなきゃ)という「絶望」を思わせ、続くピアノソロのNothing really matters to me (どうだっていい)では緊張が解け、「諦め」「解放感」の両方が示される。曲全体が彼の物語のように構成され、歌詞だけでなく曲の作りや歌い方についても分析されている。

本仮説はこの論文の中心テーマではないが、ヒット曲を題材に、アイコンとしてのスター・フレディを、ジェンダーやセクシュアリティの視点から広く学術的に読み解く作業がされていたことは非常に興味深い。著者はフレディの他、ヘヴィ・メタルのミュージシャンに見られる超・男性性(ハイパー・マスキュリニティ)などについても説明。エルヴィス・プレスリーから始まり、プログレッシブロックやグラムロックといった当時の音楽文化にも時代背景と共に鋭く切り込んでいく。

例えば、当時のフレディのスタイルはしばしば「キャンプ」と評される。これは大仰でけばけばしい様式のことを表す言葉で、美学・文芸批評において使われる。他にも例を挙げるとT-REXやロキシー・ミュージック、「異星からやってきた救世主」というコンセプトに基づいた、デヴィッド・ボウイが演じる異形の架空スター、ジギー・スターダストの楽曲などが当てはまる。

「キャンプ」の概念を一般に広めたスーザン・ソンタグの論考「キャンプについてのノート」が所収されている。

フレディは伝統的なロックミュージシャンの力強さや異性愛的なものとはまったく対照的な存在だった。その両性具有的あるいはバイセクシュアルな特徴はいっときもてはやされたが、しかしそれは一般大衆が同性愛を受け入れたということではなかった。同じく70年代にイギリス政界を揺るがせた、政治家ジェレミー・ソープと同性愛の恋人ノーマン・スコットのスキャンダルについて繰り返し触れられていることにも注目したい(「ソープ事件」と呼ばれるこの一連の騒ぎは2018年にヒュー・グラントとベン・ウィショー共演でドラマ化もされ大きな反響を呼んだ)。

「鬼才」スティーヴン・フリアーズ監督作品。ベン・ウィショーが2019年エミー賞の助演男優賞を受賞した。

性の解放が進む一方で現実には大きな壁が立ちはだかる中、本楽曲はゲイの男性の欲望を「祈り」という形で表した、社会や文化への、かつ音楽的にも果敢な挑戦であったというのがホワイトリーの見解である。

レスリー・アン・ジョーンズ再び――ジョーカー?

「『ボヘミアン・ラプソディはフレディ・マーキュリーのカミングアウトの歌だった」'Bohemian Rhapsody Was Freddie Mercury's Coming Out Song'  THE WIRE  2015年10月30日(2017年4月9日再度掲載)

ライスの発言をジョーンズが初めてとりあげたのが2012年頃のこと。その後、ジョーンズ本人によると「曲が発表されて40年という節目でもあり」、2015年に新たな動きがあった。すでに紹介したライスの説を補強する証言のようなものを、インターネットに掲載したのである(2017年再度掲載)。

1)実は以前、フレディに訊いていたのだと告白

記事は2012年にライスを引用しながらWindy City Timesの取材で話したことの確認から始まる。1986年プタペストツアーに同行した際、オペラパートの登場人物に関する自説をぶつけたエピソードはすでに自著に掲載済みであった。実はその際、さらにその続きがあったという旨である。

ジョーンズはフレディに歌を生み出す創造力の源は何かと訊き、かなり多くの言葉を尽くして、この楽曲が念入りに隠された性的指向の告白なのではないかと切り出したという。彼の育った厳格な家庭環境、派手なライフスタイルをおおっぴらに楽しむ自由など決してないこと。ゲイとして公に生きることはできない状況でつきあったメアリーや、ドイツの女優、複数のゲイの恋人との交友関係……。そんなやりとりをフレディは拒まなかった。そしてただ「バッド・タイミング!」と返したというのだ。

この返答をどう受け取るべきかは明らかではないが、ジョーンズはフレディとのやりとり――おそらく声の調子や態度も含めて――から、カミングアウト説に確信を持ったのだった。

2)ジム・ハットンの証言

そしてもう一つ、説を補強するものとして、最期までフレディを看病した恋人ジム・ハットンの証言を発表した。ハットンはフレディの死後は故郷のアイルランドに帰り、遺されたバンガローで暮らしていた。そして訪れたジョーンズに、カミングアウト説について「きみのいうとおりだ」とハットンが言ったという。

ストレートとして振舞ってゲイであることを公にしなかったのは家族のため。フレディと何度も話す機会があった。『ボヘミアン・ラプソディ』はフレディの「告白」だった。もしも自分自身でいることができたら、自分の人生はどんなに違っていただろうか、もっと幸せだったかもしれないのに。人々はこの曲を複雑な音楽形式に秀でた傑作として聴き入った。が、隠されていたのはごく単純なことだった。マネージメントもバンドも、彼の人生において誰もが、死ぬまでフレディが病気であることさえ認めなかった。だってそれが彼のビジネスだったから…。この曲についても同じように感じていた。

「『ボヘミアン・ラプソディ』についての真実が明らかになった」。ジョーンズはこれを聞いて喜んだが、当時は皆と共有しようとは思わず、著書には収めなかった。だが、楽曲発表40年目の節目ということで2015年に公表。尚、ハットンは2010年に癌のため他界した。フレディとの親密な会話がジョーンズによって公にされたことは知る由もない。

こちらは、ハットンがフレディと共に過ごした最後の数年間を綴った手記

むろん、真偽のほどはわからない。しかし、ジョーンズがなにやら「ジョーカー」的な雰囲気を漂わせるのも事実である。プタペストツアーの際のフレディとの重要な対話は1986年のことだが、著書には含められていない。ハットンとの秘話と同様、その時点では公にする気持ちがなかったということか。あるいは、出版の前提として、著者の個人的な見解ではなくフレディの全体像を描く伝記が求められていたためにカットせざるを得なかったのかもしれない。

しかし当時「カミングアウト説を本人にぶつけた」というのは、2012年のWindy City Times掲載の記事において、仮説を言い出したのはライスで、「思いついたこともなかった」という発言と明らかに矛盾する。

言い出したのはライスなのか、それともジョーンズなのか?

事実、転載による転載によって、カミングアウト説を言い出したのはジョーンズで、それにライスが同意したとなっている記事も見られる。このあたりはインターネットならではの、曖昧な情報拡散のあらわれだ。

いずれにしても、間違いないのは、ジョーンズがカミングアウト説を強力に推しているということだ。

当初、偶然ラジオで聞いたカミングアウト説に、一体どこから始まったのだろう?と率直な疑問を抱いた私のリサーチは、とりあえず答えを得たようであった。

しかしまだなにかすっきりしない。正直なところ、カミングアウトかそうでないかはどちらでも構わないのだ。それよりも、この言説が生まれ、広がりつつあることについて、どうもなにかひっかかる。
本当のリサーチはそれからだった。
(つづく…?)

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書き手:すがはら・ゆうこ/学術博士(名古屋大学)
専門は映画研究。元々の洋画好き&洋楽好きが高じて、現在は非常勤にて名古屋市内複数の大学で英語講座を担当。
『ボヘミアン・ラプソディ』は大学1年生対象の授業で曲を扱ったのがきっかけで、その後カルチャーセンターから愛知サマーセミナーの講座へと発展。ファンの方々の熱い思いに直に触れ、リサーチをまとめたものを書き下ろしました。『ボヘミアン・ラプソディ』の謎解きの、さらに向こうにお連れします。現在、出版するべく奮闘中。応援よろしくお願いします!

最後まで読んでいただきありがとうございました。みなさまの「スキ」が出版に繋がります。ぜひお願いします!

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クイーンの名曲『ボヘミアン・ラプソディ』にこめられた、とある「謎」を映画研究者の菅原裕子さんが追いかけます。

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