デイケアのASD・ADHD専門プログラムをご存じですか?
光文社新書編集部の三宅です。『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』の本文公開シリーズ、続いては第6章冒頭部分です。本章のざっくりとした内容は次のようになります。
青年期までに問題が表面化しなかった人たちが、就職などによって適応困難になり、大きな問題を抱えることが多々あります。しかし、成人期発達障害者の社会参加に関しては、医療・福祉の支援体制が整備されているとは言えないのが現状です。また、ASD、ADHDともに根本的治療法はまだなく、特にASDでは直接効果のある薬物療法もありません。
このような状況に対処するため、当院では2008年に発達障害専門外来を開設するとともに、デイケアでのASD専門プログラムを開始。13年にはADHD専門外来を開設、デイケアでのADHD専門プログラムも開始し、多くの患者さんをサポートしてきました。
本章では、ASD・ADHD各専門プログラムの内容と参加者の特徴、参加者の困っていること、効果や課題についてご紹介します。
※「はじめに」、目次、著者紹介はこちらでご覧いただけます。
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第6章 成人期発達障害の心理社会的治療
――デイケアでの取り組みについて
横井英樹 昭和大学 発達障害医療研究所・附属烏山病院
1 成人期発達障害の治療とリハビリテーション
当院における心理社会的治療
発達障害者の社会参加に関しては、2005年に発達障害者支援法が、16年には障害者差別解消法が施行され、18年には障害者の法定雇用率の中に精神障害が加えられるなど、さまざまな仕組みができつつあります。しかし、幼少期から児童青年期までの支援体制が充実しつつある一方で、成人期以降に対しては医療・福祉の支援体制が整備されているとは言えないのが現状です。
また、知的能力の高さや周囲の援助などによって、成人期までに問題が表面化しなかった人たちが、就職などによって自発性が求められたり、環境が変化したりすることで適応が困難になり、精神的・社会的に大きな問題を抱えることが多々あります。
当院では、このような状況に対処するため、08年から発達障害専門外来(ASD外来)を開設。以来10年間で、受診者は6000人を超えました。
しかし、根本的な治療法はASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠如・多動性障害)ともにまだなく、特にASDでは直接的に効果のある薬物療法もないため、カウンセリングやデイケア、作業療法などの心理社会的治療の果たす役割が非常に大きくなっています。そこで当院では、外来開設と同時に、デイケアでのASD専門プログラムを開始しました。
さらに13年には、参加者に好評だったプログラムを中心に、全20回の発達障害専門プログラム(ASDプログラム)を開発(厚生労働省障害者総合福祉推進事業)。このプログラムは、現在当院のASDショートケアで行われているものですが、参加した人はこれまでに全国で1500人を超えています。
ちなみに「デイケア」と「ショートケア」の違いは、主に時間の長さです。デイケアは午前から午後の6時間で間に昼食を挟みますが、ショートケアは午前または午後の3時間で行っています。精神科のリハビリではこのほかに、夜間4時間の「ナイトケア」、朝から夜まで10時間の「デイナイトケア」があります。本稿ではこれらのリハビリを総称して「デイケア」と言います。
また、同じ13年にはADHD専門外来の開設と、デイケアでのADHD専門プログラムも開始しました。成人期ADHDにおいては、薬物療法が第一選択肢ですが、生活上の困難は薬物だけでは十分に解消できないことも多く、心理社会的治療も重要な要素です。
発達障害専門プログラムの目的
発達障害専門プログラムでは、開発当初から次のような目的を掲げています。
まず、「お互いの思いや悩みを共有する」。他者からの理解がされないまま、40年、50年経った段階で診断された、という方もいます。次に、コミュニケーションや対人関係においては、「新しいスキルを習得する」。それから、これが特に大事な点ですが、「自己理解を深める」ことです。
これらの目的に基づいてプログラムが行われ、「より自分自身に合った処世術、対処スキルを身につける」こと、つまり、参加者のみなさんがこれまでにたくさん身につけてきた工夫を、さらにスキルアップするということです。
そして、同じような特徴や生きづらさを持つ仲間で「新たな体験ができる」と考えています。
発達障害の心理社会的治療に関しては、最近では「リハビリテーション」ではなく、「ハビリテーション」と言うことが増えてきました。発達障害においては、障害は先天的なものであり、リハビリテーションすなわち失われた機能の回復、再獲得ではなく、スキルや能力を新たに獲得することが目的だからです。
したがって、我々にとっては、これまでうまく身につけられなかった部分をどのようにサポートできるかということが、ご本人たちにとっては、自分自身の能力にでこぼこがあることを把握し、それをカバーするような新たなスキルをどう獲得していくかということが、デイケアの大きな枠組みであると考えています。
また、デイケアのような場では、今まで出会わなかった、自分と似た人たちと出会います。それまでは集団の中で自分だけがちょっと違うと思っていたのが、自分と似た人がいっぱいいるということで、共感できる仲間と新たな体験ができるのがデイケアではないかと思っています。
2 ASDプログラムについて
ASDプログラムの概要
ASDプログラムは「講義・体験型プログラム」「心理教育」「ディスカッション型プログラム」から成っています(図6―1)。
講義・体験型プログラムでは、実際のコミュニケーション場面で起こることを、体験的に学習します。心理教育では、ストレス対処法や感情のコントロールについて学びます。ディスカッション型プログラムでは、ディスカッションとピアサポート(仲間による支援)を行います。
ディスカッション型プログラムに関しては、プログラム開始当初は成立しないのではないかと考えていたのですが、やってみたら非常に有効に機能することがわかりました。そこで、ディスカッションを中心としたプログラムを行うようになったという経緯があります。
ASDプログラムの対象者
ASDプログラムの対象者については、プログラムの開発と同時に明確化していきました。まず、状況をある程度理解し分析できる能力が必要だと考えて、言語性IQ90以上を一つの目安にしました。言語性IQとは、主に言語を使った思考力や表現力に関する知能指数です。
それに加えて、プログラムではスタッフを含めて15人程度の集団になりますから、集団でいることに耐えられる必要があります。また、ショートケアでは3時間のプログラムを行いますから、その場や集団を乱すことなく3時間参加できることも必要です。
これらを勘案すると、自閉度があまり強くなく、一定程度の社会性のある人が対象となります。図6―2の斜線部分に相当する人たちです。
このような基準により、デイケアを利用する人たちを「就労者ショートケア」「未就労者ショートケア」「未就労者デイケア」の三つに分け、それぞれ特徴を持ったプログラムを実施しています(図6―2下)。
就労者ショートケアと未就労者ショートケアでは、本人用に『大人の自閉症スペクトラムのためのコミュニケーション・トレーニング・ワークブック』を、スタッフ用に『大人の自閉症スペクトラムのためのコミュニケーション・トレーニング・マニュアル』(いずれも星和書店、2017年)を使用しています。
(続く)