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タイ人を雇ってもすぐに辞めちゃうと批判する前に|「微笑みの国」タイの光と影 vol.27

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回は、前回に続いてタイ人の仕事への向き合い方を探ります。タイで働く日本人は、タイ人に対して「時間を守らない」「挨拶をしない」「すぐ辞める」という不満を抱くことも多いそうです。しかし、その背景にある社会の仕組みや働き方への感覚を知ると、全然違った景色が見えてきます。

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タイと日本の社会人では根本的な感覚が違う

 日本の外務省の発表では、タイにおける日本資本の企業は5,856社もあるという。最近人気のベトナムでも2,306社なので、タイは日系企業がかなり多い。表向きはタイ人の資本による日本人経営の企業もあるだろうし、日本人の長期滞在者でタイ企業や日本以外の外資企業に在籍している人もいるだろうから、タイで働いている日本人と何かしらの関係があるタイ人会社員はそれこそ10万人を余裕で超えるだろう。

 日本から送り込まれた駐在員であれ、現地採用者であれ、タイで働く日本人の誰もが必ずと言っていいほど直面するのが、タイ人の働き方への苛立ちだ。遅刻は普通にするし、言ったことができないし、すぐに忘れる。ボクも前職で会社員をしていたとき、大卒のタイ人が「1万バーツや10万バーツなどの切りがいい数字に対して5%の利益を乗せる」だけの計算にわざわざ計算機を使っていたので、そんなのパッと出るでしょうと言うと「難しい計算は間違いのないように計算機を使います」と答えてきた。一桁まで数字がごちゃごちゃしているならともかく、大卒でも簡単な計算ができない人はできない。ボクの場合はかつて日本のタイ料理店でバイトをした経験から、タイ人と働くことの大変さはすでに知っていた。だが、それでも会社員のときはタイ人に対して、どうしてこんな簡単なミスを重ねるのかと、イラッとしたことは数えきれないほどあった。

 遅刻も日常茶飯事。というか、そもそも時間に対する概念が違う。この連載を読んできた方ならもうおわかりかと思う。幼稚園、小学校の頃に日本ほど時間厳守を厳しく言われないうえに、教師自身が時間通りに来ないこともしばしばあるから、タイでは時間や約束事はその程度の軽さなのだ。もちろん時間にきっちりしたタイ人も少なくないし、軍隊などで遅刻が許されないことは補足しておく。

 結局のところ元来からそうした時間感覚の人たちなので、日本人には当たり前かもしれない「定時出社」なども、ある程度の見返りがないと守ってくれるようにはならない。根本的に悪いと思っていないので、どんなに諭しても意味がないのだ。

 とはいってもボク自身、たかが10分や20分の遅刻は別にいいのではないかと思っている。大事な商談など、要所要所でしっかり守ればいいではないか。むしろ、日本の5分前だか10分前行動が理解できない。それをやってしまうと、そもそもの集合時間とはなんなのだろう? アジア的でありつつも意外と合理的に物事を考えるタイ人にとっては、なおさら時間前行動は理解できない。

バンコクはBTS(高架鉄道)もできたので朝の遅刻はかなり減ったと思う。

「タイ人がすぐに辞めちゃう」は本当なのか

 すぐに辞めてしまう問題もよくある。日本人駐在員の中には「タイ人が全然続かない」と怒る人もいる。これなんかも日本的な声で、逆に長く続けることのメリットを説明できる日本人がいるのだろうかとボクは思ってしまう。プライベートや家族を犠牲にしてまで長く続けたって仕方がない。転職で簡単に昇給するならば、すぐにそっちに移籍した方がいいに決まっている。

 ただ、実はこれも案外に一部のタイ人に過ぎない。すぐに辞めてしまうタイ人の大半が、目先の給料につられて転職していく。短絡的で頭の悪い人も少なくなくて、現時点の住まいからの交通費や通勤時間を考慮すると、実は転職しない方が実入りが多かったという話もざらにある。ちゃんと考えられる人はそういった部分も加味して転職を考えるので、安易に何度も転職するようなことはしない。

 それだけでなく、タイ人だって普通に勤続数十年の会社員も少なくない。タイ企業などではこういう人がたくさんいるので、みんながみんな、簡単に辞めていくわけでもないのだ。タイ企業はある程度上の方の役職に就けないと、給料なんてたかが知れている。それでも長く続ける人もいるのだから、目の前のタイ人だけを見て「すぐに辞める」と決めつけるのは、やや早計である。

 そもそも、離職率の高い職場ではタイ人気質に関係なく、辞めていく人は辞めていく。日本人が辞めないのは、長く勤めることだけを美徳としているからで、同じ常識がタイで通じるわけではないということを知っておくべきだ。むしろ日本だってひとつの会社で何十年も働き続けることが当たり前の時代はとっくに終わっているではないか。もし雇うタイ人がみんな辞めていくようなら、タイ人社員個人の問題ではなく、給与や職場の環境に問題があるので、タイ人を責めず、周囲の状況を見直そう。その方が、長い目で見て自社のためにもタイのためにもなる。

会社員を辞めるころに撮った画像だが、なぜワイシャツとかではなくボクはアロハを着ているのか…。

夢よりも「スキルをいくらで買ってくれるか」

 タイ人がすぐに辞めていくのは、単純にその会社に愛着がないからというのも大きい。日本では在学中から就職活動をするわけで、事前に会社のことを調べたり、自分の望む職種などを考えてから応募するだろう。それにより、就職前から愛着のようなものが生まれてくる。他方、タイでは大学を出てから就活するので、就職する企業に強い思い入れや愛社精神は生まれない。ほしい額の給料さえ手に入れば、どこだっていい。

 タイは口コミを通じての就活が多いこともあって、企業の初任給などは筒抜けになっている。ベトナムの若者もそうで、東南アジアの若い人は、英語ができればこれくらいの所得が望めるなど、相場をよく知っている。だから、企業の業務内容より、自分のスキルを相場以上で買ってくれることが重要になってくる。夢だとかそんなことを語らず、なかなかドライな感覚で就職先を探しているわけだ。

 そして、タイ人は自己肯定感が非常に高いので、自己のスキルも基本的には実力以上で売り込む。これがまた日本人から見ると、採用時の期待ほどは役に立たずにイライラしてくるポイントになる。

 タイ人は会社を額面で見ているので、とにかく自分のスキルを高く買ってくれるところがあるなら今日にでも移りたいと考える。職場に愛着はないのだから、場所とユニフォームとロゴが変わるだけだ。彼らはなんら問題を感じることなく退職して、次の職場でしれっと働き出す。日本だと法的には1ヶ月前、実質的には半年くらい前に退職の意向を伝えるのが当たり前だろう。しかし、タイでは数日前に辞めると言い出し、平気で去っていく人は多い。

 これをされると確かに「タイ人はすぐ辞める!」と怒りたくなるのはわかる。しかし、そもそも勤め方・辞め方に対する常識がタイには存在しないのだ。会社員になったのだから長く働くという常識は、そもそも日本にだって最早なくなっているはずだ。それにもかかわらずなぜか日本の会社員は退職していく人に対して厳しい目を向ける傾向にある。ボクも現地採用を辞めてライターになるとき、勤め先や客先で仲よくなった人たちに嫌みをいくつも言われたものである。

 タイ人の退職手順が日本のそれと違うのは、タイで会社員という働き方が定着したのがここ最近であることも一因だろう。また、タイ人はある意味でかなり割り切った考え方であり、自分を雇う企業に対して感謝をする、恩を返すといった気持ちはない。むしろ、自分のスキルを高く買ってくれなかった企業に対して怒っているくらいで、やめる際にも引継ぎや業務の整理などをする義理はないと思っているかもしれない。

 長く続けることが美徳ではないので、そもそも会社に長居するつもりがなかった人も辞めやすい。ある程度の収入が得られればよくて、大切なのは自分と家族という欧米的なスタイルの人もいる。特に地方出身者はいつか田舎に帰ってのんびり暮らしたいと思っている人も多く、元々バンコクにいることすら腰掛けだったりする。どこに就職しようが結局いつかは辞めるので、それが来週なのか10年後なのかという程度にしか、彼らの中では違いがない。ただ、近年は地方出身者がバンコクに完全に定着して、子育てもバンコクでしていることもあって、望郷の念を持つ人は今後はだいぶ少なくなると思う。そうなると、日本や欧米などの会社員という人生がもっと変化していく可能性はある。

ちなみに、タイ人はわりと社員旅行などの福利厚生も気にする。社員旅行なんて、学校の修学旅行並みにみんなが楽しみにしている。昔、売り上げが低下して社員旅行を取りやめようとした日系企業が、組合や社員から猛反発を受けたこともあったくらいだ。給料やボーナスと同じくらいに、タイ人会社員はそういったイベントを大切にする。

 これは、タイ人が職場の人と非常に仲よくなるからなのではないかと、ボクは見ている。会社に対しては愛着なんかないのに、職場の同僚などは旧来の友人のように、会社だけでなく、プライベートでも交流を持つのである。そりゃあ友人との旅行、しかも全部会社持ちとなればうれしいものだろう。
こういう人間関係もまた、日本人会社員にはわからないだろう。もちろん日本人でも同僚とプライベートのつき合いをする人はいるけれど、多くは仕事と私的な交友関係は分けている。その点では、タイ人は日本の会社員と大切にするものが真逆なのだ。ただし、これは諸刃の剣というやつで、その社内の人間関係がこじれ、会社にいられなくなって辞めていくケースもある。

結局、タイ人が職場に求める最良の環境とは「サバーイ・サバーイ」なのだ。気楽とか楽しいとか、そういった自分にとって快適な環境。タイ企業だとやはり同じタイ人同士ということもあり、その環境を共有しやすいのだろう。他方、日系や外資は駐在員、つまり自分の上司が数年でいなくなる。深く仲よくなる前に帰任などになって、結果わかり合えないし、タイ人は数年で変化する職場をストレスに感じるのかもしれない。だから日本人とタイ人の間でうまい人間関係を築けず、互いが理解し合わないのでよりタイ人がドライになって、サクッと辞めていくのではないか。

外資でもタイ企業でも、タイでオフィスの環境を盛り立てるのはやはりタイ人だ。

人前で怒る日本社会の方が異常と知るべき

 日本人は仕事に対してストイックすぎるところがある。日本の企業はプライベートと仕事を切り分けるわりには、プライベートを犠牲にさせる。利益を得るため、自身の業績を上げるため、あるいは上からの命令であれば、人に対しても相手企業に対しても平気で非道になれる。ボクも会社員時代に嫌な目にたくさん遭ったが、会社員というのはみんな麻痺しているのか、ボクの愚痴の方が悪いみたいな雰囲気になる。

 こういったひどい環境に慣れていることもあって、自身が受けたひどい対応を平気で他の人にもするし、むしろそういうものをたくさん受けてきたことが勲章かのように勘違いしている人も少なくない。そう思い込んだところで思考が停止してしまい、自分が普通だと認識し始める。そうして、タイという外国に来ているのに日本と同じやり方を押し通すようになる。同じアジア人、同じ仏教圏とはいえタイ人と日本人ではあらゆる意識が違うのだから、タイ人に日本の物差しで説教したところでなにも改善はされない。

 例えば、日本人は挨拶を大切にする。これは確かに日本人のいいところではあると思う。しかし、タイ人従業員が挨拶をしないと怒る人もいる。朝の「おはよう」など、簡単なところができないという。確かにタイにはそもそも、「おはよう」や「こんにちは」のような挨拶は存在しなかった。「サワッディー」も人工的に作られた言葉で、それまでは「ご飯食べた?」みたいな簡単な会話の延長のような挨拶だったのだ。

 ところが、タイ人が挨拶をしないというのは大きな間違いだ。タイ人の集まりや、企業の中でもタイ人の偉い人などに対しては部下もきちんと挨拶をする。ワイ(合掌)と共にしっかりと、ひとりひとりに挨拶をするのがタイの礼儀だ。複数の上司や先輩に会えば、まとめて挨拶するのではなく、ひとりひとりの名前を呼んで目を合わせた上で挨拶をするので、日本以上に礼儀正しいくらいである。上司でも同僚などと同じようにプライベートで親しくなるものの、年齢的な先輩・後輩もあって、特にかなり年上の上司などには毎日、その日最初に会ったときには深々とワイをする。

 つまり、タイ人が挨拶をしてこないとしたら、単純に尊敬されていないから、相手にされていないからに過ぎない。仕事上でなんら権限もない――特に人事などでタイ人従業員自身の進退に影響を持っていないだとか、どうせ数年でいなくなるのだろうと見られていると、そういう扱いになる。権限や任期は自身ではどうしようもないが、とにかく上司らしく毅然としつつ、フレンドリーに接するというバランスを持つことで、タイ人から挨拶されるような存在になるのではないか。こういった部分も日本の働き方とはちょっと違う、それでも大切なことなのだ。

 「日本風」を持ち込んでくる日本人の中には、人前で怒鳴る人もいる。タイ人にもそういう人はいるにはいるのだが、当然尊敬はされない。ただ、「タイ人はプライドが高いので人前で怒鳴ってはいけない」などというマニュアルが何十年も前からあるが、これを鵜呑みにしている日本人上司もタイ人からは低く見られていると思うべきである。タイ人は日本人以上にパワーバランスがシビアで、人間関係が複雑だ。そんな中で生きてきているのだから、タイ人は相手の様子を見抜く力が高い。

 人前で恥をかかさなければいいのは、その通りだ。しかし、ボクが言いたいのはそこではない。「タイ人は」という意識だ。すでに今の日本の若い人にだって、そんな指導は通用しないだろう。人前で怒鳴って恥をかかせるのは、別にタイ人だけじゃなく、人間なら誰しも嫌なものだ。そういったこともわからない人が外国で、日本企業の名前を背負って働いているのは異常事態である。タイ人はそれを見抜き、どうでもいい相手には挨拶もしないわけだ。だから、「タイ人は挨拶をしない」という愚痴は自分をさらに低く貶めていることを意味するので、言わない方が得策である。

バンコクのパスポートセンター。こういったオフィスでもタイ人はマイペースに仕事をしている。

命を懸けてまで会社に尽くさない

 タイ人は家庭を大切にする。しかし、平気で家族や子どもを捨てる人もいる。離婚の際などに慰謝料や養育費の話にならないケースが多い。富裕層は別かもしれないが、中流から下の方の人はそもそも籍を入れていないことも多いし、別れても財産分与などの話にはあまりならない気がする。子どもは大体、母方の家族が世話をすることになる。

 ある程度年月を重ねた末の離婚ならまだしも、結構多いのが、妻が妊娠中に破局するケースだ。若い人に多い例で、とにかく父親が子の顔を見ることもなく、新しい相手を見つけてしまい、妊娠している妻と平気で別れる。タイに固有の話ではなく日本でもあるとは思うが、あまり表沙汰にならなかったり、法整備が進んでいて養育費などを受け取ることができるようになっているはずだ。一方、タイはタイでこうしたケースが日常茶飯事的すぎて、逆に表沙汰にならない。ボクも相当数、こういう男を見てきた。

 こんな感じなので、タイ人男性の責任感はかなり低いと思う。先のように勤続数十年というのも男性だし、女性の場合は結婚や出産などで同じ職場にいることが難しい場合もある。しかし、実際的に無責任なのはわりと男性に多い。それもあってか、外資企業がタイ人を雇う場合は女性が多めになっている。高い役職に就いているのもわりと女性であり、タイ女性の社会進出は世界的に見ても高い方だ。ただ、給与や社会保障などの諸々の条件が悪いので、世界的な統計でみるとタイ女性の社会進出率はちょっと低めになるけれども。

 こういった気質のタイ人たちなので、仕事に命を懸けるということはまずない。あるとすれば、それは法的な拘束力のある軍隊くらいで、一般的な会社員がそこまで懸命に仕事に打ち込むこともない。もちろん、安全性の不備や配慮不足が幾多もあるタイなので、そのためにくだらない失敗で命を落とすことがある。しかし、私生活や命を懸けてまでも働く気概は基本的にはない。

タイ女性は子ども好きが多いので、男に捨てられてもあまり気にしていないという強さがある。

 日本人もさすがに命を懸けてまで働く人は少数だろう。しかし、長く続けることが美徳の中だと、辞めるという選択肢を採ることがまず難しい。「どこに行っても通用しない」といった、その会社に残る人々のまったく意味をなさない言葉に引っかかる人も多いのではないか。どこにも通用しないスキルしか得られない職場に長居する無意味さの矛盾に気がつかないで、結果過労などで身体を壊すなど、タイではまずない。

 嫌なことからは離れ、サバーイに生きる。これがタイでは大切なことで、そこを理解してあげることでタイ人ともうまくいくのではないか。そうなればその「会社」ではなく、その「人」の下で働きたいと思ってくれ、よりよい関係ができあがるはずだ。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

この連載の概要についてはこちらをご覧ください↓↓↓


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