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タイの屋台料理は自己責任で食すべし(第20回)

【お知らせ】本連載をまとめた書籍が発売されました!

本連載『「微笑みの国」タイの光と影』をベースにした書籍『だからタイはおもしろい』が2023年11月15日に発売されました。全32回の連載から大幅な加筆修正を施し、12の章にまとめられています。ぜひチェックしてみてください!

タイ在住20年のライター、高田胤臣がディープなタイ事情を綴る長期連載『「微笑みの国」タイの光と影』。
今回も前回に引き続き、タイ料理を取り上げます。 タイの外食文化を支える屋台ですが、中には不衛生なところもあるので食事は自己責任で。トウガラシやパクチーの強さも現地仕様なので、一切立ち寄らない在住日本人もいるとのこと。とはいえ、料理を通じてその国の文化を知ることができ、トムヤムクン一つとっても伝統医学との繋がりがあるそうです。

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タイのグルメサイトで「清潔」が重んじられる理由

日本では年金こそ今の若い世代が受給年齢に達したときに支払った分よりも受け取れる分が少なくなるが、そのほかの社会保障はわりとしっかりしている。年金もかつては払った分より多くもらえたため、それを基準にすると今は払うのがバカらしくなってくるのは心情としては理解できる。一方タイでは年金制度がまだ始まったばかりで、物価が上がりつつある現在では「ないよりはマシ」といった程度だ(このあたりはまた詳しく紹介する)。

とにかく今のタイは物価の上昇が著しい。屋台の食事でも、たとえば米粉麺のクイッティアオなら20年前は25バーツ、10年前で30バーツ台というところだったが、今や50バーツ、60バーツは当たり前だ。単純に計算するとこの10年間で物価は2倍に上がったといえる。こうなると、屋台で食事するよりも普通のレストランに行った方がコストパフォーマンスはいいと感じるくらいだ。

タイの飲食店、特にタイ料理の場合は屋台から高級レストランまでほとんど同じようなメニューを提供している。和食であれば、大衆食堂と高級店ではメニューそのものが違うが、タイは家庭でも屋台でも、そして高級店でもラインナップはそれほど変わらない。麺類やチキンライスのカオマンガイなどに特化した専門料理店もあるが、一般的なタイ料理を用意する店なら基本的にはどこに行っても同じようなメニューであると思っていい。

では屋台と高級店でなにが違うのかといえば、食材の鮮度や仕入れ先がしっかりしているかどうか、あとはレストランの設備や内装、店員のサービスだ。高級店は無農薬野菜だとか、それなりの手法で育てられた食材が使用される。近年はタイでもオーガニックという言葉がよく見られるようになったほどだ。屋台の場合、近所の市場で仕入れた野菜などを使用している。もちろんタイの公共保健省などによる農薬量などへの規制はあるものの、最低限の遵守で育てられた食材のため、細かい出自などはわからない。たとえば、東北人が好むタイ料理に青パパイヤと発酵させたサワガニを使用するソムタム・プーがあるが、市場でそのカニを売る人に産地を聞いても答えられないこともしばしばである。

市場の鶏肉店。形態としてはごく一般的で、保冷も底に氷が敷いてあるだけ。

最近、ボクは友人が運営するレストラン紹介サイトで翻訳記事を書いている。タイ人ライターが取材して執筆した記事を日本語にするのだが、レビュー内容が日本とは大きく違うと感じることもある。飲食店の特徴を紹介する際に、食材を毎日仕入れ、新鮮で、清潔であることを強調するケースが多いのだ。ものによるが、日本なら毎日新鮮な食材を仕入れるのが当たり前。それがタイではセールスポイントになってしまうのだ。また、食材が「清潔」という表現も、日本のグルメサイトなどのレビューではあまり見かけないのではないか。そもそも不衛生な食材を使うわけがないからだ。

タイでは屋台の食事は不衛生であることが前提だし、普通のレストランでも市場で仕入れるわけで、その市場が不衛生なこともよくある。よって、清潔感は大切なのだ。残念ながら、前回紹介したようにタイは食品衛生法のような法令は意外と厳しいものの、店側がそれを遵守しているかどうか目には見えない。だからタイ人は基本的に、ちゃんと営業許可を得ている店であっても信用していない。今でこそだいぶ減ってきているが、かつては屋台や食堂で出された食器はテーブルのティッシュで拭いてから使ったものである。

20年以上前は汚染された水で育った野菜のせいでバンコクで赤痢などが稀に発生していたが、さすがに今は聞かなくなった。しかし、一般的なタイ人はまだそうした疑いを店に対して持っている。また、仮に腹を壊してしまった、食中毒が起こったとしても、よほど重大な問題にならない限りは行政側も動くことは少なく、食べた人は自費で病院に行くことになってしまう。

そうならないために、タイではものを口に入れるのは自己責任であるというのが常識だ。海鮮料理店では生ガキもあり、どこもだいたい鮮度はいいが、やはり完全ではないのでニオイや味が変なこともある。そのときにそれを飲み込まず、自分で自分の身を守るのがタイの当たり前なのだ。

生ガキ。日本人は大きな岩ガキのようなものを食べるが、タイ人は小粒の剥いてあるタイプを食べる。

自己責任の象徴である屋台

交通事故にしろなんにしろ、タイでは自分の身を守るのは自分しかいない。ボクはタイでも車を運転するが、当然ながら保険は欠かせない。しかし、どちらかというと、誰かを傷つけてしまったときのためというよりは、自分の車になにかあったときのために保険をかけている意味が強い。もちろん過剰に自信を持っているわけではないが、ボクは誰かに、あるいは誰かの車にぶつけることはそうないと思っている。運転中に最も注意しているのは自分がぶつけることではなく、誰かにぶつけられることだ。タイ人は運転があまりうまくないし、無保険車もいまだ少なくない。しかし、運転はしなければならないので、自己責任をより軽減するために保険に加入している。

逆にいえば、自己責任を理解して、誰のせいにもしないでいられるなら、タイはなんでもしていいということでもある。以前も書いたように、タイには性同一性障害の人が多いが、実際には日本の方が多いはずというのが専門家の見解だ。タイ人は他人に干渉しない代わりに自分にも干渉させない性格のため、自分の責任で、自分の信条で生活できる。これが、性同一性障害者が多く見える理由になる。

屋台の食事もそうだ。航空会社でたとえるならレストラン以上はANAやJALのようなレガシーキャリアで、食堂や屋台はLCC(格安航空会社)だ。不要なものは全部取り払い、根幹部分だけを享受するわけだ。屋台に最高級のおもてなしを求めたって無駄だ。そもそもそんなものはないのである。

観光客や日系企業駐在員などの中には、屋台では食事を一切しない人もいる。やはり衛生面などで不安があるからだ。しかし、自己責任であることを覚悟していれば、屋台も悪くない。先述のように、メニューは屋台も高級レストランもだいたい同じようなものなのだから。

屋台を敬遠する人の中には「味がどうしても苦手」という人もいる。屋台は基本的にローカルを相手にしているので、辛さや香草の香りの度合いがタイ人向けになっているからだ。タイ料理は実は臨機応変な料理で、辛さなどの味わいはどの店もカスタムが可能だ。辛くしないでくれと頼めば、ちゃんとトウガラシを減らしてくれる。ただ、完全ローカル店と高級店では「辛くない」のニュアンスが違う。高級店は外国人に合わせた度合いにしてくれるが、屋台だとタイ人にとっての辛くないが基準になるので、外国人にはまだまだ辛いということもよくある。だから、屋台を敬遠する日本人も少なくない。

イェンタフォーという麺料理。赤色が日本人に敬遠されがちだが、紅腐乳を使っていて甘酸っぱい。

しかし、当たり前のことだが、タイ料理はタイで発展してきた料理である。自宅でもレストランと同じようなメニューを食べているし、タイの土と水で育ってきた食材ばかりだ。日本では和食が一番おいしいのと同じで、タイではタイ料理が一番なのである。それに、食は必ず文化にもリンクしているので、タイ料理を食べることはタイとタイ人を理解する手段のひとつでもある。

そもそも、タイ料理を敬遠する人はだいたいトウガラシとパクチーが苦手な場合が多い。トウガラシはすなわち辛さであり、パクチーは必ずしもそれそのものではなく香草独特のニオイが嫌がられるのだろう。辛さは痛覚であり味覚ではないらしいのである程度は訓練して慣れるしかなく、辛いものがダメな人はそもそもどうがんばっても食べられない。香草もニオイを体が受けつけなければ食べることはできない。たとえば日本のクサヤや納豆も、あれをいい匂いと感じる人もいれば、臭いとしか思えない人もいるわけで、ダメな人は永遠に食べられない。

ただ、誤解してはいけないのは、タイ料理のすべてが辛くて臭いわけではない。トウガラシを使わない料理や、パクチーなどの香草を入れない料理だっていくらでもある。屋台にも数多く揃っているので、まずはそういったところから攻めていくのがおすすめだ。いきなり屋台では厳しいなら、食堂から始めてもいい。

料理に添えられるタレ。ナンプラー、トウガラシ、パクチーなどが使われ、苦手な人は絶対に食べられないかもしれない。

地域ごとの影響を受けてきたタイ料理

タイ料理は、陸続きということもあってさまざまな国の料理の影響を受けながらも、タイで独自に発展した料理群になる。一般的にタイ料理というと広義ではその全般を指し、狭義の場合はタイ中央部の料理を指す。後者はバンコクとその周辺で発展したもので、海鮮料理などもこの部類だ。中華料理の影響も強く、特に1800年代から移民が多かった広東省潮州県の料理が多い気がする。

かつてはタイ東北部からバンコクに出稼ぎに来る人が多かったこともあり、イサーン料理店はバンコク都内でも無数に存在する。イサーンとはタイ東北部を指す言葉だ。この地域は現在のラオスの勢力も含まれるので、イサーン料理はほぼラオス料理と共通しているといっても過言ではない。内陸部なので海鮮料理は少ない一方川や池があるので淡水魚が多く、もち米をよく食べる。

イサーン料理のゴイ。生肉でできた辛いサラダのような料理。 

古都チェンマイなどを中心に発展したのが北部料理だ。人によってはタイ料理の中で一番辛いともされ、意外と北部の人ももち米をよく食す。隣の国であるからか、ミャンマー料理の影響もあるし、山岳少数民族の中には中国の麺類を食べるところもあるようだ。

北部料理。ミャンマーの影響や、山ならではの料理が多い。

マレーシアと国境を接する南部はやはりマレー料理の影響がある。また、イスラム教徒も多いので、南部料理はスパイスを使ったものも多い。個人的には北部料理よりもずっと辛いと思うほどだ。最近はバンコクでも南部料理店が出てきており、どこでも楽しめる料理になりつつある。

近年の日本では、タイ料理は随分と定着した。2000年代に入る前はパクチーやナンプラーなんて言葉はよほどのタイ・マニアにしか通じなかった。しかし、今はパクチーの方が、それ以前の呼び名だった英語のコリアンダーや中国語のシャンサイよりも通じる。

また、南部のカレー料理(厳密にはスープ料理に入る)であるマッサマンも有名だし、バジル炒めは今やガパオライスとして多くの日本人に知られている。ガパオライスというのはタイでは定番中の定番料理で、タイ人からは「食べたいものが思い浮かばないときに頼む料理」といわれるほど、無難でおいしい。

これ以前の日本におけるタイ料理の代表はトムヤムクンだった。おそらくバブルのころにエスニック料理が流行した時期があり、辛い料理=エスニック料理の中でタイからはトムヤムクンが紹介されたのだろう。タイ料理といえばトムヤムクンという時代が日本では長らく続いていたと思う。

ちなみに、日本語のメニューで「エビのトムヤムクン」と書くところも稀にあったが、これは間違いである。トムヤムクンはエビ(クン)のトムヤムスープだからだ。現地の情報が少ない中で定着したこともあって仕方がないだろう。昔はチャオプラヤ河も日本ではメナム川と表記していた。これは昭和49年くらいまでのことだが、昭和50年から平成9年くらいまで、つまりボクが小中学生のころでさえ、メナム川とチャオプラヤ河が併記されていたほどだ。「メナム」はタイ語で「川」なので、メナム川は「川・川」になってしまうのだ。

トムヤムクンが日本で重宝されたのは、平成12年のある新聞記事も理由のひとつだろう。トムヤムクン、というよりトムヤムスープはキンというショウガに似た植物、コブミカンの葉、レモングラスなどさまざまな香草を使う。このうち、キンとコブミカンの葉にはベータカロチンの数十~数百倍の抗酸化作用が、レモングラスには消化器系がんの原因になる細菌の殺菌力があることが、京都大学の研究でわかったという。今でこそタイでも死因の多いランキングにガンが入っているが、当時はそれほどではなく、タイ人がガンになりにくいのはトムヤムスープが要因のひとつとされた。

このように、タイ料理にはやはり食材ひとつひとつにもなにかしらの理由があって使用されるわけで、それこそがタイ文化を紐解くひとつの方法にもなる。だから、タイに来たら、やっぱりタイ料理は口にしていきたいものである。

トムカーガイ。ココナッツミルクなどで白濁しているが、スープそのものはトムヤムスープとほとんど同じ。

タイの香草と伝統医学の関係

タイ料理のレシピを見ていくと、先述のようにすべてではないにしても、香草が多数使用される。トムヤムスープでは香草を煮出しているので、日本料理でいう出汁のような使い方になる。コブミカンの葉もキンもレモングラスも、煮詰めても柔らかくはならず、基本的には皿に入っていても食べない。コブミカンの葉はイサーン料理などで千切りにして食べることもあるが、それは例外だろう。とはいえほかの香草の中には野菜のように食べる種類もあるし、とにかくタイ語で「サムンプライ」と呼ばれる香草類は多種多様だ。

おもしろいことに、タイの伝統医学でもこのサムンプライが使われる。日本の東洋医学、あるいは中国伝統医学の漢方薬と同じようなものである。漢方薬は日本と中国で別々に発展してきたのだが、いずれにしても数千種類の生薬(漢方の原料)がある。タイ伝統医学のサムンプライはせいぜい数百と種類が少なく、また中医学のように複数の生薬を複雑に混ぜ合わせて使うことも稀なようだ。

タイ伝統医学はインド伝統医学や中医学の影響を受けながら発達した医学で、2500年の歴史があるとされる。中医学のように人間の体は土、水、風、火の4大要素から成り、これらのバランスが崩れることで病気になると考えられてきた。タイ伝統医学の伝統的な処方には薬草学、助産、そして按摩がある。マッサージは読者もご存知のタイ古式マッサージのことだ。かつては涅槃像で有名なワット・ポーに伝統医学の学校があって、タイ最初の大学ともいわれた。現在もワット・ポーにはマッサージの学校があり、タイでマッサージ師として働くにはここの修了証がいる。また、大学の医学部の中にもちゃんとタイ伝統医学を扱う学部もある。タイでは伝統医学が政府にも認可され、生活などに完全に定着しているのだ。

僧侶が伝統医学に基づいて境内に生える生薬を収穫している。

中医学の場合、医食同源といって、食事で体のバランスを調えることも行われるが、タイの伝統医医師によると、タイ伝統医学にはそこまでの考えはないという。そのため、サムンプライもあくまでも何かしらの症状に対して適切な薬草を処方するに過ぎないそうだ。

しかし、タイ料理にこれだけサムンプライが使用されているからには、昔の人はやはりなにか理由があって、そういう料理を編み出したのではないか。タイは常夏の国で、日本では考えられない、よくわからない病気などもたくさんある。暑気による食欲不振もある。それらに対処するための食事もまたタイ料理なわけだ。

近年こそ大半のタイ人が和食だイタリアンだと食べてまわっているが、かつてタイ人は家でもタイ料理、外食でもタイ料理で、タイ料理以外は口に合わないほどだった。だから、やはりタイとタイ人を理解するには、やっぱりタイ料理を食べることは欠かせないのである。ただし、先に述べたように、やや自己責任で、というのはタイでは仕方がないことだ。これはタイに限らず、日本で生まれ育った人はどの国であれ、海外での食事や行動は自己責任になる。タイを始め東南アジアは特に行政などの補償はないに等しいので、その覚悟だけは忘れてはいけない。

書き手:高田胤臣(たかだたねおみ)
1977年5月24日生まれ。2002年からタイ在住。合計滞在年数は18年超。妻はタイ人。主な著書に『バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー氏との共著)『東南アジア 裏の歩き方』『タイ 裏の歩き方』『ベトナム 裏の歩き方』(以上彩図社)、『バンコクアソビ』(イーストプレス)、『亜細亜熱帯怪談』(晶文社)。「ハーバービジネスオンライン」「ダイアモンド・オンライン」などでも執筆中。渋谷のタイ料理店でバイト経験があり、タイ料理も少し詳しい。ガパオライスが日本で人気だが、ガパオのチャーハン版「ガパオ・クルックカーウ」をいろいろなところで薦めている。

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