「浮気市場」の概念を正しく理解することが『斜陽』を読みとく鍵となる #5_1
不倫を考察する2作目として、太宰治『斜陽』を採り上げます。『蒲団』が1908年の作品であるのに対しこの本は1947年に出版されていますので、一挙に40年近く新しくなり、時代も大正から昭和になります。
最初に申し上げておかなくてはならないのは、『斜陽』は純粋な恋愛小説ではありません。テーマは、タイトルどおりわが国の上流階級の没落=斜陽です。その裏側には共産主義礼賛という思想もからんでいて、政治色を感じさせる小説にもなっています。
『斜陽』は雑誌「新潮」の1947年7月号~10月号に連載されて、同年12月に新潮社から出版されました。上流階級の没落を描いた小説ということで当時はセンセーションを巻き起こし、「斜陽族」という言葉も生まれたほどでした。
必読の書、と言いたいところですが、『斜陽』が主題とした上流階級は現在ではほとんどお目にかかれませんし、若者が「革命」だのなんだのと騒いだ時代も遠い昔なので、時代遅れの小説と言われたら否定できません。決して美しい文体というわけでもありませんので、文学的な格調もほかの文豪に比べて見劣りします。ただし、「恋愛」とくに「浮気市場」を理解するうえで、非常に役立つ描写がありますので、ぜひ参考にしていただければと思います。
最初から、かなりぶった斬ってしまいました。かなり過激に書いてしまったので、順を追って説明していった方がよさそうです。まずはあらすじから始めます。
あらすじ
主人公は、「私」であるかず子(29歳、バツイチ、子どもなし。ただし死産の経験あり)です。時代は1945年、終戦の年です。
上流階級出身のかず子は当主である父親を失います。遺されたかず子と母親の2人は東京の西片町(現在の文京区。東京大学のそば)の家を売り、1945年12月に伊豆の山荘へ引っ越します。他の家族に直治という弟がいますが、学徒出陣で太平洋戦争に召集されたまま消息が途絶えています。
「おひめさま」のかず子と「最後の貴族」としての誇りをもつ母親は、慣れない畑仕事で肉体労働をしたり、生活のために高価な着物や装飾品を売ったりして、「庶民」として生きる難しさを知りつつも、その生活にも徐々に慣れていきます。
そんな中、消息の途絶えていた弟の直治が南方から帰還し、一緒に住み始めます。昔からかず子は直治と折り合いが悪かったので、「私たちの本当の地獄がはじまった」と嘆きます。
直治は元麻薬中毒の放蕩息子、現在は酒に溺れ、母親やかず子からお金をせびり、東京に出ては遊び歩くというすさんだ生活を送ります。その遊び相手の1人が小説家の上原二郎でした。上原は既婚者で、妻と娘がいます。
かず子が上原に最初に会ったのは6年前。直治がお金をせびるのでお手伝いさんにお金を届けさせていたのですが、心配になり自分で上原という男を確認しにいきます。ところが初めて会った帰りがけに上原からキスをされたことで、上原との間に「ひめごと」ができてしまいました。そのゆれる思いはかず子の心の中でしだいに大きくなり、好きという感情にまで育ってゆきます。それは前夫との離婚の原因になってしまうほどの思いでした。
病気がちな母親と「不良」で放蕩者の直治の2人と同居するかず子は、不安な日々を過ごします。そんな感情もあってか上原への思いはさらに募り、自分の恋心やつらい立場をわかってほしいあまり、かず子は上原に手紙を書きます。ぜんぶで3通の手紙でした。その中で、上原の子どもがほしいことを訴えます。ところが上原からの返事はありませんでした。かず子は意気消沈します。
上原との関係に悶々とする日々の中で、共産主義に関する本を読んだかず子は「恋と革命のために生まれてきた」という思いを強くするようになります。
一方で母親の病状は次第に悪化し、ついには亡くなってしまいます。放蕩を続ける直治と2人きりになったかず子は、ますます上原への恋愛感情を募らせ、思いきって上原に会いに上京します。6年ぶりの再会でしたが、上原は以前の上原とは違っていました。「蓬髪は昔のままだけれども哀れに赤茶けて薄くなっており、顔は黄色くむくんで、眼のふちが赤くただれて、前歯が抜け落ち、絶えず口をもぐもぐさせて、一匹の老猿が背中を丸くして部屋の片隅に坐っている感じであった」と。ところがそうは感じても、その夜にかず子は上原と肉体関係を持ってしまいます。
同時にその夜の明け方、直治が自殺していることが分かりました。直治は遺書を残していて、その中でスガちゃんという洋画家の妻の女性が好きだったことを告白します。
1人になったかず子は、弟直治の自殺から1ヵ月後、上原に最後の手紙を書きます。その中で、上原の子どもを妊娠していることを明かします。「古い道徳を平気で無視して、よい子を得たという満足がある」と。そして「恋しいひとの子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成」と、シングルマザーとして子どもとともに生きていくことを宣言します。
『斜陽』の意義
ご存じかもしれませんが、直治や上原と同じように、太宰自身も退廃的な日々を送る「不良」でした。薬物中毒にはなるわ、せっかく入った東京帝国大学を中退するわ、結婚しているにもかかわらず不倫を何度もするわ…。自殺未遂を4度も繰り返し、そのうち1回など相手の女性は亡くなり自分だけ助かるという経験さえしています。その乱行ぶりは、1935年に太宰の『逆行』と『道化の華』が芥川賞候補になった際、選考委員の川端康成から、「作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった」と私生活を咎められて賞を逃すほどでした。
そんな太宰ですが、実家は青森県の大地主で、その生まれ育った環境を『斜陽』のモチーフに使ったとされています。前述のとおり、『斜陽』のメインテーマは上流階級の没落です。
小説中のかず子の生家は華族で、1869年から1947年まで存在した日本の貴族の一員でした。華族のランクは「公」「侯」「伯」「子」「男」と5階級に分かれていて、それぞれ公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と呼ばれていたのはご存じの方もいるでしょう。かず子の父親もこのどれかに属していたということです。このような華族制度は1947年の日本国憲法の公布とともに廃止となりました。同じように、太宰の青森の実家は大地主だったにもかかわらず、GHQによる1947年の農地改革によって没落してしまいます。ですから、「没落貴族」は、当時としてはひとつの大きな戦後変革期の重要なテーマであって、だからこそベストセラーになったのでした。
現在でも、華族の血統を受け継いでいる人はわずかながら存在します。非常に狭い世界で生きているために庶民の私たちには遠い存在となっていますが、結婚を通じた姻戚関係や交友関係にたいへん気を使っている人たちです。私たちが、その存在に気づくのは、いかにも華族という珍しい姓を通してでしょうか。
『斜陽』の特徴としてもうひとつ、太宰の共産主義への傾倒が小説中のあちこちに散見されます。かず子がレーニンやローザ・ルクセンブルクの本を「奇妙な興奮を覚えながら」読んだことでも明らかです。当時の共産主義は、戦後当初のGHQの民主化政策によって、一時的に大きな盛り上がりをみせましたが、朝鮮半島情勢や中国本土における中国共産党の躍進を目の当たりにして、GHQは1947年に「逆コース」をとり、共産主義を抑え込もうとする反共政策に転換しました。
その後も日本に共産主義の支持者は一定数存在しましたが、1960年の全学連闘争、1970年の全共闘運動が過激化したあたりで急激に支持をなくし、1989年のベルリンの壁崩壊、1991年のソビエト連邦の解体を経て、共産主義への盲目的な信仰は終焉したと言えます。
というわけで、華族制度廃止と共産主義思想は1947年当時としては興味深いテーマであったと思われますが、ともに消滅した時代を生きる私たちからすると、『斜陽』を読んでもピンとこない部分があるかもしれません。
やはり『斜陽』における恋愛描写の方が、私たちには参考になるようです。なにしろ現代に蔓延する「不倫」を扱った作品なわけですから。
『斜陽』の中で描かれている恋愛は以下の2つです。
・かず子と上原(既婚者)との関係
・直治とスガちゃん(既婚者)との関係
上原は既婚者ですので、上原がかず子に対して不倫したということです。他方、直治は遺書の中で「スガちゃん」が好きであることを告白しています。このスガちゃん=スガ子は、遺書の中では「洋画家の妻」であると書かれていますが、これは実は直治のうそで、文学研究の世界では、小説家の上原の妻=スガ子であるというのが通説になっています。
前者のケースではかず子が上原に惚れて、最終的に肉体関係を結びます。後者では直治が長い間スガ子に恋愛感情をいだきますが、結局片思いで終わります。
各々、詳しく考察してゆきますが、その前に読者のみなさんには「浮気市場」の特徴について知ってもらいます。「浮気市場」のメカニズムを知ることで、『斜陽』における2つの不倫関係がよく理解できるようになるからです。
「浮気市場」とは何か?
『舞姫』の回で、恋愛を取引する市場として、「恋愛市場」「結婚市場」「浮気市場」があり、各々特徴が異なるというふうに申し上げました。今回はこの3つの市場のうち、短期的保有関係である「浮気市場」の特徴について解説します。 今回も前回同様に、「恋愛学」ではなく、「不倫学」という分野からの考察になります。
短期的保有をするために参入するのがこの市場で、短期保有とは、主としてセフレや一夜限りの関係を指しますが、風俗における金銭授受によるセックスも含みます。したがって、浮気市場に参入する人は、前提として不倫をしたいという願望を持っています。その理由は、夫婦関係のうち性的な関係が没交渉になっている場合(なにしろ夫婦のセックスレスは60%近い)もあるでしょうし、性欲が旺盛な既婚者であれば、配偶者との関係だけでは満足できないという場合もあるでしょう。
いずれにしても、配偶者がありながら、配偶者以外の人と性的な関係を持ちたいと思った時に、浮気市場に入ることになります。
このような浮気市場での売買には、(1)恋愛感情を前提にしない、(2)互いのバックグラウンドを問わない、(3)需要と供給のアンバランスが顕著という3つの大きな特徴があります。
第1に、短期的な保有関係では恋愛感情を前提にしません。しかし、快感や快楽が増幅されるので、恋愛感情はないよりはあった方がいいことは間違いないところです。『蒲団』の回において「不倫のアルゴリズム」を解説したとおり、発覚した場合に離婚や慰謝料等、支払わなければならない多大なコストがあり、それに見合うだけのリターンがないと不倫をする決断に至りません。したがってリターンとしての「恋愛バブル」の存在はある程度は必要ではあります。また男性の場合には、恋愛バブルよりも性欲の処理という側面に重点が置かれるので、性的な快感が得られそうな女性、つまりセックスアピールのある女性を好む傾向も見てとれ、いずれにしても恋愛感情が最優先事項ではないのです。
第2に、「恋愛市場」や「結婚市場」では相手に対するバックグラウンドチェックが細部にわたって行なわれますが、短期保有の「浮気市場」では、そのようなチェックはほとんど行なわれません。極端な例では名前も知らない。学歴も年収も家系も性格の相性も関係ありません。そのかわりに、絶対的に必要となる条件が出てきます。①性病をもっていないこと、②性的快感が十分に得られること、③関係の秘匿を保証できることが最低限必要であり、したがってもし浮気市場で成功したいと思ったら、身ぎれいにして清潔感を演出し、セックスアピールをして、秘密の保全を保証することが不可欠となります。
第3の特徴は、「浮気市場」では需要と供給のアンバランスが顕著であるという点です。浮気市場に参加する女性数が既婚男性数に比べて非常に少ないので、需供のアンバランス生じていて、それが既婚男性にとっては不利に働きます。
単純計算してみましょう。かりに不倫願望をもつ既婚男性数を30代~50代の80%として、そのうち現在すでに不倫している人たちを除けば、だいたい1,000万人くらいになると大雑把に言えます。他方、既婚者男性と不倫しても良いと思う未婚女性数を仮に500万人とすると、1,000万人:500万人=2:1になりますので、圧倒的に女性の方が有利です。
このように男女の需要と供給がアンバランスですので、浮気市場では、既婚男性は不利になっているのです。市場がアンバランスなために、既婚男性が80点ならば、相手の女性はそれ以下の魅力度(60点くらい)になってしまうのが現実です。したがって、浮気市場では、どんなに魅力的な男性でも自分を安売りせざるをえず、魅力度に劣る女性との不倫関係になります。80点の既婚男性と60点の未婚女性のカップル、理論的にはこんなカップルになると思われます。「不倫学」者としての仕事柄、いままでに多くの不倫するカップルにお目にかかってきましたが、多くはこの法則に当てはまっています。
ここで重要な理論的帰結は、たとえ既婚男性に離婚する意志があったとしても、不倫相手とは再婚しないということです。既婚男性も離婚してバツイチになったら、通常の男女1:1の市場に逆戻りしますので、本来もつ80点の魅力度に釣り合う相手との恋愛が可能となります。ですから、バツイチ独身に戻った途端、その不倫相手では物足りなく思ってしまうことが考えられます。既婚男性が「夫婦仲がうまくいっていない」「別居中だ」と言ったとしても、すなわち不倫相手の未婚女性と結婚するということにはならないのです。
このような不倫ですが、男女が未婚か既婚かで不倫のパターンが3つあることがわかります。このパターンを図表1「不倫のマトリックス」として掲げました。通常、「不倫」と呼ばれている状態が生じるのは、【1】以外の【2】【3】【4】の場合です。
図表1 不倫のマトリックス
【2】は既婚男性と未婚女性の場合で、もっとも多く見られるものです。前述したように、男女の比率が圧倒的に女性側に有利なために、既婚男性に相当な魅力がないと不倫関係は成立しません。
性病がないこと、性的快感が充分に得られること、関係の秘匿を保証できることの3つが最低必要だと先に述べました。加えて次に重要なのは「ポケットマネー」と「五感的な魅力」です。前者は年収といった経済力を指すのではありません。それは奥さんが独占的に管理しているでしょうから。むしろ相手の女性に使えるポケットマネーの多寡が問題です。
家庭内で妻子が必要とする経済支出がありますので、そこに影響を及ぼすことはできません。もし家庭内に入ってくるお金が減少する事態になれば当然妻は気づくでしょうから、毎月の給料を維持したうえで、夫にどのくらい不倫に回せるポケットマネーがあるかという問題になります。金銭的な余力のない男や吝嗇な男は、不倫する資質を持たないのです。
後者の五感的な魅力の中では容姿のよさは不可欠です。結婚相手を探す場合とは異なり、即断即決の多い浮気市場では、五感の中でも即断できる「見かけ」がもっとも重要です。(なお、「あらすじ」で述べたとおり既婚者上原の見かけは良くありません。後述しますが、かず子は上原の見かけ以外の魅力を優先したと考えられます。一般論でいえば、やはり「見かけ」は重要です。)
他方、通常の恋愛関係で必要とされる、子育てに参加してくれるかどうかといった父親としての資質、浪費癖の有無、浮気しないだろうかという危惧(なにしろ不倫するわけなので必要なし)、年齢、学歴といったものはほとんど関係なくなるのが、浮気市場における特徴でもあります。
図表の【3】は、既婚女性と独身男性の場合です。既婚で不倫願望をもつ女性は増えてきているものの、人数としては独身男性の方が圧倒的に多いので、ここでも需要と供給のアンバランスが生じて、既婚女性の買い手市場になっています。
不倫が発覚した場合、妻が失うものは非常に大きく、経済的損失は計り知れません。したがって、相手の男性が秘匿してくれることが絶対条件です。この点をクリアしないと、既婚女性は不倫には踏み切りません。
【2】と同じように、【3】でも、既婚女性の五感的な魅力が必要です。不倫する既婚女性の年齢は、未婚女性よりも高いと言えるので、このケースの最大のネックはこうした女性の魅力度にあります。独身男性がわざわざ年齢が上の既婚女性と不倫関係に至るにはそれなりの理由がなくてはなりません。そのためにも視覚的な魅力を保つか、女性側から金銭的な援助(デートの食事代やホテル代の負担)が必要となってきます。
既婚男性と同じように、不必要な資質もあります。たとえば性格上の相性や価値観の一致は必須ではありません。結婚市場では価値のある「子育てが上手であり、家事・炊事・洗濯が得意でいい母親になる」といった点も関係ありません。いわゆる家庭的な女性は浮気市場では市場価値を失うのです。
【4】はダブル不倫の場合です。不倫願望をもつ夫と妻の数で見ると圧倒的に夫の方が多く、ここでも需給のバランスは崩れています。限りなく【2】の市場特性に類似し、圧倒的に女性の買い手市場となるため既婚男性にとっては不利です。
ダブル不倫の最大の問題は、不倫発覚リスクが2倍になる点で、どちらかが逃げ腰になってしまう可能性は高くなります。2人とも自分の家庭を壊してまで相手と結婚したいとは思わないでしょうから、どちらかが「家庭を大事にしたい」と言い出したら、不倫関係は短期的なものに終わることでしょう。
以上、「浮気市場」をまとめると、不倫の最大のメリットは、性処理ができるうえに、秘匿されている分セックスに伴う快楽がさらに増幅し、恋愛感情が芽生えていれば「恋愛バブル」まで発生するため、多大な幸福感が醸成されうることです。平々凡々とした日々から脱却し、新しい刺激の毎日が充実したものと感じられるわけです。
長い夫婦生活を送る中で不倫願望が生じることは不可避であり、前回の『蒲団』で解説したとおり、とくに既婚男性の浮気市場での取引は活発で、短期間に不倫願望者が繰り返し再参入してきます。定義からして不倫は短期的な関係なので、ある一定期間が過ぎると別れ、再び不倫願望をいだく男女が市場に流入してきます。男女ともに不倫を1回でもした人は歯止めが効かなくなり、2回3回と「ハマる」ケースがあります。
また、一度不倫を経験することで、浮気市場の特性や不倫相手の心理を知るようになり不倫スキルがアップし「不倫偏差値」が上がっていることが予想されるので、浮気市場に再入場したときの方が、それ以前より魅力度の高い相手と不倫することが可能となります。さらに既婚のビジネスマンの年収は50歳前後まで収入が漸増するとともに会社内で昇進もあることでしょうから、50代まではポケットマネーが上昇し、それに比例して不倫の可能性が高くなっていきます。
次回はこうした「浮気市場」の特徴に基づいて、『斜陽』における不倫関係を解説します。まずは、既婚者である上原と未婚のかず子との恋愛関係についてです。
バックナンバーはこちら↓
・第1回 夏目漱石『こころ』前編
・第1回 夏目漱石『こころ』後編
・第2回 森鷗外『舞姫』前編
・第2回 森鷗外『舞姫』後編
・第3回 武者小路実篤『友情』前編
・第3回 武者小路実篤『友情』後編
・第4回 田山花袋『蒲団』前編
・第4回 田山花袋『蒲団』後編
【お知らせ】この連載が光文社新書として9月17日(電子版は9月25日)に発売されます! 村上春樹『ノルウェイの森』編が書き下ろしとして新たに加わっていますので、お見逃しなく!