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たまにはひとりで、赤以外の「色んな」街を歩いてみたら|パリッコの「つつまし酒」#156
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たまにはひとりで、赤以外の「色んな」街を歩いてみたら|パリッコの「つつまし酒」#156

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感慨深さ満載の1冊

 冒頭から告知パターン失礼しますが、4月17日に僕の新しい本、『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』が発売されることになりました。
 今作はなんと、『東京都北区赤羽』シリーズ他の大ヒット漫画を多数生み出し、TVドラマ化なんかもバンバンされている人気漫画家、清野とおるさんとの共著。実は、清野さんと僕が出会ったのは、はるか20年も昔。お互いにまだまだ鬱屈うっくつとした若者だったころから、なんだか気が合ってよく一緒に飲んでいたんですよね。
 やがてふたりとも少しは大人になり、仕事で好きなことをさせてもらうという、ありがたい機会も出てきた。そこで、「じゃあ昔から一緒にやってる“街徘徊&飲み歩き”をそのまま記事にしちゃいません!?」というのが、企画スタートの発端。ただし、清野さんのホームグラウンドである「赤羽」が舞台だと、ちょっと新鮮味がない。そこで、東京近辺で「赤」以外の色の名前がつく街へ行ってみよう! と思いたち、「白山」「青井」「目黒」など、駅名に色のつく10の街を執拗に飲み歩いてみたとろ、ゆく先々で奇跡のような出会いやハプニング続出。毎回お腹がよじれるほどに笑い、その記録をついに、1冊にまとめられたというわけなんです。
 出会ったころには、一緒にこんな本が出せるとも、そもそも自分がライターになるなんてことも思っていなかったですし、しかも清野さんにとっては初! 僕にとっても、一緒にユニットまで組んでいるスズキナオさん以外とは初の共著。いやはや本当に、なんとも感慨深すぎる本なんですよ。
 となれば、せっかくだからより多くの人に読んでもらいたい。できることはなんでもやっておきたい。先日はふたりで出版社まで行って、サイン本や書店用の色紙作りをしてきた。そのあと、ふたりで何度か参らせてもらっている、とある神様のもとへ行ってお礼を伝え、神頼みも済ませてきた。さらにそのあと、ふたりで打ち上げと称し、久々のハシゴ酒もじゅうぶんに堪能してきた(これは関係ないか)。もちろん取材や告知活動には今後も協力させてもらうとして、あとできることってなんだろう? 特に、自分ひとりでもできること……う〜ん、「ゲン担ぎ」くらいかな!
 というわけで今回は、僕ひとりで「赤以外」の街を徘徊し、ノープランでお酒を飲んできてみようと思います。良きお店や人との出会いがあれば嬉しいけれども、さてどうなることやら。

気になるそば屋の気になるメニュー

 さっそく舞台となる駅を決めるべく、都内の電車路線図を見る。いや〜、あっちこっち行ったよな〜、なんて眺めていると、灯台下暗しとはこのことですね。なんと我が西武池袋線、自宅最寄りの石神井公園駅からたった5駅の場所に、あるじゃないですか! “桜”色の街こと「桜台」駅が。
 今まであまり本格的に散策したことがない街だし、なにより、間違いなく自宅からいちばん近い「赤以外」の駅。これは一度、じっくりと訪れてみないわけにはいきませんよ。いい機会だし、今日は桜台に行ってみよ〜!

西武池袋線・桜台駅に到着

 桜台は、東京都練馬区桜台1丁目にある駅。練馬のお隣で、4駅先は大都市池袋、といった位置関係。が、駅周辺はどこか牧歌的というか、のんびりとした空気感に包まれています。

北口駅前。「ラーメン二郎」前に長い行列が
練馬、江古田の人気タイ料理店「ひょうたん」。桜台にもあったんだ

 時間はまだ午前中の11時。ちょっと早く来すぎたかなとも思いつつ、ひととおり徘徊してお店の目星をつけておけば、昼前くらいから飲める店も見つかるだろうという算段です。というわけで、まずは駅周辺をくまなく徘徊。駅南口を出てすぐにぶつかる「千川通り」沿いには、ソメイヨシノよりも少し遅咲きで満開の八重桜が並び、さっそく「桜色」の歓迎を受けている気分に。

春だなぁ〜

 なんてことをしていると、南口からすぐの場所に気になるお店を見つけました。

「生そば ひろ吉」
店頭メニュー

 そこは、「ひろ吉」という小さなおそば屋さん。まだ11時半前ですが、どうやらもう営業中のよう。というか、朝の7時半オープンと書いてある。早! 店頭のメニューがどれも魅力的で、特に気になったのが「カツカレーそば」。その存在自体が珍しいし、ゲン担ぎにやって来た桜色の街で、「勝つ」メニューなんて、縁起がいいにもほどがあるじゃないですか。決まりだな!

カウンターのみの店内

 静かに入り口ののれんをくぐり「ひとりなのですが、入れますか?」と伺うと、コワモテのご主人がこちらをちらりと見て、「どうぞ」とひと言。おっと、なかなか緊張感のある店だぞ……。しかしここでひるんではいられない。「ちなみに、お酒ってもう飲めますか?」とお聞きすると、「飲まれるならば、いちばん奥のカウンターまでどうぞ」とのこと。さっと食事をされて帰るお客さんへの配慮でしょうね。
 席に着き、さてお酒は……と店内を見回します。するとなんと、ビールや日本酒はもちろん、スパークリングワインにサングリア、さらに洋酒や「電気ブラン」までとかなり幅広い品揃え。おつまみも種類豊富で、「裏メニューあり〼」なんて文字まで。思わず「お酒の種類、多いですね」と話しかけてしまったんですが、ご主人、にやりと笑って「これでも減らしたんですよ。家内に怒られてね」。
 あ、こわくない! おちゃめだ! そしてここ、絶対いい店だ!

こだわり満載の品々

 まずは瓶ビールをお願いすると、「赤星」と銅製のマグカップが到着。もうこの時点で、ご主人のこだわりがビンビンに伝わってきます。あまり使ったことがないけれど、銅製のマグ、ビールの冷えっぷりが際立っていいですね〜。

「ビール(中)」(530円)
「赤星」で「赤以外」に乾杯!

 続いてサービスの小鉢到着。これがなんと、最後まで「板わさ」と悩んでけっきょくあきらめた「手造り塩辛」じゃないですか! いや〜嬉しいな〜。でまた、この塩辛が歯ごたえぷりぷりでうまい。しかも、けっこうなピリ辛味に仕上げてあって、つまみに最高。

サービスの小鉢「手造り塩辛」
「板わさ」(480円)

 続いて頼んでいた板わさ到着。「ほんのりルイベ状にしてあります」のひと言とともにやってきたこいつがまたすごい。どーんと1/2本ぶんはあるんじゃないかと思われる超特厚切りのかまぼこ。確かにほんのりと凍っていて、口当たり爽やか。そこにわさび醤油はもちろんのこと、「お好みで蕎麦味噌をつけて召しあがってみてください」とのことなのでそうしてみると、コク深〜い味わいにこれまた酒がすすむ! なんでも、以前に食べて美味しかった老舗そば屋の蕎麦味噌の味をベースに、八丁味噌やひき肉なども加えたオリジナルとのこと。

酒がすすんでしょうがない

 こりゃあたまらん。お次はちょっと珍しい「そば焼酎(梅割り)」というのを頼んでみましょう。するとこれまた、なんだか見慣れないセットがやってきましたよ。

「そば焼酎(梅割り)」(580円)

 その構成は、そば焼酎「雲海」のロックに、大きな南高梅が2粒。さらには、ペットボトルに謎の液体。なんとこれ、冷蔵庫で冷やした「そば湯」だそうで、それらを調合してぐいっとやると……うわ〜! うまい! とろっとしてるのにものすごく爽やかで、言うなれば「大人のどぶろくカルピス」? いやなんだそれ。でも未体験の味すぎて、そんなたとえしか出てきません。

こんなお酒飲んだことない!

 はは〜ん、わかったぞ。世の中にはごくまれに、料理やお酒が好きすぎるあまり、尋常ならざる技術やアイデアで、我々一般人の想像を超えた美味を次々生み出してしまう料理人がいます。もう、その店、その人の存在自体がエンターテイメントなってしまっている、“料理の変態”とも言うべき人が。この人、完全にそれだな! いや〜、こんなところにいらっしゃったとは。
 さて、すでに大満足ですが、やっぱり「カツカレーそば」だけは食べて帰らないわけにはいきません。と、シメに注文してみると、「お客さん、今からそばを押し出しますが、よかったらご覧になりますか?」とご主人。どういうことかと聞いてみると、こちらでは注文が入るたび、今では希少な1960年製の「油圧式押出機」でそばを押し出してからゆでるんだそうで。

こんな感じ

 いやいや、貴重なものを拝見しました。油圧式押し出しそば、一体どんな味なんだろう〜? とワクワクしながら待つこと約10分。ついにカツカレーそばが目の前に。

「カツカレーそば」(980円)

 大きなどんぶりにそば、その上にこれまた大きなとんかつがのり、全体にたっぷりのカレーつゆ。見た目はいたってシンプル。そこに、ご主人が「カツカレーそばに合うように切った」というねぎと、「うちでいちばんうまいのは実はこれ」というあげだまが入れ放題。

たまらん

 期待が最高潮にまで高まったところで、まずはスープをひと口ズズズ……お! ガツーン! だ。オーソドックスなカレーとつゆを合わせた、いわゆるそば屋のカレー味ではなくて、ガツーンとスパイシーでガツーンとしょっぱい、どオリジナルな味。そんでこの、ものすごく濃厚な肉系の旨味はなんだろう? 牛すじ? ベースが牛すじカレーなのかな?

押し出し麺

 さっき機械から押し出されたばかりの麺は、その方式ゆえかつるつるとなめらかな口当たりと、むちむちの食感で絶品。肉厚で柔らかく、衣がサクッと香ばしいとんかつも、泣けるほどにうまいです。
 さらに、食べすすめるほどにつゆから発掘されるごろっとした肉。最初は「衣がはがれた豚肉かな?」なんて思ったのですが、さにあらず。なんと、とんかつに負けず劣らず大量に入っていた、牛すじ肉!

ゴロッゴロ!

 なにこれ、こんなカツカレーそば食べたことない。いや、そもそもカツカレーそば自体食べるのが初めてなんだけど、いやそういう話じゃなくて、とにかくこんな美味しいなにか、食べたことない! ご主人、なんなんすかこのけしからん“なにかしら”は!
 カツカレーそばの後半。「味が濃かったらこれで調整してください」と一緒に出て来た熱々のそば湯をどんぶりに注ぐと、味わいがまったりと変わり、これがまたうまい。思わず最後の一滴までつゆを飲み干し、ふぅ、ごちそうさまでした! いや〜、すごいそばだった。いいゲン担ぎになった。
 ちなみにご主人に少しお話を伺ったところ、ここ「ひろ吉」ができたのは2008年。自分がそろそろ年金をもらうような年齢となるにあたり、それまで経営していた複数の会社をすべて若い者に譲り、近所にあってご自身が好きだったという、今はなき「にはち」というおそば屋さんで修行をした後、この店を始められたのだとか。ほら見ろ〜、やってることが変態だもん。そりゃあいい店のはずだよ。
 ご主人は冗談めかして「だからね、いつやめてもいい店なんですよ。うちは」なんておっしゃられていましたが、だめだめ! せっかくこれから通わせてもらおうと思ってたんだから。何卒、末長くお願いしますよ〜。
 それにしてもやっぱり、「色んな」街には、いい出会いが待ってるもんですね。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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