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「ラどん」と「ラそば」|パリッコの「つつまし酒」#164

地元うどん屋でのプチ贅沢な時間

 地元、石神井公園に「むさしの エン座」という大好きなうどん屋さんがあります。
 ここ、かつては駅からかなり距離のある街道沿いにポツンと建つ小さなお店だったんですが、それでも当時から大人気。その後2010年、石神井公園内に新しく文化施設「ふるさと文化館」が開館した際、1階のいい場所にどーんと招致されたというすごいうどん屋さんなんですね。その人気ぶりは今も変わらず、営業中は入店待ちの行列が途切れないほど。
 エン座のうどんのなかでも僕が特に好きなのが「ラ・どん」というメニュー。……とだけ聞いても、なにがなんだかわからないですよね。もともとは「焼豚うどん」という名前だったのが、お店で作っている「特製薬味」を加えると味が一変。お客さんに「これ、ラーメンみたいなうどんだね!」なんて言われたことから、「ラ・どん」という名前になった。なんて噂を伝え聞いたことがあります。

(焼豚うどん)の表記も残っている

 ご近所の店でありながら、ここで過ごす時間は僕にとってなんとも贅沢なもの。ラ・どんには「冷」「冷あつ」「温」の3種類があり、いちばん好きなのは冷なんだけど、今日は久しぶりに“ラーメン感”を心ゆくまで味わいたい気分。というわけでつゆも麺も温かい、温をお願いしようかな。
 そしてもちろん、うどんが届くまでのお楽しみは、ちょい飲み。瓶ビールと、おつまみに「天神揚げ」をもらいましょう。

「瓶ビール(中瓶)」(550円)

 揚げたうどんに塩をぱらりとふった小皿がついてくるのが嬉しい。こいつと、目の前に広がる石神井公園の風景をつまみに、昼ビール、いただきま〜す。
 ……っぷは〜! 最っ高。

「天神揚げ」(250円)

 なんとなくさつま揚げ的なものだろうと思い、初めて頼んでみた時はびっくりしましたよね。天神揚げとはなんと、梅干しの天ぷら。種のなかに入っている「仁」のことを「天神様」と呼んだりするので、それが由来なのかな。これが非常におもしろく、使われているのが甘みが強い梅なので、熱でその甘さがさらに引き立っている。それって酒のつまみになるの? と思いきや、こいつにだし醤油をちょいちょいとかけてちびちびかじると、不思議とビールがすすんでしょうがないんだよな〜。

「ラ・どん」とはなにか?

 と、ニヤニヤ楽しんでいましたら、やってきましたよ。ラ・どんが。

なんてうまそうなうどんなんだ
美しすぎる麺

 店名に「むさしの」とついていますが、バキバキのコシが特徴の武蔵野うどんとは別物。どちらかというとさぬきうどんに近い、しなやかなコシとなめらかな食感。そして広がる小麦の香り。そいつが、どこまでも上品でありながら、しっかりと魚介系の旨味を内包したクリアなスープと絡み合い……。もうね、心から、ただただ素直に、このうどん、美味しすぎるんです!
 で、肝心のラーメンっぽさの件。今回あらためて食べてみて、まずはつゆ自体、記憶よりもしっかりと塩気が効いてるんですよね。冷を頼むことが多かったから、温だとよけいにそう感じるのかな。しかもそこに、たっぷりの焼豚がのっているわけですよ。

芸術的な焼き目

 みっしりとした身と、炙られた焼き目がどこまでも食欲をそそる、巨大な焼豚。それが5枚。加えて、しょうが、2種のねぎ、糸唐辛子、フライドオニオンなど、パンチの効いた薬味たちが脇を支える。つまりなにが言いたいのかというと、すでにけっこう塩ラーメンっぽさがある。
 この、できれば一生味わっていたいと感じるほどのハーモニーを堪能しながらも、悩む。特製薬味をいつ加えるか。だって、薬味を入れたらもうあとには戻れないんだから。
 それでも、焼豚を2枚、麺を3/5ほど食べたところで覚悟を決め、えいやっと薬味を投入。

えいやっ

 一気につゆに溶かしてしまえば、さっきまでの上品なお姿はどこへやら。もはやまったく別の料理にしか見えない荒々しいうどん、いや“ラ・どん”が目の前に現れるという仕組みなんです。

あれ? いつの間に!?

 これがまたまた美味しすぎる。無心ですすっていると、超ハイクオリティーな、太麺のピリ辛ラーメンを食べているようにしか思えなくなってくる。
 さっきまでの優雅さはどこへやら。汗はダラダラ、ビールぐびぐび。最終的には満腹感というか、もはや達成感をすら味わいつつ、大満足でフィニッシュですよ。

「ラそば」も発見!

 ところで今回、なんで突然好きなうどん屋の話なんてしだしたのかと言いますと、「よもだそば」っていう立ち食いそばチェーンをご存知ですかね? 都内にいくつかあって、立ち食いそば屋でありながらインドカレーも名物だったりする、攻めた店。その銀座店が、「朝っぱらから銀座の街でリーズナブルに一杯やりたい」という激しくニッチなニーズに応えてくれるから大好きなんです。
 こないだも朝から、「春菊天せいろ」をつまみにぼーっと飲んでたんですけどね。そしたら壁に、気になる張り紙を見つけたんですよ。そこにはこう書いてあった。

よもだの新提案「ラそば」はじめました!
よもだそばでは日本蕎麦のおつゆに麺がラーメンという新しい食べ方を提案いたします。ラーメンとお蕎麦のコラボレーション、名づけて「ラそば」。ぜひ、お試しください。

 え、ラそば? なんだかエン座のラ・どんみたいだな〜。でもあれか、麺がそばでつゆがラーメンなのではなく、麺がラーメンでつゆがそばなのか。ということは、山形の「鳥中華」パターンか。そりゃうまいに違いない。よし、こんど来たら試してみよ〜っと!

来た

 来ましたよ来ましたよ。割と早めに。だってだって、気になるんだもん! 今回頼んだのは、5月からしばらくの間の期間限定「よもぎ天そば」(420円)と、そばを中華麺へ変えるための「ラそば変更券」(50円)、そしてもちろん「ビール」(370円)。

到着!

 さてとだ。まず見てください。この、どこか違和感があるようでないようなビジュアル。それはつまり、麺が中華そばであるからなんですけどもね。

とはいえそんなに違和感はない……か?

 それではまず、つゆからいってみます。ズズズ……うんうん、いつもの美味しいよもだのつゆだ。しっかりとだしが効いて、関東のそばにしてはほんの少し甘め寄りの。
 続いてはいよいよ麺。細めのちぢれ麺で、かなりみっしりと量が入ってますね。箸を差しこんでぐぐぐと持ち上げる。するとほのかに香る、中華麺らしいかんすいの香り。思い切ってズゾゾゾ〜っとすすってみると……あれ? 急にラーメンだ。さっきまでは日本そばを食べていたはずなのに!
 独特の、ほろ苦くて青くさくてちょっと薬っぽいような、それでいて雅でもあるよもぎの香り。これがまたくせ者で、どこか沖縄で食べた「フーチバー(よもぎ)そば」を思い出させる。つゆ、麺、よもぎ天、交互に食べ進めていると、もはや自分がなに料理を食べているんだかわからなくなってくる。そこですかさず飲むキンキンのビールが……あ、うまい。
 う〜む、これは完全に初めての食体験と言えるかもしれないぞ。とりあえず、楽しいことは間違いない!

これは……?

 さて、最後におまけなんですが、ラ・どんは「麺がうどんでつゆがラーメン」、ラそばは「麺がラーメンでつゆがそば」な食べものでありました。となれば、「麺がそばでつゆがラーメン」な食べものも試してみたくなるのが人情。ところが僕の探してみた範囲でそういうメニューを提供している飲食店はなかったので、自分で作ってみましたよ。

市販品を使って

 しかも、あえてシンプルな醤油ではなく、濃厚こってり系のラーメンを選んでね。気になる感想なんですが、ラ・どんやラそばと比べると、もっとも“わざわざやらなくてもいい味”という結果に。いやね、そもそもド素人の僕が組み合わせて作っただけなので、バランスもクソもないのかもしれません。食欲をかきたてる濃厚なとんこつ醤油味のスープに、「その煩悩、すべて捨て去りなさい」と諭されているかような八割そばの風味。その組み合わせがものすごくちぐはぐで……。

ここは中華麺で食べたかった

 ただ、これくらいのことであきらめたくはないので、もし「ラーメンスープ×日本そば」の美味しいメニューを出している飲食店をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ情報提供お願いします〜。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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