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炊事場に寄りかかり、やっとのことで料理する――超高齢化と在宅化が推し進められる時代に|『長寿期リスク』春日キスヨ


台所に立ち続ける90代女性――「しんどくて、ハアッって腰を伸ばしてまた取りかかる」



KYさん「95歳ぐらいまで、母は父の食事をつくっていました、3食。もう、一日中、家事三昧です。父は宵っ張りで、朝も10時くらいまで寝ていたり。それに合わせて食事を準備してね。母は一日中、父親の世話に追われていました」

MAさん「母は92歳まで、全部家事をしていました。圧迫骨折を3回、片一方の足も骨折して、だんだん支え切れなくなって。でも、ギリギリまで頑張ってくれました」

NOさん「母はすごく腰が悪くて、曲がっていたんです。もう折れるくらい曲がっていて、台所に立ち続けるのがしんどくなって。ハアッって腰を伸ばしてまた取りかかるような生活だった。父が風呂に入るときにも、着替えから用意してという暮らしで。そんな暮らしをもう限界という93歳まで続けました」


両親と離れて暮らす娘の立場の3人の女性たちが語る、母親の限界点での状況である。

MAさんの場合、その場に同席した母親が「私は台所仕事もこうやって(炊事場に寄りかかり、料理をする身振り)肘(ひじ)をついてしていました。食事だけは最後まで自分でつくりました。そうやって頑張ってきました」と、言葉を継いだ。

話された内容は、どの話も初めて聞く事実で、90歳を超えた女性たちがそんな状態で家事を担っている事実、しかもそんな人がひとりならず、何人もいる事実に、当初は驚いた。

しかし、話を聞き進めるうちに、超高齢化が進み、在宅化が推し進められる時代には、こうした夫婦が増えていく。そう考えるようになった。

さらに、こうした状況は、「高齢夫婦は互いにいたわり合い、協力し合っている」という社会通念とも異なっている。

それどころか、超高齢になると、社会的認知機能の低下が進み、相手の気持ちを汲み、思いやる力がさらに乏しくなるため、自分の身を守るだけで精一杯。

その結果、夫婦間のコミュニケーションも成り立たないようになり、それがさらに妻の負担を重くしていく。そんな夫婦の方が多くなる。

そうした事実に気づいたのは、限界点で両親の生活に深く関わり始めた子世代女性たち(娘や息子の妻)が発する、親の夫婦関係に対して持つ「疑問」や「驚き」の声を聞くなかでだった。

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以上、光文社新書『長寿期リスク――「元気高齢者」の未来(春日キスヨ著)の第3章「長寿期夫婦二人暮らしの行きつく先」より抜粋してお届けしました。
長年にわたる聞き取りを元に、長寿期在宅高齢者に起こっている問題を丁寧に描きます。




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著者プロフィール


春日キスヨ(かすがきすよ)

1943年熊本県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。京都精華大学教授、安田女子大学教授などを経て、2012年まで松山大学人文学部社会学科教授。専門は社会学(家族社会学、福祉社会学)。父子家庭、不登校、ひきこもり、障害者・高齢者介護の問題などについて、一貫して現場の支援者たちと協働するかたちで研究を続けてきた。著書に百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)、『介護とジェンダー――男が看とる 女が看とる』(家族社、1998年度山川菊栄賞受賞)、『介護問題の社会学』『家族の条件――豊かさのなかの孤独』(以上、岩波書店)、『父子家庭を生きる――男と親の間』(勁草書房)、『介護にんげん模様――少子高齢社会の「家族」を生きる』(朝日新聞社)、『変わる家族と介護』(講談社現代新書)など多数。

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