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老いの限界になっても、家事役割から降りられない妻たち|『長寿期リスク』春日キスヨ


「母さん、水」「ちょっと待ってねえ」


超高齢夫婦の暮らしについて、話を聞くうちにだんだんわかってきたのは、
夫婦二人で家事を分担し、互いに気遣い、配慮し合う夫婦や、夫の定年を機に、夫のための食事づくりをやめる選択をする女性などは、ほんの一部の人にすぎないということだ。

長寿期になっても、多くの夫婦は若い頃からの延長線での暮らしを続けている。

そんな暮らしの女性DIさん(86歳)は言う。夫は90歳だ。

DIさん「この年齢になると料理をするのがしんどくて。だから、肉を炒めたり、魚を焼いたり、簡単で毎日同じようなものしかつくらない。
 主人は何もしない。でも、ずーっと仕事をしてきた人だから。一日中、パソコンばかりしている。それで頭がしっかりしているのだろうと思う。私の方がしょっちゅう物忘れをする」


また、娘の立場の女性EKさん(50代)も、実家の両親(父親87歳、母親85歳)の関係について、それが「30年前の50代の頃の夫婦関係のまんま」と、次のように言う。

EKさん「この間、実家に帰ると、母が台所で食事をつくっているんです。肩が痛いと言いながら、一生懸命、寒い所でつくっている。
 で、父が食卓に座って『母さん、水』って言って、母が『ちょっと待ってねえ』って。父はワンマンな人ではないんですが、『母さん、水』と言って、それが夫婦の仲ではあたりまえのことだから、何の疑問もない。ほんと、ずーっと、両親が50代の頃の夫婦関係のまんまなんです」


夫は衰えで力仕事をやめても、妻は家事から降りられない


性別役割分担で生きてきた夫婦の場合、夫の方は定年で「仕事」役割を降り、免許証を返上して「車の運転」を止め、体力の衰えで「庭仕事」「力仕事」もしなくなる。

一方、妻の方は、どんなに歳をとろうと、在宅暮らしを続ける限りは、食事づくりや家事役割から降りられない。

しかも、夫婦ともに老いが進み、身体能力が衰えていくなか、妻の負担はますます重くなるが、いたわられることもないものになっていく。

それは若い頃の関係とは異なり、極端な場合、夫は何もせず、妻に指示・命令する、つまり「口だけ」。

一方、妻の方は体力が落ち、仕事の効率も落ちるなか、一日中家事に追われる。そんな暮らしになっていく。

しかしながら、子どもたちも周囲も、70代までと同じように、超高齢の女性がケア役割を担い続けることを、「そうすることが本人の自尊心を維持し、体力を維持する」と期待し続ける。

そして、厄介なことに、そうした考えを、専業主婦の時代を生きた高齢女性自身も深く身につけ、体力の限界、ギリギリの時点まで頑張ってしまう。

超高齢夫婦をめぐる支援者の戸惑い


そんななか、支援者たちは、苦境に陥った長寿期夫婦の生活をどう判断し、どの時点でどう介入していけばいいかという難題を抱え込み、戸惑う。

超高齢夫婦の在宅暮らしをサポートする支援者は言う。FNさんは30代、GHさんは40代、HWさんは50代。いずれも女性である。

FNさん「息子さん、娘さんには、どんなに親が高齢であっても、『できなくなったら大変になるから、なるべくできることは頑張ってやってもらう』という考えの方が多いと思います。
 確かに、できないと苦労するのは本人さんなんですが、どう見ても辛そうだなということが多く、私自身、どういうふうに言葉をかけたらいいのかわからないときがあります」

GHさん「超高齢夫婦の在宅のケースはたくさん見てきました。奥様に『○○持ってこい』『○○しろ』と命令する夫が大半です。そこにヘルパーとして『私がしますよ』と介入できるときもありますが、奥様が『いいのよ。私がするから』とおっしゃられると、私たちは何もできません。
 ケース会議では、奥様は『旦那さんのことをしてあげたい』という思いが強いので、自分たちは見守りましょう、ということになります。奥様は旦那さんへの〝愛情がある〟〝夫婦は仲がよい〟と思っていました。奥様の生きる支え(旦那様の世話)を取ってはダメだと考えていました。
 でも、奥様も、昔からの役割を続けているだけで、実際には身体は悲鳴を上げているはずなのですが

HWさん「私はいままで、高齢者は若い頃から持っていた役割を、加齢や障害、病気などで喪失しているため、もともと持っていた役割をもう一度持ってもらうことが大切だと思ってきました。
 でもよく考えると、その役割は高齢者にとって、誇りとなる役割であったのか、押しつけられた役割であったのか。ご本人の話を聞くなんてことはしていませんでした」

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以上、光文社新書『長寿期リスク――「元気高齢者」の未来(春日キスヨ著)の第3章「長寿期夫婦二人暮らしの行きつく先」より抜粋してお届けしました。
長年にわたる聞き取りを元に、長寿期在宅高齢者に起こっている問題を丁寧に描きます。



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著者プロフィール


春日キスヨ(かすがきすよ)

1943年熊本県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。京都精華大学教授、安田女子大学教授などを経て、2012年まで松山大学人文学部社会学科教授。専門は社会学(家族社会学、福祉社会学)。父子家庭、不登校、ひきこもり、障害者・高齢者介護の問題などについて、一貫して現場の支援者たちと協働するかたちで研究を続けてきた。著書に百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)、『介護とジェンダー――男が看とる 女が看とる』(家族社、1998年度山川菊栄賞受賞)、『介護問題の社会学』『家族の条件――豊かさのなかの孤独』(以上、岩波書店)、『父子家庭を生きる――男と親の間』(勁草書房)、『介護にんげん模様――少子高齢社会の「家族」を生きる』(朝日新聞社)、『変わる家族と介護』(講談社現代新書)など多数。

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