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パネンムー派宣言|パリッコの「つつまし酒」#159

光文社新書

パネムーン?

 昨年の5月、我が街石神井公園に「タイキッチン マゴ」という、新しいタイ料理屋さんがオープンしました。
 地元にできた新店とあれば気にならないわけはなく、行ってみたいなとは思いつつも、当時の東京は緊急事態宣言中。酒類の提供はないし、そもそもあまり外食をする気分ではない。そこで、テイクアウト販売が始まったタイミングで、まずはそれを利用してみることにしたんです。
 WEB上でメニューを見てみると、1日20食限定の「カオマンガイ」をはじめとした、ガパオライスやグリーンカレーなどの定番はもちろん、サラダ、スープ、一品料理まで、かなりあれこれテイクアウトできるらしいのがありがたい。そのなかで僕が気になったのが「パネムーン」というメニュー。説明書きには「豚のカレー煮込み」とあり、さらに、「シチューのようにトロッとしている」ともあります。初めて聞くタイ料理だけど、これ、僕の嗜好にドンピシャじゃん! と、頼んでみることにしました。

「パネムーン」。ライスつきで880円

 で、このパネムーンなる料理を食べてみて大感激! 僕はそもそもタイカレーが大好きなのですが、それをさらにココナッツミルク風味でこってりとさせたような味の方向性。そこに野菜と、厚みのある豚肉がごろごろ。まるで、既存のタイカレーを自分好みに魔改造してもらったかのような満足感に、もううっとりですよ。

ごろごろ豚肉が嬉しい〜

 そこで、へ〜こういう料理があったのかと、「パネムーン」についてWEBで検索してみたのですが、ぜんぜん情報が見つからず、出てくるのはタイへのハネムーンの記事ばかり。現地でもかなりマイナーな料理なのか、それともマゴだけのオリジナルなのか……。しばらくは悶々とした日々を過ごしておりました。
 この問題に突然光明が差したのは、緊急事態宣言も明け、僕がこの世でいちばん好きなタイ料理屋、新宿三丁目の「モモタイ」で飲んでいた時のこと。店主の桃子さんに何気なく聞いてみたんです。
「そういえば、タイ料理に『パネムーン』ってありますか? 地元のお店で食べて美味しかったんだけど、情報が見つからなくて」
 すると桃子さん。
「う〜ん、『パネンムー』なら知ってるんですけどね。今パリッコさんが食べている『パネンガイ』が鶏肉のレッドカレー煮込みで、それの豚肉版。タイ語で『ガイ』が鶏肉、『ムー』が豚肉のことなので」
 うおお! なんという自分の目の節穴っぷり。そうか、今食べてるパネンガイの鶏肉を豚肉に変えれば、それすなわちあの料理じゃん!
 もちろん桃子さんは、「私も全部を知ってるわけじゃないので、パネムーンって料理もあるのかもしれないですけど……」とご謙遜されてましたが、この情報の有力度はかなり高い気がしますよ。そもそも、外国語の日本語表記になんて揺れがあって当然だし。ありがとうモモタイ! ありがとう桃子さん! 

メニューの一部を見るだけで一目瞭然。とんでもない名店なんです
モモタイの「パネンガイ」(390円)

宣言します!

 そこで帰って調べてみると、やっぱりちゃんと情報が見つかる! 以下、僕なりにわかったことをまとめてみます。
「パネンムー」もしくは「パネーンムー」は、タイカレーの一種。あ、ちなみに、タイには実際は「カレー」と呼ばれる料理はなく、タイカレーとはあくまで、日本人などが便宜的に使っている呼び名だそうで、そのあたりはインドカレーの事情と同じですね。たとえば、日本でもポピュラーな「グリーンカレー」であれば、正式名称は「ゲーンキャオワーン」。直訳すると、緑色の(キャオ)甘い(ワーン)汁物(ゲーン)。同様に、「レッドカレー」は「ゲーンペット」で、辛い汁物となるそうです。
 ではパネンムーとはどんな料理か。
 僕の調べた範囲では、「豚肉のレッドカレー煮込み」「豚肉のレッドカレー」などと表記しているお店が多いようでしたが、これはどうも、わかりやすさ重視のためであって、厳密にはちょっと違うよう。
 まず「パネン」が、そもそもたくさんあるタイカレーの種類のひとつであり、ざっくりと言えば「各種スパイスやタイハーブ、ピーナッツ、そしてたっぷりのココナッツミルクを使ったカレー」という感じ。特徴はやはり、ココナッツミルクの濃厚なコクで、グリーンカレーやレッドカレーに比べてとろりとしていることが多く、なぜ日本でもっとメジャーじゃないのかわからないほど日本人好みのタイカレーなのだそう。
 そこに「ムー」、つまり豚肉を加えたのがパネンムーというわけですね。だんだんわかってきたぞ。
 それを知ったうえで後日、あらためてタイキッチン マゴにランチを食べに行ってみることにしました。で、ランチメニューを見てみるとなんと! そこにははっきりと「パネンムー」の文字が! はは。最初に見たメニューが誤字だったのか、それとも僕の見間違えだったのか。ともかくかなり遠回りはしたけれどたどり着いた。やっぱりこれは、パネンムーに間違いないんだ! と注文し、久しぶりにマゴのパネンムーとご対面。

ランチは生春巻きとスープもついて880円とお得

 テイクアウトではなく店舗で食べるそれは、火を通した豚肉がソースに浸り切っておらず、よりフレッシュな見た目。まずはそのままひと口食べてみると、っくう〜……濃厚なココナッツミルクの風味と、それでいて、ただまろやかなだけではないスパイス感と塩気。やっぱり好きだ、この料理。

ごはんとともに

 これをいよいよ、香りの良いジャスミンライスに少しずつのせながらいただいていきます。う〜む、なんて、なんて本当に、白メシが、と同時にビールがすすむ料理なんだろうか。
 うん、よし。僕、もう宣言します! そりゃあタイ料理はなんでもかんでもうまいし、大好き。だけど強いて言えば、自分は「パネンムー派」であると!

難航するパネン探訪

 ただこのパネンムー。日本ではまだどちらかと言えばマイナーな存在らしく、提供しているお店の数も多くない。いろいろなお店のパネンムーを食べ比べてみたいけれども、なかなか容易ではない。それでもあれこれ検索し、家から行きやすいエリアだと、新宿に2店舗ほどのパネン店を発見。そこで先日、いざパネン探訪をしてやろうと、まず一方のお店に、開店時間の午前11時を目指して行ってみます。
 気の早いことに15分ほど前に到着し、お店の前のランチメニューの看板を確認すると、確かにパネンムーの文字が。ところが11時を過ぎても、それから15分経っても、お店が開く気配がありません。もう30分もこのあたりをうろうろしてて、いいかげん疲れてきたぞ。一体どうなってんだ? となかを覗いてみる。真っ暗な店内に積み上げられた椅子の列。こりゃ、今日はやんないな……。とあきらめ、次の候補店へ。
 徒歩で約15分ほどの距離のところ、途中にタイ料理店を見つければ必ず店頭メニューを確認し、ここにもないか……と落ちこみ。なんてことをくり返しながら、またまた30分ほどかかって到着した第2の候補店。なんとまさかの、臨時休業。
 おおおお、お前らな〜、覚えてろよ! 絶対にこんどまた来て、パネンムー食ってやるからな! それまで首洗って待っとけよ!
 と心のなかで悪態をつき終え、さてどうしよう。いい加減疲れてきたし、天気もいいし、もうビールが飲みたいよ。けれどもここまで来たら引っこみもつかない。え〜い、行ったれ! と、僕はそこから最寄りの候補店がある高田馬場駅に電車で向かったのでした。
 さまよいはじめてから、なんだかんだで2時間が経過しようとしている。疲れもあるけど、それ以上に心が乾きはじめている。もしも次の店もやってなかったら、どうしよう……そんな思いでたどり着いた「タイレストランBOSS 本店」は、無事営業中!

生ビール(550円)

 渇望していたビールとご対面し、まずはごくごくっ。っかー! 労働(?)のあとの一杯はやっぱり最高だなー!
 さてメニューメニュー……。なるほど、ランチセットが6種類あって値段は950円〜1000円。これがめちゃくちゃにお得で、たとえば950円の「鶏ひき肉のバジル炒め&グリーンカレー」のランチ。中央に盛られたごはんにその2種のおかずが添えられ、目玉焼きがのり、さらに生春巻き、サラダ、スープ、デザートまでついています。盛況な店内のほとんどのお客さんがこのランチメニューを食べているよう。が、ランチにはパネンムーなし。そこでグランドメニューを確認すると……あった! 「豚のレッドカレー(Pa Neng Muu)」! きぇ〜! 単品950円! ランチが食べられる値段! 今、あえてこれ頼む人いる? いや、いるんですよここに。そう、この僕が。だって今日は、パネンムーを食べに来たんだから。

「パネンムー」(950円)

 おお、ついに会えたね。タイレストランBOSSのパネンムー。なるほど、ここのムーは細めにカットされた薄切りタイプか。味はマゴよりもさらに濃厚で、疲れた心身にジーンと沁みる。ビールにもばっちり。うまいうまい! やっぱりうまい!
 と、あっという間にたいらげ心は大満足。が、お腹のほうはまだ腹五分目といったところ。だけど、今からあんなに盛りだくさんのランチは食べられないしな〜……。というわけでこの日は、早い時間から開いていた近くの居酒屋でもつ焼きをつまみに一杯ひっかけ、おとなしく帰宅したのでした。パネンムー道は茨の道だな。
 さてここからはおまけ。今後ともパネン探訪は続けて行きたいと思ってるんですが、日常的にパネン欲を満たす、いつでも気軽に「パネン浴」ができる、いい方法を思いついちゃったんですよね。
 そこで後日、大久保にある、タイとアジア食材のスーパー「アジアスーパーストアー」で、こんなものを買ってきました。

じゃーん!

「パネンカレーペースト」&「ココナッツミルク」。そう。食べたけりゃ、自分で作れ、パネンムー。というわけですね。といってもこれが簡単で。
 ざっくりと言えば、フライパンでペーストを炒め、豚肉も炒め、ココナッツミルクで煮込むだけ。今回はたっぷりと作りかったので、ペースト2袋とココナッツミルク1缶を使用。もちろん豚肉も惜しみなく。さらに本場では「スズメナス」という小さなナスを具材に使うことが多いらしく、日本の一般的なナスとはぜんぜん別物なんだけど、合いそうだしいいやとナスも追加。

ぐ〜つぐ〜つ

 最後に砂糖、生クリーム、ナンプラーなどで、自分好みに味を調整すれば、はい完成。

自作パネンムーで乾杯!

 いや〜いいすね、豚肉を好きなだけ入れられる自作パネンムー。お米も、同じスーパーで買ってきたジャスミンライスを炊いてみたら、キッチンが一気にタイ料理屋さんの香り。天気が良かったのでベランダで、ビールとともにいただいちゃいましたが、もうね、言うことなし。
 あらためて宣言します。私、パネンムー派です! と。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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