立川談笑、2010年1月の『死神』―広瀬和生著『21世紀落語史』【番外編】
立川談笑は2007年から2010年の間に異なるオリジナル演出の『死神』を幾度も披露した。今回は2007年、2008年の『死神』を簡単に説明しながら、独演会全体を一つの仕掛けにした2010年1月の『死神』をご紹介する。
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※過去の「思い出の名高座」連載はこちらから読めます。一つお詫びがございまして、前回の「源氏物語」のタイトルに「名高座④」と入れていましたが、「名高座⑤」の誤りでした。謹んでお詫び申し上げます。ですので、今回は「名高座⑥」となります(三宅)。
名高座① 喬太郎「とはの謎」
名高座② 談志「大工調べ」
名高座③ 志らく「中村仲蔵」
名高座④ 市馬・談春・三三「ちきり伊勢屋」
名高座⑤ 文左衛門(現・文蔵)・談春・喬太郎・扇辰「源氏物語」
2007年の「月例独演会」で談笑はあっと驚く新解釈の『死神』を披露した。それは「死神は、自分の身代わりになるべき人間に呪文を教え、その男が禁を犯したら蝋燭の部屋に連れて行き、燃えさしに火を移し替えることで男と死神は入れ替わる」というもので、『死神』というストーリーが展開される必然性が見事に説明されていた。
<2007年の談笑版『死神』の仕組み>
(1)死神は、自分の身代わりになるべき人間を見つけたら、医者にさせる。
(2)金目当てで「枕元にいる死神を足元に追いやって消す」という策略を用いる奴は必ず出てくる。見込んだ奴がそれをしなかったら別の奴を見込んで、また医者にすればいい。とにかく「禁を犯す奴が出てくる」のを死神は待つ。
(3)出てきたらそいつを蝋燭の場所に連れていって、「死神になってしまう」というからくりに気付かれないように、「こうすれば寿命が延びる」と巧妙に誘って「燃えさしに火を移し替える」ことを成功させる。
(4)無事に火を移したら身代わり誕生! 死神は人間に生まれ変わる。
だが、2008年の「月例独演会」で談笑は、まったく異なる設定の『死神』を演じた。それは「いろんな死神は全部同じ一人の死神」であり、「死神は神様なのだから人間の考えなど超越している。人の生き死にはすべては死神の気まぐれ」というもの。だから、男に声をかけたのも気まぐれだし、燃えさしの蝋燭を渡すのも気まぐれ。「あなたの気まぐれで俺は生かされるんですか?」 と尋ねる男に「運命を受け入れろ。ほれ、つけてみろ。震えると消えるぞ」と言いながら死神は炎を吹いたりして邪魔をするので、男は死神を消し去るべく「アジャラカモクレン……」と呪文を唱え、「ポン! ポン!」と勢いよく手を叩いた途端、その風で炎が消えてしまう。
なお、2007年、2008年のどちらも談笑の『死神』の主人公は幇間。「アジャラカモクレン」の呪文に続いて「ポン!ポン!」と手を打つことで病を治す仕組みがあると勘付いた連中がそれを真似して江戸で大流行する、という展開を挿入していた。
2010年の『死神』
その次に新しい『死神』が披露されたのは2010年1月19日の「月例独演会」「今日はちょっと仕掛けのある会にしようと……」と言って一席目の『たいこ腹』へ。若旦那が延髄に鍼を打って「悪は滅びた」と仕掛け人を気取って幇間の一八を殺した……かと思ったら「若旦那、やめてくださいよ」と一八は蘇る。驚く若旦那に「ズキンと来ましたよ」と一八。「凄いなオマエ」と言いつつ若旦那、今度は一八の心臓に鍼を打ち込み「悪は滅んだ」と決める……が、一八またも蘇って「うわー若旦那、なにするんですか!」
結局「鍼がまた折れた! これやる!」と祝儀をあげて若旦那が逃げ、女将の「お前さんもちょっとは鳴らしたタイコだよ、いくらかにはなったのかい?」に一八「皮が破れて……ちょっとだけもらいました」
サゲにならないサゲで『たいこ腹』を強引に終えた(ように見せて)そのまま「一八さん、酷い目に遭ったね」と二席目へ。「ええ、でも昔から、“間一髪で命拾いする”というのが私の芸ですから」「あそう。まあそういうわけで今日は山登りだから」と『愛宕山』へ。
一八と繁蔵の二人の幇間を連れて若旦那が愛宕山を登る。百尋ある崖の下に若旦那が撒いた小判二十枚、「拾ったら拾った奴のものだよ」との言葉に一八、無謀にも茶店の大きな傘を持って飛び降りようと試みるが、足がどうしても止まる。若旦那は繁蔵に「ヤツを突き落とせ! 死んだってオマエの取り分が増えるだけだろ?」とそそのかし、繁蔵が一八の後ろから忍び寄って「死ねやーっ!」と突き落とす。ところが一八、無事に生きていて小判を集め、着物で縄をなってビューンと帰還。いつもはいろんなオリジナルのサゲに行くが、今日は「あ、忘れてきた」と普通にサゲた。なぜなら仲入り前の二席はトリネタへの大きな「仕込み」だったから。
仲入り後は2008年4月の「月例」以来の『死神』。前回、前々回とも「アジャラカモクレン」の呪文は、そのあとに「何か面白いことを言って笑わせる」という難易度の高いもの。一発ギャグが観客にウケないと死神は消えないのだ。(笑) 「月例」ならではのバカバカしく素敵な演出だったが、さすがに今日はそうではなかった。
今回も主人公は幇間。「ああ、もう旦那全部しくじっちゃってお座敷のクチもなくなって、死ぬしかないな」と始まる。そして死神に遭遇。
「あんた何だ?」
「俺が見えるのか?」
「きったねぇジジイだな」
「そうか、お前にも俺が見えるようになったか、俺は死神だ」
「それで俺、死にたくなったのか。他のやつらにお前は見えないんだろ?」
「察しがいいな。そのとおり、お前はテメエでテメエを殺すんだ」
「面白くねぇな、知った風なクチききやがって。俺はこれでもタイコ持ち、どこへ行ったって旦那の一人や二人」
「いねぇから死のうとしたんだろ? 懐にだってもう一分しか入ってないだろ? 約束、守れるか? 約束破ったら承知しねぇが、生きながらえる術はある」
「守るよ!」
「本当だな? これは死神との契約だぞ。契約を違えたら……」
「死ぬ?」
「そんなもんじゃねぇ、オメェの想像できねぇような地獄に堕ちる。だが約束を守れば人助けもできて、金も儲かる。お前は医者になるんだ。ほら、あそこで足を引きずってる女の子の足元に何か居るの、お前には見えるだろ?」
「死神さんと同じ格好した小さいのが」
「あれが死神だ。死神が取りついてるところが痛んだりするが、その死神を取っ払えば痛みが癒える」
そして死神は「アジャラカモクレン」の呪文を教え、「枕元に居る死神は本気の死神、これだけは帰しちゃいけない」と念を押す。
「いくら呪文を唱えても、枕元からは死神は居なくならねぇ。余計なことを考えるなよ! お前のために言ってるんだ。……俺のためでもあるけどな」
試しに、足を引きずっている女の子に向かって「アジャラカモクレン……」と呪文を唱えて死神を追い払うと、足が治って歩けるように。この噂が広がって、医者として大繁盛。男は大金を懐に女を引き連れ京・大阪へ遊山の旅。スッカラカンになって江戸へ戻ってみると、市中では「アジャラカモクレン」が大流行、すっかり患者が居なくなってしまった。
そんな中、「先生、どうか助けてください」と大店から使いの者やって来た。皆がアジャラカモクレンやってるのにダメだってことは、枕元の本気の死神なんだよ……と心で呟く男。だが「見ていただくだけで五十両差し上げます」と言われ、現地で死神が枕元にいるのを確認したものの「あと一日延命してくれれば千両を」と言われて、「枕元を足元に」のトリックで患者は元気に。いい気になって帰る男。と、そこに死神が。
「おい、一八、バカヤロ! 枕元に居る死神に手を出しちゃいけねぇって約束しただろ!」
「いや、だから足元にしました」
「やっちまった……お前だったらと見込んでたんだが、やっぱりダメか……ついて来い」
「どこへ?」
「この穴に入れ」
「こんな真っ暗なところ、行きたくねぇ!」
「いいから! ほら、こっち! さあ、着いた。見てみろ」
「うわっ! 見渡す限り蝋燭が燃えてますね」
「これが人の寿命だ」
「これ、真新しいのに短い」
「子供のうちに死ぬ可哀相な子だな。燃え尽きれば寿命、途中で消えたら運悪く寿命の前に死んだってこと」
「あらら、これ、燃え尽きそう」
「それがお前だよ。さっきのジジイと寿命取り替えたんだ」
「言ってくれればよかったじゃないですか!」
「俺は言ったつもりだったし、お前のことを信じたかったよ。一つ機会をやろう。これやるよ」
「火のついてない蝋燭ですね」
「その寿命の火をその蝋燭に移し替えれば生きられる。やってみろ」
「……ついた! やった、死神さん! ……あれ? 死神さん居なくなっちまった……まあいいや、生きながらえたんだ。(ヒュッ!)あれ? 何でこんな暗いところに居るんだ? どうしたらいいんだ、外へ出たいな……(ヒュッ!)あれ? 出たいと思ったら出たよ。ガキの頃に暮らしてた長屋だ、懐かしいな。おい、親父、お袋! 聞こえてないのか。何で泣いてる!? あっ! 赤ん坊が死のうとしてる! あの赤ん坊、俺か!? あつ、でも大丈夫だ、足元に居るよ、死神。アジャラカモクレン……」
「若旦那いけませんよ、そんなとこに鍼打っちゃ!」
「うわっ! 延髄に! アジャラカモクレン……」
「何するんですか若旦那!」
「今度は心臓!」
「アジャラカモクレン……何度同じことさせるんだよ!」
「若旦那!」
「一八、死ねや!」
「うわっ! こんな崖から落ちて生きてるわけねえだろ! あーあ、全身複雑骨折だ。アジャラカモクレン……忙しいよっ!」
「もう旦那全部しくじっちまった……もう死ぬしかしょうがねぇや……おい、何ジロジロ見てるんだよ!」
「俺が見えるのか?」
「見えるから言ってるんだ」
「オメェを助ける方法がねぇわけじゃねぇ。約束を守るんならな」
「守るよ! 絶対守る!」
「破ると地獄だぞ! お前が考えるような地獄じゃねぇんだ」
「信じてくれよ、守るよ」
「そうか。呪文があってな……呪文があって……でも、教えたくねぇんだよ、お前には!」
幇間に呪文を教えようとしない死神が、ふと見るとそこへ通りかかった旦那がいる。
「面白ぇヤツが通りかかった。運命を変えてみようじゃねぇか! あの旦那に声かけてみな! 噺の題名は変わっちゃうけどな!」
「おい、一八、久しぶりだな」
「旦那、何をしてるんです?」
「富くじを売ってるんだよ。一枚だけ残ってるんだ、鶴の千五百番。え? 買いたい? いいのかい? 一分もするんだよ?」
「いいんです! 運命が変わりそうな気がするんです!」
これがサゲ。つまり冒頭で懐に一分しか持ってなかった幇間が、千両当ててほうぼうにお払いができる運命を掴む、という『死神』改め『富久』の一席である。
「約束を破ったがゆえに、自分で自分を助けなければいけない無限の地獄に堕ちる幇間が、その運命の悪循環を断ち切るために一分で千両富を買う」という見事な発想の談笑版『富久』。全体で一つの大きな「一八を主役とする物語」となった「月例」だった。(了)