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80代女性「食事づくり」にともなう数々の困難|『長寿期リスク』春日キスヨ


買い出しから調理まで…高齢者を待ち受けるさまざまな苦労



親・子両世代が別々に暮らす家族が増えるなか、命と暮らしを守るための家事、なかでも食事づくりを、長寿期になっても自分たちでするしかないひとり暮らし、夫婦二人暮らしが増え続けている。

そして、加齢とともに、足腰もまだ丈夫で、車の運転もできた60代や70代前半までには考えてもみなかった食事づくりの困りごとが増えてくる。

70代半ば過ぎから80代半ばまでの女性たちの集まりで、「70代前半ぐらいまでの元気なときには考えてもみなかった、食事をつくるときの困りごとがありますか。それはどんなことですか」と聞いてみた。



「買い物に行くのがしんどくなった。歩くのもしんどくなったし、重いものを持つのがしんどくなった」

「買い物に行っても、必要なものを買い忘れることがときどきある」

「食事をつくるのが面倒と感じるようになった」

「食品パック、飲料のふたを開けるのに苦労する」

「立ち続けるのがしんどくなって、途中で座って休むことがある」

「料理の味付けがうまくいかないなあと思うことがある」

「コンロの火の消し忘れが不安で、気になるようになった」

「調理中にやけどをしたことがある。こんなこと一度もなかったのに」

「火をうっかり消し忘れて鍋を焦がしたことがある」

「レンジから料理を出し忘れる」


深刻さの度合いはそれぞれ違うが、たった10人ほどの集まりでも、これだけの困りごとが語られる。

「食事をつくる」とは、単に調理だけをすればいい、というものではない。80代にもなると、60~70代の高齢者に比べ、歩行能力や体力が大きく低下する。

車の免許証を返上した高齢者にとって、まず関門となるのは、食材調達のための「買い物」である。

「買い物難民」といわれるように、地域によっては、馴染みの商店街や小規模スーパーが閉店し、遠くの大型スーパーまでどうやって行くかがひと苦労。

やっと店にたどり着いて商品を手に精算しようとレジに行けば、キャッシュレス対応でどうすればいいかわからず、右往左往。

無事購入できたとしても、調味料などの重い荷物をどうやって家まで運ぶか。自宅にたどり着くまでには坂道も階段もある。

昨今は運転手不足で、タクシーも簡単にはつかまらない、などなど。

買い物ひとつにも、いくつもの「面倒」が押し寄せる。

体力があって車を運転し、スマホ操作も難なくこなす若い人たちには、こうした高齢者の苦労など、想像もつかないことだろう。

「買い物なんか、生協やスーパーなどの宅配サービスを利用すればいい」。そう考える人がいるかもしれない。

だが、そうしたとして、何を注文したかを忘れ、同じものを何度も注文してしまうこともある。

さらに届いた食材を調理し終えるまでが、またひと苦労。

筋力が衰え、調理する短い間でさえ、腰の痛みや膝の痛みで立ち仕事がしんどくなる。

手はこわばり、フライパンの重ささえ持てあます。

火の消し忘れが怖く、揚げ物料理をするのが怖くなる。

……などなど、ここでもさまざまな「面倒」が待ち受ける。

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以上、光文社新書『長寿期リスク――「元気高齢者」の未来(春日キスヨ著)の第2章「増える長寿期夫婦二人暮らし」より抜粋してお届けしました。

長年にわたる聞き取りを元に、長寿期在宅高齢者に起こっている問題を丁寧に描きます。



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著者プロフィール


春日キスヨ(かすがきすよ)

1943年熊本県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。京都精華大学教授、安田女子大学教授などを経て、2012年まで松山大学人文学部社会学科教授。専門は社会学(家族社会学、福祉社会学)。父子家庭、不登校、ひきこもり、障害者・高齢者介護の問題などについて、一貫して現場の支援者たちと協働するかたちで研究を続けてきた。著書に百まで生きる覚悟――超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)、『介護とジェンダー――男が看とる 女が看とる』(家族社、1998年度山川菊栄賞受賞)、『介護問題の社会学』『家族の条件――豊かさのなかの孤独』(以上、岩波書店)、『父子家庭を生きる――男と親の間』(勁草書房)、『介護にんげん模様――少子高齢社会の「家族」を生きる』(朝日新聞社)、『変わる家族と介護』(講談社現代新書)など多数。

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