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おかえりオリジナルカレー|パリッコの「つつまし酒」#160

光文社新書

松屋カレー史

 あちこちでもう何度も書いているので、「いいかげん聞き飽きたよ!」って方もいると思いますが、2019年にフリーライターとして独立するまでの約15年間、東京の池袋で会社員をしていました。当時の日々のお昼ごはんはバカのひとつ覚えのように「小諸こもろそば」「はなまるうどん」そしてたまに「松屋」のカレーのローテーション。ところがこれは、会社員時代後期の話で、まだまだ胃袋が元気だった20代のころなどは、松屋の比率がもっともっと高かった。基本的に週3、なんなら月〜金毎日カレーを食べる週すら珍しくなかった気がします。
 あ、ちなみに、お好きな方から見たらサイコパスってレベルで、僕は「牛めし」への興味が薄く、僕のなかで松屋は、あくまで「カレー屋」。その点ご留意くださいますとありがたく。
 と、ここで簡単に、松屋のカレーの歴史についておさらいしておきたいと思います。松屋は1966年、東京都練馬区羽沢の住宅街に開業した「中華飯店 松屋」が起源。ところがうまく軌道にのらず、1968年、当時流行のきざしを見せていた「牛丼」で勝負をしようと、東京江古田の商店街に「松屋」をオープン。これが現在にいたる松屋の原点で、当初から牛丼だけではなく定食やカレーライスも提供していたのが、類似の他店とは違う特徴だったのだそう。
 そのカレーがさらに本格的になったのが1980年のこと。牛骨や牛バラ肉をじっくりと煮込み、10種類のスパイスを調合した本格的な「ビーフカレー」を発売し、これが後の大人気メニュー「オリジナルカレー」となっていったわけです。
 その後もさまざまな新規軸のカレーを発表し、カレーファンからも一目置かれるようになってゆく松屋。その裏には、創業者であり会長である瓦葺利夫氏の「辛さで耳の裏が熱くなるほどでなければカレーとは呼べない」という持論があったのだとか。

ちょっぴり切ない別れ〜まさかの復活劇

 ところで、僕と松屋の関係性が大きく変わったのが2019年末のこと。松屋は、創業当時の味を再現した「創業ビーフカレー」の定番メニュー化と、同時に「オリジナルカレー」の販売終了を発表。これはショックでしたね……。僕が長年親しんできたのはもちろんオリジナルカレー。ちょうどその年の春に会社を辞め、松屋のカレーを食べる機会がとんと減ってしまっていたこともあり、なんだかひとつの時代が終わってしまうような寂しさを感じました。
 まぁ、時代とともに世の中が変わっていってしまうのはしかたのないこと。いくつもの大好きだった酒場が閉店してしまった経験からも、それは重々承知しています。そこでオリジナルカレー終売の前日、せめて最後にお別れをと思い、僕は、ちょうど用事で近くに来ていた「松屋 渋谷道玄坂上店」へと足を運んだのでした。
 入店し、券売機を見る。確かにある。オリジナルカレーのボタン。押す。それから、会うのはこれで最後になるだろう。せっかくだからと「ビール」のボタンを探す。ところが……あれ? ないぞ? 探しても探しても、お酒類のボタンが一切ないぞ。まだコロナ前だったので理由はいまだわからないんですが、お酒を提供していない店舗だったのか、一時的に品切れしていたのか。
 それでも機会は今しかないと、オリジナルカレーは食べました。やっぱりうまいな。だけど、あぁ、本当は最後に、お前と乾杯したかったよ……と、なんだか釈然としない気持ちになりつつ、どこか漫然とカレーを食べ終え、その日は帰路についたのでした。
 その後しれっとレギュラーメニューの座につき、なんだかちやほやされている創業ビーフカレーのことを、僕が複雑な思いで眺めていたことは言うまでもありません。そりゃあ試しに食べてみた。じっくりと煮込まれたビーフがとろとろで、確かに絶品だった。だけどさ、まだ正式に引き継ぎも済んでないのに、「そんなこと私に関係なくないですか〜?」みたいな顔でキャピキャピしちゃってさぁ。もう、なんなのよあの娘っ!
 え〜となんだっけ……あ、そうそう、今回の本題、実はここからなんです。
 今年の5月2日月曜日午後2時より、松屋のカレー史のなかでも革新的ヒット商品である「ごろごろ煮込みチキンカレー」が、まさかのレギュラーメニュー化!

「ごろごろ煮込みチキンカレー」(630円)

 説明は不要かもしれませんが、こちら、商品名どおりにまじでごろごろと入った鶏肉がインパクト絶大。で、ここからが重要なポイント。ごろチキカレーのソースは、「創業ビーフ」でなく「オリジナル」でなくては成り立たないバランスなんだそう。そのごろチキがレギュラーメニューになるということは? そう! なんとこのタイミングに合わせ、オリジナルカレーもレギュラーメニューに大復活しちゃうそうなんです! 僕にとってはごろチキよりもそっちのほうが大事件!
 ありがとう創業ビーフちゃん。君のことは決して忘れないよ……(泣)。おっと、オリジナルちゃん、そんなとこ立ってないでこっち、座って座って。部屋、寒くない? なにか羽織る? あ、ごめんごめん、お茶入れよっか? ってな心境なんですよ。今の僕。

再会! オリジナルカレー

 さっそく松屋へゴー! すると、ありますねぇ。オリジナルカレーのボタンが。押しますよそりゃ。で、だ。あの日果たせなかった約束。そう「瓶ビール」のボタンも、押しますよそりゃ。

「ビール中瓶」(490円)

 松屋の瓶ビールって、キンキンのコップが帽子みたいに瓶にかぶされて出てくるのがテンション上がるんですよね。こいつにキリッと冷えたスーパードライを注いで、再会へのスタンバイを整えておきましょうか。

静かに、そのときを待つ……
「オリジナルカレー 並盛」(480円)

 そして久々のご対面! うおー、なんだかご飯の盛りかたがこんもりとしててよそ行き感があるけど、こいつは確かにあのカレーだ!

夢じゃないかしら

 うやうやしくスプーンでカレーをすくい、まずは香りをかいでみる。あぁ、このスパイシーで他にない香りこそがオリジナル。
 続いていよいよぱくり&もぐもぐもぐ……あ〜、そうだったそうだった。煮込まれてほとんど溶けてしまってはいるけれど、いろんな野菜や果物や牛肉が織りなす複雑な旨味とコク深さ、甘くて酸っぱくて、ほんのり苦くて、複雑にスパイシーで、にんにく由来なのか、なにかこう、無性に気持ちが高ぶってくるパワー感があって……。
 すかさずビールをぐいっといくと、キレのいいスーパードライがあらためて良く合いますね。3年越しの乾杯、感無量です。
 さて、今日はせっかくなので、会社員時代に散々やってたお気に入りの食べかたで食べちゃおうかな〜。必要なのは、サイドメニューの「半熟玉子」(80円)。こいつをですね、僕の場合、カレーがかかっている方面とは逆側の、まっさらなごはんの上にぽとりと落とすんです。で、割るんです。黄身を。そしたらそこに、七味と醤油をかけちゃう。つまり、部分的に「半熟玉子かけごはん」を作るってわけ。その部分だけをスプーンですくって食べ、すかさずみそ汁をすすれば、唐突な和食味に脳がびっくり。これが楽しいうえ、貧乏サラリーマンだった僕にとっては、美味しいものを一度に2種類食べているようで嬉しかったんですよね。あ〜、なんだかいろいろ思い出しちゃうな〜。

半熟玉子かけごはんゾーン

 そのどちらの味も堪能したら、辛いものが苦手な方にはおすすめしませんが、僕の場合、カレー部分に思いっきり七味唐辛子をふってよく混ぜる。せっかくのオリジナルカレーのバランスをぶち壊してしまうのはどうなんだって気もしますが、松屋の懐はどこまでも深いから大丈夫。じゃりっとしたスパイスカレーっぽさが加わって、これまたいいんですよね。
 あとはもう、独特の茶色い福神漬けをまぶすなり、半熟玉子かけごはんとカレーを融合してまろやかさを楽しむなり、煮るなり焼くなりビールをおかわりするなり、自由に楽しんだらいいんじゃないでしょうか。

ラストスパート

 は〜、大満足! やっぱりオリジナルカレーは、僕の大好きなあの味のままだった。まぁ、攻めの松屋さんのことですから、またいつか食べられなくなってしまう日がくるのかもしれないけれど、それまではぞんぶんに楽しませてもらおうと思います。
 あ、そういえば、はるか昔、「ヘルシーチキンカレー」ってのがレギュラーメニューだった時代、ありましたよね? あれも好きだったんですけど、松屋さん、復活お願いできませんかね?

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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