「南極は暑い」って本当ですか?!南極大陸での観測活動【7月新刊・先行公開】
皆さんこんにちは!元光文社新書の藤です。
話題の7月新刊『南極で心臓の音は聞こえるか』(山田恭平・著)の一部を先行公開します!
『南極で心臓の音は聞こえるか』ってなに?という方はこちらの記事を…。
今回は南極大陸(S17と呼ばれる観測拠点)での実際の観測活動の様子を先行公開。
著者・山田さん曰く「南極は暑い」とのことですが、南極が、暑いって…?? 実際に体を動かし観測活動にいそしむ隊員からすると、暑いんだそうです。素朴な疑問の「南極で研究者は何をやってるの?」に対する具体的な答えも、こちらに描かれています。
自動気象観測装置の設置
夏期間、S17での主たる観測行動はスイス連邦工科大学との共同ミッションで、自動気象観測装置の設置と地吹雪の観測がある。本章では1つ目「自動気象観測装置の設置」に焦点を当てる。
自動気象観測装置(Automated Weather Station; AWS)はその名の通り、自動で気象を観測する装置である。日本で言うところの、百葉箱やAMeDAS(アメダス=地域気象観測システム)のようなものだ。温度計や湿度計、風向風速計といった各種センサーが土台となる鉄管に取り付けられており、収集したデータはデータロガーという記録装置に取り込まれる。アンテナがついていてデータを衛星経由で日本へ送ることができるものもあるが、今回設置するAWSは現場に赴いて直接データのやりとりする必要があるものである。
AWSの設置は、まずは穴掘りから始まる。南極に来てからスコップしか握っていない。おまけに、キャタピラが出ればよかった雪上車のときと比べると、AWS用の穴は深い。強い風でも倒れぬよう、1mは掘っておく必要がある。
数十㎝ほど掘り進めると、例によって急に硬い層が登場する。前年に降った雪が固まった層であろう。沿岸域であるこの場所の積雪量は少なくない。硬い。硬いぞ。スコップには先が尖っている剣先と四角い角先があるのだが、剣先でもそうそう刃が通らない。ちくしょう。くそ。すまん罵倒が出た。
AWSの穴掘りと単管設置の様子
南極は暑い
南極は暑い。少なくとも体感的には。
人間の体感温度は実際の気温のみならず、服装や慣れの影響が非常に大きい。たとえば日本の4月は冬が終わって暖かさを感じる頃であるが、東京の平均気温はおおよそ14℃前後だ。一方で10月は秋の肌寒さを感じ始める頃だが、こちらは17~18℃程度と、4月平均気温よりむしろ暖かいはずだ。それなのに体感的には寒い。体感温度には服装と慣れが強く効いてくる。
オーストラリアから南極へは船旅であり、往路では徐々に寒さに慣らされる。慣れたところで、くそう、ずっと穴を掘り続けている。だから汗だくだ。汗は気化熱で体温を奪うだけではなく、凍りもするため、できればかきたくはないのだが、そんなことは言ってはいられない。世の中のあらゆる仕事というものはそういうものである。上着を脱ぐ。昨日の轍を踏むまいと、今回はより脱ぎやすい服にしてきた。人間は低体温になりすぎると異常に暑さを感じるようになるため、凍死者は服を脱いだ状態で発見されるという。ここから連想されたのか、北方にはたいてい色香で人間を惑わす妖精、妖怪の類がいるが、スコップで雪を掘り過ぎて暑くなって服を脱いだ人物から連想された妖怪もいると思う。
真っ白な世界で、AWS設置作業はまだまだ続く。
穴の底で強度を増すためにH型に1mの鉄管を組んで土台とし、そこから縦に3mの単管を突き出させる。これが支柱となる。支柱ができたら、雪を埋め戻す。埋めたら踏む。踏むことで雪がしっとりまろやかな舌触りとなり、凸凹した雪面によるエラーを防ぐのだ。
雪面の上に突き出した単管にさらに横の単管を繋ぐ。体力が尽きかけているから、墓標にしか見えない。このまま埋めてほしい。
この墓標にソーラーパネルを立て掛けて固定し、上部には風力発電用のプロペラを取り付けることで、発電装置となる。ではどこに温湿度計や風向風速計をつけるのかというと、発電装置の邪魔にならないようにもうひとつ穴を掘ってそちらに取り付けるのですね。また掘るのか。
雪面の上に突き出した単管にさらに横の単管を繋ぐ
自動気象観測装置の役割
気勢を上げて穴を掘り、毒を吐いては穴を掘る。なぜここまでして、自動気象観測装置を南極大陸の内陸に設置する必要があるのか?
理由は単純で、南極は遠いが、内陸はさらに遠いからだ。
遠いだけではなく、標高が高く、くそ、寒い。そんな場所に基地を作るのは莫大なコストがかかるし、作ったあとの維持にも苦労する。日本は昭和基地のほか、あすか基地、みずほ基地、ドームふじ基地の合計4基地を持っているが、前述したように昭和基地以外の3基地は現在すべて休止中であり、人間も犬もエイリアンも常駐していない。維持するためにコストがかかり過ぎるのだ。
だから、自動気象観測装置AWSだ。
一度設置すれば、定期的なメンテナンスこそ必要ではあるものの、人間が常駐する必要もなく、設置・維持両面のコストが低い。それゆえ、南極でのAWSの数は米国ウィスコンシン大学を中心として、徐々にその数を増加させている。日本ではもともとドームふじ基地やみずほ基地にAWSを設置していたが、新たにAWSを増やすことで、大陸の端である沿岸から内陸にかけての気象の変動を明らかにするための一助となる。
南極大陸は内陸に行くほどに長期滞在・観測が難しくなるため、いまだ未知な部分が多い。極寒・乾燥の極限環境の中で自動で観測を行ってくれるAWSによって、研究者はぬくぬくとした環境でYouTube でコーギーが尻を振りながら歩いている動画を見ながらデータを取得、未知の気候の解析や気候変動の予測に利用することができるようになるのである。
AWS設置例。S17より内陸にあるH128地点のもの
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