南極の工事風景と越冬交代式(夜は蟹鍋パーティ)【7月刊本文公開】
皆さんこんにちは!元光文社新書の藤です。
話題の7月新刊『南極で心臓の音は聞こえるか』(山田恭平・著)より一部を公開!『南極で心臓の音は聞こえるか』ってなに?という方はこちらの記事を…。
今回は昭和基地の工事風景と越冬交代式(2月1日に行われる前次越冬隊と今次越冬隊の交代式)のお話を公開します。越冬交代式が終われば、南極の夏も終わり。夏隊と前次隊はこの日に昭和基地を離れ、基地には今次越冬隊だけが残ります。長い越冬生活のスタートです。
夏の終わり
1月が終われば、南極の夏は終わる。
夏隊は帰還し、32人の越冬隊だけが1年間取り残される。
その直前の1月31日、S17の滑走路造りを終え昭和基地に戻っていた。同日、基地では基本観測棟が竣工し上棟式が執り行われた。
基本観測棟は2016年(57次)から建築が進められていた建築物で、昭和基地の中で最も新しい建物である。高床の2階建てで、気象・地圏・電離層・生物といった主要な観測が行えるほか、便所もあるというハイスペック施設だ。便所! 敷地内に便所がある! 吹き曝しにならない、ポリタンクでもない便所だ! すごいぞ!
基本観測棟工事には、自分も少しだけ関わったので「何かまずいことやらかしていて崩れたりしないだろうか」という不安が大部分である。手の空いている人間は親の仇でも使うのが日本の南極観測隊で、自分の場合は生コンクリート練りに参加した。骨組みだけの3階建ての建物の3階で土や砂利、水、セメントを投入し、2階のミキサーで撹拌し、1階の甕で滑り台の上を流れてきた生コンクリートを受ける、というのが一連の手順だ。1階で流れ出てきた生コンを一日中掻き出す作業を受け持った。
昭和基地、生コン作業場。南極のはずなのに…、本当に雪が見えません(詳しくはこちらの記事に!)
とにかく、夏の昭和基地というのは設営作業が続く。冬に備え、あるいは夏の間の作業のため、作業は続き、ようやく完成したもののひとつが基本観測棟なのだ。
物資や道具の限られている南極で、人間が生活する建物を作るというのは容易なことではない。昭和基地は、記録としてはマイナス45℃以下になったこともあり、材料が金属の場合、種類によっては低温下で脆くなってしまう(低温脆性)。さらに最大で秒速45m以上ともなるブリザードが吹き荒れ、基本的に乾いてはいるが雪が降れば濡れもする。人間が居住する以上、保温性がなくてはならず、あまり熱伝導率の高い素材を使いすぎては温めても温めても外気で冷えてしまう。
こういった条件下で活躍するのは、意外にも木材であった。第1次隊から建物を建てるときにはさまざまな部分で木材が使われている。木材は低温にも風にも強く、唯一の欠点は燃えやすいということくらいだ。そのため昭和基地では火災には気を遣っている。
何もかもが順調というわけではなかったが、やることはやってきた。
翌日2月1日には越冬交代式があり、そこで59次越冬隊は58次越冬隊と交代する。
越冬交代式
2018年2月1日、越冬交代式が行われた。
58次、59次の越冬隊が昭和基地の看板の前に並び、互いに握手をして立ち位置を変える。その後はわずかに歓談の時間があるものの、すぐに58次越冬隊と59次夏隊は帰還のために自衛隊CHヘリで砕氷船「しらせ」へと戻る。仕事をやり遂げて帰る者の足取りは軽い。
昭和基地に取り残された32人の越冬隊は越冬最初の日、監視の目がなくなったため早速天麩羅と蟹鍋を食べ、酒を飲んで英気を養った。
越冬初日の饗宴。およそ1年に及ぶ、越冬隊32人の共同生活が始まった
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