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今晩の皿洗いを賭けて…南極観測隊・チーム対抗バレーボール大会【新刊公開】

皆さんこんにちは!元光文社新書の藤です。
話題の7月新刊『南極で心臓の音は聞こえるか』(山田恭平・著)より一部を公開!『南極で心臓の音は聞こえるか』ってなに?という方はこちらの記事を…。
南極観測隊の越冬隊員(第59次隊は32人)は、東オングル島・昭和基地という隔絶された空間で約1年間、共同生活を送ります。となれば、隊員同士の交流は極めて重要!南極観測隊員たちは観測活動の合間にレクリエーションやイベントを開催しながら、共同生活を送っているそうです。

バレーボール大会

 バレーボールはネット越しにボールを返球し合う競技だ。ボールは掴むことはできず、打ち返し合う。相手のコートに戻すまでに何度タッチして良いかはルールで規定されており、複数人が入り乱れるのも手伝って、運動能力のみならず戦術、戦略が試される。
「よーし、よしよし、とりあえず返していこう」
 と坊主頭の建築隊員が手を叩いて景気付ける。
 南緯69度00分、東経39度35分。東オングル島、昭和基地。日本の基地の中で唯一現在も人が定住し続けている観測基地である。
 夏期間が終わり、2月1日の越冬交代式が終わったあとでS17での観測がおよそ10日間。実際は半分近くの期間はブリザードに妨害されて観測を行うことができなかったが、最後のS17での観測は終了した。
 ブリザードが明けてようやくヘリで帰還できたのは2月11日のことだった。
 それから1週間後の2月18日、第59次南極地域観測隊越冬隊は、バレーボール大会をしていた。
 急になんだ、どうしたどうした、と思われるかもしれないが、どうしたどうしたはこちらの台詞だ。念のため説明しておくと、脈絡のないバレーボール大会なのではなく、越冬隊交流の活動である。今次隊は1ヶ月に1回程度スポーツ大会を開くことになったらしく、今回のバレーボール大会はその初回である。
 運営の隊員たちによってコートが作られたのは、観測隊員が住まう管理棟という建物の向かいにある気象棟の向こう側にある広場だ。S17でAWS(自動気象観測装置)の設置にも使った金属の単管パイプを立てて、頭より
少し低いくらいの高さのネットが張られており、コートは白線が引かれているのでなかなか本格的だ。コートの中には14人。向こうが8人に対し、こちらは6人である。不公平だが、しかし世の中そういうものだ。狭いコート、人数が多ければ良いというわけではない、と言い聞かせる。
「よっしゃ来い」
 なにせ今晩の皿洗いを賭けている。遊びでは済まない。こうなると、老人の多いチームが卑劣だ。年齢によって成熟されたドブのような老獪さで判定を覆し、コートの線を動かし、ルールを捻じ曲げ、勝利を捥ぎ取っていく。こうなると彼我の実力差は問題ではなく、いかにしてゴリ押すかが肝要になる。
 結果として1勝1敗で3位のはずが、なぜか4チーム中4位に落とされて終わった。自分もクソジジイになったら不利なときはゴネまくろうと思う。

★★5-1_2018-02-18 12.38.47_バレーボール大会

唐突にバレーボール大会が始まった

 そんなバレーボール大会から始まった2月。
 既に夏は終わった。気温は未だマイナス5℃といったところで、夏とさほど変わらずまだ厳寒というわけではない。しかし、今度こそ間違いなく夏が終わった。
 なぜならば、夏隊は既に帰路についたからだ。海上自衛隊の砕氷船「しらせ」は前次越冬隊33名および今次夏隊・同行者の42名、合計75名を乗せ、東オングル島のそばを離れてしまった。夏隊大気チームとしてS17でともに行動していたエアロゾル隊員、学生同行者、外国人同行者の3人ともお別れだ。
 残されたのは32人。これから1年、南極で過ごす。ほとんどの期間を、この昭和基地で。
 夏期間、100人以上の隊員と昭和基地泊まりの海上自衛隊員を抱えた昭和基地は、前次隊58次の越冬隊員のいる管理棟、夏隊と海上自衛隊は第一夏宿舎(一夏)および第二夏宿舎(二夏)と分散していたが、もはや32人しかいないのであればトイレも風呂もない二夏にいる理由はない。夏宿舎は畳み、32人全員が管理棟連に集まっている。
 この日は昼間からバレーボール大会なぞやっているだけあって、土曜の休日だ。59次隊では、基本的に日本と同じように土日を休日としている。
 発電棟~管理棟~倉庫棟~第一・第二居住棟からなる管理棟連(「管理棟」と言う場合は連結されたこの5つの棟をまとめて指すことが多い)は東西に延びており、5つ合わせると昭和基地で最も巨大な建築物となる。

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倉庫棟冷蔵庫の壁一面を占領するビールの山(の一部)

 厨房・食堂・医務室・娯楽室・図書室・通信室・発電機・造水装置・冷蔵冷凍庫・風呂・便所・理髪室・バーといった生活に必要な施設が集約されているばかりか、各隊員の個室も(3畳程度だが)与えられており、これまでの人権のない生活から解放される。生活関係の機能として管理棟連から離れているのは焼却設備が必要なゴミ焼却炉棟くらいだが、ゴミを一時保管する集積所は管理棟連に存在している。

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昭和基地内では野菜の水耕栽培もおこなわれている

 管理棟連に限らずだが、建物は風の影響を受けにくくするために高床になっており、多くの出入り口にはドラム缶を切って作った金盥(かなだらい)が設置されている。これは水桶の機能を果たし、長靴を履いたまま足を突っ込んで洗い、外の砂埃を中に持ち込まないよう工夫がされている。
 これがこれから32人で1年間過ごす、小さな小さな昭和基地だ。ここから逃げ出そうとしても、どこへも逃げられるわけではない。気象棟や観測棟といった別の建物はあるが、東オングル島からは逃げられない。だったら暖房、電気、食事にトイレ、風呂と揃っている管理棟連にいるほうがマシというもので、だから59次では脱走者は出なかった。


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